第2話 壊れた時計塔(後編)
プリオの町は私の居城カルミアから馬で1時間ほどの場所にある。海に面した港町で、カルミアよりも大きくて栄えている。
私、ライル、ステラの三人は、それぞれ馬に乗って町へ向かう。到着したら少しだけぷらぷらと町を歩いて、屋台で丸いドーナツを買って食べた。こういう気晴らしは大切よね。
本当はもっとあちこち見て回りたかったが、「仕事があるでしょ」との反対で諦めさせられた。
そして魔導具屋へと向かったわけだが……
「は?はい?金貨20枚?」
「ええ。おそらくは魔導バッテリーの寿命でしょう。バッテリー交換だと王都から取り寄せなので、それくらいですね」
時計修理について相談するとそんな回答が返ってきた。
えぇ……そんなにするの……
「そんなにあったら城が建つわね……」
「いや建たないでしょ」
建たないんだ。築城はやったことないからわからない。
「でも、まだ見てもないし、バッテリーと決まったわけじゃないでしょ?」
「そうですね。あくまで推測としてです。ただこの町の時計も前に止まったので、同時期に作られたカルミアのも同じだと思います。もちろん見に行って確認しないと絶対とは言えませんが」
「うーん……」
「かなり高度な技術なんで王都の専門業者に作って貰うんです。輸送とかもありますから、高額も致し方ないんです」
「なるほどね……」
「こっちのは商会みんなでお金出して直したんですが……」
分担して出したわけだ。こっちはうちの領主家しかないから、まるまる負担することになる。うーん。
ライルとステラも腕を組んで口をへの字に曲げている。
「丸っと錘式に変える手もありますけど全部変えるとそこそこお金が掛かりますからね。バッテリー交換をオススメしますよ。おそらく100年は保ちます」
魔導具の理屈はわからないけど、とにかく長持ちらしい。
「でも金貨20枚は厳しくないかしら……」
「日時計とかじゃダメかな?」
「いや、日時計はさすがに無理でしょ」
「だよね」
まぁ鐘も鳴らないからね、日時計。
「一旦、持ち帰らせて。みんなで相談するわ」
領主とはいえ、ちょっと独断で決めるのは躊躇われた。
結局その日はカルミアへと帰り、翌日に重臣を集めて会議で決定することとした。
――翌日――
「えー、というわけで。時計の修復について意見を聞きたいわ。金貨20枚で直すのか、それとも直さないかよ」
城内の居館にある執務室には、我がカルミア家の主要メンバーが集まっていた。
家老のビダーヤ
書記官のシャマル
財務官のスレイマン
騎士団長のモリアーナ
そして私と婚約者兼側近のライルの6人だ。
ちなみにそれぞれ役職は付いてるけど、彼ら重臣は基本的になんでもする。財務だからお金しか扱わないというわけではない。訴訟から治安維持、公共工事まで必要なら動いてもらっている。
「結局は魔導バッテリーというのがダメなので確定なんすか?」
「さっき直接見てもらって、確定したわ。これ見積書」
「うわぁ、本当に金貨20枚ですね……」
見積書を見ながらビダーヤはなんとも言えない表情になる。
「無理に直さずともよろしいかと思います。鐘なら誰かが城か教会のものを鳴らせば済む話です」
そう言うのは財務官のスレイマン。真面目な男で、我が家の金庫番としてお金のことにはとにかく厳しい。
「でもあれは町のシンボル的なのですし、町の人は直してほしいっぽいスよ?アタシは直せばいいと思いますけどねー」
シャマルは賛成らしい。
町の人ともよく話をしているので、下からの意見を吸い上げてくれる。
「判断はアルマ様にお任せします。鐘を鳴らすだけなら、うちの騎士に交代でやらせますよ」
ソファにどっしり腰掛ける女騎士にして騎士団長のモリアーナ。意見はなく領主委任だが、気持ち的には反対っぽさがあるかも。
「直してまた100年近く保つんだったら直したほうがよいのでは。単純計算で年間銀貨2枚と考えればやる価値はある思います」
ビダーヤは賛成。
金貨1枚が銀貨10枚。銀貨1枚が銅貨100枚。なので100年で割ると確かに1年で銀貨2枚となる。月々なら銅貨16枚くらい。酒場でお酒と食事を一食分と少しくらいかしら。
「ライルはどう思う?」
「反対かな。決まった時刻に鐘を鳴らせばいいんじゃない?」
ライルは反対と。
賛成2
反対2
領主委任1
今のところ意見は割れてるわね。
「町人が時計は必要というなら、町人に金を出させればいいんじゃないか?一つの家から銅貨50枚くらいずつ集めれば金貨20枚分くらいにはなるだろう」
「町人の家が1ヶ月に使える金額いくらだと思ってるんすか。出すなら騎士家がメインになるっすよ」
「私は出しても構いませんけどね」
「アタシらの家は裕福だからいいけど、下級騎士はそんなにホイホイ金は出せないっすよ?」
「あー、そっかー」
「臨時の徴税ってなると町人も「じゃぁやらなくていい」って言い出すかも。領主への不満も出るし」
それで町人がどう対応してくるかやってみたい気持ちもあるけど。
「蔵にお金は今どれくらいあるんですか?」
「金貨70枚に銀貨2枚と銅貨が70枚」
「少なっっっ!!」
「春の税も入ってそれですか?」
「そうだ」
カルミア領では米の生産がメインだけど、小麦も作っているので春にも税を取る。その春の税をとっても残ってるお金は少ない。
「これから夏と秋は嵐の季節だし、不安になる金額ではあるね」
田畑に被害が出ると税の減免で来年分の収入は減る。そもそも橋やら街道やらの修復でお金がかかるからお金がないと困る。
「年末に返さないといけない借金もあるから財政は厳しいですよ」
「でも年末には米の分の税が入るでしょ?去年は春秋で金貨2900枚くらいだっけ?」
「入りますが、減免分が多くなると下手したらマイナスです。夏の天候や、嵐にもよりますから絶対に2900も入る保証はありません」
「確実に消える経費はいくらなんすか?」
「2700枚前後。これは必ず必要だ」
表向きは金貨3000枚の領地となっているカルミア領だが、実際は不作やらで税を減免するので、MAXで税が入ることはまずない。
「米の相場によって変動もありますから、今年の税収がいくらかは年末にならなければわかりません。借金を確実に返すためには余剰金を使いたくはないのが金庫番としての意見です」
スレイマンはやや厳しめの口調だった。
ビダーヤもシャマルも反論の術を失っている。まぁ、お金がないというのはどうしようもないからね。
「それと、使いすぎると来年、結婚式を挙げられなくなりますよ」
「え?結婚式?」
あ、私の?
