第20話 新生活➁
西田たちと別れ、僕は一人で『AEIモール』までやって来た。
建物の中へ入ると、多くの学生たちで賑わっていた。
先ほどの無人コンビニには店員どころか他の客すら見当たらなかっただけに、その人の多さには少し驚かされる。
AEIモールは三階建ての商業施設らしい。一階が食料品売り場、二階が衣料品や家具、日用品雑貨、三階が家電製品のフロアになっている。
必要なものについては西田から事前に聞いていたが、まずは三階から見て回ることにしよう。
確認したいことが一つあった。
――テレビだ。
この世界には、テレビが存在しない。
西田ともここへ来る途中に話したことで、どうやら間違いないらしい。それでも、やっぱり自分の目で確かめておきたかった。
エスカレーターへ向かう途中、近くを歩いていた男子たちの会話が耳に入った。
「おい、見たか? 今あっちにめっちゃ可愛い子いたぞ」
「マジ? 新入生か?」
「声かけてみる?」
……ほう。可愛い子、か。
一瞬、宮村や藤田の顔が頭に浮かぶ。
彼女たちと同じくらい、いや、もしかするとそれ以上の美少女なのだろうか。
それは是非とも、ご尊顔を拝見しておかねばなるまい。
テレビはひとまず後回しにして、僕は人混みを巧みにすり抜けながら、男子たちが話していた方へ向かった。
「あの子、めっちゃ可愛くね?」
「隣の子もな。っていうか、胸デカ……」
今度は別の男子二人組の声が聞こえてきた。
どうやら、お目当ての美少女はすぐ近くらしい。
人と人の隙間から、その姿を探す。
「……あっ」
声が漏れた。
心臓が、どきんと跳ねる。
噂の中心にいた二人の少女も、僕の存在に気づいた。
「あっ!」
そのうちの一人が、ぱっと表情を明るくする。
「野間っちやん! 野間っちも来てたんや!」
大きく手を振りながら近づいてきたのは、カンナだった。
「カンナ……」
さっきの男子たちの会話を聞いた時点で、もしやとは思っていた。となれば、もう一人は……。
カンナの隣に立つ少女と目が合った。
噂の可愛い子は、他でもない宮村だった。
「あなたも買い物に来たの?」
宮村が横髪をさらりとかき上げながら訊ねてくる。
「う、うん……まあ……。二人も来てたんだね」
なぜか声が上擦った。
別にやましいことなんて何もないが、さっきまで「可愛い子を見に行こう」なんて考えていた自分が、妙に恥ずかしくなってくる。
僕は誤魔化すように咳払いした。
「み、三日鈴さんは?」
「鈴蘭ちゃん? ちょっと遅れるみたいやねん。せやから、ここで待ち合わせしてんねんけど……」
カンナは人混みの中に三日鈴を探す。
「まさか、誘拐されてへんやろな?」
「いや、それはさすがに……」
三日鈴は確かに見た目こそ幼いが、年齢的には僕たちと同じ高校生だ。いくらなんでも誘拐の心配まではしなくていいだろう。
そのとき、周囲のざわめきがにわかに大きくなった。
「あの女の子、可愛くない?」
「本当だ! ちっちゃくて可愛い!」
「お、お人形さんみたいだ……」
まさかと思い、僕たち三人が声のする方へ目を向けると、小柄な少女が人混みを縫うようにこちらへ向かってきていた。
「カンナさん、宮村さん。お待たせして申し訳ありません」
やはり三日鈴だった。
「あら、野間さんもご一緒でしたか。ご機嫌よう」
三日鈴は僕に気づくと、にっこりと微笑んだ。
スカートの裾を軽くつまみ、上品に一礼する。そのあまりに様になった仕草に、つい見入ってしまった。
「鈴蘭ちゃん! えらい可愛らしい鞄持ってるやん! それ買うたん?」
三日鈴が肩に掛けているのは、アニメ調のウサギが描かれたトートバッグだ。
「いえ。これは購入したものではありません。入口の側で無料配布されていました。『エコバッグ』というものだそうです」
「エコバッグが無料配布されているの?」
すぐに反応したのは宮村だった。
レジ袋が有料なら、買い物のたびに袋代を払うのはもったいない。無料でもらえるというなら、僕としてもありがたい話だ。
僕たちは三日鈴に案内してもらい、エコバッグが置かれている場所へ向かった。
「おおっ! なんや知らんけど、めっちゃあるやん!」
スーパーの入口脇には、大量のエコバッグが積み上げられていた。
棚に整然と並べられたそれらは、無料配布というより、売れ残った商品をまとめて処分しているようにも見える。
横に置かれた小さなプラカードには、
『エコバッグ無料配布中。ご自由にお持ちください』
と書かれていた。
「毎日補充しているのかしら。……まあ、無料でもらえるならありがたいわね」
宮村がそう言う横で、カンナはすでにバッグを物色している。
「あっ、ウチこれにする! 鈴蘭ちゃんとお揃いや!」
「はい、カンナさん。このウサギさん、本当に可愛いですよね」
二人が嬉しそうに見せ合うバッグには、アニメ風のウサギが大きくプリントされていた。
ただし、そのウサギは片手に斧を持ち、口元には妙に下卑た笑みを浮かべている。
本当に、可愛いのか?
「私はこっちでいいわ」
宮村は迷うことなく、赤い無地のバッグを手に取った。
「えぇ~……琴那、それにするん?」
「宮村さんも、ウサギさんにしませんか?」
「遠慮しておくわ」
即答だった。
カンナと三日鈴が揃って肩を落とす。
悪いけど、僕も宮村派だ。
僕は隣にあった黒い無地のバッグを手に取った。
「野間っちまで!」
「いや……さすがに、そのウサギはちょっと……」
改めて絵柄を見る。やっぱり怖い。
「……せやけど、なんでこんなに余ってるんやろ?」
カンナが不思議そうに呟いた。
「え?」
「だって、ウチら以外、誰も取ってへんやん」
言われて初めて、僕もそのことに気づいた。
「確かに変ね」
宮村が行き交う学生たちを眺める。
「レジ袋を毎回買えば、その分だけお金がかかる。普段からバッグを持ち歩く人だって少なくないはずなのに」
店内には大勢の学生がいる。食料品売り場にも、日用品売り場にも、人の姿は途切れない。
なのに、誰もエコバッグを手に取ろうとしない。
それどころか、僕たちの前を通り過ぎていく学生たちは、ほとんどが手ぶらだった。レジ袋を提げている者もいない。
買い物を終えたらしい学生まで、何も持たずに出口へ向かっている。
手元には、さっき取ったばかりの黒いエコバッグ。
その向こうでは、学生たちが楽しそうに店内を行き交っている。
僕たちと何も変わらない、ごく普通の学生たちに見える。
それなら、どうして誰も何も持っていないんだ?




