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彼は、冴えないスイーパー  作者: やまじゆう
Vol.01鉄組壊滅作戦編
12/13

第12話



 午前九時。都内の高級ホテル、スイートルーム。


 静寂に包まれた室内で、一組の男女がテーブルを挟んで向かい合っていた。


 男性は仕立ての良い高級スーツを纏い、深い思慮を漂わせる初老の紳士。警視総監・藤堂俊介(とうどうしゅんすけ)。彼と対峙するのは、凛とした美貌の中に冷徹なまでの決意を宿した神崎茉里華警視。二人は血縁上、叔父と姪という関係にある。



 「さて、重要な話とは何かな? 茉里華ちゃん」



 藤堂は穏やかな笑みを浮かべたが、その瞳の奥には探るような光があった。



 「警察内部に、鉄組の内通者がいます。……それに、この組織で唯一、私が信頼しているのは……、叔父様、あなたしかいません」



 茉里華は、鞄から厚手のファイルを取り出し、テーブルへ滑らせた。



 「これは?」


 

 「警察内部における、鉄組との癒着が確認された警察官および職員のリストです」


 

 藤堂の表情から穏やかな笑みが消えた。


 数百ページにも及ぶ資料は、長い時間をかけて積み上げられた調査の結晶だった。



 「鉄組への捜査が、なぜこれほどまでに後手へ回るのか……。私は以前から疑問を抱いていました」

 


 その疑問を解く為、茉莉華は独自に内務調査を開始した。

 

 神崎グループの調査会社。セキュリティ部門。情報解析部門。更には、海外の民間情報ネットワークまで動員し、膨大な情報を照合・分析した結果が、この一冊にまとめられている。


 藤堂はページをめくる。その表情は、次第に険しさを増していった。

 


 「……馬鹿な」

 


 思わず声を漏らす。

 

 鉄組と癒着していた警察関係者は、およそ五千人。

 

 全国約三十万人の警察関係者の内、約六十人に一人が、何らかの形で鉄組と関係を持っていた計算になる。

 

 それは、警察史上においても前例のない、前代未聞の汚職の規模だった。

 

 情報漏洩。捜査妨害。証拠隠滅。これまで不可解だった数々の事件が、一本の線で結ばれていく。

 

 更に、ページをめくる藤堂の手が止まった。

 

 そこには、見覚えのある幹部たちの名前がいくつも並んでいた。

 


 「……ここまで侵食されていたとは」

 


 低く漏らしたその声には、深い無力感が滲んでいた。

  

 やがて藤堂は、別の資料へ目を移した。


 表紙には、『甘井総介 国際公認スイーパー 公式データ』と記されている。

 

 経歴を追いながら視線を下ろしていくと、評価欄に記された一文字で、その手が止まった。



 『Eランク』

 


 藤堂は資料から顔を上げる。

 


 「……君の目から見て、この『国際公認スイーパー』の実力はどうなんだ?」

 


 茉里華は一切迷わなかった。

 


 「私が保証します」

 


 その返答は即答だった。

 


 「彼の実力は、公式データでは測れません。それに、ICSA(国際公認スイーパー協会)が認証する『Eランク』は、例外的(Exceptional)な意味を持ちます」


 

 静かな口調でありながら、その言葉には揺るぎない確信が宿っている。

 


 「もし、彼が本気で動けば……、鉄組そのものを揺るがす事も不可能ではありません」



「しかし、『公認スイーパー』一人の力など、たかが知れていると思うのだが……」



 藤堂の唇が緩む。



 「『Eランクスイーパー』の実力は、我々の想像を遥かに超えます!」



 藤堂は、茉里華の瞳をじっと見つめた。そこには打算も迷いもなかった。あるのは、一人の捜査官として積み重ねてきた確信だけである。

 

