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魔素の兆-サイン-  作者: 錦の旗印
第二章 学園入学編
18/32

第16話 入学式

馬車の揺れが止まり、

馬車の扉が開ける音がする。


目を開くと、既にもう何人か馬車を降り始めていた。

急いでカバンを背負い、俺も後に続く。


馬車を降りると、少し日の光で目が眩み、

顔の前に手を持ってきて、朝日を遮る。


数秒して、目が慣れてきて手をどけると、

目の前には大きな門があった。


門の周りは3、4メートル程の巨大な塀に囲まれ、

門の奥は中央通りになっており、

長い中央通りのその奥には西洋の城を

彷彿とさせる大きな校舎が建っている。


見ると、校舎の尖塔の頂で、

アルメリア本校の紋章旗が風を受けて揺れている。


校舎は、石造りで歴史を感じるが、

決してボロいという感じではなく、

長い時を経ているはずなのに、

手入れの行き届いた佇まいをしている立派な校舎だった。




ふと見ると、門の奥の中央通りから誰かが歩いてくる。


「新入生の皆さん、こちらへ集まってください!」


声が響いた。



御者の人に促され、

荷物を抱えたまま、門をくぐりぬけ、

呼ばれた方へ歩いていく。


全員が門をくぐり、軽く整列し始めている。


俺も他の新入生に混じって列の中に焦るように入る。



黒いローブを羽織った教員らしい女性が立っていて、

手には、何か羊皮紙のようなものを持っている。



その教員らしき人物はシルエットから

女性だということは何となくわかるのだが、

女性にしてはかなり身長が高く、

おそらく180cmは優に超えており、

横では誰かが「でっけぇ……」とつぶやく。



うん、それは俺も思った。




教員は俺たち全員が揃うのを見届けると、

微笑みながら話し始めた。


「ようこそ、アルメリア魔法魔術学校へ。

本日は、遠方からのはるばるお疲れさまです。

皆さんはこの世界でも有数の魔術学院を受験し、

見事合格を勝ち取った将来有望な魔術師です。

胸を張って、ここでの学びを始めてください。」


真昼の光がローブの縁を照らして、

やたらとキリっとして見える。




「これから、皆さんを寮へ案内します。寮では部屋に荷物を置き、同室となる学生と少し交流してみてください。

仲良くするかは皆さん次第ですが……少なくとも、入学式が終わるまでは協力しあえるとよろしいかと思います。」


さらっと、

とんでもないこと言うね。

初対面の学生と交流ってかなりキツいんだが。




「そして重要な点がひとつ。

本日、入学式と食事会を執り行います。

時間は、全新入生が到着した後になります。ですので、

全新入生が到着するまでの間は自由時間となります。

寮で過ごしても、敷地内を散策しても構いません。

ただし、無断で敷地外に出ることは禁止です。

よろしいですね?」


一斉に「はい」と返事が重なって、

俺もとりあえず声を合わせた。

やけに声が出てしまった気がして、少し恥ずかしい。


「では、寮へ案内します。私について来てください。」


教員が行く方向に手を出し、その後歩き始める。



歩き始めると、

新入生たちがざわざわし始め、

それぞれの足音が重なって、

寮へ続く小道へ流れ込んでいく。


俺もその後ろについて歩く。

背中のカバンが思ったより重くて、

肩に食い込んで少し痛い。


小道の先は思ったより広く、

日陰に覆われた並木道みたいになっていた。

木漏れ日が制服に落ちて、昼なのに少し静かだ。

街道とは違う匂いがする。


少し歩くと立派な建物が見えてくる。

寮の前の広場まで来て、教員の女性が立ち止まり、

後ろを振り返って言う。


「寮はこの広場では新入生全員分の合計6棟あります。

男子寮と女子寮がありますので、

男性の皆さんは左側の蒼鷲(そうしゅう)寮へ。

女性の皆さんは右側の鳳麗寮ほうれいりょうへ。」


蒼鷲寮。

名前だけ聞くと強そうだな。

