第22話 遭遇
俺は、村を出る決意をして、
その旨をリーネとルツに伝えた時の
ある言葉を思い出していた。
「君はまだ子供だ。いくら第三等級魔術が使えるといっても、金は簡単に稼げるものじゃない。そんなに楽に稼ぐ方法なんて世の中にはないんだ。」
甘かった。調子に乗っていた。
夢にまで見た世界。新しい学園生活。
ゲームのような職業。
それらに目が眩んで、
正常な判断ができなくなっていたのかもしれない。
命を狩るのだ。狩られもするだろう。
そんな当たり前のことすら忘れてしまっていた。
遊び気分だったのだ。
そうして、二人じゃ到底勝てない数の敵に
囲まれてしまった。
ーーーーーーーーーー
複数の狼獣から、喉の音が、同時に鳴っている。
それが山道の枝木の間を左右から、
じわじわと俺たちを包み込むように響いていた。
その狼獣の中でも一際異彩を放つのが一頭いた。
緑の目をした他よりも一回り程大きな個体で、
身体中に無数とある古傷が奴がこの群れのアルファで
あることを物語っていた。
アルファはこちらと目を合わせたまま
喉を少しだけ低く鳴らした。
それを聞いた、他の個体が一斉にゆっくりと動き始め、
円状に取り囲みながら、徐々に俺たちの距離が縮まっていく。
このまま立ち尽くしていたらまずい。
だが下手に動いては襲いかかられる。
だがこのまま棒立ちもまずい。
もちろん頭では分かっている。
分かっているのだが足が動かない。
目線だけでもなんとか必死に動かし周りを見る。
左右を塞がれている。前にも何匹かいる。
おそらく後ろにもいるだろう。
「ノア」
カイルの声がする。
「ゆっくり、背中合わせになろう。」
相変わらず無茶を言う。
動いたら襲いかかられるだろう。
タダでさえ今にも襲いかかってきそうなのに、
これ以上相手を刺激するような行動をしてどうするのだ。
そうも思うが、このまま何もしなくても殺される。
それも嫌という程にわかってしまう。察せてしまう。
ならばこそ、動くしかないのだ。
ただ一歩、足を踏み出し、
動くという行為にこれほど恐怖を覚えたこともない。
全身の血液がどこかに抜けていってしまったのではないかと
錯覚するほどに体が寒い、寒気がする。
動く、動くぞ......
襲いかかられた際、
即座に魔術を放てるように右手を前に出し、
一歩、また一歩と慎重に、ゆっくりと、
体の向きを変え少しずつカイルの背中側へ回る。
それを見た狼獣達は、俺が一歩、また一歩、と向きを変える度に視界に入っている狼獣全体がそれに合わせて形を変えていく。体の向きも、俺が向きを変えると常にあちらも正面を取り直し、俺を逃がさないと言わんばかりだ。
一歩。
足元の小石が音を立てる。
その瞬間、草むらの奥にいた一匹が、
わずかに身を低くする。
数秒にも満たない時間が、
数分にも数時間にも感じられた。
俺は唇を噛み、ゆっくりと体勢を変えていき、
やっとの思いで、俺の背がカイルの背に触れる。
どちらの冷や汗なのかわからないが、
背中はビシャビシャに濡れていて少し気持ち悪い。
「後ろ側の数は?」
カイルが小さいが、
落ち着き払った声で尋ねてくる。
「3匹....だと思う。」
狼獣から視線を逸らさぬよう、
真っ直ぐ前を向いたまま答える。
「前は5匹だ。こっち側にはあのデカい個体もいる。逃走は後ろ側にだ。」
カイルの声がすぐ後ろからはっきりと聞こえてくる。
そしてカイルはそのまま迷いのない口調で続ける。
「僕が、火魔術と煙玉を使って、奴らを牽制しつつ視界と嗅覚を遮る。同時にノアは風でも土でも、何の魔術でもいいからこの包囲に穴を開けて。そして二人でそのまま全速力で走って下山しよう。」
「あ、あぁ....わかった。」
俺の返事を聞いて、カイルは右手を腰に着けていた袋に
ゆっくりと伸ばし、袋の中から野球ボールサイズの布に覆われた煙玉を取りだした。そして煙玉を握ったまま両手を前に出す。
「じゃあ、行くよ.....」
少し緊張し声が上擦っている。
「うん。」
俺も返事をして、
少し震える左手を上げてゆっくりと前に出す。
