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第19話 新生活①

 西田と合流した僕は、生活用品を買い揃えるため、街へ向かっていた。


 目指す先は『AEI(アエイ)モール』。


 学生寮から歩いて二十分ほどの場所にある、大型商業施設だ。端末の案内によれば、スーパーだけでなく、家電や日用品を扱う店も入っているらしい。


 まずは食料と日用品を買い揃えよう。ほかに必要なものは、実際に店を見ながら考えればいい。


 そんなことを考えながら歩いていると、見覚えのある建物が目に入った。


『Cストア24』


 大きな看板が掲げられたその店は、現世にあったコンビニとほとんど変わらない外観をしていた。


「コンビニまであるんだ……」


「寄ってみるか?」


「うん。ちょっと気になるね」


 普段なら、値段の高いコンビニでわざわざ買い物をしようとは思わない。ここは死後の世界だ。一体どんな商品が売られているのか、興味があった。


 店に入ってみると、中も驚くほど現世のコンビニと似ていた。


 棚にはおにぎりやカップ麺、弁当、飲み物が所狭しと並んでいる。あまりにも普通すぎて、死後の世界にいることを忘れそうになるほどだ。


 値札を見るまでは。


「……高っ」


 カップ麺が三百円。おにぎりが二百円。弁当に至っては、一番安いのり弁ですら八百円。


「……ちょっと手、出しにくいね」


「だな。こんなの毎日食ってたら、あっという間に破産するぞ」


 西田の言う通りだ。


 僕たちに支給された生活資金は、使い切っても補充されない。本郷先生の言葉を思い出す。


 一度使い切ったら、それっきり。


 なら、答えは決まっている。


 ――浪費はしない。


 できるだけ節約して、この世界で生き延びるんだ。


「誰かいませんかぁ? すみませーん」


 店内の奥から、聞き覚えのある声がした。


 レジの前に立っていたのは、クラスメイトの藤田美紀だった。商品がたっぷり入った買い物カゴを抱えている。


「み、美紀ちゃん! ど、どうしたの?」


 西田が僕を置き去りにする勢いで駆け寄った。


「あっ、西田くん。……実は買い物してたんだけど、店員さんが見当たらなくて」


 言われてみれば、確かに店員の姿がない。レジの奥にも、店内にも人影は見当たらなかった。


「このコンビニ、無人なんじゃない?」


「えっ?」


 藤田が目を丸くした。


「無人って……店員さんがいないってこと?」


「ああ。たぶん、セルフレジなんだろ」


 西田もレジ台を見ながら頷いた。


「美紀ちゃん、ここ、自分で会計する店みたいだよ」


「自分で……?」


 藤田は首を傾げた。頭の上に大きな『?』が浮かんでいるように見える。


「ほら、商品にバーコードがついてるだろ? それをここに読み込ませて、自分で精算するんだよ」


「……?」


 分かっていない。まったく分かっていない顔だ。


「ちょっと貸してみて。僕がやってあげるよ」


「えっ、いいの?」


「もちろん!」


 西田は嬉々として藤田からカゴを受け取った。


 商品を一つずつ取り出し、レジ台のスキャナーにかざしていく。


 ピッ。ピッ。


 手慣れた様子で読み取っていた西田の手が、不意に止まった。


 女性用の生理用品だった。


 西田の頬がわずかに引きつる。


 何も言わず、そっとバーコードを読み取った。


 ピッ。


 何事もなかったかのように、次の商品へ移る。


 妙なところで紳士だな。


 すべての商品を読み終える。


「合計、八千六百円だって。美紀ちゃん」


「ふふっ。西田くん、まるで店員さんみたいだね」


「そ、そうかな?」


 西田が照れくさそうに笑う。


 なんだろう。見ているこっちが恥ずかしくなってきた。


「あっ……」


 藤田が何かを思い出したように声を上げた。


「私、お金下ろすの忘れてた」


「え?」


「ごめんね。ちょっと下ろしてくるから、待っててくれる?」


「いやいや、大丈夫だよ」


 西田は慌てて端末を取り出した。


「現金じゃなくても、端末から払えるみたいだから」


「端末から?」


「うん。電子決済ってやつ」


「電子……決済?」


 藤田はまた首を傾げた。どうやら、その言葉自体がよく分かっていないらしい。


 そういえば教室でも、端末の操作が分からなくて三日鈴に教えてもらっていた。相当な機械音痴なのだろう。


「ここを押して、それから――」


 西田に教えられながら、藤田が恐る恐る端末を操作する。


『決済が完了しました』


