第14話 合否
朝、窓の外から差し込んでくる光にまぶしさを覚えて、
俺はゆっくりと目を開けた。
……あれ。
体がめちゃくちゃ軽い。
昨日の疲労とか、ダルさみたいなのが、
ほとんど完璧に消えている。
「……ふあぁぁ……」
あくびをしながら上半身を起こすと、布団がふわっと体から滑り落ちた。
窓の外をちらっと見ると、
太陽がちょうど屋根の上に顔を出したくらい。
もう昼前の空気という感じだ。
ガヤガヤと人の声も少し聞こえる。
「よし……起きるか。」
そう呟いてベッドから降りる。
足をつくと、
かすかに残っている筋肉痛が痛む。
が、動けないほどではない。
むしろ、試験の後でこれくらいで済んでよかった。
回復魔術で体の疲れとかは取れても筋肉痛とかまでは無理なのか。
服を整えて、顔を洗いに部屋の洗面台へ向かう。
水を手にすくって顔にかけると、ひんやりした冷たさが頭の奥まで届くような気がした。
「ふぅ……」
鏡を見ると、寝癖がすごい。
というか、
右側だけがもっさり跳ねているのは
どういうことだ。
直すのは面倒だけど、
まあ今日はゆっくり過ごすつもりだったから別にいいか。
寝癖を直しながら、昨日のことを思い出し、
奴との決闘が脳裏に浮かんだ。
アーク・グレイとの戦い。
思い返せば、あれは本当にギリギリだった。
まぐれ、奇跡、とにかく偶然が何重にも重なった結果だ。
でも、勝てたのは事実だ。
「合否発表は明日か。受かっててくれよ.....」
そう鏡に向かい、独り言を呟いた。
合否発表は明日。
だから今日くらいはゆっくりして、体力を戻して、
明日の朝に万全の状態で合否を見に行けばいい。
「……よし、ちょっとのんびりしよう。」
俺はそう決めて、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。
軽く背伸びをしながら、
自分の手をぼんやり眺める。
魔核の負荷はもう感じない。
魔素の流れも、まあいつも通り。
火傷裂傷も完全に治ってるし、回復魔術って本当すげえな。
さて、とりあえず朝飯にしよう。
試験の前に食べていた、
宿の朝食が、
妙に恋しくなってきた。
俺は軽く伸びをし、部屋の扉を開けて階段を降りていった。
階段を降りると、宿の食堂兼受付がある一階に出る。
ちょうど数人の客が朝飯を食べていて、
いい匂いが漂っている。
その中で、受付にいる女将さんが俺に気づき、
ぱっと目を丸くした。
「……あんた、ようやく降りてきたねぇ。」
「あ、はい。おはようございます。」
「おはようございます、じゃないよ。
あんた、ここ連日、泊まってるだろ?
見た感じじゃ年齢的にも、
学園の入学試験の受験生だろうに。」
「はい、一応……そうです。」
女将さんは腰に手を当てて言った。
「で。今日は合否発表の日じゃないかい?
あんた、こんなゆっくりしていていいのかい?」
「……え?」
合否発表?
今日?
何言ってんだ??
いやいや、まてまて。
合否発表は二日後つまり、明日って、試験官が.....
「え、あの……合否って、明日じゃ……」
「なに言ってんだい。
あんた、昨日の朝からずーっと部屋で寝てたんだよ。
部屋の外から、声かけても起きなかったじゃないか。
疲れ切ってたんだろうけどね。」
…………。
………………。
………………は?
昨日の朝から?
三試験が終わったのは……
昨日の夕方だろう。
ん?
俺は……
その日の夜から今日の朝まで……
まる一日、寝てた?
「つまり……」
「今日がその、合否発表の日ってことさ。」
ちょっと待て。
え、ちょっと待て。
マジで?
俺の思考が一瞬で真っ白になる。
いや、ほんとに?
寝すぎじゃない?俺?
そんなに寝る!?
いや、確かに疲れてたけど!
女将さんが苦笑いしながら言う。
「早い人はもう見に行っただろうねぇ。
あんたも急ぎな。
食べる暇なんてないよ。」
「………………っ!!」
次の瞬間、俺の体は勝手に動いていた。
急いで、階段を昇り、宿泊している部屋のドアを開き、
部屋のテーブルの上に置かれているバッグの中から、
ポーチを取り出す。
少し乱暴にポーチの口を開け、
中に、受験票、受け取った受験者番号の札などが
入っているかを確認する。
全て入っていることを確認し、
ポーチの口を閉じ、急いで部屋を出て、
ドアに施錠をし、
階下へ降り、
受付のカウンターに鍵を置き、
女将に向かって、
早口で言う。
「す、すみません!!合否の確認しに 行ってきます!!」
ものすごい勢いで宿の扉を開けて、外へ飛び出す。
街路に出た瞬間、冷たい朝の空気が顔にぶつかった。
うわああああああ!!!
