第11話 疑問
「もういい加減、茶番は終わりにしましょう」
宮村の鋭い声に、教室の空気が一変した。
「えっ……?」 「ち、茶番って……?」
カンナと藤田が顔を見合わせる。二人とも、宮村が何を言い出したのか分かっていないようだった。
「あなたたちは、どうして今の状況を当たり前のように受け入れているの? 誰ひとり疑問にすら思わないなんて、異常としか思えないわ」
宮村は机に片手をつき、クラス全体に鋭い視線を向けた。その眼差しからは、相手が誰であろうと退くつもりはないという強い意志が伝わってくる。
いきなり、何を言い出すんだ?
ただでさえ宮村は、まだクラスの誰ともまともに打ち解けていない。こんな言い方をすれば、反感を買ってしまうんじゃないか。
僕の心配をよそに、宮村は続けた。
「まさか……あなたたち、本気であんな話を鵜呑みにしているの?」
それまで聞こえていたざわめきが止んだ。
「ここが死後の世界で、次代の転生者を養成する学校? そんな荒唐無稽な話を、本気で信じていたの?」
「あの……宮村さん、だったよね?」
戸惑いながら口を開いたのは藤田だった。
「つまり、宮村さんは何が言いたいの?」
宮村は藤田を一瞥したものの、答えなかった。
代わりに僕の後ろを通り抜け、窓際まで歩いていく。そして、窓の外を指差した。
「……私が何を言いたいのか。その答えなら、目の前にあるわ」
僕たちはつられるように、その指先を追った。
窓の向こうには、どこにでもありそうな朝の景色が広がっていた。
澄み渡った青空。朝日に照らされた運動場。その向こうでは雑木林が風に揺れ、さらに遠くには街のビル群が並んでいる。その背後には、山々の輪郭まで見えた。
太陽が昇っている。風が吹き、木々が揺れている。
どこからどう見ても、僕が知っている世界と何ひとつ変わらない。
「……あっ」
思わず声が漏れた。
今まで目の前にあったはずなのに、宮村に指摘されるまで、その光景をまともに意識していなかった。
「気づいた?」
宮村は窓辺に立ったまま、僕たちを振り返った。
「ここには太陽がある。風も吹いている。遠くには街も見える。私たちには触覚も嗅覚もある。空腹だって感じるし、痛みだって感じる。それなのに、どうしてここを『死後の世界』だと断定できるの?」
誰も答えられなかった。
「少なくとも、私にはそうは思えない」
宮村は窓から離れ、自分の席へ戻りながら続けた。
「ここは死後の世界なんかじゃない。私たちが今いるこの場所は――普通の学校。現代の日本……つまり、現実世界よ」
現実世界――。
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
「……信じたかった気持ちは分かるわ。でも、一度冷静になって考えてみて。私たちは、まだ――生きている可能性がある」
まだ、生きている。
その言葉を聞いた途端、心臓が強く脈打った。
僕は死んだ。その記憶はある。
屋上から身を投げたことも、はっきりと思い出した。
なのに今、僕はこうして呼吸をしている。机に触れれば硬さを感じる。窓から差し込む陽射しには温かさがある。
もし、宮村の言うことが正しいのなら――。
「ちょ……ちょお待って!」
カンナが勢いよく立ち上がった。
「それって、どういうことや!? ここが現実って……そんなん、ウチには信じられへん!」
先ほどまでの威勢のよさはなく、声には明らかな動揺が滲んでいた。
「センセがはっきり言うてたやんか! ウチらは一度死んだ人間やって! ここは転生者を目指すための学校やって……!」
「あなたは、先生の言うことなら何でも信じるの?」
「……そ、そんなんちゃう! でも……でもやな……」
カンナの勢いが急速にしぼんでいく。
彼女は俯き、自分でも答えを探すように眉間に皺を寄せた。
「なんでなん……? なんでウチは、ここが『死後の世界』やって、こんなにも信じ切ってるんや……?」
それは自分自身に問いかけるような声だった。
「頭ではアンタの言うてることも分かる。せやのに……なんか知らんけど、ここが現実やって言われる方が、ずっとおかしく感じんねん。ウチの直感っちゅーか……本能みたいなんが、ここは現実とちゃうって言うてるみたいで……」
――正直、僕も同じだった。
宮村の言っていることには筋が通っている。
目の前の景色だけを見れば、ここは僕が生きていた世界と何も変わらない。それなのに、ここを「現実世界だ」と言われると、どうしても引っかかる。
理屈では説明できない。
ただ、違う。
そんな感覚だけが、妙にはっきりと残っていた。
宮村は僕たちの反応を見て、迷いなく言った。
「それは――私たちが洗脳されているからよ」
「せ、洗脳……?」
カンナが顔を上げる。
「ええ。何らかの方法で、私たちの認識そのものが操作されている。そう考えるのが自然じゃないかしら」
「認識を……操作?」
