第13話:無糖峰の選択
第12話では、ついに無糖峰の特製財布へと滑り込み、かつての圧倒的な天才と「お金と持ち主」という皮肉な形で再会を果たした駆。
今回は第13話! 無糖峰が手にした巨額のキャッシュを何のために動かすのか、その冷徹なまでの知性と、内に秘めた本当の目的が明らかになっていきます。
それでは、第13話「無糖峰の選択」の本編をどうぞ!
無糖峰の高級革財布の暗闇の中で、駆は静かに息を潜めていた。
外の気配から、無糖は移動中の高級車の後部座席に座っているらしかった。エンジン音の低い振動が、財布を通じてじかに伝わってくる。
しばらくして、ガサリと財布が開いた。
差し込む光の中で、無糖の指先が財布から数枚の札を抜き取る。その中には、駆(一万円札)の姿もあった。
どうやら、何かの決済のために現金が必要になったらしい。
視界が広がり、目の前に広がる光景に駆は息を呑んだ。
そこは、都内のとある古びた児童養護施設の応接室だった。
部屋の壁のあちこちは剥がれかけ、備品も古いままで、どこか寂れた空気が漂っている。施設の園長らしき初老の女性が、申し訳なさそうに頭を下げていた。
「無糖さん、本当に……こんな個人的な寄付までしていただいて、何とお礼を言えばいいか……」
「気になさらないでください。ここは、僕が幼い頃に少しだけ関わりのあった場所ですから」
無糖の声は、相変わらず涼しげで、淀みがなかった。
しかし、その瞳の奥には、普段のエリートとしてのスマートさとは違う、どこか冷徹なまでの「意志」の光が宿っていた。
「世の中は、不条理で満ちている。生まれついた環境、親の経済力、才能の有無――その時点で、人生の勝負の大部分が決まってしまう」
無糖は静かにそう呟きながら、手にした一万円札の束――その一番上にいた駆を、園長の目の前の机へと置いた。
――え……?
駆は内心で驚愕した。
寄付? 無糖が、この古い養護施設に私財を投じているのか?
世間の人間は、無糖のことを「冷徹なエリート」「感情のない天才経済学者」のようにもてはやす。ビジネスの世界で冷酷に利益を追求し、効率だけですべてを裁断している男だと誰もが思っていた。
だが、無糖は続けた。
「努力すれば報われる、なんて言葉は綺麗事に過ぎない。努力できる環境そのものが、特権階級の特権なのだから。だからこそ、僕は仕組みを変えたい。個人の努力や運に依存しない、誰もが平等にスタートラインに立てる社会のインフラを構築する」
その言葉を聞いた瞬間、駆の脳裏に、かつての記憶が鮮烈に蘇ってきた。
三件のバイトを掛け持ちし、睡眠時間を削って必死に勉強し、「どうして自分は、あいつみたいに生まれなかったんだ」と歯噛みした日々。
あの頃、無糖はいつも涼しい顔でテストのトップに立ち、駆の苦悩など端から見えていないかのように振る舞っていた。駆はそれを「圧倒的な才能の差による残酷さ」だと思い込み、激しく嫉妬し、羨んでいた。
だが、違ったのか……?
無糖峰は、恵まれていたから勝てたのではない。
あいつは、この世界の構造そのものが持つ「理不尽さ」を、誰よりも早く、誰よりも深く見据えていたのだ。
圧倒的な知性で世界の仕組みを理解し、凡人がどれだけ血を流して足掻いても覆せない「格差の壁」に絶望しながら、それでもその壁を根本からぶち壊すために、あいつは冷徹に階段を駆け上がっていたのだ。
「……僕だけじゃない。かつて、同じ教室で、必死に泥水をすすりながらも僕の背中を睨みつけていた、あいつのように……」
無糖の指先が、机の上に置かれた一万円札の束――駆の表面を、ふと撫でたような気がした。
まさか。
無糖は、気づいているのか?
この手の中にある紙切れが、かつて隣の席で、あるいはテストの順位表の二番手で、自分を睨みつけていた佐藤駆そのものであることに気づいているのか?
いや、そんなはずはない。科学的にあり得ない。
だが、無糖の瞳の奥に浮かんだ微かな哀愁と決意は、間違いなく、あの頃の駆が知っている「幼馴染のそれ」だった。
冷酷な天才の仮面の下に隠されていた、あまりにも重く、切実な真実。
お金という冷たい物質の裏側で、二人の少年の人生の軌跡が、時を超えて奇妙に交錯しようとしていた。
第13話「無糖峰の選択」をお読みいただき、ありがとうございました!
完璧な天才として描かれてきた無糖峰の真の目的と、彼が抱えていた意外な想いが明らかになりました。冷徹なエリートの裏に隠された動機を知った駆の心境の変化とは……?
次回、第14話「紙切れの遺言」では、物語はいよいよ最終局面へ。無糖の手を離れるその瞬間、駆が残す最後の奇跡とは――?
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それでは、第14話でお会いしましょう!