やっべぇ!!!
やっべぇやっべぇやっべぇ!!!
俺は走った。
全力で。
石畳を蹴るたびに、足の、筋肉痛が悲鳴をあげるけど、
そんなのどうでもいい。
合否が、
今日だったなんて!!
宿の角を曲がり、
中央通りを駆け抜ける。
市場の商人や、買い物をしている人たちが
「何あの子……」という目で俺を見る。
いやそんなの知るか!!
今はどう見られているかなんてどうでもいい!!
とにかく、急げ!!
試験会場は街の北側だ。
昨日も、一昨日も、
いや、正式には、一昨日もその前も、
あの重たい緊張感の中を歩いた場所。
今はただの石畳の道なのに、
足が自然と思い出す。
全力で走りながら、
胸の奥で何度も呟く。
「頼む……頼む……受かっててくれ……!!」
見に行かなければいけないが、
見に行きたくない、結果を知りたくないという
矛盾して気持ちを抱えたまま、
俺は祈るような気持ちで、訓練場の門へと走り続けた。
裏路地の狭い道を抜けると、
筆記試験会場の横に出た。
走った事で、早くなった心臓が、余計に早くなり、
合否を見るという緊張で、少しブルブルと体が震える、
ハァハァという息遣いを整え、会場の門へと歩き、
ゆっくりと門をくぐる。
えっと....確か合否発表の場所は、
訓練場入口、だったな.....
そう思い、目の前の、デカい建物の横を抜けて、
訓練場まで歩いていく。
建物を抜けると、
「合否発表はこの先を進んでくださーい」
「既に合否発表を行っておりまーす。
ご自身の受験番号札をご持参くださーい」
と言いながら、訓練場までの誘導
をしている職員が等間隔で立っていた。
訓練場までの道には、一昨日見たような顔も
いくつか歩いているが、明らかにこの前より、数が少ない。
こりゃ遅刻だな....
そんなことを思いながら、
結果を見るのが少し億劫で、
走ることはせず、ゆっくりと、
歩いていく。
やがて、先程の建物よりもさらにでかい、
イタリアのコロッセオのような
闘技場が見えてくる。
入口近くでは、
多くの人だかりができていた。
嬉し泣きなのか悔し泣きなのか分からないが、
とにかく涙を流している青年。
近くにいる保護者(と思われる)と抱き合う少女。
真顔で、椅子に座るメガネの少年。
「押すな!!落ち着け!!」などしきりに叫ぶ
試験官、及び受付の人。
見ただけで、緊張で吐きそうになってきた。
もし落ちたら、どうしよう.....
リーネやルツになんて言えばいいだろう。
推薦状を書いてくれたフェリシアさんに
なんて謝罪しよう....
そんなことが頭の中をグルグルと駆け巡り、
歩いていた足が止まってしまう。
前世もこういう事があった。
だが、前世の受験もここまでは緊張しなかった。
村長や、フェリシアさんみたいな人に、
一筆書いてもらい、
リーネやルツが一生懸命貯めたお金を使って、
受験しに行く。という感じではなかったからだ。
もちろん前世も頑張って両親が労働してくれたお金を
使って、受験したわけなのだが。
そんな事を考えているとさらに具合が悪くなってきて、
しゃがみこんでしまう。
すると、近くで、訓練場までの誘導をしていた、
職員らしき人が話しかけてくる。
「君?大丈夫か?体調が悪いのか?」
そう言われ、
咄嗟に、焦り、
いえ、大丈夫です。ありがとうございます。
と言って、立ち上がる。
だが、やはり、行きたくない。
そう思いながら、更にゆっくりと歩みを進める。
そうして、合格の番号が張り出されている
掲示板?のような板の前まで来てしまった。
嫌だな、と思いつつ、
腰に着けていたポーチの中から、
自分の受験番号札を取り出す。
237。
焼き印で黒くなった自分の番号を見つめ、
手の中で、番号札をグッと強く握りしめて、顔を上げる。
自分の番号を見るのが怖くなり、
一番端の番号を確認する。
522番。
この会場だけで、500人の受験者がいるのか....
