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魔素の兆-サイン-  作者: 錦の旗印
第二章 学園入学編
19/30

第17話 共鳴儀

学生食堂の前まで行くと、

中からざわざわとした声が聞こえてきて、

扉が開いた瞬間に一気に空気が押し寄せてきた。


さっきまで入学式の会場にいた人たちが

そのまま流れ込んでいるみたいで、

長い机がずらっと並び、料理の匂いと人の声が混ざって、

初日らしい賑やかさが広がっている。


カイルが「入るよ」と言って足を進めるので、

俺も後ろからついていく。


食堂の真ん中あたりから

少し奥の方で空いている席を見つけ、

カイルが先に座り、俺もその向かいに腰を下ろす。


席に着いて少しすると、

先程入学式で話していた校長が台ようなものの上に立ち、

軽く手を挙げて周囲を静かにさせた。


堅苦しい雰囲気ではなく、

「今日から皆さんはアルメリアの一員です。

どうか学園生活を楽しんでください」

という定型文みたいな短い挨拶で、

そのまま拍手が起き、昼食会が始まった。


料理が次々と大皿で運ばれてきて、

周囲の学生たちが好きなものを

取りながら席へ戻っていく。


肉の焼けた匂い、

柔らかいスープの香り、

焼きたてのパンの匂いが混ざっていて、

思ったよりも食堂の雰囲気は温かい。


カイルは嬉しそうに皿に肉を盛りつけ、

「ノアも早く取らないとなくなるよ」と言ってくる。


俺も皿を持って、

少しずつ料理を取って、席に戻った。


しばらくすると、

目の前の席に数人の新入生が座り始めた。


緊張した顔をしているやつもいれば、

もう友達ができているのか、

隣と楽しそうに話しているやつもいる。


その中のひとりがちらっと俺たちを見て、

「君たちも新入生だよね」と声をかけてきた。


「はい。そうです。」と答えると、

相手が軽く微笑んで名前を名乗ってくる。


続けて他の二人も挨拶をしてきて、

俺は小さく「よろしくお願いします。」

と返す。


そこからの会話は全部カイルが持っていった。


「僕は南のミストレア出身でさ、湿気がひどいんだよ」

「食堂の料理美味しいね。これ僕好きな味付けだな」

「入学式の会場広かったよね」


そんな調子で、

話題も雰囲気も全部カイルが明るくしていて、

目の前の新入生たちもすぐ打ち解けていた。


俺はというと、

話を振られた時だけ返事をしていた。


それ以外は、

皿の上の肉をゆっくり噛んでいるだけで、

会話に自分から入ることはない。


(……俺、今めっちゃ嫌な奴に見られてるだろうな。)

(ていうかカイル……こいつマジでコミュ力高すぎんだろ)


そんな卑屈なことを考えながら、

気配を消すみたいに料理を黙々と食べていた。


しばらくして、

新入生が別の席へ移動していき、

少し静かになったところで、

俺は早めに切り上げることにした。


皿を片付けて立ち上がり、

カイルに「先に部屋戻る」

と伝えると、


カイルは

「うんわかった。また後でね。」

と笑って答える。


部屋に戻ると、

寮の廊下は昼食会に行った生徒ばかりだからか静かで、

ドアを開けて入ると少し安心したような気持ちになった。


机の上に鞄を置き、ベッドに座り込むと、

さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かで、

頭がぼんやりする。



「……明日は街に行くか」


羽根ペン、インク、授業用のノート、

コップ、服、リュック。

足りてないものが多い。

学園の中でも買えるものはあるけど、

どうせなら街の店でちゃんと見て選びたいからな。


そう思いながら布団に横になると、

眠気がじわじわ来て、気づけばそのまま寝ていた。




ーーーーーーーーーーーー


翌朝は、

昨日早い時間に寝たのもあってか

心地よく目が覚めた。


カイルのベッドを見ると、

気持ちよさそうに寝ていて、

起こせる空気じゃない。


俺はそっと立ち上がり、

最低限の支度だけして部屋を出た。


階段を降りると、

朝の食堂は昨日よりずっと静かで、

半分寝ぼけた顔の学生がちらほらいるくらいだった。


料理台にはパンとスープ、

それから焼いた卵が並んでいて、

好きに取っていいと寮母が言う。



俺は皿を手に取り、適当に盛って席に着いた。

朝ごはんを口に入れながら、昨日の昼食会を思い出す。


(昨日、浮いてたよなぁ俺……)