 画面に文字が表示された。


「……えっ?」


 藤田が端末と西田を交互に見る。


「これで……終わり?」


「うん」


「すごい!」


 藤田の顔がぱっと明るくなった。


「こんな簡単に買い物できちゃうんだ!」


 よほど嬉しかったのか、何度も端末の画面を眺めている。


 機械音痴にもほどがある気はするが、本人が楽しそうなので何よりだ。


「あっ、西田くん。レジ袋も貰えるかな? 大きいのがいいな」


「もちろん。えっと……」


 西田が画面を操作する。


「大サイズは十円みたいだね。美紀ちゃん、もう一回決済してもらえる?」


「えっ?」


 藤田の動きが止まった。


「十円って……何が?」


「袋代」


「……袋に、お金を払うの?」


 藤田が信じられないものを見るような顔をした。


「この店では有料みたいだね。ほら、ここに書いてある」


「はぁ!?」


 藤田の声が店内に響いた。


「袋を貰うだけでお金取られるの!? 信じらんない……!」


 ずいぶん怒るな……。


 確かに僕も、袋にまで金を取るのかとは思ったけど、十円だ。そこまで腹を立てるほどのことだろうか。


「み、美紀ちゃん、落ち着いて!」


 西田が慌てて割って入った。


「袋代くらい僕が出すから! ほら!」


 自分の端末で、さっさと決済してしまう。


「はい。どうぞ」


「え~! そんなの、西田くんに悪いよぅ」


 そう言いながら、藤田はしっかり袋を受け取った。


 上目遣いで西田を見つめる。


「でも、西田くんって、本当に頼りになるね」


「で、でへへ……そ、そんなことないよ。デュフフ」


 西田、顔。顔が完全に崩れてるぞ。


 まあ、たった十円だ。そこまで目くじらを立てるようなことでもない。


 それなのに、なんとなく引っかかった。


 まさか、藤田はわざとやっているんじゃ……。


 いや、考えすぎか。今日会ったばかりのクラスメイトを疑うなんて、さすがに失礼だ。


 僕は首を振り、その考えを追い払った。


「ところで、二人はこれから予定とかある?」


 買った商品を袋に詰めながら、藤田が訊ねてきた。


「僕らはこれから買い出しに行くところなんだ。み、美紀ちゃんもよかったら一緒にどう?」


 すかさず西田が誘う。


 分かりやすいなあ……。


「私はもう買い物済ませちゃったから。そうそう、さっき雰囲気の良さそうなカフェーを見つけたの。西田くんたちも一緒に行かない?」


 カフェだって? 冗談じゃない。


 コンビニでこの値段なんだぞ。カフェなんて入ったら、一体いくら取られるか分かったものじゃない。


 僕は西田に向かって、首を横に振った。


 ――やめておけ。


 そんな意思を込めたつもりだった。


「カフェか。それもいいな」


 伝わらなかった。


「どうだい、野間くん。買い出しの前に寄ってみないか?」


 案の定、西田は乗り気だ。


 仕方ない。僕は行かないぞ。


「ごめん、西田くん。僕、ちょっと用事を思い出したんだ」


「えっ?」


「だから、カフェには藤田さんと二人で行ってきてよ」


「えっ!? 野間くん、用事って――」


 西田が言いかけたところで、何かに気づいたらしい。


 僕の顔を見たまま固まったかと思うと、両手を合わせ、深々と頭を下げた。


 違う。たぶん、お前が思っているような気遣いじゃない。単純に僕が金を使いたくないだけだ。


 まあいいか。こちらとしては好都合だ。


 僕は親指を立て、不器用ながら目配せしてみせた。


 西田の目が潤んだ。


「野間くん……!」


 だから、違うんだって。


「二人きりだなんて、なんだかデートみたいで恥ずかしいね、西田くん」


「で、で、で、デートぉっ!?」


 西田が飛び上がった。


 その丸い体が、思いのほか高く跳ねる。今にもそのまま宇宙まで飛んでいきそうな勢いだ。


「じゃあ、僕はこれで」


 二人を残し、僕はコンビニを後にした。


 自動ドアが閉まる直前、西田の浮かれた声が聞こえてくる。


 たぶん西田は、カフェでも藤田の分まで払うんだろうな。藤田も、それを分かっている気がする。


『デートみたい』


 あんな言葉をわざわざ使えば、西田がどう反応するかなんて簡単に想像できる。


「……大丈夫かな、あいつ」


 少し心配になったが、今の西田に何を言ったところで、聞く耳は持たないだろう。


 友達としては、彼がなるべく早くそのことに気づいてくれるのを願うしかなかった。

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