第10話 自己紹介【前編】➂
「んんっ……次は僕の自己紹介でいいかい?」
小さな咳払いのあと、西田が手を挙げた。ちらりと藤田の方を見て、返事を待つ。
「うん、お願い」
藤田に促され、西田は満足そうに立ち上がった。
「僕の名前は西田直哉。趣味はラノベとアニメだな。特に異世界転生ものに関しては、ここにいる誰よりも詳しいと自負してる。何か分からないことがあったら、遠慮なく僕を頼るといい」
ずいぶん自信満々な自己紹介だ。
これが普通の学校だったら、かなり浮いていたかもしれない。
ただ、ここは『転生者養成機関学校』だ。そう考えると、西田が持っている異世界転生ものの知識も、案外どこかで役に立つのかもしれない。
「異世界転生?って……何のことか分からないけど、西田くんはこの学校について何か知ってるの?」
興味を惹かれたのか、藤田が訊ねる。
「正直、この学校そのものについては僕もまだ分からない。でも、僕はラノベやアニメに精通している。この先何が起こるのか、ある程度なら予測できると思う。だから、僕の言う通りにしていれば、大抵のことは乗り越えられるだろうな」
その自信はいったいどこから来るんだ。
単に女子の前で格好をつけたいだけのようにも見えるが、果たして……。
「西田くんって、見た目と違って頼りがいがありそうだね」
藤田の何気ない一言に、西田の口元が緩んだ。
「ふっ。前世でもよくそう言われたよ。僕は頼られるのって嫌いじゃないからな。だから、その……美紀ちゃんも、何かあれば気軽に頼ってくれていいよ」
……美紀ちゃん? いつの間に下の名前で呼ぶほど仲良くなったんだ。
藤田も一瞬きょとんとしたものの、すぐに笑った。
「うん。ありがとう、西田くん。頼りにしてるね」 「あ、ああ……」
西田の頬が分かりやすく緩む。
なるほど。やっぱり女子に格好いいところを見せたかっただけなのかもしれない。
「なぁ、ちょっと訊いていいかよ。ラノベって何だ?」
そこへ割って入ったのは佐治だった。
「ラノベは『ライトノベル』の略称だ」
せっかくの会話を邪魔されたのが気に入らなかったのか、西田は少し不機嫌そうに答える。
「だから、そのライトノベルってのが何なんだよ」 「……ラノベも知らないのか?」
「ああ?」
佐治の眉がぴくりと動いた。
「知らねぇから聞いてんだろ。さっさと説明しろよ、豚野郎」 「……くっ」
西田の拳が机の下で握られる。
それでも、佐治の迫力に押されたのか、言い返そうとはしなかった。
「……挿絵がついた小説だよ」 「挿絵って、絵が入ってるってことか? じゃあ漫画本みてぇなもんか?」 「いや、違う。漫画とは別物だ。あくまで小説で――」 「だから、似たようなもんかって聞いてんだよ!」 「うっ……。ま、まあ……大雑把に言えば、そんな感じだ」 「だったら最初からそう言えよ」
佐治はそれだけ言うと、興味を失ったように前を向いた。
西田は何も言い返さず、悔しそうに唇を噛んでいる。
しばらく、次の自己紹介へ進もうとする者はいなかった。
「あの……アニメなら私も見るよ」
沈黙を破ったのは、藤田だった。
「この前、友達と『となりのトトロ』っていうアニメ映画を観てきたんだけど」 「あ、トトロやったらウチも好きやで。可愛いやんなぁ」
カンナもすぐに会話へ加わった。
西田が言っているアニメとは少し違う気もするけれど、それでも彼の険しかった表情がわずかに和らいだ。
その姿を見ていると、なんだか僕まで悔しくなってきた。
西田は、僕にとって初めてできた友達だ。
だったら――。
「あ、あのっ! 次、僕が自己紹介してもいいですか?」 「えっ? あ、うん。お願い」
藤田に促され、僕は勢いよく立ち上がった。
「野間勇司です。趣味は……西田くんと同じで、ラノベやアニメが大好きです!」
これでいい。西田だけじゃない。僕だって同じ趣味なんだ。
一人で浮いているように見えるなら、二人で浮けばいい。
我ながら完璧な援護射撃だった。
……はずなのだが。
「…………」
あれ? 誰も反応してくれない。
何より、目の前にいる西田が、なぜか冷たい目で僕を見ている。
……なんで? 僕、今、西田を助けたよね?
何が悪かったのか、さっぱり分からない。
「え、えっと……クラスのみんなと仲良くなりたいと思っています。これからよろしくお願いします」
慌てて付け加えて、頭を下げる。
ぱち、ぱち、と控えめな拍手が返ってきた。
僕は逃げるように席へ座った。
……自己紹介って、こんなに難しいものだったのか。
「じゃ、じゃあ……次の人、お願いできるかな?」
藤田がわずかに戸惑いながら促す。
次は――宮村だった。
「ええ」
宮村は短く答えると、席から立ち上がった。
クラス中の視線が彼女へ集まる。
前世の記憶を取り戻してからというもの、宮村はずっと何かを抱え込んでいるようだった。
だが、今目の前に立つ彼女に、その沈んだ様子はない。
背筋を伸ばし、まっすぐ前を向く姿は、校門で初めて出会ったときと同じ――いや、それ以上に堂々としていた。
まるで、自己紹介が始まるまでの間に、何かを自分の中で決めてきたかのように。
一体、何を話すつもりなんだろう。
僕は息をひそめ、宮村の最初の言葉を待った。




