7話 僕と一緒にいていいのか?
「お前、僕と毎日昼食を食べているが、それで良いのか?」
アウスティスにそう言われたのは、入学してから二週間ほどが経った頃だった。これまで王太子殿下にも、エヴァンジェリン様にも、コテの発明についてだとか、美容の件で、一度ずつ呼び出されている。
「なに? たまには一人で食べたい感じ?」
俺が訊くと、アウスティスは眉間に皺を寄せる。
「僕の話ではない。お前の話だ」
意味がわからなくて首を傾げると、眉間の皺がますます深くなった。美形はそんな顔をしても美形で羨ましい。
最近は俺の手で紫色の長い髪の手入れもしているので、余計に美貌が輝いている。俺が毛先をオイルで保湿してから丁寧に柘植の櫛で櫛削って編んでやると、ちょっと借りてきた猫のように固まるのが少しおかしい。
俺としては、魔法の天才に魔法目当てで友達付き合いをする以上、ギブアンドテイクがきっちりできないとバランスが悪いと思って、あれこれ勝手に世話を焼いているのだが。一方的な搾取は駄目だからな。
「婿入り先を探すのに、女生徒たちと食事をしなくても良いのか、と訊いている」
顎で示す方向では、複数の女生徒に囲まれて食事をしている、淡い水色の俺とは違う、はっきりとした鮮やかな青色の髪をした男子生徒が見える。緑色の一年生とはネクタイの色が違うから、学年が違うのがわかる。確か、赤いネクタイは二年生だったか。
男子生徒を囲んでいる子たちの中に、入学式でぶつかってきた、あのピンク髪の子が混じっているのが見えた。
あの時は王子様がどうのと言っていた気がするが、今は彼のことを好きなんだな。あの時は淑女らしからぬ猛ダッシュだったが、今は可憐な微笑みを浮かべながら、めちゃくちゃ小さな口にして鳥みたいな食べ方をしている。好きな男の前での女の子の食べ方だ。そんなことを思う。
「ああ」
それを眺めて、俺は肩をすくめて見せた。
「女性との食事は、親しくなってからって決めているんだ。女子も食事は落ち着いて食べたいだろうからね。まずは会話からだよ」
実際、彼の周りの女生徒たちは、みんな不自然なまでの小さな一口を重ねて食事をしている。あれは、見せるための食事の仕方だ。俺は知っている。
先日、エヴァンジェリン様が女子の集まりに呼んでくれたおかげで、クラスの女子との距離は少し縮まっている。初日にアウスティスにガツンと行ってしまったせいで、クラスメイトたちには引かれていたが、今は普通に挨拶をして少し立ち話をすることもある。大抵は美容の話だが、少しずつプライベートの話をしてくれる子も出てきた。
まだ、誰が婿を募集しているかまでは調べていないが、近いうちにエヴァンジェリン様に訊けると良いなと思っている。あの人がそういうの一番詳しそうだし。
「ふーん」
アウスティスは、納得したのかしないのかわからない態度で、少し拗ねたように唇を尖らせた。なんだ、俺が離れていかないか不安なのか? 可愛いやつめ。
懐いてきた猫を見るような感覚で、アウスティスを眺める。猫とは相性が悪いが、懐かれて可愛いと思うことくらいは過去にもあった。
アウスティスは、今日も食後にレモンパイを食べている。初日に見たあの茶色くてどっしりしたケーキには懲りたのか、今日はもう片方もカスタードクリームの上にイチゴが乗ったタルトだった。体質的に甘いものが必要だけれど、甘すぎるものは苦手な彼らしいチョイスだ。
俺は食後のコーヒーを飲みながら、今日の放課後に思いを馳せる。今日はアウスティスは放課後も空いているというので、今日こそドライヤー魔法を一緒に考える予定だった。
ちゃんと、本人の意思も確認している。「嫌ではない」という消去的な賛成だったが、本当に嫌なら断るだろうと雑に考える。
アウスティスは表情が硬いところがあるが、基本的にわかりやすい。嫌な時は、もっと目に嫌悪とか、拒否の色が浮かぶ。この二週間で色々と会話を試みた末に、そう学習した。
女の子の話題で嫌な顔をすることが多いのは、高位貴族である上に、美形ゆえにモテすぎて辛いというやつなのではないかと推測している。どう考えても優良物件だ。昔から狙われているだろう。
