第13話 敵として、そして、友として。
先制攻撃は奴からだった。
「雷魔術第一等級ーースパーク」
そう唱えると、奴の人差し指の先から、
細い閃光がこちらに向かって走るのが見えた。
やばい。
雷魔術が飛んでくる。防御しなければ。
そう思い、咄嗟に、土魔術の呪文を使う。
「土魔術第一等級ーークレイ!」
そう言うと、手の中から土の壁が出てくる。
奴の指先の閃光が、俺の土の壁とかち合い、
閃光は掻き消え、土の壁はバリン!
と音を立てて割れて粉々になる。
あぶねえ.....
そう思っていると、
奴が口を開く。
「意外とやるじゃねえか。
咄嗟に土魔術で防御するとはな。
普通はスパークの速度に、呪文の詠唱が間に合わないから
避けるやつが大半なんだがな。」
ん?急に褒めてきて、なんだコイツ。
なんか掴めないやつだなほんとに....
続けて奴は言った。
「まあこのぐらいでいい気になってもらっちゃ困る。
さて、まだまだ行くぜ。」
奴は両手を上げて、言った。
「火魔術第二等級、フレアランス」
そう言うと両手からすごい勢いで、
4発、火の矢のようなものが俺めがけて飛んでくる。
4発。
いや、4発ってお前……!
はっ!? 多くね!?!
詠唱を行う暇もない。
火の槍は矢みたいなスピードで一直線に迫ってきて、
避け損ねたら焦げるどころじゃ済まない。
反射的に、足が横へ跳ねた。
1発目が地面に突き刺さり、
ドッ! と小さく爆ぜる。
熱風が横っ腹を焼いた。
避けた……?
避けたよな今……?
しかしそんなことを考えている間に次が来る。
2発目が狙いすましたように軌道を変え、
俺に向かってくる。
うわ、曲がんのかよ!?
なんて奴だ。
完全に殺る気だこいつ......!
俺は地面を蹴って後方へ転がった。
2発目が俺の頭のすぐ横を掠め、
髪の毛が焦げる匂いがした。
転がり、仰向けになってしまった体勢から、
体を回し、四つん這いの形になり、
すぐに奴の方向を見ると、
槍が、3発目、4発目と、間を空けずに直線で飛んでくる。
避けるのは、間に合わない。
「くっそ……やるしかねぇ!」
手を前に出し、集中し、詠唱する。
「水魔術第一等級ーーアクアドロップ!」
水球の威力を流す魔素を増やして、威力を上げ、
叩きつけるように放つ。
火の槍1本と水球がぶつかって、
パァン!と大きな破裂音がした。
が、残りの1本がその横から抜けてくる。
速っ……!
気づいた時は、
残りの一本はもうすぐそこまで迫っていた。
この火の槍は軌道的に顔面に当たってしまう。
このままじゃやばい。
そう思い、咄嗟に、顔を左腕でガードする。
刹那、熱が腕に走り、
直後とんでもない痛みが走る。
痛い痛い痛い痛い!!
必死に叫びそうなのを堪え、槍が当たったところを見ると
皮膚が焼けただれ、傷口から変な汁が出てきて、
辺りは焦げた肉の匂いが漂う。
奴はその光景を見て、嬉しそうに言う、
「おいおい、もろに食らっちまったなぁ。
もう試合続行は無理だろ。大人しく降参することだな。」
俺は咄嗟に思った、
まずい。ここで、痛いという素振りなんかを見せると、
試合続行不可能になってしまう可能性がある。
ここは痛みを堪えて、反撃に出なくてはと。
一旦俺は右腕を使って、立ち上がり、息を荒げながら、
胸の奥で魔素を整えて、呪文を唱える。
「水魔術.....第一等級.....スプラッシュ。」
そう唱えると、右手から水が流れ出てくる。
その水を左腕の傷口にかける。
痛え.....痛ってえよ.....染みるよ.....
痛みを感じながら、奴を見る、余裕そうだ。
痛すぎて、腹の中から、
怒りが徐々にフツフツと込み上げてくる。
野郎.....許さねえ.....
そう思いながら、
落ち着き、目の前の奴を倒す方法を考える、
俺だって、第二等級なら、全属性使えるんだ。
火だけじゃない。
風も、水も、土も、雷以外は全部。
奴の火の槍の魔術だって、知っていた。
両手から4本も出してきたり、
軌道を自在に変えたりできるのは想定外というか
知らなかったが。
でも奴から見た俺はどうだろう。
俺はまだ、第三等級はおろか、
第二等級すら見せていない。
第二等級も満足に使えない雑魚だと思われているはずだ。
なら
ここで一発、状況をひっくり返す!
