第18話 授業
朝、目を開けると部屋の空気が少し冷たくて、
喉の奥が乾いたまま声が出にくい感じがした。
ベッドから起き上がって伸びをして横を見ると、
カイルはまだ寝ている。てかこいつ寝相やば。
首元で両腕を交差させてどこかのアニメで見たような
独特なポーズを取っている。
そんな事を思いながら、制服に袖を通していると、
隣のベッドからカイルが体を起こして、
眠そうな声で「ノア、もう起きてたの?」と言ってきた。
俺は軽くうなずく。
カイルもベッドから出て、立ち上がると、伸びをしながら、
「よし、じゃあ朝飯行こうか。」と自然な声で言ってきた。
おぉ、えぐ。
そんな寝起きで着替えもせず、
すぐ飯食いに行こうはヤバいって。
俺も一応うなずいて、カイルが着替えるのを促して、
着替えを待ちながら、ベッドに横になる。
その後、身支度を整えたカイルと靴を履き、
二人で並んで部屋を出た。
廊下にはすでに数人の新入生が歩いていて、
眠そうな顔のまま食堂へ向かっている姿がいくつも見える。
人が多い場所はまだ胸が固くなるけれど、
カイルがいるおかげで歩く速度が落ちずに済んでいる。
それが嫌でも分かってしまい
逆にこの先の授業がかなり億劫だった。
食堂に入ると、昨日よりもさらに賑やかで、
席を探してうろうろしている学生も多かった。
先に席取りをして、空いている席につくと、程なくして
カイルが二人分のプレートと食事を持ってきて俺の前に座った。
パンをかじりながら、
カイルが喋っているのを生返事で返し、
ふと視線をテーブルに落とす。
今日から本格的に学園生活が始まるのか。
どんな人がいるのだろう。
もう前世みたいにいじめられるのはいやだ。
そんなことを考えながら朝食を食べ終える。
朝食を終えると、カイルが
「初授業の前に名簿記入しに行かなきゃ。」
と言って席からプレートを持って立ち上がる。
俺もつられて立ち上がり、食器とプレートを返却し
食堂を出る。
中央棟の前には、新入生が列を作っていて、
「授業選択名簿記入所」
と書かれた立て札が風に揺れている。
この学院にはクラス分けがなく、
自由に授業を選んで受ける履修登録方式だから、
ここで自分の一年の方向性が決まる。
と言っても必修もそこそこあるのだが。
列に並ぶと、前の学生たちがそれぞれ仲間同士で話している声が聞こえる。授業の構成や当たりの教師、気になっている授業などの話をしている。
自分はまだカイル以外と話す勇気はないけれど、
いつかは、あんな風に大人数で楽しく話してみたいと思った。
―――――――――――
しばらくして名簿記入が始まり、
俺は案内された机で紙を受け取った。
書かれているのは、
一年目に取る必要のある必修授業の一覧。
それに、第三等級相当の俺が受けられる、
魔術理論第三級、魔術理論多重応用、実戦第三等級魔術など。
その中で自分が、
履修したい授業に自分の名前を記入していく。
これがこの学校の履修登録システムのようだった。
横を見るとカイルが、
「どれにしよっかな」と言いながら紙を眺めている。
俺はペンを握り、必修授業の欄に名前を書いていく。
「ノアは、どれ取るの?」
カイルが尋ねてきたが、俺は少しだけ首を傾けて答えた。
「……まあとりあえず必修授業かな。あと基礎系授業。
まだ初年度だしゆっくりやってこうと思う。」
必修授業への名簿記入を終え、
初回授業に向かうため
その場を後にし本校舎に入る。
本校舎の中に入ると
すぐに目の前に大きな中央階段が現れた。
西洋の大聖堂をどこか想起させるような内装になっていて
学園なのにどこか神聖な雰囲気が漂っていた。
その雰囲気に圧倒されつつ中央階段を上がり、
初回授業の教室がある三階までの階段を登り、
二〇二教室を目指して左右に別れた廊下を右に曲がる。
教室の目の前に到着しドアを開けると
階段型になった机が
左、中央、右と三列に別れ、
7つ程置かれていた。
もう既に何人か生徒が座っている。
だが、人数が少ない。
同じ授業をやっている教室が
他にいくつかあると聞いているが、
にしても新入生全員が受講する授業しては
人数が少ないだろう。
(まだ全員集まっていないのか。)
そう思いつつ右側の後ろから二列目の一番端の席に座り、
授業開始を待っていると、
その後新入生が続々と入ってきた。