自分は果たして入れているだろうか。
ましてや自分は特待生希望者として、受験している。
他の受験者よりも、ボーダーは厳しくなっているはずだ....
そんなことを考えると、
余計に具合が悪くなってきて、
咄嗟に、首を左右に振り、
ネガティブな感情を追い払い、
自分の番号を確認することにした。
番号は100番ごとで区切られているようで、
200番から見ていくことにした。
200番、
203番、
204番、
208番、
211番、
213番、
214番、
228番、
一気に番号が飛び、具合が更に悪くなってくる。
229番、
230番、
231番、
235番、
237番。
あった。
墨で黒く書かれたその数字が目に飛び込んでくる。
受験者番号が間違っていないか、
もう一度、自分の持っている番号札を確認する。
一瞬、
本当に意味が理解できなかった。
あった。
そこにある。
ノア・マックイーンの意である、237番が。
「……あ、った……?」
自分で口に出してみて、
ようやく脳が追いついてくる。
あった。
ある。
これ、合格のほうだよな?
不合格の番号じゃないよな。
不合格の番号なんて張り出さないよな。普通。
念のため、
上のほうに向けて視線を少しずつずらす。
「合格者番号一覧」
と書いてある。
合ってる。
間違いなく、合格のはずだ......
足の力が、一気に抜けた。
その場でへなっと座り込みそうになって、
なんとか膝に手をついて堪える。
危ねえ……
ここで崩れ落ちたら、周りのやつらにまた心配される。
いや、既にちょっと怪しいかもしれないが。
その後、精神を落ち着けてから、顔を上げ、
何度も、何度も、視線を行ったり来たりさせる。
200番台の列。
228、229、230、231、235——
237。
ある。
消えない。
見間違いじゃない。
番号札を手の中で再度ぎゅっと握り締める。
手汗でちょっとしっとりしてきた。
「……マジか。夢じゃない。」
思わず、声が漏れた。
受かった。
本当に、受かった。
こっちの世界に来て、
一人でひたすらやってた魔術の特訓も、
一人で夜中読み込んでた魔術本も、
全部ちゃんと意味があったんだ。
リーネやルツから預かったお金も、
村長の紹介状も、
フェリシエさんが書いてくれた推薦状も、
ムダにならなかった。
胸のあたりが、じんわり熱くなってくる。
泣くつもりなんて全然なかったのに、
目の奥がじわっと熱くなって、
視界が少しだけ滲み、焦って上を向く。
「……っ、危な……」
こんな人だかりのど真ん中で泣いたら、
それはそれで色々と恥ずかしい。
俺は慌てて首をふって、
目頭に溜まりかけたものを抑える。
大丈夫だ。
ギリギリセーフ。
少し落ち着いてから、
もう一度掲示板を見渡す。
端っこに、小さく但し書きみたいなものがあった。
『※★印は特待生候補者』
ふと、237番の横を見る。
……あった。
237の横に、小さな星印。
小さくて分からなかった。
一瞬、心臓が止まったかと思った。
「特待生でいいんだよな……?」
声にならない声が喉の奥で引っかかる。
間違いじゃないか疑って、
上から順にざっと眺める。
100番台にも、200番台にも、300番台にも、
一つか二つ位の番号の隣に★印が付いている。
数えてみた感じだと、
そう多くはない。
その中に、しれっと混ざっている237番。
なんか、
場違いな気がしてならない。
「……いや、でも、受かってるんだよな。」
事実は事実だ。
実力が足りてるかどうかは、
きっとこれから嫌というほど思い知らされるだろうけど、
少なくとも今の時点では
アルメリア魔法魔術学校の合格者で、
なおかつ特待生候補だ。
そう思った瞬間、
さっきまでの不安でいっぱいだった胸の中に、
じわっと別の感情が入り込んでくる。
嬉しいとか、
安心したとか、
そういう素直なやつ。
それと同時に、
「絶対に落第できねえな」という、
重たい現実もセットで乗っかってきた。
「……はは。」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
そういえば....
あの危ない奴。「アーク・グレイ」はどうなったんだろう。
ふとそんな事を考えてしまった。
決闘の勝敗は、俺が勝ったが、
試験官は、勝敗のみで、合否を決定はしない。
って言ってたからな.....
俺よりも、上位の魔術を使えるやつだ。
きっと受かってるんだろうなー......
