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第三章 ―神無き祈りを捧げて― *2*

 第三章 ―神無き祈りを捧げて―  *2*


 2


「今日から君達には、これに乗ってもらう」

 白衣を着たアンドウ――と名乗る、腹の出た中年男性が、カイとアヤカ、メイの三人を連れて行った場所は、小さな研究所だった。

 しかし、研究所の内部のエレベータで、地下へ地下へと潜ると、そこは大きな倉庫になっていた。

 そこで、三人が見たものは、大型の人型キマイラだった。

「きゃあ!」

「こ、これは!?」

「大型キマイラか!?」

 人類の大敵とも言えるキマイラの姿が、そこにはあった。

 キマイラと一口に言っても、その姿は千差万別である。

 犬であったり、獅子であったりと言った哺乳類形ばかりではなく、蛙や蜥蜴、亀のような爬虫類の姿をしたものもあった。

 そして、もちろん人型の「キマイラ」もいる。

 だが、その姿は一つとして同じものはなく、大概が何かしら違う複数の動物のパーツが混ざっており、それが太古の神話に出てくる「キマイラ」を彷彿とさせる。

 また、その姿ばかりではなく大きさも統一性はない。

 小さいものは、人間大。

 大きなものでは、この都市の「壁」に匹敵する程のものもあり、特にこの大型と呼ばれるキマイラの対処が、現在都市での重要課題となっていた。

「そうだ。通常、この手の大型は、今までミサイルで撃破。都市に近接されれば、特攻隊による近距離爆撃により退治して来たが、みんなもわかっている通り、その危険性は計り知れない」

 アンドウの口は重く、吐き出される言葉は苦い。

 『大型』はやってくる頻度が低いが、一度やって来れば、都市に対し尋常ではない被害を生む。

「ミサイルのような物量攻撃には限界がある。我々がこの『(なか)に引きこもって以来、採取できる鉱物の量は激減の一途を辿っている。かといって、先日のような特攻作戦は人命の損耗が厳しすぎる」

 前回大型がやって来たのは、半年前になるが、想像以上に素早い動きで、ミサイルを外され、やむなく人海作戦となった。

 その時は、カイ達三人も作戦に参加したが、その恐怖は未だ三人の脳裏に焼きついている。

 なにしろ、全長三十メートルに及ぶ巨大な犬型のキマイラで、そのスピードは速く、力も強い。

 自重だけで何人もの自衛軍が踏み潰され、すぐにカイ達にも出動命令が降りた。

 『毒子』と忌み嫌われる三人は、真っ先に命の危険が高い作戦に組み込まれる。

 その時も、カイが『壁』の上から、『壁』に体当たりを繰り返す犬型キマイラの背中に飛び乗り、脊椎の辺りを爆破。

 そして、アヤカとメイの二人が、揺れる壁の上から再生する前の瞬間を狙って、ピンポイント射撃を繰り返し、運良く『(コア)』を破壊できた。

 もしも、あの時『(コア)』が背中側に無かったら、都市の『壁』を一枚『自爆』させるしかなかったかもしれない。

 そうなれば、大型の進入は防げても、キマイラ・ウィルスの侵入は防げず、この東京は都市丸ごと廃棄せざるを得なかっただろう。

「そこで、五年前から開発が進められたのが、これだ」

 そう言って、アンドウは三人に改めて、人型のキマイラを示した。

 通常のキマイラと違い『蚯蚓(ミミズ)』が全身を這わず、代わりに銀色のプレートで覆われており、見た目の嫌悪感はかなり軽減されている。

「偶然罠が成功し、『(コア)』だけを綺麗に破壊することができた『キマイラ』を調査して、我々は気づいたのだ。彼らの異形にばかり眼が行くが、その中身はかなり我々現存の地球生物の構造に近く。基本的に奴らも骨、筋肉、神経と言ったものが揃っている」

「それぐらいは、知ってるよ」

「そうね。私達の武器や防具の一部はあいつらの骨や牙を加工して作ってるものね」

 アンドウの説明に、メイが口を挟み、アヤカが相槌を打つ。

 そして、カイはあまり喋らず、二人をたてる。

 これが、この兄弟のパターンだった。

「その通り。だが構造は似ていても、その構成物質がタンパク質やカルシウムと言った我々の知っている原子ではないもので構成されていることは知っていたかね」

 メイの茶々を気にせず、アンドウは解説を続ける。

 もとより、聴衆が誰であろうと、本当に聴いていようとどうでもいいのかもしれない。

「その分子結合は極めて強固で、通常兵器では簡単に傷を負わせられないが、代わりにこちらの武器としても有効だ。だが、キマイラの構成物質にはもっと優れた点がある」

 そこで、アンドウはニヤリと笑った。

 カイの眼には、それは愉悦ではなく、狂気の笑みに映った。

「それは、『腐らない』ことだ」

「しかし、奴らの死体は、外で放置しておけば、一日も置かず無くなっているぞ?」

「しれは、他のキマイラに喰われているからだ。基本的には奴らの体はバクテリアや微生物には分解されん。しかも、その構造は通常の生物と酷似しているが、大脳は無い。どうやら『(コア)』に神経の命令部が集中しているらしい。そこで、私は考えたのだ――