俺は深呼吸をし、庇っていた左腕から右手を離し、
両手を前に突き出し、瞬時に魔力を整え、
呪文を唱える。
「土魔術第二等級ーーテラ・バレット!」
そう唱えると、足元の地面から無数の、
鋭利な岩が出てきて、次々に奴に目掛けて飛んでいく。
奴は、一発目と二発目をパンチして砕いた後に、
それ以外を全て避けていく。
いくら狙いを合わせても、全て避けられる。
当たらない。これじゃダメだ。技を変えよう。
広範囲の技に。そう思い、魔素を流すのを一旦やめ、
もう一度魔素の形を整えた。
そして、間髪入れず、呪文を唱える。
「火魔術、第二等級、ブレイズ・ウェーブ」
そう唱えると、次は、俺のたっているところから、
半歩前辺りの地面から炎の波が飛び出し、奴目がけ襲う。
だが奴は、岩を避けるのをやめて、立ち止まり、
襲い来る炎の波を目でしっかりと捉え、
両手を前に出し、静かに唱える。
「水魔術、第二等級、ウォーターヴェール。」
そう唱えた直後、今度はやつの目の前の地面から
水の壁が飛び出し、奴を囲むように水の壁が奴を守る。
クソっ.....いくら、魔素強く込めて、
ブレイズ・ウェーブを強化しても、
奴のウォーターヴェールに消されてしまう。意味が無い。
もう....ここで.....使うしかないのか、切り札を。
そう悟り、俺は、手から魔素を流すのをやめ、
片手を前に突き出し、手の中に二重構造を作る。
いつもやった、あの感覚だ。
「水火魔術、第三等級、ヴェイパー・シンク!」
周囲の空気が一気に冷え、足元の湿度が跳ね上がる。
水の粒が細かく散り、視界がじわじわと白く染まっていく。
辺りに薄い霧の膜が広がり、結界の中を飲み込んだ。
外から見れば、俺と奴の姿はほとんど見えないはずだ。
これで俺の位置の把握は難しい……
はずだった。
「……へぇ。」
霧の中から、奴の声が響く。
その声は、全く焦っていない。
「結構やるじゃねぇか。
第三等級なんて、普通は無理だろ。」
褒めてる?
褒めてるのか?
いや褒めてる顔じゃねぇな。
むしろちょっと興味湧いたって感じだ。
霧の向こうで雷が瞬いた。
おい待て。
まさか。見えているのか。
「……でもな。俺には効かねぇよ、その霧は。」
その瞬間。
雷鳴が、霧の中を裂いた。
「雷火魔術、第三等級、ブレイクライン!」
真っ赤な高圧の雷光が一本の巨大な矢になって、
霧ごと俺の方向へ突っ込んでくる。
嘘だろ!?
霧が効いてない!?
考えるより先に、体が動いていた。
走って横っ飛びで勢いよく霧の中を転がり、
自分で張った霧から出てきてしまった。
雷の速度が速い、
もう一本が追ってきてる。
野郎....第三等級の複合魔術を軽々と、
それも両手で、扱ってやがるのか.....
くそ……
逃げきれない。
無理だ。この威力の魔術は、
第二等級土魔術でも防ぐことも出来ないだろう。
目の前に光が迫る。
こんなの食らったら即アウトだ。
死ぬ。
普通に死ぬ。
「……っ、やるしかねぇ!!」
頭がパニックになるより速く、
口が勝手に動いた。
「風土魔術、第三等級、ラフトシフト!」
半ばヤケクソの状態で唱えた呪文から、
出るはずのない魔力が、胸の奥で爆ぜた。
風と土。
苦手属性同士の混合魔術。そんなの、
水火魔術ですら、たまに失敗する俺にはまだ早い。
成功率はほぼゼロだったはずだ。
普段なら絶対発動しない。
でも——
この瞬間だけは違った。
霧の湿り気と、足元の土。
目の前に迫る閃光。
混ざり合った空気が、
一瞬だけ正しい流れを作った。
突如、結界内で、風が渦を巻き、
地面の砂が巻き上がり、
螺旋の気流が俺の正面に走る。
雷光がその風と土の渦に飲まれた。
「……え?」
本来俺の胸を貫くはずだった電撃が、
雷の矢の軌道が少しだけ、
ほんの少しだけだが、
横へ逸れ、
俺の後ろの結界の壁に直撃した。
壁が激しく光り、衝撃を吸収する。
俺はその場で膝をついた。