そんな事を思いながら、
俺はもう一度、自分の番号を確認し、
再度掲示板の自分の番号を確認して、
そっと番号札をポーチの中にしまった。
「……よし。」
深呼吸をひとつする。
ここで突っ立ってても、
番号は変わらないし、
星印が消えることもない。
だったら、
まずは宿に戻って、
今日が合否発表だって教えてくれた
女将さんに一言言わなきゃな。
それから、
リーネとルツに手紙を書いて、
村にいるみんなに報告して。
やることは山ほどある。
でも今は、とりあえず。
「……受かった、か。」
ぽつりと呟いてから、
掲示板のすぐ横の受付に行き、
受付に座っている若い男女二人組のペアに対し、
合格した旨を伝え、番号札と受験票、村長の人物保証書、
フェリシアさんの推薦状や保護者の同意書、入学金と授業料等々を支払い、必要な書類をもう一度提出し、
ここ、ベルリナの街から、
本校、アルメリア学園までの送迎馬車の乗車申請をした。
受付のペアは、
まず受け取った書類を片方に渡し、
もう片方が、俺に対し、送迎馬車の説明をしてきた。
概要はこうだ。
まず、馬車は3日後から2日間に渡って運行しており、
俺が、どの便に乗るかはあっちが決めるらしい。
送迎馬車は、早朝、朝、昼、夕方、
の計4回に渡って、運行されており、
乗車場所はここの筆記試験会場の建物の前のようだ。
移動時間はほぼ、一日で、
到着の時間帯はそれぞれ、
夕方、夜、翌日の早朝、翌日の朝。
もし乗り逃したり、すっぽかしたりした場合は、
自費で、アルメリア本校まで行かなければいけないらしく、
その次の便に乗車したりすることは許されないそうだ。
荷物の積み込みは、発車時刻の20分前から開始し、
発車時刻の5分前に締め切るそうだ。
一応、発車前に点呼は行い、
そこで居ることが確認出来なければ、
発車時刻から、10分は待ってくれるらしいが、
10分を過ぎると馬車は発車してしまう。
というのが概要だ。
うーむ、なるほど......
遅刻しないように気をつけなくてはな。
にしても早朝出発にだけは当たりたくねぇな.....
全ての説明を聞き終えた後、
申請書のようなものに記入をしろと言われ、
言われた通りに、
名前、出身、この街での宿泊場所、
乗車時の積み込み荷物等を記入し、
受付に渡し、承認を貰うと最後に受付の男性から、
馬車の便が決定次第、宿泊場所に手紙を配達する。
と伝えられた。
俺は承諾の意を伝え、
足早に俺は受付を後にし、会場を出た。
最後に、俺は掲示板に軽く一礼して、
試験会場を後にした。
試験会場の門を出て、
ゆっくり歩きながら、宿に帰りつつ、
この後やらなきゃいけない事を考える。
俺がこれからやることは.....
受かったことを報告するために
リーネとルツへさっさと手紙を出すことだな。
出すのが遅いとその分あっちも知るのが遅くなるからな。
この世界は、郵便が届くのが本当に遅い。
郵便は各郵便ギルドから出し、
それを配達員が仕分けし、次の郵便ギルドまで配達し、
またその郵便ギルドの配達員が、仕分けをし、
次のギルドまで配達するという駅伝方式で成り立っている。
前世の世界と似たような画期的なシステムだが、
自動車がないので、
やはり手紙を出してからの到着が嫌になるほど遅い。
通常、国を超えての配達となると、一ヶ月、
大陸を超えてとなると、3ヶ月から半年なんて言うのも
ざら、なんだそうだ。
そもそもこの世界には、郵便が2種類あり、
通常郵便と特急郵便に分けられる。
通常郵便は、市民が使用する郵便で、料金も安い。
その分、各ギルドでの仕分け作業で、一日や二日費やし、
到着まで時間がかかる。
特急郵便は、貴族や商人が主に使用する、
配達までが比較的早い郵便だ。
各ギルドでの仕分けも優先して行われる。
だがその分通常郵便よりも、発送料金が、
2倍から3倍になるのだそうだ。
さらにこれが手紙郵便ではなく、荷物郵便となると
より一層遅くなり、ただでさえ、
高い郵便料金も更に高くなる。
だから、普通、市民や村民は、通常郵便を使用する。
なので、郵便を書いて、出してから届いて、
相手が読むまでに絶望的な時間がかかる。
というわけだ。
てことで早速俺は宿の部屋に戻り、手紙を書くことにした。