(カイルはすげぇな……あの場でも普通に喋れるんだから)


考えれば考えるほど少しだけ気分が沈むけど、

食べているうちにだんだん落ち着いてきた。



手早く食事を済ませ、皿を返却口の置き、

外出届を記入しに、寮の玄関まで戻る。


寮では12歳以下、又は第三学生までは

外出届を書く必要がある。

書くための箱は玄関横にあって、

小さな木の棚に紙が束になって置いてある。


ひとつ取って、

行先と目的を書く欄に

「街へ買い物」

「授業用品・日用品の購入」

と記入し、名前を書いて箱の中へ入れた。


そのまま腰につけていた硬貨袋を開け、

中身を確認する。


買い物には十分足りる量が残っていた。

袋の口を結び直し、

窓の外を見る。

寮の扉を抜けて石畳の道に出ると、

まだ朝の空気が少しひんやりしていて、

頭がしゃっきりする。

門まで歩き、門番の人に軽く会釈して学園の外へ出た。


坂を少し下ると、アルメリアの街並みが広がっていた。


昨日、馬車で通りかかった時にも見えた通りだが、

自分の足で歩いてみると印象が少し違う。

石造りの建物が並んでいて、

一階部分はほとんど店になっている。


この街は、上から見ると、囲碁の盤のようになっていて、

通りには荷車を引く人や、

カゴを両手に下げた人がいて、

それぞれの生活の音が混ざっていた。


とりあえず、文具が先だなと思い、

大通り沿いを歩きながら看板を見て回る。

しばらく進むと、

羽根ペンとインク瓶の絵が描かれた板が吊るされている店を見つけた。


中に入ると、棚に羽根ペンがずらっと並び、

インク瓶や紙束がきれいに積まれている。


机の上には、

魔術式用の専用紙みたいな少し高そうな紙もあった。


「いらっしゃい。」


奥から出てきた店主らしきおじさんが、

俺を見るなり適当にそう言う。


「学校で使う、普通の羽根ペンとインクが欲しいんですけど……あまり高すぎないやつで。」


そう伝えると、おじさんは棚の一角を指さした。


「こっちが学生向けだ。軸は簡素だが、先は悪くない。インクもこっちの黒が一番減りが遅い。」


いくつか試し書き用のペンが置いてあったので、

一番握りやすそうなものを選び、

インクと一緒にカウンターへ持っていく。

ノート用の紙束も二冊分買って、硬貨を数えて支払った。

思ったよりは高くなかったので少し安心した。


次は服だ。

今持っているのは村から着てきた服と、

この前買った最低限の着替えだけで、

洗濯を考えると心許ない。


文具屋を出て、通りを少し曲がると、

布地や服の絵が描いてある看板を見つけた。


中にはシャツやズボン、

ローブの簡易版みたいなものが並んでいて、

壁にはベルトや小物も掛かっている。


店の人と相談しながら、

授業に着ていっても変じゃなさそうなシャツを二枚と、

丈夫そうなズボンを一本選んだ。ついでに、ボロボロになりかけていた腰のポーチも新しいものに替える。


服の包みが一つ増えたことで、片腕が少し重くなった。


次に、小さな雑貨屋に入り、金属製のコップと、机の上を少し片付けるための小さな木箱や仕切り板などを買う。インク瓶やペンをそのまま転がしておくと、絶対こぼす未来しか見えない。


