第15話 出発
宿まで戻ってきて、
扉を開けて中に入ると、
俺の顔を見て、
女将さんが呼びかけてくる。
「あんた、合否。
どうだったんだい。」
俺は少し笑って答える。
「無事に受かってました。」
女将さんはホッとしたような顔をして言う。
「そうかい。受かってたかい。良かったねぇ。」
「はい。なので、この後早速、
親に手紙を書こうと思います。」
「郵便は届くのが遅いからね。急いで出しな。」
「はい!」
元気よく返事をして、鍵を受け取り、
階段を上がり、自室に戻る。
部屋のドアを開けて、
中に入り、テーブルの上に置いてある鞄の中から
紙を一枚取り出し、ペンを走らせる。
無事に街に到着し、街の大きさに驚いたこと、
会場を下見に行ったこと、
第三試験の内容が決闘だったこと。
第三試験の直前見かけた変な奴のこと、
決闘の相手がその変な奴だったこと、
決闘でずっと上手くいかなかった、
風土の魔術が偶然成功したこと。
決闘終了後そこから丸一日疲労で眠り続けた事。
そして無事に特待生で試験に合格したこと。
この街から送迎馬車で、
そのままアルメリア本校に行くこと。
などを、紙いっぱいに書いた。
最後に、また手紙を出すということと、
本校に行っても頑張るという事を書き、
持ってきていた封筒に紙を折って入れ、
封筒の表に宛名を記入し、
最後に封筒に封をした。
「よし....書けた。」
そう独り言を呟き、床に下ろしていたバッグの中から、
硬貨袋を取り出し、中身を確認してから、口を閉じ、
腰にあるポーチに入れて、封筒に入れた手紙を持って部屋を出た。
部屋を施錠すると、階段をおりて、
女将さんに手紙を出しに
郵便ギルドまで行ってくることを伝え、
鍵を預ける。
宿を出て、大通りへ出た所、
露店の食べ物の良い香りが漂ってくる。
今日はまだ何も食べていなく、
食べ物の誘惑がすごい。
ちなみに女将へ朝飯を食べたいと伝えたところ、
もう昼前だ。料理は全て片付けた。
外で食べてこい。と言われてしまった。
ということで、まず腹を満たしてから、
郵便ギルドへ向かうことにした。
「……さてさて、どこで食べるか.....」
昼前の大通りは活気そのもので、
露店の店主たちが声を張り上げている。
焼いた肉の匂い、煮込んだスープの香り、
パンを焼く甘い香り……。
どれも殺しに来てるだろ。
グゥゥ。
うわ、やめてくれ……。
「んー……一昨日みたいに高いのは無理だしな....」
女将さんに「外で食べてこい」
って言われた時、ちょっと悲しかったけど、
まあ仕方ない。
財布に余裕はあるけど、
ここから先の学園の学費もあるし、
貴重な財産を高いものを食べて溶かすわけにはいかない。
ん??一昨日食べてただろ?
うるせえ。殴るぞ?
っと....