かっこいい。




最後に教員の女性が大きな声で言った。


「それでは、皆さん。寮母さん達が中で待っていますので、順番に受付を済ませ、部屋番号を受け取ってください。

入学式は昼頃ですので、

時間になったら再度この広場へ集合するように。」


教員はそう言って、軽く会釈して戻っていった。

新入生たちはそれぞれ緊張した顔のまま玄関へ向かっていく。


言われた通り、左側の一番手前の寮のドアの前まで歩く。

寮の前まで来ると、その大きさがわかるな。


先程の校舎も大きいなと思ったが、

こちらもそこそこ大きい。


三階建てで、窓枠や手すりに細かい装飾が施されていて、

村の家と比べると完全に別世界だ。



玄関前には、

前に到着した学生らしき人たちが数人いて、

集まって、設置してあるベンチで談笑している。


すでに友人の輪ができてるみたいで非常に焦る。


......非常に焦る。(大事なことなので2回言う。)


荷物を背負い直し、

扉の前に立つ。

寮の扉は重厚な木でできていて、

左右にゆっくりと広がるように開く。


中に足を踏み入れると

木材の落ち着いた匂いと床板がわずかに軋む音がする。

目の前に受付台があり、

その両側には長い廊下が左右に伸びていて、

受付では白いエプロンを身につけた寮母さんが二人、

慣れた手つきで用紙を確認しながら、

淡々と入寮手続きを進めていた。


近づくと、

片方の寮母さんが軽く顎を引くようにして

「はい次の方、お名前どうぞ」とだけ言う。


俺は荷物を抱え直しながら

「ノア・マックイーンです」と答える。


寮母さんは「はいはい、ノア・マックイーンさんね。」

と言い、用紙をパラパラとめくり俺の名前を確認した。


「ノアさんは、207号室です。

鍵は部屋に置いてありますからね。

右の廊下を突き当たりまで行って階段を上がれば着きますよ。」

と事務的に説明される。


もう一人の寮母さんを見ると、

隣の学生の書類にペンを走らせ続けている。


忙しそうだな.....

昨日、今日で、大量に学生が来て、

それを一気に処理するんだからまあ大変だよな.....


そんな事を思いながら、

寮母に礼を言って、

案内された通り右側の廊下へ向かう。


廊下は壁に等間隔でランプが取り付けられ、

柔らかい光が床に淡く映っている。

昼間なのに少し薄暗くて静かで、

その静けさが少し不気味だった。



廊下の突き当たりには階段があり、

上層階へと続いていた。


手すりは丁寧に磨かれ、

段差なども埃一つ見当たらないぐらい

清掃が行き届いていた。


少し緊張しながらも、階段を上がっていくと、

二階に出ると、目の前にドアがあった。

見るとプレートには208と刻まれている。


208か....と思い、

振り返って、斜め右後ろのドアを見ると、

207号室の数字が刻まれたプレートがある。


深呼吸してノックを軽くしてから、

ドアノブを握り「失礼します」と声をかけ、

ゆっくり中に入ると、

中は、窓から日差しが差し込む明るい部屋で、

二つのベッドと二つの机、小さなタンスがあるだけだった。


古い木の香りと少し新しい布の匂いが、

混ざっていて清潔感がある。


すでに奥のベッドには他の誰かの荷物が置かれていて、

同室の奴がいるんだなと分かったそのとき

「あ、君がノアくん?」と声がして振り返ると、

灰色がかった癖っ毛の少年が立っていた。


背は俺と同じくらいで、

少し人懐っこい笑みを浮かべながら、

「僕はカイル・ガルド。今日から同室だよ、よろしくね。」

と自然に手を差し出してきて、

俺は少し慌てながらもその手を握り返し、

「あ、ノア・マックイーンです、よろしくお願いします...」

と伝える。


彼は、はにかみながら、

「荷物とか多い?手伝おうか。学園生活楽しみだね。

せっかく同室なんだし友達になろうよ。」

などと落ち着いた口調だが、マシンガンの様に喋る。


俺は首を振りながら

「い、いえ大丈夫です、そんなに荷物多くないですから....