ここまでで、かなり荷物が増えた。


通りの端にあるベンチに一度腰を下ろし、買ったものをざっと確認する。


羽根ペン、インク、ノート、服、コップ、ポーチ。

最低限は揃った。


そこでふと、昨日の夜のことを思い出した。


そういえば……寝たとき、枕がなんかなぁ……

柔らかすぎて、妙に落ち着かなかった。

沈み込む感じがどうにも合わない。



前世で使っていた枕の感触を思い出す。

そこそこ硬くて、頭が沈み込まないやつだ。


こっちの世界にニト◯とか無いかなぁ……

あそこの枕、けっこう気持ちいいんだよな……


もちろんあるわけもないが、ついそう思ってしまう。


とりあえず寝具を売っている店を探すことにして、

通りをもう少し奥へ進む。


布を干している店の前を通り過ぎ、パン屋の横を抜けると、掛け布団やシーツらしきものが窓から見える店があった。

入口の上の看板には、ベッドと枕らしき絵が描いてある。


中に入ると、

店の中は綿と布の匂いが混ざったような匂いが鼻を抜ける。壁際には布団が積まれていて、

その隣に枕がいくつも並んでいる。

ふわふわに膨らんだものから、

平たく硬そうなものまで種類は多い。


店の奥から出てきた中年の女性が、

にこやかに声をかけてきた。


「何かお探しかしら。アルメリア学園の寮の子?」


「はい。寮で使う枕を探していて……

あまり柔らかすぎないものがいいんですけど。」


そう伝えると、女性はすぐにいくつかの枕を棚から出してきた。


「これなんかどう? 中に細かい木の粒が入ってて、形が崩れにくい。こっちは乾燥させた草を詰めてあって、少し癖のある香りがするけど、硬さはしっかりしてるわよ。」


試しに手で押してみる。木の粒の方は、

押すとゆっくり沈むが、すぐに戻る感じだった。

低反発というのだろうか。前世の枕に近い気がする。

草の方は.....少し独特な匂いがあるな。


「じゃあ、木の粒が入っている方にします。」


「はいはい。寮の子にはそれが一番人気ね。」


女性が布で包んで紐で結んでくれた枕を受け取り、

硬貨を渡す。今日の買い物の中で、

一番満足度が高い気がした。


店を出る頃には、両手が完全に塞がっていた。

片方の腕には服と雑貨、もう片方には文具と枕の包み。


(……大荷物だな。)