露店でパン一個……でもいいのだが、
まあどうせならちゃんと座って食べたい。
そんなことを考えながら歩いていると、
通りの少し奥まったところに、
木の看板が見えた。
太陽のマークがでっかく描いてあり、
その下には<陽だまり亭>と書いてある。
入口には、煮込み料理のいい匂いが漂っていて、
露店みたいな強烈なインパクトじゃなく、
優しい香りがふわっと広がっている。
「よし、ここにするか。」
扉を押すと、カラン、と鈴の音が鳴った。
中は木の机がいくつも並んでいて、
昼前だからか客は少しだけ。
カウンターでは若い店員の兄ちゃんが
皿を拭いていた。
「いらっしゃいませー。おひとりですか?」
「はい、ひとりです。」
「好きな席にどうぞ。」
奥の窓際の席に座る。
テーブルの上には水差しとコップ。
メニューは木のプレートに描かれていて、
・野菜と鶏肉の煮込み
・本日のスープ
・焼きパン
・白身魚の香草焼き
・ミートパイ
などなど、どれも安くてうまそう。
そして、何より
肉。
安いな。
一昨日の半分くらいの値段だ。
俺はメニューを指さして言う。
「えっと……この、野菜と鶏肉の煮込みをひとつお願いします。」
「はい、少々お待ちください。」
店員が厨房に声をかけると、
奥から香草の匂いがふっと強くなった。
……腹が限界だ。
テーブルに突っ伏しそうになったあたりで、
「お待たせしましたー!」
という声と同時に、
木皿に盛られた料理が目の前に置かれた。
鍋から直接盛られたような、
熱々の煮込み。
トロトロの野菜と、
柔らかそうな鶏肉がゴロっと入っている。
スープはクリーム色で、
表面に香草の緑が散っている。
横には焼きパンが二切れついていた。
「……うまそう……」
湯気を吸った瞬間、腹がまた鳴った。
まずスプーンでスープをすくう。
「……っ!?」
一口飲んだ瞬間、
全身がふわっと緩む。
うまい。
鶏肉もほろほろで、
パンをちぎって浸すと、
それだけで幸せになれた。
夢中で食い進み、
気づけば皿は空になり、
スープも一滴残らず飲み干していた。
胸の奥がぽかぽかしていて、
体全体が満足感に包まれる。
「ごちそうさま……」
席を立ち、会計を済ませて外に出る。
外の空気は少しひんやりしていたけど、
腹が満たされてるせいか、
それすら心地いい。
「よしっ……じゃあ、手紙出しに行くか。」
俺は封筒を軽く握り、
気持ちを切り替えて、
郵便ギルドのある方へ歩き出した。
郵便ギルドに到着した。
郵便ギルドは、
街の中央通りから一本外れたところにあった。
石造りの建物で、
壁のところどころに古い封蝋の紋章が飾ってある。
入り口の扉を開けた瞬間、
インクと紙のにおいが強く漂ってきて、
思わず鼻をくすぐられた。
カウンターの奥では、
茶色い制服を着た職員が何人も忙しそうに動いている。
俺は書いたばかりの手紙を胸の前で持ちながら、
受付らしき場所へ向かう。
ちょうど受付にいた客が終了し、
誰も受付に近寄る客もいなかった。
受付の男と目が合い、
受付の人が声を掛けてくる。
「はい、次の方どうぞー」
呼ばれたので近づくと、
丸眼鏡をかけた気の弱そうな男性が俺を見下ろしてくる。
どことなく読み書きが得意そうな知的な雰囲気をしていた。
「こんにちは。ご用件をどうぞ。」
「えっと……この手紙を、実家に送りたいんですけど。」
そう言って手紙を差し出すと、
彼は封筒を手に取り、裏の差出人欄と表の宛先を丁寧に確認した。
「エルナト地方、オルダ村....オルダ村...オルダ村…
あ〜ありました。ここですね。
配達には少し日数がかかりますが、
配達可能です。
普通郵便と特急郵便どちらになさいますか。」
本状の地図を広げ、受付の男性が言う。
「普通郵便でお願いします。」
すぐ届いてほしい気持ちはあるけど、
あの村は地図の端っこみたいな場所にあるし、
そもそも郵便ギルドの馬車が通る道が少ない。
急ぎたい気持ちだけで世界がどうにかなるほど甘くないのは、俺でも分かる。
そう伝えると、彼はスタンプを押し、