 数秒間の沈黙の後、藤堂は静かにファイルを閉じた。



 「……分かった。このリストの件、及び『彼』の推挙について、極秘裏に検討しよう」



 その一言は、警視総監として、そして、茉里華を信じる叔父としての決意でもあった。


 茉里華は静かに頭を下げた。


◇◇◇


 都内屈指のオフィス街。


 平日であれば、無数のビジネスパーソンが行き交い、車の往来と人々の喧騒に包まれるこの街も、今日だけは異様な静けさに支配されていた。


 道路には人影ひとつなく、交差点には制服警察官が立ち並ぶ。張り詰めた空気だけが、普段とはまったく異なる一日であることを物語っていた。


 高層ビル群の中心に、威圧するようにそびえ立つ漆黒の高層ビル、『黒い巨塔』。裏社会では、その名で恐れられる鉄興業本社ビルである。


 本日、このビルでは鉄組の『定例総会』が開催される。全国各地の鉄組系列組織の親分衆が一堂に会する、一年でも最も重要な会合だ。


 その情報を事前に掴んでいた警視庁は、早朝から本社ビルを中心とした半径二キロメートル圏内を厳重に封鎖。

 

 一般車両や民間人の立ち入りを全面的に規制していた。通行が許可されているのは、警視庁が事前に発行した専用IDカードを所持する関係者のみ。


 四方向に設けられた検問所では、武装した警察官が一台一台、徹底した車両検査を実施していた。


 この現場を指揮するのは、公安部所属の浅光五郎警視だ。


 浅光は、補助要員として現場に姿を見せた茉里華を見付けると、ニヤついた笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄って行った。その表情には、茉莉華を見下すような優越感と、これから始まるやり取りを楽しもうという悪意が滲んでいた。



 「これはこれは、警視庁のアイドル、神崎警視ではありませんか! 先日の記者会見で見事な道化師っぷり……失礼、見事な弁明を披露されたのには、感服いたしましたよ」


 

 嫌味な笑みを浮かべる浅光。



 「この現場は私が指揮を執っています。部外者にうろつかれては迷惑なのですが」



 癪に障る物言いにも、茉里華は微塵も動じない。



 「私にも何か手伝わせていただきたいものですが、いかがかな?」


  

 茉莉華は、協力を申し出た。



 「構いませんが……、くれぐれも、足手まといにはならないでくださいね」



 (くくく……。私の完璧な采配を目の当たりにして、せいぜい悔しがるがいい、神崎茉里華!)



 浅光は、自身の完璧な指揮能力を見せつけて、茉里華を圧倒しようと画策している。茉里華はその下心を見透かしている。



 「では、また後ほど。神崎警視殿」



 浅光の勝ち誇った背中を見送り、茉里華は、東の検問所である第二ゲートへと向かった。


◇◇◇


 第二ゲートは、湾岸地区をはじめ、千葉・埼玉・横浜方面から流入する車両が集中する交通の要所である。


 四つの検問所の中でも群を抜いて交通量が多く、担当する警察官たちは膨大な車列を捌くため、自然と検査のテンポを優先せざるを得なかった。


 それでも検査そのものは厳格だった。運転手の本人確認。車内の目視検査。エンジンルーム。そしてトランクルーム。


 三人一組で役割を分担し、一台につき一分足らずで次々と車を通過させていく。


 その車列の中に、茉里華が手配した高級外車を駆る総介の姿があった。


 ゲート通過まであと一台。誘導係の警察官の元へ、茉里華がスッと歩み寄る。


 茉莉華が何かを告げると、男性警察官は幾度も深々と頭を下げ、恐縮した様子で持ち場を離れていった。茉里華が、「後の手配は任せて休憩を取るように」と巧妙に誘導したのだ。