そう思いながら、坂道を登って学園の門へ戻る。夕方の光が少し赤くなってきていて、建物の影が長く伸びていた。


門をくぐり、寮までの道を歩く。

行き交う学生たちも少しずつ増え始めていて、

皆それぞれに荷物を持っていた。

教本らしき束を抱えているやつもいれば、

杖を手にしているやつもいる。


寮の玄関に入ると、階段を上る足が少し重く感じた。

部屋の前まで来て、鍵を回して中に入る。


机の上に買ってきたものを一つずつ置き、

服はタンスにしまう。コップは机の端、

インクとペンは木箱にまとめて入れて置いた。


最後に買ってきた枕をベッドに置いて

寝心地を確かめることにした。


横になると、

うーん。なんともいい感じじゃないか。

元の世界のニト〇製品と比べるとやはり劣るが、

にしてもそこそこいい感じだ。


これからは安眠できそうだ。



ーーーーーーーーーー





翌朝は、目が覚めると

陽の光がカーテンの隙間から差し込んでいて、

部屋の木の床が少し白っぽく光っている。


体を起こしベッドから降りると、

着替えを済ます。


昨日買ってきたノートと羽根ペン、

それから新しい服を机の上に並べて、

今日必要になりそうなものだけを鞄に入れていく。


反対側のベッドでは、カイルが制服の襟を軽く整えていた。髪を手ぐしで直しながら、ちらっとこっちを見る。


「準備、もう大丈夫そう?」


「うん。あとは、鞄を持ったら行けるよ。」


そう答えると、カイルは少しだけ口元を緩めた。


「じゃあ一緒に行こう。共鳴儀は研究棟の奥みたいだし、

迷うと面倒だからね。」


俺は鞄の紐を肩にかけ、鍵を確認してから部屋を出た。


廊下はまだ人影が少なくて、

足音だけが木の床に吸い込まれていく。


階段を降りて寮の玄関を抜けると、

朝の空気が肌に当たって少しひんやりした。

胸の奥が少しだけ軽くなる。


研究棟は本校舎の横に建っていて、

他の建物よりも少し無機質な印象だった。


石造りなのは同じなのに、

壁の表面が滑らかで、

光を鈍く返すせいか、

どこか冷たい雰囲気がある。


入口の上には金属の板が取り付けられていて、

「研究棟」と刻まれていた。


廊下の壁には魔術式らしき線が刻まれていて、

それが建物全体で魔素の流れを外に漏らさないようにしているのだと何となく分かる。


「ここ、

魔素が暴れても外には出ないようになってるんだってさ。」


カイルが壁を軽く指先でなぞりながら言う。


「共鳴儀って、魔核に直接負荷をかけるし、

魔素を多く放出をするから、

場所を選ばないといけないんだろうね。」


「なるほど……そういう場所なのか。」



廊下を進んで突き当たりを曲がると、

少し広い待機室のような場所に出た。


そこには既に何人もの新入生が集められていて、

椅子に座って順番を待っている。

壁際の扉には「魔素共鳴観測室」と書かれた金属プレートが取り付けられていた。


受付の机に座っている女性が、

新しく来た俺たちを見て手元の用紙を確認する。


「新入生の方々ですね。

共鳴儀は一人ずつ個別に行います。

結果を巡って余計な軋轢が生じないよう、

他の方の前で階位を告げることはありません。

呼ばれた方から順番に観測室へお入りください。」


淡々とした口調だが、

言っている内容は分かりやすい。

要するに、階位が低かったからといって笑われたり、

逆に高いからといって変に注目されたりしないようにするための配慮ということだろう。


俺たちは空いている椅子に腰を下ろした。

周りでは小さな声が飛び交っている。


「第一等級以下とかだったらどうしよう……」

「せめて第二あわよくば第三くらい欲しいよな……」

「七とか八とか本当にいるのか?」


誰もが自分の結果を気にしていて、

でも相手には聞けないという空気が漂っている。


カイルは隣で腕を組み、

特に緊張した様子もなく天井を見ていた。


「ノアは、どのくらいだと思う?」


急に話を振られて、俺は少し固まる。


「えっと……正直、よく分からない.....

