第6話 山は誰のものか (後編)
「モリス山?ドレフォン家の山じゃないのですか?」
周辺の村々を回ってみた結果はちょっとびっくりだった。
どの村へ行っても、村人全員が『モリス山はドレフォン家のもの』と認識していた。
しかもかなり具体的にあそこからここまで、という感じで。
「前にも訴訟があったでしょ?あれでドレフォンさんが所有権を主張するために杭を境界に打ち込んでたからさ」
「訴訟?ん?……杭?」
「10分くらい歩いた先です。見に行きますか?」
少し歩いてみると、確かに山道の脇にボロボロになった杭が打ち込まれていた。そしてそこにはドレフォン家所有の山であることが刻まれている。
「前にあった訴訟ってこの辺りでは有名なの?」
「ええ。みんな知ってますよ。うちの子供が生まれたくらいだから、15年くらい前だったかな」
村々での調査でわかったのは、ドレフォン家とブラウエン家が山をめぐって争うのは今回が初めてではないこと、そして山の所有権を示す杭が境界線に埋められていて、かなり明確な形でドレフォン家の所有権は周辺に知られていた。
「境界から先に入って木とか伐採するとまずいから、気をつけてるんですよ。よく見つかった奴が殺されて訴訟になってるでしょう?」
なってる。
境界を越えて木を切ったとかで隣村の農民を殺害、負傷させてしてしまう事件はたまに起こってる。凶器は持ってたナタ、クワ、鎌だ。農民こわすぎる。
日が暮れたのでアレイアの町で一泊し、翌朝に町人に聞いてまわる。
こっちはモリス山の所有権について知らない人も多かったが、木こりは例外なくモリス山はドレフォン家所有だと認識していた。
山がブラウエン家、ソリタリ村のものだと言う者は誰もいなかった。
「これは……ブラウエンが怪しくなってきたわね」
「とにかく、帰って昔の訴訟の記録を探してみよう」
★
また半日掛けてカルミアへと戻る。
過去の訴訟の件について調べると、15年前にモリス山に関する書類を発見した。
「アニス・ブラウエンのやつ、何十年も払ってないなんて嘘じゃない……!」
ほとんど同じような訴訟をやってブラウエン家が敗訴している。私の親の代のものだ。
ブラウエン家が支払いを渋ったことが発端になって争いになり、モリス山はドレフォン家の所有と裁定されていた。境界に所有を示す杭が打たれたのはこの時だ。
これで20年問題なく山を管理してきたというブラウエン家の主張が嘘だったことが証明された。
「舐められた……」
このカルミア領を治めるのは代々我がカルミア家だ。その家中の中心メンバーは15年前に対してここ数年で全ての家が代替わりしている。自分の経験したモノは覚えているが、あとは特定の訴訟を探すために判例をパラ見したりする程度で、細かく覚えてはいない。
アニス・ブラウエンは「若い領主たちは過去の訴訟を知らない」と舐めたのだ。「ドレフォン家の家が燃えたなら証文や帳簿も燃えた。こっちも若い当主だから詳しく知らない」とやはり舐めた。
許されることではない。なにより癪に障る。
★
執務室にはいつものメンバーが揃った。
「モリス山の訴訟についての調査結果がまとまったわ。ライル、説明して」
「まず証文の写しだけど、これはモリス山はドレフォン家の所有となっている」
つまり私に代替わりした2年前にドレフォン家に山の所有権を保証している。
「周辺の村々ではドレフォン家の山という認識で、村の所有とする者は一人もいなかった」
「一人も?」
「ええ。全員がモリス山はドレフォン家のもので、ソリタリ村……つまりブラウエン家が借りているという風に話していた」
現地の認識は、ブラウエン家が使用料を払って借りていて、それをソリタリ村で管理して使用しているというものだ。
「15年前の訴訟ではドレフォン家のものという裁定が下されている。この時点で20年平穏無事に実効支配していた根拠はない」
証文→ドレフォン
現地の理解→ドレフォン
過去の裁定→ドレフォン
何一つとして村の主張は認められない。
「今年も山の使用料を払うようにブラウエン家へ命じ、改めて山の所有権を証明する書類をドレフォン家に発給する。いいわね?」
「承知しました」
