シーズン2 第2話:二度目の十七歳、変わった世界
病院のベッドで奇跡的な目覚めを果たし、宿敵であり最高の相棒となった無糖峰と再び手を取り合った佐藤駆。
三年という空白の時間は、彼らにどのような現実をもたらしているのか。
迎えるシーズン2第2話では、再び「人間の肉体」に戻った駆が、様変わりした日常と向き合います。
それでは、シーズン2 第2話「二度目の十七歳、変わった世界」の本編をどうぞ!
退院の日は、秋晴れの良い天気だった。
病院の自動ドアをくぐり、アスファルトの地面を踏みしめたとき、駆は思わず足元に視線を落とした。
一万円札だった頃の、あのペラペラとした軽さや、冷たい手触りはない。スニーカーの底を通じて感じる地面の硬さと、太陽の光が肌をジリジリと焼くような熱さ。すべてが、生きているという実感に満ちていた。
「おい、いつまで足元ばかり見てるんだ。車道に出るぞ」
少し離れた場所で、黒塗りの高級車のドアを開けたまま無糖が声を飛ばす。
相変わらず無駄な動作のない、冷徹なまでのエリート然とした佇まいだったが、どこか駆のペースに付き合っているような余裕があった。
「分かってるよ。……にしても、すげえな」
車に乗り込みながら、駆は窓の外に広がる街並みを見渡した。
三年。駆の感覚としては、昨日までコンビニのレジやヤクザの組事務所、ペントハウスを巡っていたはずなのに、世間は確実に三年の時を進めていた。
街を行く人々の持つデバイスはさらに薄くなり、街頭の大型ビジョンには無糖が率いる企業の巨大なロゴが映し出されている。世界は、駆が眠っている間にも猛烈なスピードで形を変えていた。
「驚いたか?」無糖が運転席の隣でシートベルトを締めながら言った。
「そりゃな。俺の感覚じゃ、昨日まで紙幣になってあちこち飛び回ってたんだからさ」
「お前が財布やポケットのなかで人間の欲望を観察していたその三年、僕は僕で、この世界の数字と仕組みを徹底的に書き換えていた。……まあ、結果として君が最後に僕の足元に落ちてくるまで、完璧な勝利はお預けだったわけだが」
ふっと、無糖が自嘲気味に笑った。
高校時代、何をやっても敵わなかった「完璧すぎる天才」。だが、いまの無糖の横顔には、かつての孤独な尖ったナイフのような危うさは消え、代わりに確かな相棒を背負った者の落ち着きが宿っていた。
車は、駆の「実家」へと向かっていた。
母子家庭で、いつも家計を気にしながら必死にアルバイトを掛け持ちしていたあの家だ。
車窓から流れる見慣れた景色を眺めながら、駆の胸のうちは複雑な緊張感で波打っていた。
「母さん……元気でいてくれたかな」
「ああ。君が眠っている間、毎日のように病院に通っていたよ。僕も、生活面や医療のサポートは可能な限り手配してきたから心配いらない」
無糖の淡々とした言葉に、駆は小さくうなずいた。
お金になって人間の財布を巡り、数え切れないほどの「家族の形」や「生活の泥臭さ」を見てきたからこそ、自分の帰るべき場所の重みが痛いほどよく分かった。
やがて、車は古いアパートの敷地内に静かに滑り込んだ。
見覚えのある階段、色褪せた手すり。
車を降りた駆の足取りは、なぜか少しだけ重かった。三年の歳月は、母をどれほど老け込ませただろうか。自分がいない間、どれほど涙を流させただろうか。
ガタピシと鳴る階段を登り、目的の部屋の前に立つ。
深呼吸を一つ。震える手で、インターホンを押すか、それとも直接ノックしようか迷ったその瞬間――。
ガチャリ、と、内側からドアが開いた。
「――え……?」
そこに立っていたのは、見慣れた、しかし少しだけ白髪が増え、エプロン姿の母親だった。
母は買い物袋を持ったまま硬直し、目の前にいるはずのない我が子の姿をじっと見つめた。時間の流れが、ふっと止まったかのような静寂が訪れる。
「……ただいま、母さん」
駆が絞り出すようにそう言った瞬間、母の目から大粒の涙が溢れ出し、買い物袋がカサリと床に落ちた。
言葉もなく、母はボロボロと泣きながら駆の胸へと飛び込んできた。その温もりを抱きしめ返したとき、駆の目からも熱いものがこみ上げてきた。
もう、お金じゃない。
冷たい紙切れの束でも、誰かの欲望を映す鏡でもない。
俺は今、自分の足で立ち、自分の心で泣いている。
少し離れた場所で、その光景を腕を組んで見守っていた無糖が、小さく眼鏡の位置を直しながら、ふっと優しく目を細めたのだった。
シーズン2 第2話「二度目の十七歳、変わった世界」をお読みいただき、ありがとうございました!
目覚めた駆が、無糖の車で実家へと戻り、母親と感動の再会を果たす日常回となりました。
しかし、穏やかな時間も束の間、無糖が背負う「巨大カルテルとの経済戦争」の影は着実に彼らに迫っています。
次回、第3話「無糖峰からの招待状」では、再び世界の表舞台へと引き戻される駆の姿が描かれます。どうぞお楽しみに!