今日からよろしくお願いします。」

と戸惑いつつ答える。


だが内心では、

(こういうタイプって、きっとすぐ別の友達作って、

俺とは、話してくれなくなるんだろうな。)

と斜に構えていた。


その後、ぎこちなくベッドの横に荷物を置いて、

カバンを開き中身を机や棚に移したり、

布団を平らに整えたり、筆記具を揃えたり、

身の回りの整理を行っていく。



だがその間も、肩はずっと強張ったままだったようで、

そんな俺を見たカイルが、

「最初は緊張するよね。

でもここいいところだよ。窓から庭も見えるし。」

と言いながら、取っ手をひねり、

少し窓を開け風を通してくれる。


外から寮の裏庭の芝の匂いと、

昼の柔らかい風が入ってきて、どこか心地良い。


だが同時に不安もやはりあって、

全部ごちゃ混ぜになりながらも

なんとか荷物整理を終え、

ベッドの端に腰を下ろして深く息を吐いた。


その間も、カイルは、

「ここって100年以上の歴史のある学園なんだって。

すごいよね。」とか、

「新入生って全員でどのくらいいるんだろう?」

など、もう止まらず、ずっと喋り続けていた。


当の俺は、

「そうですね。」

「おそらく1000人やその程度じゃないかと思います。」

など敬語で距離を置いた話し方をしてしまっていた。


カイルは俺が短く返したのを聞くと嬉しそうに

「よかった、それじゃあ少し話そうよ、

同じ部屋になるんだし仲良くなりたいしさ、

それに敬語も使わなくていいよ。」と言う。


俺はまだ慣れない部屋に緊張しながら


「そうですね……じゃなかった....そうだね、よろしく」


と返してカイルの方を向き直って座ると、

カイルが早速、

「ノアってどこ出身だい?

僕はここから南東にある、ミストレアって街の近くの、

渓谷の近くの里に住んでるんだけど、谷にあるから湿気がひどくて、洗濯物が全然乾かないんだよー.....」

などと、話し始める。


俺は、

「あ……僕は南西の小さな村で、

学園よりずっと下のほうにある.....」

と答え、カイルは、

「へぇ村かぁ、のどかでいいね。

僕も街と言っても大したところじゃないけどね」

と笑いながら、


続けて、「あ、そういえば、ノアって今何歳?

僕は14歳で早めに、試験受けて入れたって感じなんだよね」

と続けてきて、俺は少しだけ言いにくさを覚えつつ

「12歳で……推薦状を書いてもらって....」

と答えると、カイルの目が丸くなり

「12歳!?しかも推薦....すごいね。

この学校の推薦状って、

超優秀じゃないと貰えないやつだよ、

どうりで落ち着いてると思ったよ。」

と素直に褒めてきて、


俺は「いや……そんな、大したことは」と返す。


実際落ち着いてる様に見えるのも

コミュ障なだけだし.....



カイルは勢いそのままに

「ねえノアって魔術の属性だと何が得意なの?

僕は風が一番しっくりくるんだけど、

他のは全然安定しなくてさ。」

と身を乗り出し、


俺は

「僕は火と水が出しやすいかな、

村で少し教わったくらいだけど....」

と言うと、カイルはまた驚いた声で

「12歳で二属性!?才能あるなあノアは。」と言ってくる。


いやまあ、一応全属性使えるんだけど.....

と思いつつ訂正するのも自慢っぽくなって嫌なので、

スルーする。


俺は「いや本当に初歩だけだよ」

と嫌味みたいに返してしまい、すぐに、しまった....

