6話 俺の思いつきが、王太子殿下を本気にさせた
「エヴァリオ・レイジントン子爵令息……。君は、いったい何をエヴァ……エヴァンジェリンに吹き込んだのかな?」
少しご立腹といった様子の王太子殿下の前に立たされています。
昨日、エヴァンジェリン様に呼び出されて、アウスティスとの関わりについて詰められ、結果的に美容部員として認識されて帰ったわけですが、次の日の放課後は王太子殿下に呼び出されました。
昨日の部屋の奥にある、おそらくは王族のための部屋です。ソファセットもあるけど、正面の突き当たりに執務机と本棚が置かれた、ちょっと執務室っぽい雰囲気の部屋。そこの執務机に座って、目の座った(韻を踏んでいるわけではない)王太子殿下に、今現在詰められています。
「何を……と、申しますと?」
「エヴァンジェリンに、魔道具のアイデアを出したそうだね? 私の趣味が魔道具作りと知ってのことかな?」
組んだ両手に顎を乗せて、こちらを見上げているのにどこか見下ろされているような目線の王太子殿下の前で、俺は気をつけのポーズで突っ立っている。
「王太子殿下、こいつは変なことばかり思いつくし、距離感がおかしいし、下心もありますが、裏で何かを企むようなタイプの男ではありません」
横に立つアウスティスが、フォローにしては悪口混じりのことを主張した。どれも否定できないのが辛い。でも、昨日の今日なのに、王太子殿下に呼び出された時に、何も言わずに着いてきてくれたのは嬉しい。
「いつの間にレイジントン子爵令息とそんなに仲良くなったんだい、アウスティス」
「別に仲が良いわけでは……」
「え、違うの?」
アウスティスが苦虫を噛み潰したような顔で言うので、思わず訊いてしまう。今日も一緒に昼ごはん食べたし、うちの商会から糖衣がけのナッツを一袋持ってきて試食してもらったり、結構仲良くなれたと思ったんだけどな〜。
じっとりと睨んでくるけど、本気で怒ってはいないのがわかる。昔から、何となく相手が本気で怒っているのか、そういうふうに見せているだけなのか、勘が働くのだ。本気で怒っているのならすぐに謝るし、何がいけなかったのか訊いて改めるけど、女性が怒ったふりをしている時は実は裏腹に距離を詰めて欲しい時とか、踏み込んで欲しい時だったりすることもままある。
男相手にそういう気の回し方をしたことはあまりないが、アウスティスは割とわかりやすいので、その辺は見ればわかるのだ。
王太子殿下が軽く咳払いをする。はい、こちらに注目ということですね。
「髪を巻く魔道具だって? エヴァンジェリンみたいに」
驚いた。本当にエヴァンジェリン様は王太子殿下に、昨日の俺のアイデアを話したんだ。
「はい、まあ他にもありますけど、確かにそんな話はしました。ただ、その時は魔道具ではなくて、魔法でどうにかできないかなって感じでお話ししましたけれど……。そうしたら、エヴァンジェリン様……ではなく、ナーシアス嬢が、王太子殿下が魔道具作りを趣味としているので、そちらのほうが向いているかも、というようなことを仰っておりました」
「エヴァンジェリンが名前呼びを許したのなら、気にせず呼ぶがいい。では、君はあくまで私の趣味が魔道具作りとは知らなかったと……そう言うの?」
「はい。存じ上げませんでした」
「君は、あくまでも女性の役に立ちたくて、思いついた美容のアイデアをエヴァンジェリンに話した。それだけなのかい?」
「正確には、婿入り先を探すために女性の役に立つ魔法を開発して、女性に好かれたいという下心はあります」
そこはきちんと言わないとフェアーではないと感じたので、訂正する。貴族には根回しも必要だって言うからな。
隣から、大きなため息が聞こえた。
「ほら、見た目が儚げなくせに、こんな図々しい奴なんです。とても、何かを裏で企むようなタイプではないでしょう?」
呆れたような口調でアウスティスが言う。王太子殿下も一つ、ため息をついた。
「よろしい。仕様書を作ろうじゃないか。どういった物を考えているのか、僕の前で、もう一度説明してみせたまえ」
えっ、本当にコテを王太子殿下が作るのか? 職人に投げずに?