次にコツコツと教室の外から軽い足音がして
担当の教師が入ってきた。
三十代くらいの中性のような顔立ちで、
超有名海外ファンタジー魔法映画で見たような、
ローブを着ている。
もうすぐで授業開始時刻になろうという時に
おそらく最後の一人であろう生徒がドアを
開けて急いで入ってきた。
そいつは息を切らせながら入ってきて、
中を見渡し席を探していた。
だが既に席は大体埋まっていて、
横が空いているのは俺の席の机だけだった。
そいつはまっすぐこっちの席に向かってきて、
息を切らしながら、
「横に座ってもいいですか」と聞いてきた。
はいどうぞ。
と答えるとその子は少し安心したように椅子を出して、
腰を下ろし、息を整えた。
近くで見ると、そいつは俺と同じくらいの年齢に見えたが、体つきは少し細めで、肩幅も広くはない。
走ってきたせいか、制服の襟元が少し乱れていて、
額に汗が張りついている。
派手な見た目ではないが顔は整っている。
だがどこかオドオドとした自信が無い雰囲気だった。
俺はそいつに少し親近感を覚えた。
教師は横の奴の着席したのを確認すると、
咳払いをして、授業を始めた。
この時間の講義は魔術基礎。新入生全員必修で、
等級も関係なく、魔核を持つ人間なら誰でも受ける授業だ。
だが残念ながらカイルとは違う教室になってしまった。
この授業では、魔術理論でも実戦でもなく、
魔素の扱い方の一番最初を確認する授業で、
内容を聞いていると、
魔術の発動のプロセスは手の中に魔素を集め、詠唱し発動。
みたいな村の図書館の本で読んだような内容が詳しく説明される。
次に教師は黒板に大きく円を描き、
その中央に点を打った。
「これが魔核です。
魔術というのは、魔素を魔核に通し発動するものです。」
魔素は力任せに巡らせるのではなく、ゆっくりと流すもの。
魔核から魔素を外に流し、また戻す。
その循環が安定しない限り、どんな魔術も失敗する。
要約するとこんな感じだった。
最後に、教師は
「では早速やってみましょう。
水魔術第一等級ーーアクアドロップをやってみましょう。」
と言った。
ここでか....?
そう思いつつ手のひらを上に向け、
呪文を唱えてアクアドロップをやってみる。
詠唱をして、パパっと手のひらに水球を出し、
周りを見ると、失敗している人もいるが、
大体は作り終えていた。
さっきの横の奴を見ると、
無事に作り終えて、手のひらの上の水球を見て、少し自慢げな顔をして鼻を鳴らしていた。
その後全員が水球を作り終えたのを確認すると
教師が次の指示を始めた。
「素晴らしい。しっかり全員出来ましたね。では、
皆さん、次にその水球を大きくしていってください。
一応ですが、大きな形に作り直すのではなく....
魔素を流してサイズを変えていくということですからね。」
と言ってから、皆にやってみるよう促した。
俺は手のひらの野球ボールサイズの水球に魔素を込める。
徐々に大きくなり、
バスケットボールサイズになったところで
「バシャ」と音を立てて水玉が弾けてしまった。
やばいっと思い、机を見ると、
水がかかったはずの部分が全く湿っていない。
見ると、周りの生徒も結構失敗して、机を触っている。
それを見て、教師が諭すように話す。
「この机は低級の魔術であれば吸収してくれます。
あまり気にせず、練習してください。だからといって
ふざけて強い魔術を放つような事はしないように。」
なるほどなと納得しつつ、もう一度水球を作る。
さっきは魔素を送り込みすぎたのだ。
形を保つのは、大きくすればするほど難しくなるから、
最初はそこそこ強く流しても大丈夫だが、
形が大きくなるにつれて流す力を緩やかにしないとだめみたいだ。
そう考えながら、詠唱して手のひらサイズまで
水球を大きくして、そこからは緩やかに魔素を流していく。
すると、少しずつ大きくなり、形が崩れることなく、
バスケットボールサイズの水球ができた。
よし。と思っていると、
横から「バシャッ」
と水が弾ける音がする。
さっきの子だ。
横目で見ていると、
アクアドロップを出すまでは普通にこなし、
魔素を流し、サイズを大きくし始めると、
たちまち崩れ、水が机にかかる。
それを二、三回繰り返していた。
俺はもどかしい気持ちに襲われた。
教えてあげるべきだろうか....
