第3話 変質者を捕まえよう(前編)
「昨晩、町に変質者が現れました」
朝の7時半。
業務もまだ始まっていない中で重臣のスレイマンがそう言い放つ。
執務室にはいつものメンバーが揃っている。領主の私、婚約者のライル、家老のビダーヤ、書記官のシャマル、そして財務官のスレイマンだ。
「なに?どういうこと?変質者?」
「昨日の夜に城下が騒がしかったのはご存知ですよね?」
「ん?そうだっけ?」
爆睡してたから覚えていない。
基本的に物音程度では起きないから私は。
「変質者が町に出ましたが、取り逃しました」
「へぇー、怖いわね」
「被害はないのですか?」
「なかった。とはいえ今後、被害者が出ない保証もない。町の女性たちも不安だろうから必ず捕らえる」
今日なかったから明日もないなんてことはない。
そもそも神聖なる私の領内でそんなもんを許すわけにはいかない。うん。捕まえなければ。
「今後は毎晩の警備を増やす。今は騎士団長がいないから、俺、ビダーヤ、シャマルで交代して対応する」
騎士団長モリアーナは騎士団の多くを率いて国境近くの城へ在番に行ってしまった。
我がカルミア領主家はカテリーナ王国という大国に従属している。まぁ王都からは馬車で3週間もかかる辺境なので半ば放置されているんだけどね。
それでも国境警備のため年に3ヶ月間は国境の城へ兵を在番させる決まりになっている。他の領との輪番制なので3ヶ月すれば交代して帰ってくるけど、今はこのカルミアにいない。
「今って何人くらい騎士はここに残ってるの?」
「30人です」
「少なっ……」
我がカルミア騎士団は総勢で150人。それが一番から十番までの隊に15人ずつ分けられている。
今このカルミア城下にいるのは一番、二番なので30人しかいない。
「人も足りないだろうし、私とライルも手伝うわ」
「ありがとうございます。では予定を組み直します」
三人でやるよりは五人の方が楽だしね。私だけ寝てるのも気が引けるし。
「夜に見回りに参加すればいいんですね?」
「そうだ。騎士の隊が二つあるから双方の隊長へ指示や判断を出せ。捕まえるのはやってくれる」
「了解〜。で、犯人はどんな奴なんスか?」
変質者というと前にいたのは、女風呂のぞきの中年男性冒険者とか、妖精と会話できる(自称)下着泥棒の中年男性冒険者とか、女物のスカートを履いて広場で踊る中年男性冒険者。あと女性の住む家のドアノブに体液を付けてく中年男性冒険者。
……異常中年男性の冒険者しかいない。
冒険者は中年になるとおかしくなるの?
「えー、今回の犯人の特徴だが。ヘルム……兜で顔を覆っており、服装は全裸にマント。陰部を露出しながら市中を徘徊して……」
「ちょっと待ってください!」
「どうした」
「思ってたよりも危険人物で関わりたくないのですが!?」
スレイマンが報告書を確認しながら淡々と語る中、ビダーヤが死ぬほど嫌悪感を滲ませた表情で叫ぶ。
確かに想定より遥かにレベルの高い変態だ。
「ただ陰部を露出して走り回っているだけだ。問題ないだろ」
「あるだろ。こっちは未婚のうら若き乙女だっつーの。町中でポコ◯ン出してる奴の面倒なんざ見たくねーっす」
シャマルも半ギレだった。
乙女がポ◯チンとか言うなよ。
「なんで人生で初めて見る男性器が変質者のじゃないといけないんですか!?無理ですよそんなの!」
私だってそうだが?
いや、私は後でライルに見せてもらえばいいか。頼んでみよう。
「関係ない。仕事だろ」
スレイマンが言い切る。
「俺たちが多くの知行を得ているのは、家中の中核として面倒な仕事をするからだろう。嫌かどうかなんていうお前の気持ちは関係ない」
その指摘は正しい。正論。
「ぐぬぬ……」
シャマルは苦虫を潰したような顔をしている。
「まぁ簡単に指示を出しておけば捕まえるのは騎士がやってくれるから。後は捕まえたら聴取とかして牢に入れといてくれるだけでいいんだ。頼む」
スレイマンがすまなそうに二人へお願いする。
「やりますけどぉ……嫌すぎる……」
ビダーヤは涙目で頭を抱えていた。かわいそうに。
★
それから数夜、私たちは当番の騎士と共に城下町の警備に当たった。
一番隊が西側、二番隊が東側を巡回し、担当する私や重臣もどちらかに付いて回った。
しかし半月ほど経っても変質者は現れず、『警備の人数を減らそうか』なんて話も出始めた。
みんな眠いしね。
だがそんな中、ついに私たちの前にその変質者は姿を現した。
「起きてください、アルマ様!」
私は館の寝室で寝ているところを護衛役のステラに叩き起こされた。
ボーッとする頭を切り替える。なんか顔を引っ叩かれた感覚が残っている。
は?ぶったか?領主を?
