第21話 新生活➂
「あなたたち、新入生?」
エコバッグの謎に首を傾げていると、背後から声をかけられた。
振り返ると、一人の女子生徒が立っていた。
「はじめまして。私は白川悠利。三年生よ」
そう名乗って微笑む彼女を前に、僕は思わず見入ってしまった。
綺麗な人だ。
すらりと伸びた脚に、凛とした立ち姿。ただそこに立っているだけなのに、不思議と目を引く。
雑誌の表紙を飾るモデルにも引けを取らない美しさだった。
「突然話しかけてごめんなさいね。あなたたちの会話が聞こえてきて、気になったの」
「ウチらの話が……ですか?」
カンナがきょとんとする。
僕たちが話していたのは、エコバッグが大量に余っていることくらいだ。そんなに興味を惹かれる話だっただろうか。
「ええ。たとえば、それ」
白川先輩が示したのは、僕たちの持っているエコバッグだった。
「エコバッグ。私たちには、もう必要ないのよね」
「必要ない?」
「だって、【ストレージ/空間収納】があるもの」
「……ストレージ?」
聞き慣れない言葉に、僕たちは顔を見合わせた。
「あら?」
白川先輩は僕たちの反応から察したらしい。
「そういうこと。あなたたち、『スキル』についてはまだ教わっていないのね」
「スキル……?」
また、新しい単語が出てきた。
「それなら今は、そのエコバッグを使っておいた方がいいわ」
白川先輩は、山のように積まれたエコバッグを指した。
「まあ、すぐに必要なくなるでしょうけど」
それだけ言うと、僕たちに軽く手を振る。
「それじゃあ。また学校で会いましょう」
「あ、はい……」
呼び止める間もなく、白川先輩は人混みの中へ消えていった。
背筋を伸ばして颯爽と歩く姿は、離れていってもすぐに見つけられるほど目立っていた。
「……なんやったんや、あの人」
カンナがぽつりと呟いた。
「それより、スキルってなんやろな?」
「さあ……」
宮村も考え込んでいる。
「あの言い方だと、私たちもいずれ使えるようになるみたいね」
「スキル……か」
アニメやライトノベルをそれなりに嗜んできた僕にとって、『スキル』という単語自体は珍しくない。
ゲームや異世界ものなら、特別な能力を意味することが多い。
【ストレージ/空間収納】。
名前からして、何となく想像はつく。ゲームでいう『アイテムボックス』みたいなものだろうか。
本当にそんな能力が存在するのなら――。
「……ちょっとワクワクするな」
「何が?」
「えっ?」
思わず口に出していたらしい。
隣を見ると、宮村が僕の顔を覗き込んでいた。
「いや、何でもない」
「変な人」
呆れたように言いながらも、宮村はほんの少し笑っていた。
その反応に、僕まで嬉しくなる。
「とりあえず、買い物を済ませましょうか」
「せやな! 考えてても分からへんし」
宮村の一言に、カンナが頷いた。
【ストレージ/空間収納】と、『スキル』。
気にはなるが、ここで考え続けたところで答えが出るはずもない。いずれ学校で説明されるだろう。
「ほな、行こか!」
カンナを先頭に、三日鈴と宮村も歩き始める。
僕も何となくその流れについていき、宮村の隣に並んだ。
「……野間くん」
「ん?」
宮村が、なんとも言えない顔で僕を見上げていた。
「あなた……もしかして、このまま私たちと一緒に来るつもり?」
「え?」
思わず足が止まる。
「迷惑じゃなかったら……ついて行ってもいいかな。一人だと、ちょっと心細いし」
一緒に来るはずだった西田は、藤田とカフェへ行ってしまった。
だからといって、一人で買い物ができないわけじゃない。
ただ、せっかく宮村たちと会えたんだ。このまま別れるより、もう少し一緒にいたい。それに、カンナや三日鈴とも仲良くなれたらと思っていた。
「迷惑ってわけじゃないけれど……」
宮村は言葉を濁した。
カンナも三日鈴も、なぜか微妙な表情をしている。
あれ?
もしかして、僕、邪魔?
いや、それどころか……嫌われてる?
ついさっきまで普通に話していたはずなのに。
少し傷ついていると、それを察したらしいカンナが苦笑した。
「あー……ちゃうちゃう。野間っちがイヤとか、そういう話やないねん」
「じゃあ……?」
「その……」
カンナは少し言いにくそうにしてから、声を落とした。
「ウチら、これから下着買いに行こうと思ってんねん」
「えっ」
「それでも、ついてくる?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「し、下着……?」
「せや」
カンナがニヤッと笑った。
そりゃそうだ。
今日知り合ったばかりの男子が、女子三人の下着選びについていく。
どう考えてもおかしい。
「そ、そういうことか……」
嫌われていたわけじゃなかった。
ほっとしたところで、ふと別のことに気づく。
そういえば、僕も服を買わないといけないんじゃないか?
部屋に制服が用意されていたせいで、完全に頭から抜け落ちていた。下着も普段着も、これから生活するなら必要になる。
忘れないうちに買い物リストへ追加しておこう。
端末を取り出そうとしたところで、カンナに呼び止められた。
「……野間っち」
「ん?」
顔を上げると、カンナが何やら含みのある笑みを浮かべていた。
「今の間……何考えてたん?」
「え?」
「まさか、ウチらの下着姿、想像してたんちゃうやろな?」
肘で、つん、と脇腹を小突かれる。
「し、してないって!」
反射的に叫んだ。
「ホンマにしてへん?」
「してないよ!」
そこまで言って、今朝の出来事が頭をよぎった。
「あっ!」
しまった。
隣にいる宮村の頬が、みるみる赤くなっていく。
どうやら、彼女も同じことを思い出したらしい。
気まずそうに顔を背け、小さな声で呟く。
「野間くんの……えっち」
「ち、違う! 今のは!」
「何が違うん?」
「いや、それは……」
説明できるわけがない。
カンナがますます面白そうに笑う。
その隣では、三日鈴だけが事情を知らないまま、穏やかな笑みを浮かべていた。
駄目だ。これ以上ここにいたら、墓穴を掘る。
いや、もう一度死んでるんだけど。
「ご、ごめん! そういうことなら僕は遠慮しておくよ!」
「あっ、野間っち!」
僕は三人から逃げるように離れた。
背中にカンナの楽しそうな笑い声が追いかけてくる。
しばらく、宮村の顔をまともに見られそうになかった。