料金表を確認し、俺に金額を告げてくる。
俺は硬貨袋から小銭を数枚出し、カウンターに置く。
「確かにお預かりしました。次の便は明日の朝出発ですので、配達先には……そうですね、六日から七日ほどで届くと思います。」
「ありがとうございます。」
そう言って頭を下げると、男性は少し笑った。
「お預かり致しますね。」
手紙を手渡すとリーネとルツの顔が浮かぶ。
畑の話ばかりするルツと、
料理と洗濯を楽しそうに行うリーネ。
その背中で眠るシリウス。
村を出る直前、
馬車から振り返った時の三人の表情を思い出した。
心配も、期待も、全部ごちゃまぜになったあの顔。
手紙を出し終わりギルドを出ると、
夕方の光が建物の影を長く伸ばしていた。
街路灯がひとつ、またひとつと火を灯されていく。
俺は郵便ギルドの建物を振り返る。
自分の手紙が、ちゃんとあの村まで本当に届くのか。
それを考えると、ほんの少しだけ不安にもなるけど……
まあ、大丈夫だろう。
郵便ギルドが誇る配達隊は、
荒れた道だろうが山道だろうが、必ず届けてくれる、
この世界で一番信頼のできる組織だって、
宿の女将さんが言ってたし。
「よし。」
なんとなく声に出して、宿の方向へ歩き出す。
今日の風は少し冷たいけれど、胸の奥は不思議と軽い。
宿に戻る頃には、街はすっかり夕方の色になり始めていた。
赤い光が屋根の端を少しづつ染めていて、
昼のざわざわした空気が少しだけ落ち着いている。
宿の扉を押すと、あの鈴の軽い音が鳴った。
カウンターでは女将さんが帳簿をめくっていた。
「帰ってきたね。手紙、ちゃんと出してきたかい?」
「はい。無事に出せました。」
そう言いながら鍵を受け取り、階段を上がろうとしたとき、女将さんが「あ、そうそう」と俺を呼び止める。
「さっき、あんた宛てに手紙が届いたよ。部屋の前に置いといたからね。」
「えっ、俺宛てに……?」
この街に知り合いなんていないんだが。
首をかしげながら階段を上がり、廊下の角を曲がると、
確かに自分の部屋の前に一枚の封筒が置かれていた。
拾い上げて裏を見ると、差出人は――
〈アルメリア魔法魔術学校・入学管理局〉
「……え、早っ。」
マジかよ。申請してまだ一日も経ってないぞ....
とりあえず、手紙を取り、部屋に入る。
鍵を閉めて椅子に腰掛け、封を開けて手紙を広げる。
中には、整った文字でこう書かれていた。
『特待生合格者 ノア・マックイーン殿
送迎馬車の出発は明後日の昼の便に決定しました。
出発場所は中央広場・北側門前。
出発の三十分前には集合すること。』
「……明後日の昼か。」
思ったより早い。
いや、むしろ早すぎる。
今日のこの午後でよかったのか?ってぐらいだ。
でも、決まったなら仕方ない。
むしろ準備にあと二日あると考えれば……まあ、悪くないのかもしれない。
封筒を机に置いて、ベッドに向かって倒れ込む。
ふかふかの布団に顔を半分埋めながら、ぼんやりと天井を見る。
(……本当に、行くんだな。)
オルダ村を出るまで、学園なんて遠い世界の話だった。
でも今は、その世界に自分が入るって決まってしまった。
緊張とか、不安とか、期待とか……いろいろ混ざって胸のあたりがむずむずする。
「明後日、か……荷物、どうするかな。」
つぶやきながら、バッグの中をもう一度確認する。
服、金、手帳、筆記具。
学園生活を始めるには足りないものもあるが、
あとは、あちらに着いてから買おう。
ーーーーーーーーーー
出発当日。
思っていたよりずっと早くに目が覚めた。
昨日は結局、あまりなにかする気も起きなくて、
昼まで部屋でゴロゴロした後、
街に出て、色々見て回ったが、結局何も買ったりもせず、
夕方頃に戻ってきて今日に備え、早く寝た。
「……今日、だ。」
声にすると、緊張が一気に現実味を帯びる。
深呼吸して、まずは荷物。
昨日も確認したのに、また確認する。
服、筆記具、手帳、財布、革ベルト。
大丈夫、大丈夫……たぶん大丈夫。
(……寮って、どんな感じなんだろうな。)
