第22話 新生活④
宮村たちと別れた僕は、一人で三階の家電売り場へ向かった。
目当てはもちろん、テレビだ。
「……ない」
分かっていた。分かっていたとも。
この世界には『テレビ』というものが存在しない。
西田ともここへ来る途中に話したし、放送局らしきものが存在しないことも聞いている。
それでも、心のどこかで期待していたのだ。
もしかすると、現世から飛んでくる電波を受信できたりするんじゃないか。
そうすれば、アニメが見られるんじゃないか、と。
数時間前の自分に言ってやりたい。
夢とは、儚く散るものだぞ、と。
「……諦めよう」
テレビへの未練を断ち切り、本来の目的である生活家電を見て回ることにした。
冷蔵庫と洗濯機は、すでに部屋に備え付けられている。となれば、必要なのは炊飯器と電子レンジくらいだろう。
まずは炊飯器。
売り場には一万円台の安価なものから、十万円を超える高級機までずらりと並んでいた。
「……何が違うんだ?」
正直、まったく分からない。
米を炊く機械なのに、どうして十倍近く値段が違うのだろう。
別に米の味に強いこだわりがあるわけでもない。そもそも、まともに自炊したことすらないのだ。
安いので十分だろう。
送料無料という表示にも背中を押され、一万円台の炊飯器を選んだ。
次は電子レンジ。
こちらも値段はピンキリだった。
温めるだけのシンプルなものから、数十種類もの自動メニューが搭載された高級機まである。
「温められれば、それでいいよな……」
安いモデルに手を伸ばしかけたところで、横から声をかけられた。
「ご検討中ですか?」
「えっ?」
店員らしき男性が、営業スマイルを浮かべて立っていた。
「こちらのモデルでしたら、新開発のセンサーで食材の状態を高精度に読み取り、最適な加熱が可能ですよ」
「は、はあ……」
よく分からない。
僕が曖昧に頷いたのを購入の意思ありと判断したのか、店員はさらに熱心に説明を始めた。
聞けば聞くほど、この電子レンジが人類文明の到達点みたいに思えてくる。
「この世界の家電って、見た目は僕たちがいた世界のものとほとんど同じですよね」
「そうですね」
「でも、中身は違ったりするんですか?」
店員は意外そうな顔をしたあと、にこやかに頷いた。
「独自に発達している部分はありますよ。特に省エネルギー性能や、エネルギー変換効率などは大きく違いますね」
「へえ……」
説明を聞いているうちに、今度は別の疑問が頭をよぎった。
そもそも、この世界の電気って、どこから来ているんだ?
いや、やめよう。絶対に話が長くなる。
結局、店員に勧められた中から、比較的手頃な電子レンジを選んだ。
これで最低限の家電は揃ったはずだ。
二階には衣料品や日用品を扱う店が並び、三階以上に多くの学生で賑わっていた。
歯ブラシ、石鹸、シャンプー、タオル。それから食器と部屋着。
必要なものを順番に買い物かごへ入れていると、下着売り場が目に入った。
さっきのやり取りを思い出しそうになり、慌てて頭から追い出す。
今は考えるな。
僕は無心で、自分用の下着を買い物かごへ放り込んだ。
節約は大事だ。とはいえ、安物を買ってすぐに駄目になったら、結局は買い直すことになる。
タオルの肌触りを確かめ、食器も使いやすそうなものを選ぶ。服も派手なものは避けて、着回しやすそうなものを何着か買った。
気づけば、買い物かごはすっかり重くなっていた。
「結構あるな……」
それでも、嫌な気分ではなかった。
自分で選んだ食器やタオル、服。
一つひとつは何でもないものなのに、それらが増えていくたびに、あの殺風景だった部屋が少しずつ『自分の部屋』になっていくような気がした。
最後に一階の食品売り場へ寄ってみる。
「三百円……!」
弁当売り場で足が止まった。
先ほどのコンビニでは、一番安いのり弁ですら八百円だった。それが、ここでは三百円。
「スーパー最高だな……」
炊飯器が届くまでの間は、ここの弁当で乗り切るのも悪くない。
僕は弁当を一つ購入し、AEIモールを後にした。
◇
寮に戻り、四二四号室の扉を開けたところで足が止まった。
「……あれ?」
玄関には、見覚えのない段ボール箱が置かれていた。
出かける前には、こんなものはなかった。
「なんだこれ……」
箱には、AEIモールの家電量販店のロゴが印刷されていた。
まさかと思い、蓋を開けてみる。
「もう届いてる……」
中に入っていたのは、ついさっき購入した炊飯器と電子レンジだった。
買ってから、まだ一時間も経っていない。
送料無料とは書いてあったが、即日配送なんてレベルじゃない。
「どうやって運んだんだ……?」
昼間、白川先輩から聞いた『スキル』という言葉を思い出す。
【ストレージ/空間収納】。
もし、この世界に本当にそんな特殊な能力が存在するのなら、他にも色々なスキルがあるのかもしれない。
「テレポートとかも……あるのかな」
物を一瞬で別の場所へ移動させる能力。
それなら、この異常な配送速度にも説明がつく。
もちろん、ただの想像だけど。
「まあ……届いたならいいか」
今日はもう、深く考える気力も残っていなかった。
買ってきた荷物を置き、そのままベッドへ倒れ込む。
身体が柔らかなマットレスへ沈んだ。
「はぁ……疲れた」
長い一日だった。
朝、目を覚ましたときには、自分が死んだことすら知らなかった。
それが今では、死後の世界にある学校へ通い、学生寮で一人暮らしを始めようとしている。
友達もできた。
そう考えたところで、宮村の顔が浮かんだ。
宮村琴那。
初めて校門で会ったときの、あの澄んだ瞳。
教室で見せた険しい表情。
屋上で泣き崩れた姿。
最後に見せてくれた笑顔。
思い返していると、胸の奥が妙に苦しくなった。
今日会ったばかりだ。
まだ彼女のことなんて、ほとんど知らない。
それなのに、もっと話したい。もっと知りたい。
できるなら、もっと一緒にいたい。
「……あ」
そこまで考えて、ようやく気づいた。
本当は、もっと前から気づいていたのかもしれない。ただ、認めるのが恥ずかしかっただけで。
僕は、きっと宮村琴那に恋をした。
そう認めた途端、急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「ああああああああああっ!」
枕に顔を埋める。
無理だ。恥ずかしい。
今日会ったばかりだぞ!?
「ああああああああああっ!」
ベッドの上で足をばたつかせる。
ゴンッ、と何かが頭に落ちてきた。
「痛っ!」
頭を押さえながら拾い上げる。
B4サイズほどの、プラスチック製のカードだった。
「……これって」
表面には、大きな文字でこう書かれている。
『寮でのルール』
どうやらベッドの上に置かれていたものを、僕が暴れた拍子に落としてしまったらしい。
書かれている内容を読んでみる。
〈寮でのルール〉
・学生の飲酒、喫煙は禁止。
・自室は常に清潔に保つこと。
・門限は午前零時厳守。
・男女寮ともに、異性の宿泊は禁止。
他にもいくつかあるが、どれも学生寮なら珍しくない規則ばかりだ。
「なんだ……普通じゃないか」
もっと変わった規則でもあるのかと思っていた。
『学生寮には、学校とは違うルールがある。それだけは、絶対に守ること』
教室で聞いた、本郷先生の言葉を思い出す。
飲酒禁止。
喫煙禁止。
門限。
異性の宿泊禁止。
どれも、ごく普通のルールだ。
ならどうして本郷先生は、あんな言い方をしたんだろう。