それを見て、喉を鳴らして今にも飛びかかってきそうだった狼獣らが、警戒したかのように瞬時に視線を逸らさぬまま、数歩だけ下がり、また喉を鳴らし始めた。
それを見て、俺は覚悟を決めて肺いっぱいに空気を取り込み、腕に魔素を流して、得意の魔術を叫ぶ。
それと同時に後ろからも大きな声がする。
「火魔術第一等級ーーフラッシュアウト!」
「水魔術第二等級ーーアイスブラスト!」
後ろから、耳を劈くかと思うくらいの音がなる。
と並行し、手の中から大きな氷塊が発生する。
すかさず俺はその氷塊を前方に押し出す。
三匹並んでいたうちの二匹は横に避ける。
中央の一匹のみ、打った氷塊に激突し鈍い音がする。
狼獣の体が後ろに弾かれ、草むらの奥へ転がっていく。
少し遅れて、背後から何かを地面に叩きつけたような
「ドンッ」と少し低い音がする。
直後、線香のような白い煙が広がり、前世で愛飲していたタバコのような、鼻の奥を刺すようなどこか懐かしい匂いがした。
「走れ!」
カイルの声で、俺たちは瞬時に駆け出した。
後ろを確認する余裕はなく、来た道を一気に下る。
足元が悪い。木の根がある。石もある。草も枝も邪魔だ。
枝が足首を打つ。草で肌が切れる。靴底が石で少し滑る。
登ってきた時は、滑らないように一歩ずつ探るように昇った岩場も、這うように足を出して進んだあの泥濘も今はそんなことも気にせず走り降りる。
行きの注意して登ってきたあの時間は一体なんだったんだ。と、そう思ってしまうほどに走った。
「ノア、避けろ!」
突然カイルがそう叫ぶ。
驚きながらも俺は、反射的に右へ跳ぶ。
直後、背後から飛び出してきた狼獣が、
さっきまで俺のいた場所を通り過ぎて、
登山道の闇の中に消えていく。
まだ追ってきているのか。
煙玉も閃光も氷も一応当たったはずだ。
それでも、完全には止められていない。
その後も、何度も足を取られかけたが俺たちは走った。
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どれくらい走ったか分からないが、
気付けば山道は既に少し広くなり、
傾斜も緩くなってきていた。木々の隙間から、
下の方にうっすらだが、川が見える。
登山道入口まではまだあるが、
中腹からはかなり下ってきていた。
カイルが後ろを振り返る。
俺も少し遅れて振り返った。
山道には、もう既に何もいなかった。
「.....振り切ったかな。」
カイルはそう言って、膝に手をついた。
俺も近くにあった岩に浅く腰掛ける。
肺が痛い。喉も、膝も。
怪我をした訳では無いのだがどこか痛む。
荒れた呼吸をしばらく休んで整えた後、
俺たちはこの後のことについて話し合う。
「まあギルドに帰るしかないかな。」
「さっきの場所に戻って戦闘っていうのも無理だろうしね....」
「証明部位も取れてないし、依頼は失敗だろうけど仕方ない。」
失敗か。初回の討伐依頼で失敗。わかっていたがきついな。
正直舐めていた。俺ら二人でなどやはり無理があったのだ。
街に戻り、作戦の練り直し、前衛の収集など、
しっかりと計画を立てよう。
今回は勉強。これをしっかりと次に活かせばよいのだ。
「帰ろうか。」
そう言って、足元の泥や手の砂などを払い、立ち上がる。
「そうだね。」
カイルも膝の当てていた両手を離し、
立ち上がったその時、すぐ俺の後ろの草むらが揺れた。
一瞬だったから、気のせいかもしれない。
だがカイルも草むらを見ている。
注意深く観察しようと
近寄るとまたすぐ近くの別の所でも音が鳴った。
直ぐに音の鳴った方向へ顔を向ける。
前方の木々の間に、
先程光った緑色の二つの玉が再び姿を現す。
そしてまた一つ、また一つと、数を増やし、気づけば
あっという間に俺らは囲まれてしまった。
奴らの顔を見ると先程よりも
明らかに目に怒りの色を浮かべ、
牙をギラリと光らせて、一段と低い音で喉を鳴らしている。
奴らは学習したかのように、
今度は、下山する行く手を今度は5匹で塞ぎ、
上手側を3匹で塞いでいる。
