第1話 壊れた時計塔(前編)
アルマの設定画
「アルマ様、こいつにサインお願いしまーす」
「んー、了解ー」
ツインテールの小柄な女子が私のところへ書類を手渡しに来る。書記官で重臣のシャマルだ。
内容は先日の訴訟に関するものだった。
確認して問題がなければ領主である私がサインをして、重臣や騎士を通じて当事者へ発給される。
「サインしたわよ。これ担当者は誰だっけ?」
「なんのやつ?」
「元嫁の不倫相手を刺したやつ」
「あー、僕だね」
そう言って書類を受け取る青年は、私の婚約者のライルだ。
私より一つ上で、従兄にあたる。婚約者でもあるし側近でもあるので、一緒に働いている。
「すみません!ちょっといいですか?」
金髪に褐色肌の美女が執務室へと飛び込んで来る。
我が家の家老職にあるビダーヤだ。
我がカルミア領では家によって就く役職や出世限界が決まっている。ビダーヤは家老を務める家の当主だから自動的に家老になっただけで、能力が認められて家老をやってるわけじゃない。
いや、別にビダーヤを無能と言ってるわけではないからね。彼女はすごく……いい人。うん。
「どうしたの?」
「城下の時計が壊れたみたいなんですが、誰か対応してもらえませんか?」
「時計?時計塔のやつ?」
「そうです」
「アレって壊れるんだ……」
「そうなんです。ずっと動いてたのに」
町の時計塔は城下の広場近くにある。
豪華なものではなく、倉庫と櫓を組み合わせたような質素な造りだ。
朝の六時から夜の六時まで一時間おきに鐘がなるようになっていて、町に時間を教えてくれる。
「朝は鳴ってたましたっけ?」
「……私は覚えてないわね」
寝てたから記憶にない。起こしてもらう前だし。
「町の人からは直してほしいって要望が来ています」
領主の仕事、それは領内の問題を処理すること。つまりトラブルシューティングだ。
住民トラブルの対応、犯罪捜査みたいな警察的な業務から、訴訟の審理と裁定といった法的な業務、さらには道が崩れた橋が壊れたから直せなど役所的な業務まで様々だ。
「あの時計って誰が設置して、所有者は誰なの?」
領主側が設置したものなら直すけどさ。
「ビダーヤなにか知ってる?」
「この城が築かれた時に一緒に領主が設置したって話は聞いたことがあります」
「じゃぁ領主のものか……」
町の方で設置してるパターンなら対応しなくてもいいんだけどなー。
しかしあの時計塔、私たちは全然管理していないはずだけど、これまでどうしてたんだろう。
「なにで動いてるのあれ?」
「魔導具じゃないですか?」
「ビダーヤ、魔法使えたわよね!直せない?」
「いやいや無理ですよ!」
「似たようなもんでしょ?」
「魔法が使えても魔導具はわかんないです!」
「そうなの?」
「馬車を動かすのと、作るのは別!みたいな感じです!」
なるほど、確かにそうか。納得。
「とりあえず中を確認して、修理できそうな業者に依頼する感じ?」
「そうですね。ただ、うちの城下に魔導具を扱える人はいないんですよね……」
そういえば魔導具屋の店主が亡くなっちゃったから誰かに来てもらわないとって話を前にしてたわ。
「隣町のプリオにならいるんですけど……」
「なら時計の件はビダーヤに任せましょ!」
「え!?なんでですか!?」
「だって魔導具屋は隣町のプリオにあるんでしょ?プリオとの取次役はビダーヤなんだから適任じゃない?」
「待ってください!私は午後からカゼノ村でパン屋と風呂屋が喧嘩してる話を聞いてこないといけないので無理ですよ!」
パン屋と風呂屋の喧嘩ってどういうことよ!って感じなんだけど、こんな話は領主によく持ち込まれる。しかも結構遠い村だからたぶん一泊するはず。
「えー……じゃぁシャマルはどう?」
「アタシ?ここの書類を全部書いておいてくれるなら代わってもいいっすよ?」
山盛りの紙の山を前にペンを回すシャマル。
シャマルは書記官として領内に発給する文書をすべて書いてくれている。軽い性格の女の子だが、字は上手い。
「絶対に嫌だわ……」
いくつかの報告書やメモを読んだ上で、領内へ出せるような形式の文章を書く能力もいる。途中で私があれこれ口頭で追加させたりするし。