息が荒い。頭がガンガンする。
こんなの……狙ってできるもんじゃない。
まぐれ。いや、奇跡だ。
奴は明らかに動揺していた。
「……は? 今の、お前がやったのか?」
俺自身が一番驚いてる。
説明できる気がしない。
だが、今は考えてる暇がない。
俺は体内の魔素を残った分だけかき集め、
思い切り、足に力を貯め、前へ踏み込む。
「いや、まだ終わってねえぞ!」
奴が焦り、後退りをして、
距離を取ろうとした瞬間、
俺は叫んだ。
「風魔術、第二等級、ブラスト!」
叫んだ瞬間、両手を後ろに向けると、
手から強力な風魔術が出て、
体がグッと浮き上がり気味に、
前にとんでもない速度で加速し、
奴との距離が一気に縮まる。
「っ……!」
奴は咄嗟に横に跳ねて、
俺との接触を避けようとした。
だが、ほんの一瞬。奴は体勢を崩した。
でもそれで十分だ。
俺はさらに追撃を重ねる。
痛む左腕の中に魔素を貯め、呪文を唱える。
「風魔術第二等級、ブラスト!」
左腕で、奴の腹を殴りつけると同時に、
その瞬間、魔術を一気に解放する。
俺の渾身のボディブローと爆風が
奴の腹に直撃し、奴から、
「ごふっ」という声が聞こえ、
直後、奴の体がとんでもない速度で後方へ飛んでいく。
奴の背中が壁に叩きつけられ、
結界の壁に、
ドンッ!!
という激しい音が響き、
衝撃で奴は前から地面に倒れ落ちた。
瞬間。
試験官が叫ぶ。
「——そこまで!!」
結界が完全に解除され、
地面に落ちていた、土の壁の破片やら、
地面に付き、焼け焦げていた、火の跡なんかが
一瞬にして消える。
俺はその場に座り込んで、
荒い息を吐いた。
立っていられない。
全身が震えてる。
さっきのは……正真正銘、奇跡の一発だ。
だが、
奴は完全に動けなくなっていた。
試験官「勝者、ノア・マックイーン!!」
結界の外から観戦していた受験者たちがざわめく。
そりゃそうだ。
俺だって信じられない。
試験官たちが慌ただしく動き出し、
二人の試験管が俺に駆け寄ってきて、怪我の状態を見る。
「ひどい火傷裂傷だな……すぐ処置する。」
試験官の内の一人が手をかざす。
淡い緑色の光が、俺の腕全体を包み込む。
「回復魔術、第二等級ーーヒールフォーム。」
光がじんわりと染み込む感覚。
熱が引き、痛みがみるみる薄れていく。
傷口を見ると、さっきまで焼けただれた皮膚が、
ゆっくりと生えてきて、傷口を覆い、
元の形に戻っていくのが分かった。
……すげぇ。
めちゃくちゃ痛かったのが嘘みたいだ。
いやまあ、痛みはまだ一応残ってはいるんだが。
「これで腕は問題ない。だが今日は無理はするな。」
「ありがとうございます……」
俺が頭を下げると、
様子を見ていた別の試験官が俺から離れて、
倒れている奴のほうへ駆け寄っていき、
同じように回復魔術を掛ける。
「回復魔術、第二等級ーーヒールフォーム。」
奴の腹と背中に淡い光が広がり、
しばらくすると、ぐったり倒れていた体が
軽く上下に呼吸を取り戻す。
ただ、彼はまだ気絶したままだ。
「命に別状はないはずだ。
衝撃で気を失っただけだろう。」
そうか....良かった。
試験官たちはアークを担架に乗せ、
端の救護室へと運んでいった。
俺はしばらく呆然と立っていたが、
試験官の一人が近づいてきて言う。
「三試験は以上で終了だ。
合否は二日後の朝、この場所、訓練場前で掲示される。」
二日後……。
胃が痛くなるような期間を、また過ごすのか。
「今日はもう戻れ。宿に帰って、よく休め。
体力も、魔核も相当消耗しているはずだ。」
「あ……はい。ありがとうございます。」
言われてみれば、
全身がぐったりしている。
気を抜いた瞬間、足が震えて、少し前につんのめった。
「無理をするな。歩けるか?」
「だ、大丈夫です。……多分。」
本当に大丈夫か?と。
聞かれたら、答えてあげるが世の情け。
いや、歩けなかったら恥ずかしすぎるから
大丈夫と言ってるだけに決まってるだろ。