「ノア、もう一度だ。もう一度背中合わせに。」
カイルが短く言う。
だが明らかにその声には疲労が混じっており、
余裕が無いことが、互いに通じあっているかのようにわかってしまう。
「あ、あぁ....」
短く返事を返し、もう一度先程と同じように、
一歩一歩とゆっくりとカイルに近づき、
体勢を変えていく。
だが、奴らは俺が体をひねり始めたのを見て、
同じ手は食わないと言わんばかりに、
俺の一番近くにいた、正面の二匹が同時に
俺に飛びかかってくる。
「ノ、ノア!!」
カイルの上擦った声が聞こえる。
焦って腕を出して素早く魔術を唱える。
「火魔術第二等級ーーバーンアウト!」
爆発性の火球を出す魔術。
至近距離で発動すると爆発に巻き込まれる可能性もあったが
咄嗟のことだったので発動してしまい、
爆風に巻き込まれ、体が後ろに飛ばされ尻もちをつく。
「ノア、大丈夫!?」
「うん!大丈夫!」
すぐに立ち上がり答える。
狼獣は爆風を食らっても相変わらず、
威嚇のような喉の音を鳴らしながらこちらを
睨んでいる。その様子からもう逃がしてくれはないだろうことがひしひしと感じられる。
「ノア、やるしかない。ここで戦うんだ。」
カイルは、両腕を狼獣らに向けたまま、
こちらを一瞥もせず淡々と言う。
「わかった。」
俺も覚悟を決め、カイルに短く答えたあと、
じんわりと痺れが残る両手を一度強く握りしめてから
前に出し、狼獣らを強く睨みつける。
「火魔術第一等級ーーフラッシュアウト!」
「水火魔術第三等級ーー ヴェイパーシンク!」
今までで一番大きな水球だったと思う。
上半身を丸々覆い隠すくらいのサイズの熱湯の水球。
それをカイルの閃光と同時に、相手に向かって打ち込む。
前方の五匹のうち、全ての個体が避ける体制を取っていた。
だがやはり大きさが大きさだ。
群れの中央に向かって放った水球は、
五匹のうち二匹に命中し、弾け、
中から飛び出した熱湯が更にもう一匹に当たり、
三匹が鳴き声を上げてその場に倒れる。
それと同時に後ろから二匹が吠え声を上げ、
同時に飛びかかってくる。
腰にかかっている採取用のナイフを右手で取り、
そのままの流れで右首に突き刺す。
左側のもう一匹の狼が口を開き、
中から光でも放ちそうな鋭い牙が見える。
咄嗟に左手を前に出してしまい、
釘のような鋭い牙が、上下から俺の左腕を
挟み、食い込む。
頭まで突き上げるような痛みを必死で奥歯を噛み締める。そして、狼獣の口の中にある手のひらから魔術を放つ。
「風魔術第二等級、ブラスト.....!!」
呪文を唱え、左手が熱くなるのを感じる。
そして直ぐに手の中の熱は弾け、
パンと音を立てて、狼獣の頭ごと破壊する。
血液や皮膚片、毛が顔に飛び散り、張り付き、
さらに目の中にも入り、視界を赤に染め、
目を刺すような痛みが襲ってきて、思わず、声を上げる。
反射的に右手で突き立てていたナイフを離し、
先程の左腕の痛みを忘れたかのように両手で目元を擦る。
「しまった。」
そう思った時には、今度は右足首に鋭い痛みが走り、
言葉にならない声を上げながら、倒れてしまう。
刺すような痛みを必死に耐えて目を開けて足元を見る。
右足首には、浅くナイフの刺さった狼獣が
唸り声を上げながら噛み付いている。
「ああ!!あああああああ!!!」
無我夢中でもう一方の足で狼獣の顔を蹴りつける。
狼の顔の形が変わるぐらいまで何度も何度も目いっぱい、
蹴りつけると、やがて、キュウウン....と声を上げて、
それから狼は動かなくなる。
焦るように呼吸を整え、
右足に噛み付いた狼獣の顔を剥がし、首からナイフを抜き取る。
顔を上げると、
両足と、左腕に噛み付かれ、倒れる瞬間のカイルが見えた。
腕と足に響く痛みを必死に耐えて立ち上がり、
カイルの左脇当たりに、
火魔術第二等級ーーファイアーボールを放つ。
すぐ近くで爆発した魔術に反応し、
後ろに飛び下がる狼獣達を見て、急いでカイルに駆け寄る。
「おい!しっかりしろカイル!!!」
呼び掛けにも目を覚まさない。
......し、死んだ.....??
