第13話 宮村琴那は転生しない➀
三日鈴は、しばらく宮村を見つめていた。
その眼差しはどこまでも穏やかで、少しも揺らぐことがなかった。
「私は、今の状況を悲観していません。この『転生者養成機関学校』で、これから何が待ち受けているのか。どれほど困難なことがあるのか、私には想像もつきません。ですが――私は、高校に通うことができませんでした。制服を着て、教室で授業を受けることも、友達と学校生活を送ることも……私にとっては、叶わない夢でした」
三日鈴は自分の制服へと目を落とす。
「でも、今は違います。この足で立つことができる。この手を自分の意思で動かすことができる。そして、自分の声で、こうして皆さんと話すことができる」
三日鈴は制服のスカートをそっと握った。
「それだけで、私には十分すぎるほど幸せなんです。だから私は、この場所が何であったとしても……もう一度与えられたこの時間を、大切にしたいと思っています」
その言葉には、ただの励ましではない重みがあった。
僕にとって当たり前だったものは、三日鈴にとって、ずっと手の届かなかったものだったのだ。
しばらく、誰も何も言わなかった。
最初に手を叩いたのは石橋だった。
パチ、パチ、と小さな音が響く。
それに相生が続き、カンナも力強く手を叩いた。藤田も何度も頷きながら拍手を送り、西田も少し遅れてその輪に加わった。
僕も自然と手を叩いていた。
いくつもの拍手が重なり、教室を満たしていく。
――ここは、僕たちが生きていた世界とは違う。
三日鈴の話を聞いて、少なくとも僕は、そう認めざるを得なかった。
宮村の話で揺らいでいた僕の考えも、ようやく元に戻った。
これで話は終わった。
そう思っていた。
――ただ一人を除いて。
宮村は、まだ立ったままだった。
顔色が悪い。三日鈴を見ているはずなのに、その瞳はどこにも焦点が合っていない。
納得できないというより――受け入れることができない。そんなふうに見えた。
「嘘……」
掠れた声が漏れた。
「だとしたら……ここは、本当に……」
宮村の手が制服の襟元を強く掴む。指先が白くなるほど、力が込められていた。
その様子を見かねたのか、カンナが恐る恐る声をかける。
「な、なあ……宮村さん。ここが現実やなかったとしても、今のウチらはこうして動けるし、喋れるやん? 普通の高校とはちゃうかもしれへんけど……もう一回、学生として頑張ってみぃへん?」
宮村は答えない。
「皆で、その『転生者』とやらを目指して――」
「嫌ぁあああっ!」
「っ!?」
突然の絶叫が教室を切り裂いた。
宮村は両手で頭を抱え、真っ青な顔で立ち尽くしていた。
様子がおかしいなんてものじゃない。
僕には、宮村が何をそこまで恐れているのか分からなかった。
「ちょっ……な、何なん!?」
「宮村さん!?」
カンナと藤田が同時に立ち上がる。
三日鈴もすぐに宮村へ手を伸ばした。
「宮村さん、大丈夫ですか? 気分が優れないのでしたら――」
「私は……!」
三日鈴の声を遮り、宮村が叫ぶ。
「私は、絶対に転生なんかしないっ!」
それだけ言い残すと、宮村はふらつくような足取りで教室を飛び出していった。
残された僕たちは、すぐには何も言えなかった。
「え……何? どういうこと……?」
カンナが不安そうに呟く。
「もしかして……ウチ、何か変なこと言うた?」
「違うと思う……」
藤田が首を横に振った。
「ヒステリーってやつだろ。放っておけば、そのうち落ち着いて戻って来るさ」
西田はそう言ったが、彼自身も気になっているのか、宮村が消えた扉をじっと見ている。
「でも……宮村さんが取り乱すのも、分かる気がする」
藤田がぽつりと漏らした。
「私たち……死んだはずなのに、いきなりこんな場所に連れて来られて……転生しろって言われても……」
声を詰まらせた藤田の目から、涙がこぼれる。
三日鈴が隣からそっと背中を撫でた。
僕は椅子に座ったまま、呆然としていた。
――宮村。
さっきの彼女の顔が、頭から離れない。
あれはただ混乱していただけなのか?
それとも――。
気づけば、僕は椅子から立ち上がっていた。
ガタンッ、と椅子の脚が床を擦る。
「ぼ、僕……宮村さんのところに行ってくる」
一斉に視線が集まり、途端に恥ずかしくなる。
なんでお前が?
そう思われているような気がした。
自分でも、柄じゃないことくらい分かっている。
それでも――このまま放っておくことはできなかった。
「放っておけよ」
西田が僕の左腕を掴んだ。
「もうすぐ担任も戻ってくる。勝手に教室を抜け出して、査定にでも響いたらどうするんだ」
「……ごめん、西田くん。でも、僕は行かなくちゃ」
「なんで、君が行くんだよ」
腕を振りほどこうとした僕に、西田の声が強くなる。
「君みたいな陰キャが行ったところで、何ができる? 恥をかくだけだ。何も解決しない。身の丈に合った行動をしろ。僕は、君のためを思って言ってるんだ!」
その言葉が背中に突き刺さった。
――西田の言う通りかもしれない。
僕が行ったところで、宮村を助けられる保証なんてない。むしろ、余計なことを言って、さらに傷つけてしまうかもしれない。
そう考えると、足が止まりそうになる。
僕なんかが行って――何ができる?
「あの、野間さん」
背後から声がした。
振り返ると、三日鈴だった。
「本郷先生には、私から事情を説明しておきます」
三日鈴は真っ直ぐに僕を見ていた。
「ですから、宮村さんのことを……どうか、お願いします」
「三日鈴さん……」
「私には、宮村さんがなぜあれほど取り乱したのか分かりません」
三日鈴は胸元でそっと手を重ねる。
「ですが――今の宮村さんを一人にしてはいけない。そう思います」
僕も同じだった。
理由なんて分からない。それでも、このまま放っておいてはいけない。
それだけは、なぜか強く感じていた。
三日鈴が、ほんの少し微笑む。
「お願いします、野間さん」
三日鈴の言葉を受けて、僕は頷いた。
「……うん。ありがとう、三日鈴さん」
今度は迷わなかった。
教室を飛び出し、廊下を駆ける。
宮村がどこへ行ったのかなんて分からない。
それでも、探さなければ。
――宮村を、一人にしてはいけない。
その思いだけを抱えて、僕は走り続けた。