「外が騒がしいです。変質者が出たんじゃないかと」
窓の外、遠くから騒ぐ声が聞こえる。
なるほど。おそらく例の変態だろう。
今日の担当はビダーヤだ。捕まえた後の聴取とか嫌だろうから代わってあげた方がいいかな。
着替えを済ませて窓から外を見る。広場で騎士が集まってざわざわしている。
追い詰めたようだ。あそこなら挟み撃ちにして捕まえられるだろう。
……なんて思っていたその瞬間
カッ!っと赤い閃光が走ると同時に重い爆発音が轟き、衝撃波が町を襲った。
館の窓ガラスが割れそうなくらいの振動だ。広場に面した家の窓はおそらく割れてるだろう。
「は?」
唖然としてしまった。
どう見ても上級の火炎魔法だった。
え?どういうこと?夜中に町でチン◯出してる変態が高位の魔法使いなの???
「広場へ行きましょう!」
ステラは剣を持ち、急いで部屋を出て行った。私もそれを追って広場へ向かう。
とっさに動ける人ってすごい。でも主人を置いていくな。
向かうまでにも閃光と爆音が響く。
勇者と魔王のバトルみたいになってるじゃない!私の城下町でそんなんすなよ!もう!
広場から少し離れた路地裏に駆けつけると、勝敗が決したようで変態と思しき全裸の男が組み伏せられていた。
「暴れんな!コラ!!殺すぞ!」
「てめぇふざけんなよ!俺ん家の窓バリバリに割れてんじゃねーか!」
騎士たちが怒りの形相で取り押さえていた。
口には魔法の詠唱が出来ないよう布が突っ込まれ、身体は全裸のまま縄で縛り上げられている。人間ってこんなに惨めな姿になれるんだ……。
ビダーヤはどこだろ?と探していると、隅っこで騎士と二人で話していた。ビダーヤは小さく肩をすくめて俯いている。
「お前さぁ、なんでボーッと奥で突っ立ってたんだよ。お前が指揮を執んねぇといけねーんじゃねぇのかよ」
「はい……」
「俺がやったけどさ、こういうの後で揉めるんだよ。わかるか?」
「はい……」
うちの家老がガチ説教されていた。
怒ってるのは一番隊の隊長だ。
「隊長は上下とかないし、隊ごとに縄張り意識とか仲間意識とか強いからさ、俺が二番隊の奴に指示出すと後で『なんでお前が仕切ってんの?』とかなるわけ。だからお前が上にいるわけ」
「すみません……」
役職的にはビダーヤが上なんだけど、たぶん地元の先輩・後輩みたいな関係なんだろうな。
みんなこの町で育って、この町で働くから変な上下関係がずっと維持されてたりする。上下関係が緩すぎる。なんで家格が役に立ってないんだ?
「なにしたらいいか、わかんなくて……」
「わかんねぇなら先に聞くんだよ。新人ならともかくお前は家老何年目だ?」
「次からは気をつけます……」
しょんぼりビダーヤはすべての気力が身体から抜け落ちているようだった。一応は家老なのに。この子。
今、こんな人前で説教しなくてもでもいいでしょ!
……と思いつつも割って入る勇気もないので、二番隊の隊長へ話を聞くことにする。
「騎士に大怪我した人はいる?」
「いえ、切り傷と火傷くらいですよ」
「……あの爆発で?」
ほぼ無傷じゃん。
「詠唱が見えたんで、避けるか防御しました」
え、そんなんで助かるもんなの?さすがに普段から戦闘訓練を受けてる人たちは違うわね。
「隊長たちマジで凄かったっすわ!強ェーのなんので」
若い騎士が隊長を褒める。
「爆発してたのはあの変態の魔法?」
「はい。魔法とか使ってきてビビりましたわ」
「隊長二人がかりでボコしてましたけど、マジで激闘でしたよ」
「こいつすげぇ魔法使うんで、俺も焦りましたよ」
なんでそんなすげぇ男が、公然わいせつで捕縛されているんだ。
変態は今も全裸で縛られたまま転がされている。
町の人もちらほらと外へ出てきて、不安そうに騎士に話しかけていた。
暗くてよく見えないが、おそらく爆発の影響で家屋の窓が破損したり、中がめちゃくちゃになってるだろう。
広場側では魔法が直撃したのか何軒かで火災も起きているように見える。
単なる変質者の捕縛のはずが、事件は結構な大事になっていた。




