第一章 ―「外」の子供達― *3*
第一章 ―「外」の子供達― ③
3
アンドウのラボから出ると、すでに時刻は夕飯の刻限に近かった。
「キマイラ」から避けるため地下で暮らす「外」では、昼も夜も時間はわからない。
ただ、自分や通路に設置された時計で時間を把握し、自分で「一日」をコントロールするしかない。
ある意味で、一日を勝手に二十四時間にしようが、三十六時間にしようが自由だと言えるが、周囲の人間は大体昔通りの二十四時間生活を送っているので、自然とカナタも二十四時間単位で一日を送る癖がついた。
自分の寝所に戻るため中央区を通ると、辺りから香ばしい匂いが立ち込めてきた。
色々な機関の交差点となる、この中央区では、様々な物売りが立ち並ぶ。
中には、機械や衣類だけでなく、謎の本や、見た目の怪しい食い物を売る店もある。
もちろん、食い物をその場ですぐに食べさせてくれるような店も、何店かあるが、何分地下の事なので、巨大な換気扇の下でしか商売ができない。
必然と競争が激しくなり、生き残っている食い物屋は、比較的「マシ」なものが多い。
「おう、カナタじゃないか。一本食っていかないか?」
中央区の端で、いつも串焼きを売っている中年の男性──名を、ゴトウと言うが、誰もが「おっちゃん」と呼ぶ──から、声を掛けられた。
「……おっちゃん。今日のモノは何?」
「ん。まあ、肉はいつも通り培養肉だが、玉葱が良いの入ったんだ。食って損は無いぞ」
「じゃあ、一本貰うよ」
カナタは、ゴトウから焼肉の串を一本受け取ると、その場ですぐに食いついた。
口の中に、甘く塩辛いタレの味がする。
かなり味や香りを強くしないと、培養の肉は臭くてとても食えたものではないからだ。
しかし、間に挟まれた玉葱は薄味ながら、瑞々しく、肉の嫌味を心地よく中和してくれた。
「ん……」
「どうだ!?旨いだろう?」
ゴトウの呼びかけにも返事をろくにせず、カナタはがつがつと串焼きを平らげた。
そんなカナタの様子を、ゴトウは満足気に眺め、すぐにもう一本を取り出した。
「……ありがとう。けど、もういいよ、おっちゃん。今日はそんなに手持ちがない」
「あ?ああ、金の事か!金はいい、気にするな!なんたって、お前達、傭兵さん方には、いつも俺達を守ってくれている恩がある!」
「別に。それが仕事だから……」
冷めた口調でカナタが呟くをのを見て、ゴトウは大げさに首を振った。
「あのなあ、別に俺だってそんなに年じゃないんだから、説教臭い事は言いたくないが、仕事だから当たり前って事は一つもないんだ。どんな仕事だって、それは必ず誰かのための仕事で、それがあるから俺達はお互いに生きていけるんだ」
「でも、おっちゃんはきちんと上納金を上げているし……」
「それこそ当たり前さ!みんながみんな、少しずつ力を合わせないと俺達は生きていけねぇ。だけど、俺達はそれ以上にお前達の働きに感謝してるってことさ!だから、これを食え。食ってくれ!なっ」
「うん。ありがとう……」
カナタが改めて渡されたもう一本は、前の一本よりも甘い味がした。
◇
「ところで、おっちゃん。この美味しい玉葱どっから手に入れたの?」
串焼き二本を平らげ、すっかりくちくなった腹をさすり、カナタは店の前にある長椅子に腰かけた。
普段は誰かと話をするのを好む方ではないが、さすがに串焼き二本も平らげた後、そそくさと立ち去るのは決まりが悪い。
「ふっふっふ。聞いて驚け!」
本格的に混む時間よりも、まだまだ間があるためか、ゴトウもカナタを邪魔にすることなく、話に乗ってきた。
「何と、その玉葱はバイオプラントの野菜じゃなくて、俺が栽培したんだ!」
「サイバイって何?」
「だからぁ、俺が自分で土を耕して、そこに玉葱の球根を埋めたんだよ」
「はぁ!?つ、土って……お、おっちゃん。外のものは、キマイラ・ウィルスのせいで一切食えないって……」
「ああ。だから、キマイラ・ウィルスを避けるために、ビニールテントを三重にして、俺がそこに入るときは、防護服を二回消毒してから入っている」
「いや、でも外にはキマイラがいるし」
「最近は、あいつらも、お前らをおっかながって、この基地近くまで来ないだろう?」
「それでも来るときは来るよ。それに、そもそもとして、この基地の出入り口は、厳重な警護が敷かれているはずなんだけど……」
「そこはほら、地獄の沙汰も串焼き次第ってやつよ」
ゴトウは、悪戯を自慢する少年のような笑顔で、得意気に親指を上げた。
「そんな馬鹿な……」
カナタは開いた口が塞がらなかった。
この地下基地だけでなく、どこの地下コミュニティーでも共通のルールがある。
つまり『キマイラ・ウィルス』を持ち込んだものは死刑。
もっとも、死刑になるより先に、そのコミュニティーはウィルスのためほぼ間違いなく全滅するので、無意味な罰則規定だが。
それほど、キマイラ・ウィルスは恐れられている。
カナタ達も、外に出るときは全身を覆う防護服を必ず装着するし(もちろん戦闘用にかなり動きやすくされているが)、帰還した時はどんなに疲労し、重症を負っていても綿密な検査を受けないと、中に入れてもらうことはできない。
それを、野菜一つのために『外』の外に飛び出し、挙句の果てにそれを許容する見張り達がいるとは。
「カナタ。馬鹿なことだと思うかもしれないが、俺はこれに命をかけている。俺達はこの地下に押し込められてから、ずっと培養モノしか口にしてない。今の若い連中はそれが当たり前だと、思っているかもしれないが、やっぱり俺達『大人』からすりゃあ、あの味ってのはやっぱり不自然なんだ。どれだけ食っても、食い物からエネルギーを得られている気がまったくしねぇ」
「エネルギー?」
「そうさ、つまりは太陽さ!」
──太陽。
『外』では、キマイラと戦う者だけが見ることを許される、空の光源であり熱源だ。
もっとも、カナタにしても実際に見たことがある太陽は、ヘルメット越しかモニター越しで、肉眼で見たわけではない。
とたんに、体が熱い太陽を浴びたいと本能がうずきだした。
そして、風、緑の匂い。
全てが、カナタはおろか、誰にも感じることのできない幻の環境だった。
生まれてから一度も、それらを体感したことが無いにも関わらず、カナタは無性に自然を感じたくなった。
──そうか。これがエネルギーか。
ゴトウは、未だに食の大切さについて熱く語っている。
しかし、カナタの脳内は、すでに熱い太陽へと思いが馳せ、すっかりゴトウの話を聞いていなかった。