別にズルいとかは思っていない。素直に羨ましいとは思うが、スペックが違いすぎるのだから嫉妬しても仕方がない。
前世の時から、俺は他人をあまり僻まない主義なのだ。比べたら下だって上だってキリがない。二十九年の人生で、俺はそれを知っていた。足るを知る。生きていく上で、大事なことだ。
今の子爵家三男の境遇も、そう悪いものではない。婿入り先を見つけなければ平民になるしかないが、育つ上では裕福な子爵家の息子というポジションは、恵まれているほうだとわかっている。
家族とも仲が良いし、記憶が蘇る前の人見知りで、前髪で目を隠していた時でさえ、家族は優しかった。最近は、ちょっと変化のしすぎで次兄に胡乱な目つきで見られているが、学園デビューということで押し切っている。
食べ物とか魔道具とかが、中世ヨーロッパっぽい世界観の割にちょっと便利すぎて、前世でよく見た異世界転生のうちである、ゲームか何かの世界なのではないかという疑惑はあるが、思い当たるところがないのでそれもそういうものだと割り切って生活している。
普通にカレーライスやオムライスまであるとか、ちょっと疑わしいよな、さすがに。でも、現実だという実感もまた同時にあるので、俺はチートなどは狙わずに、真面目にコツコツ生きていくつもりだ。
こっそり「ステータスオープン」などと部屋で呟いたことは、もう忘れた。黒歴史として、なかったことにしている。
それにしても、アウスティスの髪、手入れを始めて一週間くらいだけどかなり綺麗になってきたよな。ドライヤー魔法ができたら、もっと綺麗になるんだろうか。キューティクルが輝いてしまったりするんだろうか。
「おい、何を考えている?」
いけない。また、考え事をしていて、アウスティスが食べているところをじっくり眺めてしまった。あんまり見られると食べづらいって、前にも言っていたのに。
「お前のことを」
頭に浮かんだまま答えたら、アウスティスがギョッとした顔をする。ちょっと席を立ちかけたらしく、腰が浮いていた。
「あ、違う違う。今日の放課後の予定を考えていて……楽しみだなって」
妙な誤解をされたのに気がついて、慌てて修正する。ぼんやりしていて、うっかりなんか、少女漫画のヒーローみたいなことを言ってしまった。
妙に周りがシーンとしている。周りの視線が痛い。何だろう。今の失言を聞かれたのか。遠くで女子がコソコソ何かを言い合っている。
アウスティスは俺のことをじっと確認するように見て、それから大きくため息をついて席に座り直した。
いちごのタルトを食べ終わり、レモンパイに手をつける。前から思っていたけれど、やっぱり好きなものを後に取っておくタイプなんだな。
食べ物を取り合う男兄弟がいると、好きなものを先にかっこむようになるんだが、この世界の貴族令息はそうはならないようだ。そう言えば、うちの兄たちも、僕が子供の頃に好きだったアップルパイは、いつも大きなほうをくれていた。
「……そんなに長い時間は付き合えないぞ」
ボソッと呟く。
「良いよ良いよ。最初から俺がお願いしている立場なんだから、それで充分だって。週のうち何日かは魔導師団にも顔出ししているし、王太子殿下の発明にも付き合っているし、忙しいんだろう? 空いている時間に一緒に取り組んでくれるだけで、すごくありがたいよ」
俺が言うと、また物言いたげにじっと見つめてくる。最初から俺は、アウスティスに無理をさせるつもりはない。元々、駄目元で話しかけたわけだし、アウスティス自体、人付き合いがまだ苦手そうな素振りを見せるから、一応加減はしている。
男相手だから、女の子に対するよりはかなり雑ではあるが、それでも全く気を遣っていないわけではない。俺なりに、ちゃんと確認して、観察して、ギリギリのところを攻めているつもりだ。
前世ではヒモになってから男友達と疎遠になってしまったせいで、久しぶりの男友達に少し浮かれている自覚はあるが、一応最低限の礼儀は払っているし、本気で嫌がることはしないと決めている。俺ではない僕にとっては、初めての友達だしな。
「それなら、良い」
またボソッと呟いて、一瞬唇を小さく尖らせてから、アウスティスはまたレモンパイに取り掛かった。