と思った。


だが、カイルは気にも止めていない様子で、

「でもさ魔素って気分屋みたいに動く時あるよね、

僕なんて落ち着いてやれって言われても

無理でよく失敗しちゃうんだ」と笑って、


俺も思わず

「魔素は……確かに気まぐれかもしれないね、

僕もよく分からないよ。」と返していて、


カイルが

「でもやっぱり相性ってあるよね、

僕は風が体に合ってる感じするし、

ノアは火と水が自然なんだと思うよ。」

と自信満々に言うから、

なんだか嫌じゃない気がして

「そうかもしれない。」と返す。


風が窓から吹いてカーテンを揺らし、

その音に少しだけ緊張がほぐれ、

気づけば俺は、

「僕は風と土が一番苦手だったよ。」

とぽつりと話していて、


カイルが

「じゃあ得意も苦手も逆なんだ。

面白い組み合わせだね僕たち。」と無邪気に笑うから、


なんとなく嫌な気持ちが徐々になくなり

「そうだね」と笑いながら返し、

まだぎこちなくはあるが少し楽しかった。




そんなことを話していると、

下の階が急にざわつき始めたようで、

床板がわずかに震えた気がした。


さっきまで静かだったのに、

いきなり大勢の足音が重なったみたいな音が広がって、

階段のほうからは誰かの笑い声や、

荷物を引きずるような鈍い音まで聞こえてくる。


部屋の空気が少しだけ落ち着かなくなった気がして、

俺はベッドの端から立ち上がる。


カイルが窓の外にちらっと視線を向けてからこちらを見て、


「新入生の最後の集団が来たみたいだね。

多分これで全員そろうよ。

そろそろ入学式が始まるはずだし行こう。」と言う。


俺は机の端に置いてある鍵を手に取り、

肩からかけていたカバンの紐を握り直して、

「うん。」と短く返事をしてからドアの方へ向かう。


カイルが先にドアノブを回して廊下側へ出て、

俺もその後に続く。


廊下にはすでに何人かの生徒がいて、

それぞれ鍵をかけたり、服の襟を直したりしていた。


扉が閉まる音や靴音が連続して響いていて、

さっきまでより明らかに人の気配が増えている。

カイルは鍵をひねって軽く確認してから、

「よし」と小さく呟き、廊下を先に歩き出す。


俺も少し距離を空けないように、

歩幅を合わせてついていく、

二階の廊下を進むと、

階段の方から押し寄せるような声が聞こえてきた。


階段を下りる途中で、下の階の様子が見えてきた。

玄関へ続く広間には、

新入生らしき男子がぎゅっと詰まっていて、

皆一度に動こうとするせいで、

なかなか前に進めていない様子だった。


肩と肩がぶつかりそうになりながら、

誰かが「押すなって。」

と文句を言い、

違う奴が「ごめん」と笑いながら答えている。


そういうやり取りの輪の外側を、

俺たちはできるだけ目立たないように通っていく。

人の流れに逆らうとすぐにはぐれそうだったから、

カイルの背中を視界の真ん中に置くように意識して歩く。


ようやく玄関まで出ると、

扉の向こうから明るい光が差し込んでいて、

外の空気がうっすらと冷たく感じられた。


寮の外には、

もう別の団体らしき新入生のグループがいて、

それぞれ何人かで固まって話している。


さっきまで室内にいたせいで、

昼の光が思ったより眩しくて、

一瞬だけ目を細めてしまった。


カイルは特に気にしていない様子で、

「じゃ、行こう。そこまで遠くないよ。」

と言って、人の流れに沿って歩き出す。


俺はカイルの横に並ぶ位置まで少し急ぎ足で追いつく。


「入学式の会場って、魔術決闘場って所なんだよね。」

と俺が確認するように言うと、

カイルは「そうそう。

ほかにあんな人数入れる場所ないしね。

普段は決闘の授業とか、公式戦とかに使うんだって」

と答えた。


普段から決闘をさせる学校って野蛮だなぁ....