意外と難易度が高い仕事だからやりたくない。できないことはないけど、時間がかかるし頭を捻りながらやることになる。うん。やりたくない。
「んー……私たちが行くしかなさそうね」
「……私たち?」
ライルが自分を指差して目を丸くしている。
「婚約者なんだから外に出るときは一緒に決まってるでしょ」
「そんなわけないでしょ!?」
「婚約者の女性を獣のような男たちで溢れる町に一人で行かせる気なの!?」
「自分の領地になんてこと言うんだ……」
まぁ割と安全な領地だと思うけどさ。
冒険者界隈とか娼館とか貧民街以外は。
「護衛にステラもいるでしょ?」
護衛役のステラへ視線を向ける。
直立不動といった感じで私の後ろに控え「もちろん行きますが?」という顔をしている。
「ステラは連れてくけど、それはそれとしてライルも連れてく」
「いやぁ……」
「え?領主に逆らうの?」
「逆らうとどうなるの?」
「……どうなるの?」
「いや僕に聞かれても」
そういえば特に罰則とかは決まってないわ。
「もう!とにかく来なさいよ!」
なんだかんだでライルは付いて来てくれた。あれこれ言っても最後には折れてくれるのがライルのいいところだ。折れなければ折るけどね。
★
居館のある郭を出るとすぐに町がある。
本拠のカルミアは辺境らしい古臭い城下町だ。王都のような華やかさはない。
城も質素な作りで、小さな丘の上にある。塀は板塀だし、建物も木造で築100年以上。ただ私の住む居館だけは白壁の館となっていて場違い感がある。快適だけどね。
「おぉ、アルマ様。ちょうど今開けてみたところです」
広場の時計塔に行くと城下町の町長がいた。時計の裏側にあたる部屋の鍵を持ってきたようだ。
「町長が鍵を持っているの?」
「私と、領主家で持ってるはずですが。アルマ様はお持ちではないのですか?」
「ごめん、わからないの。そもそもこの時計塔が領主のものということすら知らなかったから」
「まぁ誰も管理してませんでしたからね。私もここに入るのは久しぶりですよ」
時計の裏側にあたる部屋は埃まみれで、あまり掃除されてはいなさそうだった。まぁ領主がなにもしてないんだから当然か。
「動力源はこれかな?」
ライルは脚立で上へ登り、歯車に接続する機械を確認する。
「えーっと……型番がTSB3400だってさ」
「型番ってなに?」
「製品の識別コード」
「…………うん」
よくわからないが、製品を区別する番号のことっぽい。
機械とかのことはさっぱりだ。
「えーっと、製造が……聖歴1406年?」
「え?120年前?」
現在は1530年なので、正確には124年前。
随分と長持ちなのね。
魔導具で動いていたことはわかるんだけど、それがなんなのかは専門家でないとわからない。
「やっぱりプリオの魔導具屋まで行って確認するしかないわね」
「プリオの魔導具屋なら直せるかもしれませんね。同じタイプのがプリオにもあるんで」
「そうなの?」
「ほら、教会にある時計ですよ」
「あー、あったかも」
「何年か前にプリオの時計も修理していたはずですから、直せるんじゃないかと」
直せそうな業者がわかってるのはそれだけで助かる。こういうのは誰が直せるのか、誰が知ってるのか、よくわからないなんてこともざらだから。
「なら誰かを使者を出して確認させよう。わざわざ僕らが直接行く必要はないしね」
ライルは一仕事終えた感を出している。
脚立に登って文字を読んだだけでしょあんた。
「どうせだから私たちで行きましょうよ」
私はライルに提案する。
プリオくらいならちょうどいい気晴らしになるから直接行きたいんだよね。
「えぇぇ……」
「『えぇぇ』て何?行きたくないわけ?」
「仕事あるでしょ?大丈夫?」
仕事がないわけではないというか、割と忙しいけど。さっきシャマルが書いてた山積みの書類は私が確認してサインしないといけない。
権利の売買、土地の開墾許可、アホみたいな罰金の書類、よくわからん申請書やら、なんでも私に回ってくる。
「帰ってからやればいいんじゃない?」
「本当に?ステラは不安そうな顔してるよ?」
振り返ると本当に不安そうだった。大丈夫よステラ、私はやれる女。なんなら明日の自分に頑張ってもらえばいいしね。