でも迷惑かも....
話してあげるべきか、黙っているべきか。
前の世界の俺なら確実に黙っていただろう。
だが、その時の俺は何故か口が動いていた。
「力を入れすぎているかも....」
少し声が震える。
おそらくキモかっただろう。
横の子は目を瞬かせて、俺を見る。
「え?」
ええい!ままよ!!
そう思い。
「魔素を流しすぎなので、
もう少し抑えてゆっくり流してみると出来ると思います。
感覚でいうと出した水球を魔素で撫でるように....」
一瞬の沈黙の後、
その子は深呼吸をして、
詠唱し、アクアドロップを作り出して、
目を凝らすように見始める。
すると、水球がゆっくりと形を変えて大きくなり始めた。
ある程度の大きさになったところで、
ふっと息を吐き、彼の表情が緩み
こちらを見てお礼を言ってくる。
「ありがとう。僕、ニコラ・カフカ。よろしく!」
「ノア・マックイーンです。よろしくお願いします。」
そう言って彼はにこやかな笑顔で手を出してきた。
俺も慌てて手を出して握手する。
するといきなり、教壇から見ていた教師が
俺らに向けて拍手をしてきた。
「素晴らしいです。皆さん見ていましたか。
片方が魔術のアドバイスをして、片方がそれを実践して成長する。そして友情を育む。素晴らしいですね。」
そう言って教師はさらに続ける。
「いいですか。この講義は、
基本的に三年時までこの顔ぶれで変わらず、
持ち上がりです。ですので、彼らのように、
分からない者にはアドバイスをし、
互いに高め合い成長して欲しいのです。
そのような意味であなた達は素晴らしい。
はいみなさん拍手。」
言い過ぎでは???
と思いつつ、拍手を受ける。
なんだか照れくさい。
そう思い、ニコラの顔を見ると、
ニコラも顔を少し赤くして照れていた。
その後は土、風の魔術の拡大をやった。
火と雷は魔術が暴走した際に大変なことになるので、
授業ではやらなかった。
最後に生徒が教卓の前で列になり、
教師が各々出席確認、及び名簿登録を行っていく。
俺の番になり、名前を聞かれ、
「ノア・マックイーンです。」
と答える。
すると、教師が少し目を凝らし、
名簿を確認する。少しの間の後、
「なるほど。今年度の特待候補生ですか。
期待しています。頑張ってください。」
教師が納得したように、そう言って、
言葉をかけてくる。
「ありがとうございます。」
そう言って、俺は教室を出た。
教室を出て、廊下を歩いていき、
階段を少し降りたところで、
後ろから誰かが走ってくる音が聞こえる。
「待って!ノアくん!」
いきなり名前を呼ばれ、振り向くと、
先程の少年、ニコラが立っていた。
「さっきはありがとう!!」
彼は息を切らし膝に手をつき、礼を言ってくる。
「あ....うん全然.....」
突然話しかけられて咄嗟に
素っ気ない返事を返してしまい、
しまったと思った。
彼は荷物を抱えたまま
階段を下ってきて俺の横に立つ。
「すごいね。ノアくんって。なんで僕の魔術が
上手くいかない理由がすぐにわかったの?」
「いや、わかった訳じゃないよ....僕も横で失敗したから。
それでやり方を変えてみたら
うまくいったからそのままその感覚を伝えただけだよ....」
「すごいね!もしノアくんに教えてもらわなかったら
僕、あの授業ではできないまま
終わってたかもしれなかったよ!本当にありがとう!!」
なんというか....純粋な少年だなぁ....
眩しさすらある....
そんなことを思っていると、
ニコラはさらに続ける。
「ノアくんは水以外も、軽々こなしてたよね。
全部の属性を出せるの??」
「うん。一応....全部の属性を第二等級まで...」
「すごいね。
特待候補生ってそこまでの生徒なんだ...」
「他の候補生の事は分からないけど、一応入学試験の決闘の時に対戦した生徒は、水火の複合魔術も使ったよ....」
「そうなんだ....すごいね....」
ニコラは目をキラキラさせながら
すごいすごいと言って話を聞いてくる。
なんというか純粋な少年の目だ.....
「ねえねえ僕たちさ、3年生まで同じクラスなんだよね。
じゃあさ、友達になろうよ!!」
お、おう....
