第5話 山は誰のものか (前編)
「知り合いが訴えられてるみたいなんスけど、なんとかならないすかね?」
ある日の朝、執務室へやってきたシャマルが困り顔でそんなことを言ってきた。
「え?どの訴え?」
「なんか山の所有権を持ってるのに、逆に所有権を主張されてるっぽいやつっす」
「あー、あれかー」
ライルが書類の山から当該訴訟の紙を見つけ出す。
うちの騎士家が所有権を持つ山をその近くの在村騎士へ貸していたが、その在村騎士が『長年うちが管理してるからもう自分たちの山』と訴えてきたものだった。
「確か20年間その土地を実効支配してれば、その人のものになるって法律があるんだっけ?」
「そうそう」
この大陸では『20年間実効支配していれば所有権を認める』という面倒な法律がある。大陸法で決まっているものだから、このカルミア領だけではない。
まだ審理は始まっていないが、順番的にはそろそろ取りかからないといけない。
「所有権を認めた書類はないの?」
「んーアイツの家この前燃えちゃってさ。所有権を安堵した証文が無いんスよ」
「この前の変質者騒動で燃えた家ですね」
「あそこかぁ……」
アホみたいな騒動が思わぬ余波を生んでいた。
一応こっちでも証文の写しを保管しているから確認はできるけどね。
まぁでも話は双方から聞く必要がある。新たに所領を保証する必要もあるし。
まずは訴えられた側である騎士に話を聞こう。
「こいつがドレフォン家の当主のラファルっす」
シャマルが15〜16歳くらいの若い騎士を城へ連れて来る。どうも地元の弟分的な子らしい。
「さっそくだけど、詳しく経緯を聞かせてもらえる?」
「はい。ドレフォン家はモリス山っていう山の所有権を持っているんですが、使い道もないから近くのソリタリ村の在村騎士へ年間金貨20枚で貸していたんです」
「その在村騎士は……アニス・ブラウエンで間違いないわね?」
「はい!そいつです!」
ブラウエン家は元は有力農民だった在村騎士だ。ソリタリ村の村長でもある。
ソリタリ村はこのモリス山で伐採した木材を使って炭を焼いている。炭竈もこの山に作られていて、木炭の販売が村の生計の一部を支えている形だ。
「去年は山林使用料が納められたんですけど、今年はいつになっても貰えなかったんです」
「今年からか……」
「それで家来を向かわせたら、『もう山の所有権はこちらにあるから訴訟を起こす」って言い出してきまして……」
「突然だな」
「うちは両親とも死んじゃってるから、どういう契約なのかもよくわかんないんですよ。証文も燃えちゃってるし」
「うーん……なるほど」
証明できるものをドレフォン側からは出せそうにないな。村と交わした契約書はどうなっていたんだろうか。
「所有を安堵した証文は城の蔵を探そう。たぶん一緒にある目録に山の名前が書いてあるはず」
「私が二年前に代替わりした時のやつがあるはず。探してみて」
「よろしくお願いします!!」
「アルマ様がなんとかしてくれるから大丈夫大丈夫!」
シャマルが若い騎士の背中を叩いて励ましている。
「まぁ、なんとかやってみるから。とりあえず待っていなさい」
「よろしくお願いします!!!!」
……とは言ったものの、相手側の主張によっては揉めそうな気もしている。
証文の写しはシャマルが率先して探してくれた。所領の目録には確かにモリス山の名前がある。
「やっぱり所有権はラファルの家っすね!」
「あとはブラウエン家側の主張を聞いて、どうするか決めましょう」
とりあえずソリタリ村へは私が直接行って話を聞いてみることにした。
ビダーヤは奴隷の転売問題で別の町へ行ってるし、スレイマンは帳簿と睨めっこしている。シャマルは当事者に距離が近いので客観的に判断できないかもしれない。
というわけで私が行くことにした。
★
ソリタリ村はカルミアから東に半日ほど。山道を数時間進んだ先にある。
渓谷の道をひたすら進むとベル湖という山に囲まれた大きい湖がある。その湖畔にはアレイアという町があり、さらに奥へ行った先がソリタリ村である。
このアレイア地域一帯は木材、木炭、はちみつ、ガラスなどが生産されていて、ソリタリ村もその例に漏れない。