 ならば、『(コア)』の代わりを埋めてやれば、こちらの思い通り動かせるのはないか?と。

 奴らの骨や牙が武器とする案は、『船』が降りてきて、キマイラが発見されたかなり初期から出ていた。ならば、奴らの体毎武器にする発想があってもおかしくはないだろう?」

「で、でもキマイラの体は、そのもが強い病原体だって習ったけど……」

 メイがおずおずと手を挙げた。

 正気の沙汰と思えない、あの訓練を潜り抜けてなお、未だに純粋を残す妹の性格は、カイにとって不安だが、微笑ましいものだった。

「問題ない。正確には奴らの流す灰色の血がキマイラ・ウィルスを保有しているだけで、キマイラに近づいただけでは、ウィルスには感染しない」

「で、最初に『乗ってもらう』と聞きましたが?」

 危険そうな作戦等に異議申立てを行う場合は、姉のアヤカが行う。

 それも、三人の中で自然と培われてきた慣例の一つだ。

「その通り、知っての通り、キマイラが発生すると何故か電波の通りが悪くなる。そのため、当初は遠隔操作によるキマイラの操縦が目標だったが、すぐにそれはあきらめた。大型になればなるほど電波妨害が強くなり、『外』に出た瞬間もう使い物にならなくなる」

「電波妨害の原因を取り除けば良いのでは?」

「残念ながら、電波妨害の原理は解明されていない。今は、奴らの体が磁気のようなもを帯びているのではないかという説が有力だが……」

「はあ、それは良いとして。実際に、キマイラを操作なんてできるのですか?」

 油断すれば、すぐに自分の考えに没頭しようとするアンドウを押しとどめるべく、アヤカが話しを進める。

「うん?ああ、それは極めて簡単だった。早い話が筋肉を動かす神経は電気信号で命令を受け付けている。ならば、『(コア)』に相当する場所から電気信号を流せば、自在に動かすことができるよ。幸い、奴らはでかくなればなるほど、神経も同比率で太く大きくなっているしね」

 楽しそうに、頭上の人型キマイラを眺めるアンドウを、三人はキマイラ以上に気味悪げに眺めた。



 ◇


 訓練は、比較的順調に行われた。

 最初は、立って、歩くという動作だけで一苦労だったが、基本的な構造が人間と一緒なので、感覚的に操作を把握するのは容易かった。

 大型はまだ来なかったが、全長二十メートル未満の中型程度なら、この人型キマイラで一捻りだ。

「どうだね?『あれら』の使い勝手は」

 その日も、無事に戦闘訓練(とは言え、中型との実戦だが)が終わり、カイ達が人型キマイラから降りた所に、にこにこ顔のアンドウがやって来た。

 拘束具で固められた人型キマイラの周辺を、分厚い防護服で囲った作業員達が戦々恐々と事後処理をしている。

 それが、普通のキマイラに対する『距離』だ。

 いくら『(コア)』が無いからと言って、ヘルメットもせずに、この近距離にキマイラの近くにいるカイ達とアンドウが異常なのである。

「レポートの通りだよ」

「こら、カイ。きちんと敬語を覚えなさいとあれ程……ったくもう……アンドウ大尉。カイ士長の申し上げた通り、レポートにも記載しましたが、現在中型クラスとの戦闘では問題ありません。ただ……」

「ただ?」

「やはり、大型との戦闘には不安が残ります。折角、『あれら』には人間同様の手足があるので、やはり武器のようなものがあったほうが、効果的に戦えるのではないでしょうか」

「ふむ……」

 アンドウは考える振りをした。

 実は、武器は作成可能だ。

 しかも、すでに試作品もある。

 しかし、軍上層部で、『毒子』と呼ばれる三人に、これ以上の武装強化を危ぶむ声が上がっているのだ。

 いかに優れた戦力であろうとも、それがこちらに牙を剥けば、それは一転して脅威となる。

 つまり、軍上層部では、三人を未だに信用し切れていないのだ。

 それには、カイが幼少期に起こした事件も強く関係しているだろう。

「まあ、とりあえずは、前向きに考えてみよう」

 だから、アンドウはその時、そう述べるに留めた。



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