村で魔術を教わってはいたけど、

階位で測ったことはなかったから....」


「そっか。まあ、あまり気にしすぎても仕方ないよ。

魔核の規模は生まれ持った生来のものだから、

結果がわかったところで本人はどうにも出来ないからね。」


そう言って肩を軽くすくめる。

落ち着いていて、

慰めるでもなく煽るでもなく、

ただ事実として言っている感じが

逆に俺を落ち着かせてくれる。


順番はゆっくりと進んでいき、

名前を呼ばれた新入生が一人、

また一人と観測室の奥へ消えていく。


出てきた顔を見る限り、

泣いているやつも笑っているやつもいない。


ただ、皆きちんと自分の中で何かを飲み込んだような表情をしていた。


数人が終わったころ、受付の女性が俺の方を見た。


「ノア・マックイーンさん。」


名前が呼ばれ、俺は観測室の扉の前まで歩き、

軽くノックしてから中に入った。


中は思っていたより広くはなかった。

四角い部屋の中央に、

半透明の楕円形を魔石?を填めた装置がひとつ置かれていて、その周囲を囲む壁は、薄い灰色の石で出来ている。


装置の両脇には、

机に座った白いローブを羽織った若い二人の男性がおり、

装置の目の前にはローブを着て、手にクリップボードのようなものを持った初老の男が立っていた。


髭を短く整えていて、少し髪の薄い、疲れた目をしている。

パッと見、ただのくたびれたおじさん。といった印象だ。

おそらく補助官だろう。



「ノア・マックイーン君で合っているかな。」


装置の前にいたくたびれオジが

落ち着いた声で話しかけてくる。


「はい。よろしくお願いします。」

俺も挨拶を返すとくたびれオジは続けた。


「私はこの学園の魔核研究担当だ。

ここでは君ら、新入生の魔核の共鳴を観測し、

魔素との適合を確認し該当する魔術等級を測らせてもらう。

具体的な数値を君に知らせることはしないが、

おおよその等級はこちらで記録し、

後日通達させてもらう。」


そう言って、測定装置の魔石の中央部分を軽く叩く。


「では、ここに右手をかざしてくれ。

そしたらこの装置で魔核の容量を測定することが出来る。

君は肩の力を抜いて、

ただ普段通り魔素を巡らせるだけでいい。」


俺は装置の上に手を乗せた。

半透明の表面は冷たくも熱くもなくただ静かにそこにあるだけだった。


言われた通りに、

普段、魔術を使う前のように胸の奥から魔素を巡らせる。


最初は何も起こらなかった。


だが数秒後、装置の内部に薄い光が灯った。

最初は針の先ほどの小さな点だったのが、

ゆっくりと広がっていく。

色は淡い青で、息を吐くたびに少しずつ濃くなっていくように見えた。


くたびれオジが、水晶板のような部分に手を当てながら、

水晶版を見て、呟く。


「ふむ……素晴らしいな。

第二等級は確実に超えている……

第三、いや、もっと上か……?」


淡々とした独り言が続く。

俺はただ、言われた通り魔素を巡らせながら、

その声を聞いていた。


光がさらに強くなる。


半透明だった装置の中が、

今度は青から紫へとゆっくり色を変えた。

装置の外側に刻まれた線が淡く光り、

足元の床にも細い光の筋が走る。


「……おかしいな。」


オジが眉をひそめる。


「このあたりまで来ると、

普通は光が安定して収束するはずなんだが……」


その言葉の直後、光が弾けるように膨らんだ。


部屋全体が、淡い紫の光に包まれる。

耳の奥で低い唸りのような音が響いた。

装置の表面に細かいひびのような模様が走り、

すぐに消える。


壁に埋め込まれている魔素吸収の石が、

一斉にぼんやりと光り始めた。


「これは……」


オジの声が、今度ははっきりと驚きを含んでいた。


「制御層が一段階上がっている……?

いや、そんなはずはない……」


くたびれオジは慌てた様子で装置の側面に触れ、

独り言を呟きながら何かの調整を試みる。


制御層?なんの話だ?


俺はとりあえず何も言われていないので

そのまま魔素を流し続ける。



だが光は収まるどころかさらに強くなり、

天井近くまで伸びていく。まるで装置の内部だけでは足りず、部屋全体に広がろうとしているようだった。


「……まさか」


呟きが漏れる。


次の瞬間。

オジの声が跳ねるように大きくなった。

「こんな反応、学園始まって以来だ!!」

いきなりの大きな声に心臓が跳ねた。


続けて彼は信じられないものを

見るような顔で俺の方を向いていた。



彼は完全に目を見開いていて、俺と装置を交互に見ている。


「魔核の反応域が……第五等級の上限を超えている……?