ソリタリ村に到着した私たちは、在村騎士であるアニス・ブラウエンにモリス山の所有権問題について主張を確認する。
「あの山はドレフォン家から借りて管理していますが、山林の使用料はもう何十年も前から支払っていませんでした」
「ん?払っていない?」
聞いていた話と違うことをいきなり言われてしまう。
「ドレフォン家からの異議もありませんでした」
「今年に入ってから支払いがないと聞いているんだけど?」
「そんなはずはありません。むしろ向こうが今年になって使用料を払えと言ってきたのです」
アニスは困り果てた顔をしている。
「借りていた山は使用料を払っておらず、今年になって『やっぱり払え』と言ってきたということ?」
「はい。これは我が家の帳簿なんですが、山林使用料なんてものはどこにもありません」
確かに載っていない。
「20年以上その状態なら所有権は自分たちにあるはずではありませんか?」
「いいえ。証文の写しがある以上、所有権はドレフォン家にあるわ」
「しかし使用料はこれまで支払っていません。少なくとも『使用料を払え』というドレフォンの主張は納得いきません。長年管理しているのは我々ソリタリ村なのですから」
「まぁそれは考えなければならないけど……」
困った。
本来の所有権自体はドレフォン側にある。証文にあるからこれは間違いない。
しかしその山に対して借りたブラウエン家側は支払いをしておらず、それに所有者側は異議を唱えていなかったと主張している。
領主としては現状を尊重するのが基本なので、それが事実なら支払いを領主から強制することは難しい。
細かい契約内容はラファルの親が亡くなっていて今はもう確認しようがないし……。
「どうするのこれ?」
ライルが顔を近づけて耳元で話す。
「ブラウエン家が罰を受ける覚悟で虚偽の説明をしている可能性もあるわよね」
「あるよねぇ……」
どちらかが嘘を付いているのは間違いない。
二つの可能性がある。
一つはドレフォン家側が正しくて、本当はブラウエン家が使用料を支払っていたのに、嘘の主張、帳簿の改竄をしてきたパターン。
ただこれは虚偽であると証明するためのドレフォン側の帳簿は燃えてしまっている。
ブラウエン家側は燃えたことに気付いてこの訴訟を起こしているのかもしれない。
もう一つはブラウエン側が正しくて、ドレフォン側が火事でお金が必要となったことから改めて山林使用料を求めようとしているパターン。
これも考えられる。
「シャマルには悪いけど、どっちの可能性もあるわよね……」
あのラファルって騎士には悪いが、どちらも疑わないといけなくなっている。
「もしブラウエン側が正しいってなると、領主としての方針は『現状の尊重』となるから無理に支払わせることはできない?」
「そうね。所有権はドレフォンに認めるけど、使用料はなしか減額となるわ」
「それだとドレフォン側は『横領だ!』ってなるよね」
間違いなく、使用料を求める訴訟を起こすだろう。
そうなるとブラウエン側も主張を崩さず訴訟は長期化し、最悪はドレフォン家が実力で山を奪いに行ってしまうかもしれない。なんて面倒くさい展開だ。考えたくもない。
「周辺の村にも話を聞いてみた方がいいんじゃないかな」
ライルは馬を引いてこちらへやってくる。
「周辺?」
「村が5つほどある。なんならアレイアの町でも聞いてみよう」
「今から!?」
「捜査は足で稼ぐもんでしょ?」
「もう帰らないと日が暮れるまでに城は戻れないわよ???」
「こっちに泊まろう。ステラ、宿とかはある?」
「ないよね!?」
「あります」
あるんだ……。
「アレイアは温泉もありますし、近くの古代遺跡目当ての冒険者も多いですから宿ならいくらでも」
それ領主が泊まるようなところじゃないんじゃないの?シングルルームを三人で使うみたいな。それはそれで楽しそうだけど。あとトイレが水洗じゃないでしょ絶対。
「行くよアルマ」
「……行きましょうアルマ様」
「……」
もう行く感じになってるじゃん。
結局、周辺の村を回って話を聞くことになった。仕事だから仕方ないけどさ。泊まるのは嫌なのよねぇ……日帰りがいい……。