上半身を抱き上げて、急いで右手首を掴み脈を測る。
ドクン.....ドクン.....
大丈夫だ.....少し弱いが、生きてる.....
少しの安堵と同時に、冷静さを取り戻し、
狼獣を見つめる。
問題なのは、アルファがまだ生き残っている事だ。
奴はヤバい。噛まれたカイルの右足を見ると、
筋肉がちぎり取られ、歯型の痕から少し骨が見えている。
俺も右足を噛まれたが、
骨までなど、全然到達していない。
やはり奴は他の狼獣に比べて、
明らかに頭ひとつ抜けている。
普通の個体二匹に、ここまでやられるような俺が、
カイルを守りながら、アルファと他二匹。
合計三匹を相手に戦えるだろうか。
緊張で息が上がる。
奴らは相変わらず低い音で唸り声を上げ、
こちらを見つめながらゆっくりと距離を詰めてくる。
焦り、右手を前に出すと、
それをキッカケに三匹が一斉に飛びかかってくる。
飛びかかってきたアルファは2mはあるかと思うほどに大きく、開いた口からは先程の狼よりも更に太く鋭い牙が見え、他の個体の飛びかかりとは明らかに威力が違うということが分かってしまう。
突然の攻撃に焦り何も出来ず、死を悟る。
ここで終わりか.....
まだ何も出来ていない。
学園にも入学してまだ一ヶ月も経っていない。
前世で誓ったことも何一つ果たせていないのに。
こんな所で。泥にまみれながら死ぬのか。
そんな事を思いながら、目を瞑ると、
リーネやルツ、フェリシアさんの顔が思い浮かぶ。
あぁ。二度目の人生もこんな中途半端に終わってしまう。
そう思い、襲い来る痛みに身を委ねようとすると、
突然腕の中のカイルがビクッと動く。
慌てて、目を開けて、カイルを見ると、
カイルは瞬きもせずに目を限界ギリギリまで開いていた。
その目は真っ赤に染まり、空を見上げている。
そしてカイルが叫ぶ。
「グ ア゛ア゛ア゛ア゛アアアアアアァァァ!!!!」
前世も含め、今まで人間からは聞いたこともないくらい大きな声で、カイルが叫び、俺の筋肉がブルブルと震えた。
叫び後を聞いた狼獣らもそうだったようで、
飛びかかってきた三匹の動きが、空中でわずかに乱れた。
いや、乱れたなんてもんじゃない。一瞬、止まった。
体は前に飛んでいるのに、頭だけが遅れたみたいに、
動きが噛み合っていない。
飛んできた狼獣らを即座に体をずらし避ける。
アルファの牙が、俺の顔の横を通り過ぎる。
他の二匹も、俺とカイルのすぐ脇を抜け、
勢いのまま後ろの地面に音を立てて転がった。
「っ.....」
俺はカイルを抱えたまま、
反射的に後ろを振り返る。
狼獣たちはすぐには立ち上がらなかった。
地面に足をつけているのに、体の軸がずれている。
一匹は頭を低くして、何度も首を振っていた。
もう一匹は前足で地面を掻き、
ふらつきながら立とうとしている。
アルファだけは立ち上がっていた。
だが、その顔もおかしい。目を閉じ、口を開いたまま、
小刻みに顔全体を震わせている。
カイルを見る。カイルは目を見開いたままだった。
真っ赤に染まった目で、空の方を見ている。
「カイル……?」
返事はなかった。
次の瞬間、カイルの体からスっと力が抜けた。
さっきまで張り詰めていた首も、肩も、腕も、
糸が切れたみたいに落ちる。
「おい、カイル!」
呼びかけても反応はない。
さっきの叫びが嘘だったみたいに、
カイルは完全に動かなくなっていた。
俺は慌てて顔を覗き込む。やはり息はある。
でも、意識はない。
だが、カイルはもう動けない。
俺はもう一度、後ろの狼獣たちを見る。
普通の二匹はまだ首を振っている。
体を立て直そうとしているが、動きは鈍い。
アルファは違った。
ふらつきながらも、もうこちらを見ている。目が合った。
俺はカイルの体を抱え直した。逃げるなら今しかない。
でも、カイルは気絶している。右足は裂かれている。
俺自身も左腕と右足を噛まれている。
立てるかどうかすら怪しい。
だが今何とかして逃げなければ、
