第6話 選別基準
「その、選別基準について詳しく教えていただけませんか?」
すっと手を挙げ、藤田が訊ねる。
「ちょうどこれから説明するところだった。選別基準は至極単純だ」
本郷先生は不敵な笑みを浮かべ、僕たちを見た。
「卒業までの3年間。その間に学校が定めたカリキュラムから100万単位を取得し、卒業試験に合格すること。それが、転生者になるための条件だ」
100万単位を取得し、卒業試験に合格する。
次から次へと新しい情報が飛び込んできて、頭の整理が追いつかない。
その中でも一際引っかかったのは――。
「100万単位の取得って……!?」
動揺が教室に広がる。
100万。
僕たちが知っている学校の『単位』とは、あまりにも桁が違う。そもそも、この膨大な数の単位は一体、何を意味しているのか。
「……口で説明するより、実際に見てもらった方が早いな」
本郷先生は教卓の上に置かれていた、スマートフォンによく似た携帯端末を手に取り、僕たちに見せた。
「お前たちの机の中にも、それぞれ同じ端末が入っているはずだ。取り出して、画面を開いてみろ」
先生の指示に従い、机の中を探る。確かに、同じ端末が入っていた。
「佐治、端末の使い方は分かるか?」
本郷先生が、どこか意地悪そうに佐治へ訊ねる。
「ああ? 馬鹿にすんなよ! こんなモン、簡単……って、あん? ンだこれ? どうやんだ?」
……もはやコントだ。
佐治遼太郎。見た目は筋金入りの不良だが、実は面白い奴なのかもしれない。
「悪いが、西田。教えてやってくれ」
本郷先生に声をかけられたのは、僕の前の席に座る男子だった。
西田は露骨に嫌そうな顔を浮かべていた。
「他に端末の操作が分からない者は――」
本郷先生の言葉に、藤田が控えめに手を挙げた。
「ごめんなさい。私も分かりません」
「謝ることはない。悪いが、三日鈴。藤田に教えてやってくれるか」
呼ばれたのは、藤田の後ろの席に座る女子だった。
三日鈴は柔らかく微笑んだ。
「はい。さぁ、藤田さん。私と一緒に操作しましょう」
「ありがとう、三日鈴さん」
そのやり取りを横目で見ていた西田は、どことなく不満そうだった。
……どうせ教えるなら藤田の方が良かった。
そんなことを考えているに違いない。
「なぁ、この携帯端末って、スマートホンってやつやろ? こんな綺麗な画面、見たことないわ。ウチの顔、輝いて見えるで」
関西弁の女子が、興味津々といった様子で端末を顔の近くへかざしている。
スマホを見たことがないって……。
まさか、今までずっとガラケーでも使っていたというのか。
「よし、全員開けたな。では次に、画面の左下を見ろ。カタカナで『カ』と表示されたアイコンがあるはずだ。それをタップしてくれ」
先生の指示に従って、『カ』のアイコンをタップする。
画面が切り替わり、大きく『カリキュラム』という文字が表示された。
「この『カリキュラム』には、お前たちが受ける授業や試験、そして、それらをクリアすることで得られる単位が一覧で表示されている」
『カリキュラム』
【1年生カリキュラム項目】
洗礼試験……………………単位1000
入学試験……………………単位100
数学…………………………単位2(2)
数学活用……………………単位2(2)
英語表現……………………単位2(2)
英会話………………………単位2(2)
国語総合……………………単位2(2)
国語…………………………単位2(2)
現代文………………………単位2(2)
古典…………………………単位2(2)
社会…………………………単位2(2)
地理…………………………単位2(2)
倫理…………………………単位2(2)
政治…………………………単位2(2)
経済…………………………単位2(2)
物理…………………………単位2(2)
化学…………………………単位2(2)
生物…………………………単位2(2)
地学…………………………単位2(2)
討論…………………………単位2(2)
初級S学……………………単位2(2)
S実技………………………単位2(2)
D実習………………………単位2(2)
月間試験…………………各単位100
中間試験…………………各単位500
期末試験…………………各単位700
学年末試験………………各単位900
D攻略試験…………………単位500
PK…………………………単位1000
……etc(2年生カリキュラム項目に続く)
画面いっぱいに、科目名と単位数がずらりと並んでいる。
指を滑らせてスクロールしてみるが、一向に終わりが見えない。
数学や国語といった見慣れた科目に混じって、『初級S学』『S実技』『D実習』――聞いたこともない項目まである。
D攻略試験。PK。
意味の分からない文字もいくつか目についたが、今はそれ以上に100万という数字の方が気になった。
これだけのカリキュラムをこなしながら、3年間で100万単位。本当に、そんなことが可能なのだろうか。
「通常の授業は、出席すれば単位を取得できる。カッコ内の数字は、その授業で行われる小試験に合格した場合に追加で得られる単位だ」
本郷先生が説明を続ける。
「たとえば『単位2(2)』なら、授業への出席で2単位。小試験にも合格すれば、さらに2単位。合計4単位を取得できる」
なるほど。仕組み自体は、それほど複雑ではない。
「小試験の頻度は高い。毎日の予習と復習は欠かさないことだ。それから、各試験には『満点ボーナス』という制度もある。試験で満点を取った場合、通常の獲得単位とは別に、追加の単位が与えられる」
満点ボーナス。
同じ試験でも、結果次第で得られる単位に差が生まれる。100万単位を目指す以上、こうした積み重ねも無視できないのだろう。
本郷先生は説明を終えると、教卓の引き出しを開け、一束の白い紙を取り出した。
……なんだろう。嫌な予感がする。
「では、早速だが――今から入学試験を実施する」
「入学試験っ!?」
教室中から驚きの声が上がった。
「さっきのが入学試験やったんやないんですか?」
関西弁の女子が真っ先に声を上げる。
「さっきのは『洗礼試験』だ。確認してみろ。カリキュラムにも記載されている」
言われるまま、端末の画面を確認する。
洗礼試験……………単位1000 不合格
入学試験……………単位100
確かに、記載されていた。
「いきなりテストかよ……」
「最悪やん……」
「不満を抱く者が多いようだが、1つ言っておく」
本郷先生の声音がわずかに低くなる。
「この学校では、単位は転生者になるために必要不可欠なものだ。特に洗礼試験に不合格だったお前たちは、すでに1000単位を取り逃している。これから先、1単位たりとも無駄にしないくらいのつもりでいろ」
僕は端末に表示された『不合格』の文字を見つめた。
もし、あの問いに正解していれば――1000単位。
僕たちは、スタートしたその日に、それだけの単位を取り逃したのだ。
卒業までに必要なのは100万単位。1000なんて、その中のほんの一部に過ぎないのかもしれない。
それでも、この学校では、こうした一つ一つの結果が確実に自分の未来へ繋がっていく。
そう考えると、もう「ただのテスト」だと軽く考えることはできなかった。
先ほどまで上がっていた不満の声も、いつの間にか消えていた。
「試験内容は、英数国理社の5教科。各科目5問ずつ、全部で25問だ。どれも中学生レベルの基礎問題しか出さない。制限時間は60分」
本郷先生の説明を聞きながら、僕は端末の『入学試験』という項目へ指を滑らせる。
その瞬間――。
画面の端に、小さな数字が浮かび上がった。
60:00
それが一度、淡く点滅する。
「では――試験開始」
59:59
カウントダウンが、始まった。