必要最低限の家具でもあれば助かるんだが、もし全く無いパターンだったら、到着してすぐ買い揃える必要がある。
考えても仕方ないけど、不安は尽きない。
鞄を背負い、忘れ物などがないか部屋を見渡す。
一通り確認した後に鍵を手に取り、
部屋の鍵を閉めて階段を降りる。
階段を降りると、
ちょうど女将さんがカウンターを拭いていた。
「あら、おはよう。早いじゃないか。」
「今日が出発の日なので……。鍵、返しに来ました。」
追加で宿泊した料金を支払い、
鍵を差し出すと、女将さんはそれを受け取り、
俺をしばらくじっと見た。
「よく頑張ったよ、あんた。」
「……ありがとうございました。女将さんのおかげで、
何とか試験を乗り越えられました。」
「ふふ。なに言ってんだい。
乗り越えたのはあんた自身さ。」
そう言って、女将さんは少しだけ口の端を上げて笑った。
「学園では大変だろうけど……
ちゃんとご飯。食べるんだよ。」
「はい。」
「じゃあもう、遅刻しないうちに行きな。」
「……行ってきます。」
「うん。気をつけてお行き。」
宿の扉を開けると、朝の空気が肺にひんやり入る。
心臓の鼓動が少し速くなる。
街の広場に近づくと、
遠くからでも分かるほど大きな馬車が数台並んでいた。
三頭立ての馬車が三台。
飾りは控えめで、しっかりとした造り。
この街の特注らしい。
周囲には学生らしき若者が大勢いた。
みんな同年代、そしてみんな楽しそうに話している。
親に見送られて涙ぐんでいる奴もいる。
緊張するし、
一歩、歩く度に前世の嫌な思い出が蘇る。
同い年の集団。笑い声。視線。
何が怖いのか、言葉にはできない。
だけど心の奥に染み込んでいる恐怖が、
勝手に身体を固くする。
一旦、誰とも話さず、静かにしとこう.....
学生たちの輪から少しだけ離れ、馬車の側で静かに待つ。
みんな堂々としていて、自信に満ちていて、
俺だけが場違いみたいに思える。
胸の奥が少しだけ痛む。
でも、あの輪の中に入る勇気がない。
しばらくすると、係員が大声で叫んだ。
「特待生合格者から点呼をとる!
名前を呼ばれた者は返事をして前へ!」
周囲の視線が一瞬集まる。
緊張で手のひらがじんわり湿る。
順番に特待生合格者が呼ばれていき、遂に、
「……ノア・マックイーン!」
大きな声で俺の名前が呼ばれる。
「は、はいっ!」
声が裏返る。
一瞬、周りの何人かがこちらを見た気がした。
胸がズキッと痛む。
係員は特に気にした様子もなく、淡々と言った。
「三号馬車に乗車してください。」
「……ありがとうございます。」
少し声が震えた。
番号札を受け取り、馬車の列へ向かう。
周囲の学生は親と話したり、友達と話したりしている。
俺には、そんな相手はいない。
(……寂しいな。)
それでも寂しいと思えるくらいには
この街に愛着が湧いていた。
三号馬車の扉は開いていて、中には数人が既に座っていた。
みんな楽しげに話したり、荷物を確認したりしている。
俺は空いている端の席にそっと座った。
馬車の内部は木製で質素だが、
座席には薄いクッションがあり思っていたほど固くない。
窓からは朝の街がよく見える。
(……いよいよだな。)
胸が鼓動を強く打つ。
外で係員の声が響いた。
「三号馬車、乗車完了! 出発準備よし!」
馬のいななきが聞こえ、蹄が地面を蹴る音が近づく。
そして馬車が、ゆっくり、前へ動き出した。
車輪が石畳を転がる衝撃が身体に伝わる。
街の景色がゆっくりと流れ、宿も、大通りも、噴水も、
すべてが遠ざかっていく。
馬車は街の門を抜けると、すぐに森の中の道へと入る。
外のざわざわした音が少しずつ遠のき、
木々のざわめきだけが聞こえてくる。
一日以上揺られて、到着は明後日の早朝だ。
とりあえず、休むか.....
緊張と疲れが混ざって、まぶたが重くなる。
どうせ話す相手なんかいないし、気を張っていても仕方がない。
ゆっくりと身体を背もたれに預け、目を閉じた。
アルメリア……どんな場所なんだろうか……
馬車の揺れが心地よくて、意識がゆっくり沈んでいった。