と思いつつも、

魔術を教える場所なら普通なのかもしれない、

と自分に言い聞かせる。


寮の前の広場から石畳の道に出ると、

左右には低い木が並んでいて、

葉の隙間から光が細かくこぼれていて、

木漏れ日が制服の袖や肩にまだら模様を作っていて、

風が吹くたびにその模様が揺れる。


しばらく歩いていると、

カイルが少し声のトーンを落として

「そういえばさ、ノア。

入学式のあと、食堂で昼食会があるらしいよ」

と言ってきた。


更にカイルは

「新入生全員と、一部の教員と、

それから生徒会とか上級生も少し来るって聞いた。

なんか毎年恒例の行事なんだって」

と続ける。


俺は「昼食会……」とだけ呟いてから、

「そうなんだね」と付け足した。


言いながら、

自分で思っていたより、

声の調子が沈んでいたのが分かる。

知らない人の中で、

知らない人と同じテーブルに座って食べる光景を想像して、胃のあたりが少しだけ重く感じた。


それでも、

ここへ来ると決めたのは俺自身だし、

こういう場を避けてばかりもいられないなとも思う。


やがて、前方に大きな建物が見えてきた。

外壁は灰色の石で積み上げられていて、

左右には高い壁が伸びている。


入口は大きなアーチ状になっていて、

その奥が少し薄暗く見えた。

近づくにつれて人の声が反響するように耳に届く。


元の世界の中学校や高校にあった、

体育館や大学のスポーツセンターの入り口を思い出して、

「なんとなく似てるな」と心の中で思う。


もちろん見た目は違うし、

こっちは魔術用っていう時点でまるで別物なのだが、

天井がなくて剥き出しの感じや

中に入ったら少し空気の冷える感じなど、

そのあたりの感覚だけは少し重なる。


アーチをくぐって中へ入ると、

予想通りひんやりした空気が肌に触れた。

広い内部の真ん中には椅子がずらっと並べられていて、

すでに多くの新入生が立っていた。

会場は楕円形のような形になっていて、

奥には人が登るための一段高い場所が設けられている。


その周囲に椅子が整然と並び、

そのさらに外側は決闘用なのか、

少し高い位置に観覧席のような段が続いていた。


「けっこういるな……」

と小さく呟くと、

カイルも「だよね」と返す。

「一学年でどのくらいだろ?200……300はいるかな。」

と言うから、「そのくらいだと思う」と短く答えた。


人の数を数える余裕なんて無いけど.....