 やがて、前方の車両が通過し、いよいよ総介の番が回ってきた。


 茉里華は、PIHDを手に、何事もないように運転席へ近付く。



 「IDカードを確認いたします。恐れ入りますが、エンジンルームとトランクルームの点検も並行して行いますので、ご協力をお願いいたします」



 事務的で落ち着いた口調。


 総介も無言で頷き、事前に茉里華から渡されていたIDカードを差し出した。


 別の警察官がエンジンルームを確認し、もう一人がトランクルームを調べ始める。


 後部座席の床には、布で包み切れていない一本の『ククリナイフ』の柄が、わずかに覗いていた。普通なら、その時点で車両は即座に止められる。


しかし、茉里華の視線は、その存在を認識しながらも、一瞬たりとも留まることはなかった。まるで最初から何も見えていないかのように、淡々とIDカードをPIHDへ通す。


 電子音が鳴る。



 「確認しました」



 そう言ってカードを返すと同時に、周囲の警察官に悟られない絶妙な手さばきで、一組のサングラスがカードに重ねられ、総介に手渡される。


 総介は何も言わず、それを受け取る。


 二人の視線が、一瞬だけ交わる。言葉はない。すべては計画通り。



 「エンジンルーム異常なし!」



 「トランクルーム異常ありません!」



 確認を終えた警察官達の報告が響く。


 茉里華は、静かに一歩退き、車へ進行を促した。



 「どうぞ、お通りください」



 総介は軽く会釈すると、アクセルを静かに踏み込んだ。高級外車は、滑るように第二ゲートを通過し、誰一人疑うことなく、『黒い巨塔』の敷地内へと侵入することに成功した。


 後は、茉里華からの合図を待つのみ。


 静寂を纏った巨塔のなかで、静かに『掃除』の時間が始まろうとしていた……。


◇◇◇


 鉄興業本社ビル地下三階の車両保管エリア。


 天井には無機質な照明が並び、広大な駐車スペースは静寂に包まれている。


 総介は、待機の合間に茉里華から託されていたサングラスを静かに掛けた。その瞬間……。

 


 『システム起動……』

 


 無機質な電子音とともに、半透明の文字が総介の視界いっぱいに浮かび上がった。

 


 「これは……!?」

 


 驚きの声を漏らした直後、聞き慣れた優しい声が耳元に響く。

 


 『聞こえますか、総介さん?』



  「み、美里亜さんですか!? このサングラスは……!?」

 


 『総介さんのお役に立てればと思って、茉里華姉様にお願いして預かっていただいたんです。でも……ご迷惑でしたか?』

 


 どこか遠慮がちな声音だった。しかし、総介は思わず微笑む。

 


 「そんな事ありません!とても助かります。大切に使わせてもらいますよ」

 


 『よかったです!』



 その一言には、安堵した気配が聴いて取れた。

 

 地下三階という閉鎖空間にもかかわらず、通信状態は驚くほど安定している。

 

 鉄興業本社ビルは、神崎グループ傘下の建設会社が設計から施工まで一貫して手掛けた建築物だった。


 その為、美里亜は設計図や設備資料を容易に入手できただけでなく、独自に構築したシステムを介して館内のセキュリティネットワークへアクセスすることにも成功していた。

 

 現在、ビル内に設置された約千三百台の監視カメラ映像は、すべて美里亜の端末でリアルタイム監視されている。

 


 『それでは、地下三階の見取り図を送りますね』



 次の瞬間、総介の視界に半透明の立体マップが浮かび上がった。

 

 地下三階全域の構造が立体的に表示され、通路や出入口、エレベーター、階段の位置まで一目で把握できる。

 

 更に、そのマップへ生体感知システムの情報が重ね合わされる。人の存在は色付きのポイントとして表示され、自身は『青』、人的生命反応は『赤』で識別される仕組みだ。

 

 現在、マップ中央には青い光点が一つだけ表示されている。周囲に赤い反応は一つもない。

 

 つまり、この広大な地下三階には、今この瞬間、総介以外の人間は存在しないということになる。

 

 総介は静かに周囲を見渡した。

 


 (……敵影なし)

 


◇◇◇


 正午。


 鉄興業本社ビル三十五階にある大会議場では、全国各地の鉄組系列組織の幹部や組長達が一堂に会する『定例総会』が、厳かな空気の中で開幕しようとしていた。

 

