第8話 自己紹介【前編】➀
僕たちが教室に戻ると、何人かが席を立ち、互いに言葉を交わしていた。
「あっ、戻ってきたみたいやで」
「本当だ。ねぇねぇ! 2人とも」
こちらに向かって手招きしているのは、セーラー服の女子、藤田だった。
「えっ? 僕に何か用? ふへへっ」
途端に西田の頬が緩む。
嬉しそうに藤田のもとへ駆け寄ろうとした、そのとき――。
「いいから、さっさと席につけや! 豚ぁっ!」
佐治の怒声が飛んだ。
「ちょっ、佐治くん。そういうこと言うのやめなよ」
藤田がすかさず注意する。
……ただ、その口元がほんの少し笑っているように見えたのは、気のせいだろうか。
西田は顔を真っ赤にすると、無言のまま自分の席へ戻っていった。
僕も巻き込まれてはいけない気がして、一目散に自分の席へ向かった。
「入学式まで、まだ時間あるみたいやん?」
関西弁の女子が、僕たちの方へ身体を向けた。
「せっかく同じクラスになったんやし、それまで皆で自己紹介でもせえへん? っちゅー話になってんねん」
「10人しかいないし、そんなに時間もかからないと思うよ。2人も大丈夫だよね?」
どうやら僕たちが教室を離れている間に、そんな話になっていたらしい。
もちろん、断る理由はない。
西田が頷いたのを確認して、僕もそれに続いた。
「よかった。じゃあ、言い出しっぺの私から始めてもいいかな?」
「ええんちゃう? ほな、藤田ちゃんから反時計回りでいこか」
「うん。皆もそれでいい?」
反対する者はいなかった。
こうして、僕たち1年13組の自己紹介が始まった。
それにしても、いつの間にか話をまとめていたあたり、この2人は人と打ち解けるのが得意なのだろう。
僕には到底真似できそうにない。
「じゃあ――」
藤田が立ち上がった。
「私の名前は藤田美紀。出身は東京の浅草です」
そこまで言って、藤田は少し困ったように笑った。
「正直、まだ何がなんだか分からないし……自分が死んだってことも、転生者を目指すってことも、全然実感がないんだけど」
その言葉には、僕も同感だった。
「でも、ここで皆と出会えたのも何かの縁だと思うから。できれば、このクラスの皆で仲良くして、一緒に卒業を目指せたらいいなって思ってます」
最後に、明るく笑った。
「これからよろしくお願いします」
自然と拍手が起こった。
こういう場で、周りを安心させられる。
藤田は、そういう人なのかもしれない。
それに――。
『藤田美紀。たぶん、うちのクラスで一番の美人だな』
つい先ほど聞かされた、西田の言葉が脳裏をよぎる。
その評価が大げさではないことは、僕にも分かった。
整った顔立ちに、柔らかな雰囲気。女子の中で唯一身につけているセーラー服も、どこか古風な印象を与えている。
宮村とは、また違うタイプの美人だ。
……個人的には、宮村の方が好みだけど。
って、何を考えてるんだ僕は。
「ほな、次はウチやな!」
勢いよく立ち上がったのは、藤田の隣に座る関西弁の女子だった。
「ウチは辻崎カンナ! 大阪出身や!」
声が大きい。身振り手振りも大きい。そして何より、胸が大きい。
「男女関係なく皆と仲良うなりたいから、気軽に『カンナ』って呼んでな! 好きなもんは、お好み焼きと可愛いもん全般!」
そこでカンナは、何か大切なことを忘れていたと言わんばかりに「あっ!」と声を上げた。
「あと阪神タイガース! これは絶対外されへん。今年こそ絶っ対優勝するから、皆も応援よろしゅう頼んます!」
胸の前で拳を握りしめる。
……何の自己紹介なんだ、これは。
ただ、一つだけ分かった。とにかく明るい。
感情がそのまま表情と身体に出るような、見ているだけで周囲まで元気になりそうな女の子だ。
そして――。
『辻崎カンナ。あの子は絶対すごいぞ。何がとは言わないけど、僕の目測ではJカ――』
……やめよう。
西田から聞かされた余計な情報まで思い出しかけて、慌てて頭の中から追い出した。
さっきから、女子を見るたびに西田の解説が脳内再生される。
完全に余計な知識を植えつけられてしまった。
「ほな、次の人お願いしまーす!」
カンナはそのままの勢いで、前の席に座る女子の肩をポンッと叩いた。
「ひゃあっ!?」
「あっ、ご、ごめん! 驚かせてもうた」
「い、いえ……大丈夫、です」
女子は首を横に振ると、おずおずと立ち上がった。
「あの……私は、相生心咲です」
声が小さく、教室が静かになってようやく聞き取れるくらいだった。
「好きなことは……読書と、映画鑑賞……です。……以上、です」
ぺこりと頭を下げると、すぐに座ってしまった。
ずいぶん短い自己紹介だった。さっきのカンナとは正反対だ。
相生はそのまま俯いてしまった。
大きめの眼鏡をかけていることもあって、第一印象はずいぶん地味だ。
『相生心咲。あの子は眼鏡で分かりづらいけど、よく見ると結構――』
……また西田だ。もういい。
僕は頭の中の西田を強制的に追い出した。
他人から聞いた評価じゃなくて、自分で知っていけばいい。
相生は時折ずれた眼鏡を指で直しながら、そっと顔を上げる。
けれど、誰かと目が合いそうになるたび、慌てて目を伏せていた。