そんなことを考えつつ、
俺は深呼吸を一つして、
ゆっくりと訓練場を後にした。
扉を出た瞬間、
外の空気が肺に入る。
ああ……夕方の風が気持ちいい。
火の匂いと土の匂いが、まだ鼻に残ってるけど。
訓練場前の石畳を歩きながら、
全身のだるさを噛みしめつつ、
先程の決闘を脳内で、振り返る。
なんとか……
なんとか勝ったんだな、俺。
にしても、奇跡だ。あのタイミングで、
一度も成功しなかった、
風土属性の第三等級魔術が出るなんて。
そして、あいつ、アーク・グレイ。
何者だ?格好からは、ただの目つきの悪い
青少年って感じだったんだが。
まさか、雷火の複合魔術を、両手で扱うなんて。
そんなことを思いながら、
歩いていると、試験会場の出口が見えてくる。
校門を抜けると、街の中の喧騒が一気に戻ってくる。
そしてどこからともなく、
腹に直接攻撃してくるような、いい匂いが漂ってきた。
……肉だな、これは。
肉を焼いた匂い。
しかも絶対、いいやつ。
ぐう、と正直すぎる音が鳴る。
いや、さっき干し肉食っただろ。俺。
とはいえ、
入学試験の三試験を終えたあとで、
魔素も体力もすっからかんになってる状態だ。
腹が減るのは仕方がない。
うん仕方ない。仕方ないんだ。
さっきの決闘中に、
火の匂いと焦げた匂いと、
変なアドレナリンで誤魔化されてただけで、
本当はずっと限界だったんだと思う。そう思う。
そう思うことにしとこう。
匂いの方向へ、
自然と足が向いていく。
横道に一本入ったところ、
石造りの建物の一階に、
木の扉と小さな看板が出ている店が見えた。
「炙り肉亭《ドラゴンの舌》」
みたいな、ちょっと強そうな名前が書いてある。
扉の隙間から、
焼けた油と香辛料のいい匂いが、
もわっと漏れてくる。
あ、これ絶対うまいやつだ。
分かる。
うまいやつ確定の匂いだ。
一瞬、硬貨袋の中身を思い出す。
父さんと母さんから預かったお金。
宿代と、数日の食費と、
もしもの時の予備。
……いや、でも。
入学試験、全部終えたんだぞ。
最後の勝負も、よく分からんまぐれでだが、
一応勝ったし。これはもう、
ちょっとくらい贅沢してもいいだろう。
少し迷ったあと、
腹のほうが理性よりも強くて、
気づけば俺の手は扉の取っ手を掴んでいた。
「……すみません、入ってもいいですか。」
扉を開けて、恐る恐る顔を出すと、
カウンターの向こうから、
ひげ面の大柄な店主っぽい男が顔を上げた。
「お、いらっしゃい。ひとりか?」
「はい、一人です。」
「空いてる席、どこでも座りな。」
店内は思ったより広くない。
カウンターが数席と、
二人掛けのテーブルが三つ。
壁には香辛料らしき瓶が並んでいて、
鉄板の上でじゅうじゅうと肉が焼けている音が鳴っている。
俺は入口から近いテーブル席に座った。
椅子に腰を下ろした瞬間、
さっきまで緊張で張り詰めていた何かが抜けて、
どっと疲れが押し寄せてきた。
「なんというか、くたびれた顔してるな。」
店主が水の入ったコップを
ドン、と軽く置きながら笑う。
「えっと……入学試験が、ありまして。」
「ああ、見りゃ分かる。
さっきから、似たような顔したガキどもが何人か来てる。
全員、死にかけのこの世の終わりみたいな顔か、
上手く行って人生最高の日みたいな顔のどっちかで、
飯かきこんで帰ってくぞ。」
あ、同じような人達がいたんだ。
ちょっと安心する。
「おすすめ、ありますか。」
「そうだな……腹が減ってるなら、
炙り肉プレートがいい。焼いた牛肉と、香草のソースと、
芋と温野菜つきだ。少し値は張るが、
その分腹も心も満たされるはずだ。」
「……その、少しって、どのくらいですか。」
店主は指を一本立てた後に、すぐパッと手を開き、
五本の指を立ててくる。
おそらく、銀貨1枚に、銅貨5枚なのだろう。
宿の一泊分より高いとは.....
そこそこいい値段するなぁ.....