全員が一致して裁定が決定する。
「それと、私がアニス・ブラウエンに会った際、支払いを行っていない証拠として帳簿を見せられたわ」
「改竄の可能性が?いや、そもそも捏造?」
「わからないわ。いずれにせよ、アニスを呼び出して確認しましょう。
ーー翌日ーー
翌日、城に召し出したアニス・ブラウエンに裁定結果を伝えると、観念したのか早々に罪を認めた。
帳簿は捏造されたものだった。
「領主を騙すとは言語道断の曲事だ」
「申し訳ございませんでした」
アニスは静かに頭を下げていた。
人間の集団である以上は諍いが起こるのは仕方がない。それぞれ利害や正しさがある。
しかし今回は領主を騙して他人の所有物を奪おうとした。しかも領主である私を舐めていた節が強い。
「なぜここまでのことをしたの?」
「山はずっと我々ソリタリ村の住民が管理しているのです。自分のものとしたいと考えるのは当然ではありませんか?」
「所有権がドレフォンにある以上、村が管理していてもダメなのはわかるでしょう……」
「わかっております。しかし簡単に納得できるものでもないのです」
それで納得してくれないと領内のあちこちで所有権をめぐって争いになっちゃうじゃない。
「先代のドレフォン当主は『山の使用権を別の村へ渡す』と我々を脅して、使用料を釣り上げて来ました」
「そうなの?」
シャマルの方へ目を向けるが『知らない』と首と手を振っている。そもそもラファル自体も知らないことなのかもしれない。
開発した土地を所有者が一方的にその使用権を別の者に渡そうとして揉めるケースはある。現地で管理する側のことも尊重するので簡単に移せるものではないが、借りてる側からしたら、常に不安がつきまとう。
「そんな時にドレフォン家が火事で燃えたと知りました。証文や帳簿も燃えてるだろうから、もう一度訴訟を起こしてみようと、村で話し合って決めたのです」
やっぱりあの火災が原因だったんだ。
変質者の事件が思いもよらないところへ飛び火してしまっている。勘弁してほしい。
「理由はわかったわ。その上でも、領主としてそれを許すわけにはいかないことはわかるわよね?」
「はい」
「アニス、あなたは隠居しなさい。謹慎もしてもらう。領主を騙したことの罪は大きいわ」
「かしこまりました。罰は如何様にもお受けいたします」
信頼を損ねた代償は大きい。
家は存続させるけど、アニスには一線から退いてもらう。
「しかし、長年にわたり山を実際に管理しているのがブラウエン家とソリタリ村であることは認める。だからドレフォン家が勝手に山を売ったり、使用権を別の者に譲渡したりできないようにするわ」
「本当ですか!」
これなら使用料さえ払えばブラウエン家、ソリタリ村は山を永続的に使用できるし、ドレフォン家も使用料が手に入る。
「もうこんな訴訟は起こさないようにね」
アニスは深々と頭を下げて「ありがとうございます」と一言答えた。
寛大な措置に感謝しなさい。
★
「山がラファルんとこに返ってきてよかったっすよ!」
シャマルは舎弟の利権が守られ、さらに相手に重い罰が下ったことで上機嫌だった。
「でも隠居までさせなくてもよかったんじゃない?」
「そのくらい当然っすよ!領主を騙くらかしてんすから!」
「村のためを思ってやったことだろうしさ……」
「ライル様は優しいっすねぇ〜〜、そんなんじゃ舐められますよ〜〜???」
「……なんかシャマルも舐めてない?」
領民に舐められていいことはない。
いい人ばかりではないし、困窮すれば平気で領主を騙すし、反抗する。
今回は私が舐められたことも原因だと思う。
過去の訴訟を確認していく時はもう少し内容を覚えておくようにしよう。頭がいいわけじゃないから細かく記憶できる気はしないけれど。
私は椅子にもたれ、お茶を口にする。やはり大きな仕事を終えた後のお茶は美味しい。
「なんか、一仕事終えた感出してるけど、仕事が残ってるから今日忙しいよ?」
ライルが私にペンと書類を押し付けてくる。
溜まった書類に視線を落とすと、「はぁ……」と大きなため息が出てしまった。
たまにはベッドでゴロゴロするだけの一日を過ごしたいなぁ……。