もうチャンスは二度とやってこないだろう。
カイルが作ったチャンスを無駄しないために動かなくては。
そう思い、立ち上がる。
痛い。痛すぎる。
噛み付かれた右足から血が滲み出てくるのが感じられた。
最近こんな思いばかりしている気がする。ふざけるな。
痛い思いをしにこちらの世界に来た訳では無い。
痛みを通り越し、怒りを覚えながらなんとか立ち上がり、
アルファに背を向けて歩き出す。
だが足を踏み出すと、力が入らない。
フラフラなのだ。まるで神経が通っていないかのようだ
膝から下が急に、言うことを聞かなくなり、
そのまま、顔に地面が近づいてくる。
それを見て、すかさずアルファが飛びかかってきた。
今度こそ終わりかと思ったその時、
左側の草むらがガサガサと音を立てて揺れた。
狼獣か。
半ば諦めながらそう思った瞬間、
灰色の影が木々の間を抜けた。
そしてすかさずその影は俺らとアルファの間に入り込み、
間髪入れずに鋭い金属音が響く。
灰色の外套。軽い革鎧。
背中に二本の短い剣。片方の剣を抜いたまま、
その人物はアルファを見ている。
女、だと思う。
俺たちより少し年上に見えた。年は十五くらいだろうか。
背はそこまで高くない。
むしろ、近くで見れば小柄な部類に入る。
それなのに、立ち姿だけは妙に落ち着いていた。
狼獣を前にしているのに、
肩にも足にも無駄な力が入っていない。
濃い黒に近い紺色をした短い髪の脇から見える顔は、
整っていて、
思わず見入ってしまうくらい綺麗な顔立ちだった。
大人びているが、幼さが残っていて、普通に街中で見かけたら、剣を振るうような人間には見えなかったと思う。
可憐。
たぶん、この言葉が一番近いだろう。
「下がって。」
短い声だった。
俺はすぐには動けなかった。
「聞こえないのか。そいつを連れて下がれ」
その声で、ようやく体が動いた。
俺はカイルの肩を掴み、
引きずるように後ろへ下がる。
女は左手でもう一本の剣を抜く。双剣。
アルファが低く唸った。普通の二匹も左右に広がる。
女は少しも下がらない。
「ねえあんた、まだ戦える?」
俺に聞いているのだと気づくのに、少し遅れた。
「....あ、ああ。」
「小さいの二匹を止めて。」
「大きいのは私がやる。できる?」
「......わ、わかった。」
俺ではアルファに勝てない。
明らかに彼女の方が強い。
アイツは彼女に任せて、俺は残りの二匹を相手にする。
正直、限界だったが、少しでも機嫌を損ねられて、
見捨てられたらということが頭をよぎり、
それを考えると、できると、答えるしかなかった。
腕に抱いていたカイルを下ろし、地面に寝かせ、
立ち上がり、彼女の横に立つ。
即座に彼女は、アルファに走り込み、戦闘が始まった。
それを見て俺も、右手を地面につけ、魔術を唱える。
「水魔術第二等級ーーアイスバースト」
手をつけたところから氷が一気に広がり、
前方の狼獣に襲いかかり、足元が氷に包まれると、
狼獣が苦しそうに声を上げる。
足が固まったのを確認し、
俺は次の魔術を唱える。
「水魔術第二等級ーーアイスブラスト」
右側の狼の頭を氷の塊が、通り抜け、
狼獣は少し震えたのちに倒れる。
すぐさま、もう一体にもトドメを刺そうと手を向けると、
狼獣は氷から足を引き抜き、うめき声にも似た吠え声を上げながらこちらに向かってくる。
だが、なぜかもう先程のような恐怖感はなく、
落ち着いて、狼獣の手前にファイアボールを打つ。
狼獣には当たらず爆発起こり、爆発した場所に炎が起こる。
その瞬間に先程使ったナイフを、
もう一度掛けてある腰から引き抜く。
狼獣は爆発後の炎を避けて飛びかかってくる。
それに合わせて、俺も前へ踏み出し、
左手で狼獣の顔を掴み、先程と同じように
ナイフを右手で、今度は浅くならないように、
全身を使って、力いっぱいねじ込む。
そうして、
最後の一匹も少しもがいた後に力なく、脱力した。
そうして俺はアルファを除いた、全ての狼獣を倒した。