いや、これはもう常識の範囲外だ……」


震える声で言いながら、

オジは装置に手をかざし何か唱えた。

それでも光はしばらく揺れ続け、

その後ようやく少しずつ収束し始めた。


光が収まり、オジが手を下ろすと、

焦るかのように急いで装置の両脇にいた補助官二人を観測室から退出させた。


補助官二人が退出したのを確認して、

オジはドアに鍵を掛けた。


いや、えっ、ちょ。なに急に、怖。


そして、彼は振り返って俺を真っ直ぐ見て話し始める。


「君。そのまま手を離さずに、少しだけ聞いてほしい。」


「君……その魔核の大きさ……

普通なら魔核と魂のバランスが合わず、

魂そのものが負けて徐々に弱り、死んでいるはずだ……!」


ん?ん??いや何の話だ?

以前本で読んだ魔核崩壊の話か?

いやでもあれって、魔術を限界を超えて使いすぎるとヤバイ

みたいな話だった希ガス.....



などと考えている間にも男は興奮したように話を続ける。




「信じられん……なぜ君は無事なんだ……?」



んな事言われても....

元のノアくんは死んでるし。

でもノアくんは俺が転生して乗り移るまでは

ちゃんと生きてたみたいだったが。




オジは唇を噛むようにして、もう一度装置に手を当てた。

測定装置の光はほぼ消え、今は最初と同じように中心のみがほんの少しだけ淡く光を放っている。


「……君がどこから来て、

どういう経緯でここにいるのかは、私には分からない。

ただひとつ言えるのは君はこの世界の魔術体系から見て、

明らかに外れた存在だということだ。」


まずい。俺が別の世界から来た奴だってことに気づかれた?