視界に入るだけでも相当な人数がおり、

皆それぞれ緊張した顔をしていたり、

友達同士で小声で話していたりして、

それを見るだけで自分の胸までザワザワしてくる。


カイルが前方に少し空いている場所を見つけ、

「あそこ空いてる」と言って歩き出す。

真ん中より少し後ろの位置で、

左右どちらにも人がいる感じの場所だった。

俺は他の新入生の間を縫うようにして、

ぶつからないように気をつけながら付いていく。


空いている場所に並び、しばらくして、

会場の端から黒いローブを着た教員たちが、

列になって入ってきた。


皆、それぞれ胸元や袖に違う模様や縁取りがあって、

何人かが持っている杖も全て形が違う。


彼らは壇の右側に整列していき、

全員が並び終わると、

最後にひとりだけ雰囲気の違う人物が足を踏み入れた。


ローブの色は深い紺色で、

胸のあたりには金色の刺繍で紋章が縫い取りされている。

髪は白く、後ろでひとつに束ねられていて、

顔には深いしわが刻まれているけれど、

目だけははっきりとした光を宿していた。


その人が壇の中央に立つと、

自然とざわめきが引いていく。


校長らしきその人物が、

ゆっくりと右手を上げてから下ろし、

落ち着いた声で話し始めた。

「新入生諸君。アルメリア魔法魔術学校へようこそ。」

と、まずは短く挨拶し、

その後この学園がどのような歴史を持っているのか、

どんな理念で学生を育ててきたのかを順番に語っていく。


魔素という言葉も何度か出てきて、

「魔素を扱う力は、世界を傷つけることも、

守ることもできる。」

といった眠い話もしていた。


真面目な話だと思うし、

聞いておくべき内容なんだろうけれど、

話し方がゆっくりで区切りも長く、

気を抜くと意識がふわっと浮きそうになる。

横を見ると、

カイルが前を見たまま小さくあくびを噛み殺していた。


長い挨拶が終わると、

次に別の教員が壇に上がり、

今度は学校生活におけるルールについての説明が始まった。


「校舎内および寮内での魔術使用は、

指定された場所以外では禁止。」


「魔術の訓練は、

それぞれの授業または担当教員の監督下で行うこと。」


「決闘を行う場合は、

事前に申請を行い、決闘場でのみ認められる」


など、

教員は手元の紙を確認しながら淡々と読み上げていく。

魔術による怪我や事故についての具体例も簡単に挙げられ、そのたびに会場の空気が少しだけ重くなった。


さらに、寮での生活に関する注意も述べられた。

「門限は夜の八の鐘まで」


「外出には許可が必要」


「騒音や揉め事を起こした場合、

寮母および担当教員から指導が入る」


など、

普通の学校の寄宿舎とあまり変わらないような内容も多い。


俺は心の中で

「八の鐘ってどのくらいなんだろう」とか、

「外出許可って誰に言えばいいんだろう」とか、

細かい疑問がいくつか浮かんだが、

とりあえず聞き流さないようにだけ気をつけていた。


教員の説明が終わると、

次は寮を取りまとめる立場の人物が壇に上がった。


白いエプロンを着た中年の女性で、

見た目からして真面目そうというか、

あまり柔らかい雰囲気ではない。


「寮での生活は、

皆さんの自主性に任せる部分も多いですが、

守っていただきたい決まりもあります。」


と簡潔に述べ、

体調不良や困り事があったときには寮母に相談するように、という話だけしてすぐ壇を降りていった。


さっき寮の受付にいた人たちと似た印象で、

必要なことだけを手際よく言って終わらせた、

という感じだった。


そのあと、生徒会長が壇に上がった。

年上らしい落ち着いた顔つきの男子で、

姿勢がよく、声もよく通る。


「新入生の皆さん、改めて入学おめでとうございます。」

と明るい声で挨拶し、

この学園での生活がいかに充実しているかや、

分からないことがあれば生徒会に相談してほしい、

といった話をしていた。


話す内容はきっちりしているのに、

ところどころで軽い冗談も入っていて、

会場の空気が一瞬和らいだ。


横にいる一部の女子たちは、

目を輝かせてその姿を見ていたように見える。


最後に、教員の誰かが再び壇に上がり、

式のまとめと、これからの流れについて説明した。


「このあと、各自いったん寮に戻るか、

敷地内で短い自由時間を過ごしていただき、

その後、本校舎の食堂にて昼食会を行います。

新入生は全員参加です。」


と淡々と言われ、

俺は心の中で小さくうなだれる。


自由時間と聞いて少し気が緩んだが、

その直後に「全員参加」という死刑宣告。


どうせ避けられないのなら、

あまり深く考えすぎても仕方ないだろうと思い直す。


教員が「以上で入学式を終了します。」と告げた瞬間、

会場全体がどっとざわつき始めた。


隣同士で顔を見合わせる声、

ローブが擦れる音が一斉に重なって、

さっきまで静かだった空間が一気に騒がしくなる。


カイルがすっと立ち上がり、

振り返って「ノア、行こう」と声をかけてきた。


俺もカバンの紐を掴んで立ち上がり、

人の流れに押されないように、

足を踏ん張りながら出口の方へ向かう。


前のほうからは、

教員らしき声で

「押さないように。」

と呼びかける声も聞こえてきた。


ようやくアーチをくぐって外に出ると、

さっきよりも強い光が目に飛び込んできた。


決闘場の外でも人は多かったが、

建物の中ほどではなく、

風も通るのでいくらか楽だった。


皆それぞれの寮や校舎の方向へ散っていこうとしていて、

道のあちこちで小さな人の塊ができている。

カイルは少し周りを見回してから、


「昼食会まではちょっと時間あるけど、

食堂の場所、今のうちに行き方だけ覚えておこうか。」

と言う。


俺は「そうだね」と返し、彼の横に並ぶ。


本校舎の方へ向かう道は、

さっき寮から中央通りを眺めた時に見た景色と

繋がっていて、

遠くにはあの尖塔と紋章旗が見えていた。


近づくにつれて、

校舎の全体像が少しずつ大きくなってくる。


石造りの壁には年月を感じる薄い汚れや、

風雨で削れた跡があるけれど、

崩れたような部分は見当たらず、

どこもきちんと補修されているように見える。


窓の枠や縁も整っていて、歴史があるのに、

古びた感じだけでは終わっていない建物だった。

やがて、本校舎の一角にある食堂の棟が見えてきた。


大きな窓がいくつも並んでいて、

中からはすでに机や椅子の並びがうっすらと見える。

入口の前には、

昼食会の準備をしているらしい職員が出入りしていて、

扉の隙間からはかすかにスープのような匂いや

焼いたパンの匂いが漏れてきた。


まだ中に入っていい時間ではないのか、

入り口付近には数人の新入生が、

距離を取って待っているだけだった。


カイルはその様子をちらっと見て、

「やっぱりもう準備してるね。

時間になったら、多分一気に人が来るよ」

と言う。


「混む前に行列の様子だけ見ておこうか」

と言われ、俺も頷いた。


ここから、

どのくらいの時間をここで過ごすことになるのかは

分からないけれど、少なくとも、

この学園でおそらく

(俺にとって。)大きな行事が、

始まろうとしていることだけは、

分かった。


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