驚いて俺が見つめる前で、王太子殿下はクロッキー帳のようなものを取り出した。パラパラとめくって白紙のページを開くと、よく尖らせた鉛筆を持つ。
俺は前世の髪を巻くコテの仕組みは知らないけれど、どういった目的で、どんな機能が必要なのかははっきりしているので、それを口にした。
熱を持った棒状のもので髪を束にして巻くことで、癖をつけるのだと。棒の部分は熱さが必要だけれど、それを扱う持ち手は熱くならない工夫が必要で、熱くなっても火は出ない安全性もいる。
これはあくまでも理想だけれど、もしも触れてしまっても肌が火傷しない工夫ができれば、前世よりすごいものになる。
王太子殿下は、それらを聞いては紙に何かを書き込んで、たまにこちらに聞き返す。具体的にどれくらいの熱が必要なのか、とか、棒の長さや幅など。俺はその度に前世のコテのことを思い出しながら、身振り手振りを交えて説明した。最後のほうは普通に、実際に髪を巻く手つきが出ていた。
何で実在しないものをそこまで具体的に思い描けるのかと尋ねられて、返事ができないでいると、二人揃って胡乱なものを見る目つきで見つめられた。前世の話とかはさすがにできないし、困る。
眉を下げて困っていると、だんだん仕方がないな、こいつ……みたいな目つきになっていって、最後はうやむやになった。助かった。
「女性の髪の美容のためのものと言うけれど、実際の性能を考えたら、かなり高度な技術が必要なものだぞ、これは」
俺の話を聞きながら書いていた図を見て、王太子殿下が唸りながら言う。
「こんな小さな片手に持つようなものに、これだけの機能を載せるんだ。相当な工夫が必要だろう」
「それは、まあ……そうかもしれません」
何しろ、前世での科学力の最先端ではある。大昔は、大仰な道具で時間をかけて固めて縦ロールを作っていたらしいしな。彼女の一人が持っていた、何かの漫画で読んだ気がする。それが電気で熱くしたコテを使えばすぐにクルンとできるのだから、前世の俺が暮らしていた現在の日本は、かなり便利になっていた。
「難しいですか?」
「ああ、とても手強い」
俺が恐る恐る訊くと、王太子殿下は頷く。けれど、その目には妙なやる気が漲っているように見えた。
「これは作り甲斐があるぞ」
あ、もしかしなくても、王太子殿下は魔道具作りに困難があるほうが燃える……と言うか、熱意が高まるタイプなのか。
「棒の部分は熱伝導の高い素材を使うとして、髪にだけ作用して肌を火傷させないような制御となると、途端に誰も解決したことのない難題になる。アウスティス、何か込める魔法で思いつくものはあるか?」
「調理加熱用の魔法で、食材と調理器具だけを熱して人の肌を焼かないというものはあったと思いますが、あいにく僕は習得していません。魔導師団に行けば、その構築の術式と呪文を知ってる者がいるはずですが」
「できれば、その魔法を知りたい。頼めるか?」
「王太子殿下のご要望なら明日にでも」
おお、何だか知らないうちに、目の前でプロジェクトXが開始されている。あの壮大な感じのオープニング曲が、頭をよぎる。
アウスティスを相手にして、仕込む予定のギミックをあれこれ考えている王太子殿下が、何だかめちゃくちゃ楽しそうだ。民のために役立つものを作りたいという気持ちはもちろん本当なんだろうけれど、恐らく魔道具作り自体が好きなんだな、きっと。
前世のネット配信でたまに見かけた、ものすごく凝ったプラモデルを組み立てている人を見ているようだ。特にジオラマで、自動的に灯りが点いたり消えたりするような、そんなものを作っていた人を思い出す。
「立案者なのだから、君もちゃんと意見を言え」
王太子殿下からそう言われて、俺も参加する。魔道具とか魔法の知識はないけれど、実物を知っているのは俺だけなので、役には立っていると思いたい。
「王太子殿下、楽しそうですね。困難に燃えるタイプって、施政者としてふさわしくて、本当に尊敬します」
頭を捻って考えている殿下に俺がそう言うと、アウスティスから「お前、王太子殿下に対してまでそれは、距離が近すぎるだろう」と注意をされた。