ニコラは笑顔でこっちを見ながら手を出してきた。
「うん....さっきも言ったけどよろしく。」
そう言いつつ、手を出して握手を返す。
落ち着いてはいたものの、心の中では
結構嬉しかった。
頑張って授業で声をかけた甲斐があった.....
その後、次の授業に出るために二人で決闘場まで移動する。
その間も、ニコラは俺に色々なことを聞いてきた。
魔術の師匠は誰なのか。この学校に入学したきっかけ。
複合魔術について。出身地等々。
ひとつ聞く度にすごいすごい!と言ってニコラは
楽しそうに話を聞いていた。
そしてわかったのだが、この学校の入学のハードルは俺が思っていたよりは低いらしい。
ニコラは第一等級しか扱えず、かつ得意属性も
水と火のみと言っていた。
それで入学できるのであれば、第三等級まで使用できる俺はかなり余裕を持って入学できたんじゃないだろうか。
と思う。思いたい。
その後聞いたのだが
この世界の学園に入る前の子供は、第一等級を扱うことさえ出来るのであればそこそこ才能があるらしい。
俺の周りでも第二等級以上を行使出来る魔術師はフェリシアさんを除けば、あのアブナイ奴だけだったな。
意外と学園に来るような奴は第三等級ぐらいなら
軽々と使うような猛者ばかりなのかと
思っていたがそうでも無いようだ。
そんな事を考えながら決闘場まで移動する。
以前入学式のため使用した場所だが、
改めて入ると少しあの時とは違う雰囲気がある。
中に入ると、
もう既に中央にはそこそこの人数が集まっており、
いくつかのグループを形成して仲間内で話していた。
俺とニコラも近くまで行き、
授業が始まるのを待つことにした。
近くまで歩いていくと、
一つのグループの中にカイルがいるのが見えた。
どうやらカイルも魔術決闘の授業に参加するようだ。
カイルは相変わらず、
持ち前のコミュ力で色んな奴と話していたが、
俺を見つけると、こっちに来て、話し始めた。
授業の内容や始まる時間、先程の授業についてを
話していると横にいるニコラが気まずそうにしているので
ニコラを紹介することにした。
まずカイルにニコラと仲良くなった流れを説明し、
ニコラにカイルを紹介する。
ニコラは最初こそ気まずそうにしていたが、
カイルの人柄により、すぐに仲良くなった。
その後3人で適当な話をしていると、
魔術決闘の教師が4人程来て授業が始まった。
周りを見るとそこそこの人数の生徒が集まっている。
教師達は名簿から生徒の名前を呼んで、
呼ばれた生徒はその教師の生徒の前に並ぶ。
やはり、生徒数の多い学園だからか、ほぼの授業がこのような、教師が生徒を分割して受け持つという授業形態を取るようだ。
ということで生徒が続々と呼ばれていく。
大体は知らない名前だが、
俺はその呼ばれた生徒の名前を知っていた。
「アーク・グレイ」
ん?聞き間違いかな?
俺の事をぶちのめした嫌な奴の名前が聞こえた気がしたが。
そう思った直後俺の横を少し背の高いやつが通り抜ける。
顔を上げて、見ると、奴だ。
奴だった。
野郎はいつも通り、なんの興味もなさそうに、
周りの生徒をゴミでも見るかのような目で見ている。
そして、奴は呼ばれた教師の列に並んだ。
俺は咄嗟に教師の顔を確認した。
その教師は、見ると身長は前世の俺よりも少し高く、
180cm後半で、筋骨隆々のいかにも体育教師といった
感じで、服装はアンダーアーマーのようなものを着て、
その上からベンチコートのようなものを羽織っており、
顔からは自信が溢れている。
前世で通っていた高校の空手部の主将がこんな感じだったな。
俺はその教師を確認し、
自分の名前がその教師の口から出ないことを
必死に心の中で祈った。
続々と4人の教師から名前が呼ばれていき、
次に、カイルが呼ばれた。
カイルも、もうなんとなく察していたのだが、
やはりあの筋肉教師に呼ばれた。
そして少し間が空き、
ニコラもやはり仕組まれていたかのように、
そのクソ教師(仮)に呼ばれ、
そしてその後俺の名前が呼ばれた。
もちろん俺もそのクソ教師(確定)
に名前を呼ばれたのは説明するまでもない。
そんなこんなで、
俺は入学試験で対決しほぼトラウマになった
あの野郎と同じグループでこれから1年間
魔術決闘を行わなくていけないことが決定した。