頭の中で、
宿代、残りの日数、
親から預かった額……
全部並べてざっくり計算する。
……まあ、大丈夫だろう、
予算オーバーしないはずだ。
多分。多分ね。
「じゃあ、それを一つ、お願いします。」
自分で言って、
少しだけ変な背徳感があった。
俺、今ちょっと贅沢してる。
「おう、任せとけ。」
店主が鉄板の前に戻り、
肉を取り出して、
鉄板に乗せる。
じゅわああああっっ。
さっきから匂いだけだった攻撃が、
今度は音付きで襲ってくる。
油が弾ける音とか、
肉の表面が焼けていく香りとか、
それをひっくり返す音とか。
腹が、さっきよりでかい音を出した。
店主がちらっとこっちを見て笑う。
「いい音だ。
そいつはちゃんとした飯を食えば、
もっといい魔術が出るようになるぞ。」
「……そうだと、いいですね。」
なんか適当な返事しか出てこない。
頭が疲れてて、賢い会話とか無理だ。
しばらくして、
皿が運ばれてきた。
鉄板じゃなくて、
木の板の上に乗った大きめの皿。
真ん中には、
こんがり焼かれた肉のスライスが山になっていて、
上から香草入りのソースがとろりとかかっている。
横には、
こんがり焼けた芋、塩ゆでの緑の野菜、
薄切りの玉ねぎのマリネみたいなやつ。
見ただけで分かる。
これは絶対うまい。
「熱いから、気をつけろよ。味は保証するぜ。」
「いただきます。」
ナイフで肉を一枚切り取って、
口に運ぶ。
噛んだ瞬間、
肉汁とソースの味が一気に広がった。
……うまっ。
思考が止まった。
頭の中でさっきまで回っていた、
雷だの、霧だの、第三等級だの、入試結果がどうだの。
一瞬全部どうでもよくなるレベルでうまかった。
香草の香りは強すぎず、
肉の味をちゃんと残したまま、
後味をすっきりさせてくれる。
芋もほくほくだし、
野菜もちゃんと味がして、
ソースを絡めて食べると止まらない。
気づけば、
皿の上のものが、
半分以上消えていた。
ふと、父さんと母さんの顔が浮かんだ。
……あー。
やっぱちょっと、申し訳ないな。
あの二人だったら、
きっと自分たちのこと後回しにして、
俺にいいもの食わせようとするだろう。
そのお金を、
今俺はこうやって、
自分のために使ってる。
いや、でも。
試験三つ終わらせて、
魔核も魔素もギリギリになるまで使って、
火傷裂傷もして、
あやうく死にかけた。
それくらい頑張った自分に、
ちょっとくらいご褒美あってもいいだろ。
父さん、母さん。
俺、今ちょっといいもの食べちゃってます。
ごめんなさい。
うまいです。
心の中で、謎の報告をしながら、
最後の一切れを口に放り込む。
皿はきれいに空になった。
ソースまでパンでぬぐって食べたかったが、
パンは頼んでない。残念。
水を飲んで一息つくと、
さっきまでの罪悪感が、
少しだけ元気のもとに変わっていた。
会計を済ませ、
少し軽くなった硬貨袋を見て、
胸がチクリとする。
「ありがとうございました。
すごく美味しかったです。」
「おう。
また死にかけたら来い。
生き返る飯を食わせてやる。」
「……できれば、死にかけない方向で頑張ります。」
そう言って頭を下げ、
店を出る。
外はさっきより少し暗くなっていて、
街灯代わりの魔術灯がぽつぽつと灯り始めていた。
人の声、馬車の音、
露店の呼び込みの声。
さっきまで、試験の緊張で
全部が遠くに感じていたけど、
今はちゃんと街のざわめきとして耳に入ってくる。
腹も満たされて、
腕も治って、
命もちゃんと繋がっている。
あとは、
宿に戻って、寝るだけだ。
ゆっくりと石畳を歩きながら、
宿の看板が見える方向へ足を向ける。
少し考えながら歩いていると、
すぐに宿の看板が見えてくる。
二日後に合否が出る。
受かってるかどうかは分からない。
でも、
今日だけは、
あの決闘に勝てたことと、
今こうして温かい飯を食えたことだけを、
大事に抱えておくことにした。
俺は軽く伸びをして、
宿の扉に手をかけた。
宿に入った瞬間、
どっと疲れが押し寄せ、
階段の手前で軽く壁にもたれかかった。
「はぁ……生きて帰れてよかった……」
とりあえず、今日は寝る。
寝る以外無理だ。
今日はもう何もできないと思う。
それぐらいしんどい。
これが魔核の消耗というやつなのか?
そんな事を考えながら、
受付の女将に軽く挨拶をして、鍵を受け取り、
階段を上がり、部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
全部終わったんだ。
二日間、何も考えずに休もう。
そう思ったところで、意識が徐々に遠のいていく。
……俺、受かったらいいな。
そう願いながら、俺は眠りに落ちた。