考えている間もおっさんは話を続ける。


「結果そのものは、

学園の記録として八等級に当てはめて処理する。

だが本質的には、どの等級とも同列には語れない。」


更におっさんは一言続けた。


「このことは他言しない方がいいだろう。

君の胸に中にしまいなさい。」



転生者だとバレたのかは分からないが、

様子的にはひとまず大丈夫そうなので、

俺は装置から手を離す。


手のひらがじんわりと汗ばんでいる。


「測定結果は封筒で、寮に届くので見るように。

だが、これだけの魔核を持つのは、

おそらく初代学長以来だろう....」


少しだけ言い淀んでから、オジは続けた。


「おそらく君はこれから、色々な事に巻き込まれるだろう。それは君が優秀な才能を持っているからだ。

才能を無駄にせず、頑張りなさい.....」


その言葉が、やけに耳に残った。





「ありがとうございました....」


それだけ言って頭を下げると、

くたびれオジは小さく頷いた。


「こんな観測が見られるとは思わなかった。

こちらこそありがとう。」


部屋を出ると、待機室の空気が急に軽く感じた。

さっきまで耳に重く響いていた言葉が嘘のようだった。


椅子に戻ると、カイルが少し身を乗り出してくる。


「おかえり。どうだった?」


「えっと……普通だったみたい。

特に何も言われなかった。」


口から出た言葉は、それだけだった。

起こった事や言われた事を

うまく説明できる自信がなかったし、

自分でもまだ整理できていなかったので、

あのオジにアドバイスされた事に従う事にする。


カイルはあっさりと頷いた。


「そっか。それならよかった。僕の番もそろそろかな。」


そう言ったところで、受付から名前が呼ばれた。

カイルは立ち上がり、「じゃあ行ってくるね」と言って観測室の中へ入っていった。


椅子に座り少し休む。

何故か分からないが

結構疲れた気がする。


目をつぶって腕を組んで下を向き

居眠りする。


しばらくしてカイルが戻ってきて、

俺に声をかけてくる。


目を開けて、カイルの顔を見るが、

顔色などは特に変わっていない。

結果を尋ねるが、

特に何も無く普通だったとのこと。




全員の測定が終わる頃には、

もう午前の終わり近くになっていた。


共鳴儀の予定はそれで終わりで、

初日は授業は行わないらしい。

解散の案内を聞いた後、

俺たちはそのまま学生食堂へ向かった。


昼前の食堂は、そこそこ混んでいた。

新入生たちがそれぞれのテーブルに散らばって座り、

共鳴儀の感想のようなものをぼそぼそ話している。


俺とカイルは、

入口近くの空いている席に腰を下ろした。

パンとスープ、肉と少しの野菜を皿に盛って、

ただ黙々と口に運ぶ。


「共鳴儀、意外と魔素持っていかれるね。」


カイルがスープを一口飲んでから言う。


「そうかもね。なんだか、疲れた気がする。」


「でも、そうやって一回測っておかないと、

今後の授業を組めないらしいからね。」


落ち着いた口調で話した後、

パンをちぎって口に入れる。


カイルは続けて、

昨日どこかで聞いてきたらしい話をしてくれた。


「明日からは、

全員が同じ導入期講座に出ることになるらしいよ。

魔素の扱い方とか、安全な詠唱の仕方とか、

魔術の歴史とかそういう共通の基礎ね。

そのあとで、共鳴儀の結果をもとにして、

第一から第三等級向け、第三以上向けみたいに、

演習の難易度が少しずつ分かれていくらしい。

教室も『第一等級教室』『第二等級教室』

って感じでいくつか分けてあるって聞いたよ。」


「じゃあ、いわゆるクラス分け、

という感じとは少し違うのか。」


「うん。

固定のクラスで全部の授業を一緒に受けるんじゃなくて、

授業ごとに集まる顔ぶれが変わるみたいだよ。

得意属性別の少人数クラスもあるとか。」


「そういう仕組みにしておくと、

途中で等級がもし上がった時に、

授業を変えやすいシステムみたいだね。

魔核容量が爆発的に変わるということはないみたいだけど、ある程度は上がるらしいからね。」


説明を聞けば聞くほど、

元の世界の大学の授業の仕組みに似ている気がした。

時間割を自分で組んで、行きたい講義に出ていく形。

違うのは、そこに魔核の等級という基準がくっついているところだろうか。


「ノアは、どんな授業を取りたいとかある?」


「まだ、あまり考えてないけど、

世界の歴史や、魔素そのものについてを深く学ぶみたいな授業を学びたいとは思ってる。」


それ以上詮索することなく、

カイルは話題を食堂のパンの種類に変えた。


昼食を食べ終えると、午後は完全に自由時間になった。

俺達は一度部屋に戻ることにした。


寮に戻ると、

受付で寮母の人から、

学園の制服が入った袋を渡され、

サイズを確認してみるように言われる。


二人で礼を言って、受付を後にし、

制服の袋を小脇に抱え、階段を上がる。


部屋に入り、袋を机に置くと、

カイルは「少し暇だから校内を歩いてみる」

と言って廊下へ出て行き、俺はベッドに座りこんだ。


話相手がいないので、

部屋が急に静かになってしまい、

昨日はうるさく聞こえてきた、

廊下からの喧騒も今日はまったくない。


やることもないので、図書館でも行こうかと思ったが、

同年代が多いであろう空間に

長い間居るのはやはり苦手なので、

躊躇して、結局行くのはやめた。




諦めてベッドに横になり、

両手を頭の後ろに組んで、仰向けになりながら

先程の共鳴儀のおじに言われた事を思い出す。


「その魔核の大きさ.....

普通なら魔核と魂のバランスが合わず、死んでいるはず。」


そんなことを言われた。

でも今のところ、俺は特別おかしくなった様子もなく、

こうして座っている。


転生してきてから、ここまでのことを一度頭の中で並べてみる。言葉を覚え、村で暮らして、魔術を覚えて、学園を受験して、入学して、寮に入って、授業の準備をして。忙しいことばかりで、「なんでここにいるのか」という根本的なところを考えずに済んでいたのかもしれない。



胸の奥が少しざわつく。

答えなんて出ない。誰に聞けばいいのかも分からない。

それでも、さっき測定室で聞いた言葉が、頭から離れない。


「……そういえば」


自分でも驚くくらい小さな声で呟いていた。


「なんで俺って……この世界に転生して来たんだろう……」




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