そういえば来年には結婚式だった。そのお金も用意しておかなければならないのか。
「それはかわいそうです!借金してでも式は挙げさせてあげましょうよ!」
「借金で作ったドレスに、借金で買ったご馳走に、借金で買った引き出物、花も飾りも全部借金っすね」
「嫌すぎる……」
結婚式くらいお金の気にせず挙げたいものね……。
「それで、どうする?」
ライルがこちらへ尋ねる。
「借金してでも結婚式はやるわよ」
「いや、時計の話だよ……」
そうだった。時計を直すか直さないかだった。
結婚式の話も大事だけど。
「よし、じゃぁ挙手して決めましょう。直した方がいいと思う人!」
シャマルだけが軽く手を挙げる。
ビダーヤは心変わりしたらしい。
必ずしも全会一致である必要はないけど、押し切ってもよいものか。
「シャマルは反対と……」
「いやー、反論することもないので直さなくてもいいんすけどね。町人たちから頼まれたので一応は反対したという形で……」
「あー、なるほど」
反対はしてた……ということにしておけばいいのね。
町の人たちから頼まれたのに見捨てました、ではメンツに関わるから。
「よし、では今回の時計修理は見送りとしましょう」
私は修理しないことにした。
貧乏な辺境領主の我が家には時計を直すだけで金貨20枚はなかなか大きな出費だ。
気持ち的には時計があったほうがいいのは山々なんだけどね。
「モリアーナ、朝六時から一時間おきに騎士団で城の鐘を鳴らして」
「承知しました」
「朝から大変だけど、よろしく頼むわね」
「問題ありません。張り倒してでも起こしてやらせます」
さすがは我が騎士団。めちゃ暴力的。
「町の人たちにはお金が結構かかるから見送ったことと、鐘は城のやつを鳴らすことを伝えておいて」
「承知しました。後で伝えておきます」
「よし、それでは会議はこれまで。解散」
翌日からこの町では人力で鐘を鳴らして時刻を伝えるようになった。100年以上も働き続けた時計は、その役割を終えた。
まぁ大金が突然手に入ったら直すことも考えようかな。単なるオブジェにしておくのはもったいない。錘式に変えてもいいかもしれない。
動かなくなった時計問題は、これにて解決となった。
———翌日———
「そんな感じで、『生前に親が教会へ寄付した所領を返還してほしい』という騎士からの訴えが来ていましてー」
今日も今日とて、執務室では領内の問題解決に追われていた。
時計の問題は終わっても、それはたくさんある問題の一つにすぎないんだよね。
「うちって、なんでこんなに仕事が忙しいの?」
「人が少ないからじゃないですか?」
それはまぁそうでしょうね。
「重臣を増やしますか?」
「家の格によって出世の限界が決まってるから簡単には増やせないのよねー」
『この家はここまで出世できる』みたいなのが決まっているので、在野から有能な人材を登用するのは簡単ではない。反発があるから、やるならいろいろ根回しがいる。
上級騎士を出世させるにしても大きな手柄を立てないと厳しそうだし、そもそも政治をやれるように家で教育されてないから即戦力にはならないし……難しい。
「でも領主なんてそんなもんじゃないすか?」
「みんな忙しい忙しいって言いながらやってるんだよ」
「そうかー」
「でも午前中には仕事を終えて、昼からはゴルフしてるとこもあるらしいですよ?」
「どうやってんのそれ!?」
こっちは年休20日とかでやってんのに!どうやればそんな風に仕事を回せるの!?
「まぁ他所は他所、うちはうちだからねぇ」
ライルは笑顔で私の手にペンを押し付ける。
苦笑いしながら、机に置かれた書類の山に視線を落とす。
こうして、今日も辺境領主の一日がまた過ぎていくのだった。