 壇上へ姿を現したのは、『裏経済界の首領ドン』の異名を持つ国松十郎太(くにまつじゅうろうた)だった。

 

 場内を見渡した国松は、ゆっくりと演台に歩み寄り、静かに口を開く。

 


 『現在、日本経済は出口の見えない長い停滞の中にある。しかし、それはあくまでも『表社会』の話に過ぎん』

 


 会場は、水を打ったように静まり返る。

 


 『実のところ、『裏社会アンダーグラウンド』の経済は、かつてないほど潤っているのだ』



 国松は、不況が長期化すると人々は心の拠り所を失い、麻薬、違法賭博、売買春、暴力といった裏社会の市場へ流れていく傾向が強まると語った。

 

それは日本だけではなく、世界各国でも同様である。

 

各地で続く紛争や武力衝突の背景にも、慢性的な経済不況や格差拡大が大きく影響している……。そう締めくくる。

 

 更に国松は、鉄組と強い結び付きを持つ大手機械工業メーカーが、秘密裏に製造した兵器を鉄興業を通じて世界各地の紛争地域へ流通させている現状にも触れた。

 

 鉄組は一部の公的機関とも癒着関係を築いているため、積荷はほとんど検査を受けることなく海外へ搬出される。

 

 莫大な利益は、こうした闇市場によって生み出されていた。

 


 『つまり、現在の日本経済を陰で支えているのは、紛れもなくアンダーグラウンド・マネーだ。その事実を胸に刻み、本日の定例総会を実りあるものにしていただきたい!』

 


 演説が終わると同時に、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

 


 「……ふん。元日銀総裁がよくもそんな台詞を吐けたものだ」



 その様子をモバイルパソコン越しに監視していた茉里華は、吐き捨てるように呟いた。

 

 彼女の端末は、美里亜が構築した監視システムへ接続されており、大会議場を含む館内各所の監視カメラ映像がリアルタイムで映し出されている。


 その頃、自宅の地下研究所では、美里亜がスーパーコンピューターから鉄興業のホストシステムへ侵入し、千三百台の監視カメラ映像を総覧していた。


挿絵(By みてみん)



 「涼音さんは、いったいどこに囚われているのでしょうか……」



◇◇◇


 演説を終えた国松は、ステージ袖で待機していた鉄眞悟のもとへ歩み寄る。

 


 「相変わらず、お見事な演説でございます。国松会長」

 


 眞悟は深々と頭を下げ、湯気の立つ蒸しタオルを差し出した。


 国松は満足そうに頷きながら、それでゆっくりと汗を拭う。

 


 「会長。この後の『宴の席』、すべてご用意しております」

 


 「今年は期待していいのだろうな?」

 


 国松が意味深に目を細める。

 


 「もちろんです。万一お気に召さなければ、昨年同様、お好きなように処分していただいて構いません」

 

 

 眞悟は静かに拳銃を差し出した。

 

 国松は何も言わずそれを受け取ると、眞悟の側近に案内され、エレベーターへ向かって歩き出した……。

 

 国松の背中を見送りながら、眞悟は部下へ低く命じた。

 


 「しっかり記録しておけ。ジジイとガキの絡みは、高く売れるからな……」



 眞吾の不敵な笑みが、その口元に浮かぶ。

 

◇◇◇ 


 国松は、側近に案内されながら四十階最奥部にある『超VIPルーム』の前へ到着した。

 


 「それでは、ごゆっくりお過ごしください」

 


 側近は一礼すると、その場を静かに立ち去った。

 

 重厚な扉だけが、静寂の中に取り残された。

 

 国松はゆっくりとドアノブへ手を掛けた。軋む音を立てながら扉が開く。

 

 豪奢な調度品で統一された広い室内。その中央には、大きな円形ベッドが置かれていた。

 

 その上で、ひらひらと揺れるピンクのロリータ衣装に身を包み、怯えた瞳で国松を見つめる少女……、涼音がポツンと座っていた……。


 挿絵(By みてみん)


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