「例えば、サブリミナルのようなものね」
サブリミナル。
聞いたことはある。本人が意識できないほどの刺激によって、無意識に何らかの影響を与える――確か、そんなものだったはずだ。
「学校側が何らかの方法で『ここは死後の世界だ』『私たちは一度死んだ』『転生を目指さなければならない』という認識を刷り込んでいるとしたら?」
宮村は自分のこめかみを指先で軽く叩いた。
「私たちは最初から、この状況を疑わないように誘導されていた。だから、どれだけ目の前に現実らしい光景が広がっていても、それを不自然だと思わなかった。そう考えれば、一応の説明はつくわ」
「ちょ、ちょっと待ってくれないか」
石橋が立ち上がった。
これまで黙って聞いていた彼だったが、さすがに今の話には疑問を覚えたらしい。
「『転生』という言葉については、確かに本郷先生は何度も使っていた。でも、『死後の世界』については、先生自身は断定していなかったはずだよね?」
「ええ。その通りよ」
宮村はあっさり認めた。
「だから私は、本郷先生だけを疑っているわけじゃない」
「それは、どういう意味?」
「最初に『死後の世界』という言葉を口にしたのは誰だったかしら?」
宮村の目が、ある一点で止まった。
「ねぇ――藤田さん」
「えっ……?」
藤田の表情が固まる。
「もしかして……私を疑ってるの!?」
「藤田さんが……サクラってことか?」
石橋が柔和な表情を曇らせる。
「ち、違う! 私はサクラじゃない。学校側の人間なんかじゃ――」
「美紀ちゃんが学校側の人間だっていう証拠はあるのか?」
西田がすかさず口を挟んだ。さっきまで佐治に押されっぱなしだった彼とは思えないほど強い口調だった。
「証拠?」
宮村はわずかに眉を上げた。
「そんなもの、ないわ」
「なっ……!」
「今のはあくまで可能性の話よ。藤田さんが学校側の協力者だと断定したわけじゃない。私の推測が間違っている可能性だって当然ある」
宮村の声が一段低くなる。
「でも、肝心なのはそこじゃない」
彼女は西田を真っ直ぐ見据えた。
「私が言いたいのは、ここを『死後の世界』だと断定できる証拠なんて、私たちは何ひとつ持っていないということよ」
「そ、それは……」
「逆に訊くわ、西田くん」
宮村の目が細められる。
「ここが現実世界ではないと、確実に証明できるものが何かある?」
「…………」
西田は答えられなかった。
「けどよ」
今度は佐治が口を挟む。
「ここが現実って言われても、俺は全然そんな気がしねぇけどな。こんな小綺麗で洒落た学校、見たことねぇ」
「単にあなたが通っていた学校が荒れていただけじゃないの?」
「んだとぉっ!?」
佐治が椅子を鳴らして身を乗り出す。
「無惨な校舎だったんでしょうね。何となく想像できるわ」
「てめぇ……!」
「他には?」
宮村は佐治を完全に無視した。
「ここが現実世界ではないと断言できる、確かな根拠を持っている人はいる?」
石橋も、藤田も、カンナも黙っている。
僕も必死に考えてみた。
僕は死んだ。その記憶は確かにある。
けれど、それだけで今いる場所が死後の世界だと証明できるのかと言われれば――分からない。
もしかすると、僕が覚えている「死」そのものが偽物なのかもしれない。
そこまで疑い始めたら、何を信じればいいのかすら分からなくなってくる。
いつの間にか、誰ひとりとして宮村の主張に真正面から異を唱えられなくなっていた。
――そう思った、そのときだった。
「あの……よろしいでしょうか?」
控えめながら、不思議とよく通る声がした。
一人の少女が手を挙げている。
宮村の前の席に座る、小柄な女子だった。
他の女子たちと比べてもひときわ小さく、どこか幼さの残る容姿をしている。本当に同級生なのかと疑ってしまうほどで、中学生と言われても信じてしまいそうだ。
「……あなたは?」
宮村が訊ねる。
少女は椅子から立ち上がると、制服の裾を整えた。
「申し遅れました」
膝の前で両手を揃え、丁寧に一礼する。
「私は三日鈴蘭子と申します。クラスメイトの皆様、以後お見知りおきを」
その仕草には、小柄で愛らしい外見からは想像できないほどの落ち着きと品があった。
そういえば、彼女はまだ自己紹介をしていなかったのか。
「……それで、三日鈴さん」
宮村が鋭い視線を向ける。
「あなたは、ここが現実世界ではないという確かな根拠を持って、今から発言するつもりなのよね?」
「はい」
三日鈴は即答した。
宮村の威圧的な態度にも、動じた様子はない。
それどころか――。
「私は、ここが現実世界ではないと判断できる、明確な根拠を持っています」
「…………」
宮村の表情が、初めてわずかに変わった。
三日鈴はそんな彼女を見上げ、ほんのりと微笑む。
「ですので――今から皆様に、その根拠をお話しいたします」
彼女はクラスメイトたちへと向き直った。




