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【BL】元ヒモの俺、攻略対象たちの親友になったら天才魔導士に選ばれました  作者: 肺魚


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5話 元ヒモの俺、令嬢たちの美容相談役になる

 放課後に早速アウスティスと新しい生活魔法を作りたかったが、彼は魔導師団に通う義務があるそうで、今日は放課後になる前の午後の授業を一時間受けたところで早退して行った。すでに魔導師団で働いているという噂は本当だったようだ。

 放課後になって鞄に教科書やノートをしまっていると、目の前に誰か立った。

 視線を上げると、王太子殿下の隣の席に座っていた、あの黒髪の天然縦ロールの美少女だった。瞳の色はドキッとするような鮮やかな赤色だ。はっきりした色が魅力的と言われるこの世界では、滅多に見ないほどの魅力的な女性ということになる。

「エヴァリオ・レイジントン子爵令息」

 正式に名前を呼ばれて、ちょっと緊張する。王太子殿下の隣の席に座っていたのももちろんそうだけれど、ちょっとした身のこなしというか、立ち振る舞いが明らかに高位貴族のそれだ。

「はい」

 手を止めて、相手の目元を見る。親しくなる前に目を直接見ると女性は怯むことが多いから、眉毛とか目の近くをぼんやりと見る。

「私のことをご存知?」

「いいえ。申し訳ありません。存じ上げません」

「アウスティス様に対するのとは、ずいぶんと違うのね」

「女性に対しては、あまり踏み込みすぎない程度の分別はあるつもりです」

 そう答えると、彼女は少しおかしそうにふふっと笑った。

「私の名前はエヴァンジェリン・ナーシアス。公爵令嬢です。ローヴェルク殿下の婚約者でもあります」

「ナーシアス嬢。ご挨拶をありがとうございます」

 敬意を込めて、軽く一礼する。突き刺さる視線に、周囲の人たちがめちゃくちゃ注目しているのが分かる。

「なぜ、声をかけられたかわかりますか?」

「わかりかねます」

「良いわ。鞄を持って、ついてきなさい」

 ナーシアス嬢はそう言って、後ろを振り返ることもなく教室を出て行く。数名の女生徒が後ろをついて行った。

 俺は、鞄を持ってその後をついて行く。ナーシアス嬢は、四名ほどの女生徒を引き連れたまま、教室のある三階から一階まで降り、隣の職員室がある建物の二階に上がって行く。

 やがて、騎士が前に立つ突き当たりから二番目の扉を開けると、その中へ入って行った。俺は、何となく扉の横に立っている騎士にぺこりと頭を下げて、続いて中に入った。扉は閉めない。複数名いるとはいえ、男子生徒が婚約者以外の女生徒と同室で、密室というのはマズいのではないかと考えたからだ。

 けれども、俺が室内に入ると、扉は騎士の手によって外から閉められた。

 中は広く、壁際には装飾の美しい棚や箪笥が並び、低いテーブルとソファが幾つか並んでいて、サロンのようだった。壁際には侍女らしき女性が三人と、女性騎士が二人立っている。

 奥のソファにナーシアス嬢が腰を下ろし、付き従っていた四人の令嬢たちはそれぞれ席が決まっているかのように、バラバラの位置に腰を下ろした。

「座ってちょうだい」

 向かいのソファを勧められて、お辞儀をしてから腰を下ろす。侍女の一人が、俺の持つ鞄を受け取ると、近くの棚に置きに行った。

 もう一人の侍女が、カートに茶器を乗せてこちらへ来る。先にナーシアス嬢の前に紅茶の入ったカップとソーサーを置き、それから俺の前にも同じような恭しさで紅茶を置いた。

「あなた、どういうつもりでアウスティス様に近づいたのかしら? レイジントン家は特にグローガー家とは関わりはないはずだし、あなたの魔力量では、魔導士志願というわけでもないはずだけれど」

 紅茶に手をつけることもなく、ナーシアス嬢は真っ直ぐに正面から俺の目を見つめて、そう言った。俺の魔力量なんて、いつの間に調べたんだろう。まさか、クラス全員の情報をあらかじめ調べてあって、それを全部覚えているというわけではないと思うけれど。

「アウスティスと仲良くなるのに、ナーシアス嬢の許可が必要でしたか?」

 俺がそう尋ねると、ナーシアス嬢は面白がるように目を眇めた。

「いいえ。彼がそうしたいというのなら、私の許可はいらないわ。でも、彼はローヴェルク殿下の側近候補でもあるし、それ以前に私の幼馴染でもあるの。次期魔導師団長と呼ばれる彼を、利用しようとする者は多い。心配するのはいけないことかしら?」

「……いいえ。確かに、警戒されて当然だったかもしれません」

 うっかりそういったことを忘れて近づいたけれど、確かにアウスティスは高位貴族である侯爵家の令息で、しかも膨大な魔力を持つ次期魔導師団長候補だ。何の関わりもなかったはずの子爵令息が突然「友達になろうよ!」なんて言って近づいたら、何か利用しようとしているか疑われてもおかしくない。

 それに実際、便利な生活魔法を一緒に開発してもらいたいという下心もある。しかも、王太子殿下の側近候補なら、近づく相手が警戒されるのは当たり前だった。

「正直言って、下心はあります。ただ、それはもうアウスティスにもはっきり昼休みに伝えていて、その上で俺……じゃない、私と友人になってもらいたいと頼んでいます」

「彼のことを利用しようとして近づいたことを、認めるのね?」

 瞳の赤さがぐんと増した。目力がすごい。見えない圧力のようなものを感じる。

「利用……と言えば、そうなのかもしれません。あの、アウスティスには女性の美容に役立つ便利な生活魔法を一緒に開発して欲しくて、それで仲良くなれたら嬉しいなと思って近づきました」

 俺が正直に言うと、圧がふっと消える。今度はナーシアス嬢まで宇宙猫のような顔をしていた。

「は……? 美容に役立つ便利な生活魔法?」

「ええと、例えば、手から温度や強さを調整できる温風を出して、髪の毛を乾かしたり整える魔法とか」

 この世界には乾燥魔法というのがすでにあって、それは濡れたものの水分を飛ばして乾燥させるというもので、それでタオルドライをした後の濡れた髪を乾かすことは確かに可能だ。実際に、俺も今はそれで髪の毛を乾かしている。呪文を唱えればほぼ一瞬で乾くし、便利ではある。

 でも、水分量を調整できないのが欠点だった。乾きすぎるのだ。

 食器や洗濯物とかには良いのかもしれないが、綺麗な髪の毛には潤いも必要だから、ドライヤーのように微調節の効く温風・冷風魔法があれば、もっと髪の毛の質を美しく乾かせるようになるのではないと考えている。乾いた髪の毛のセットにも役立つし。

「は? 髪を?」

「乾燥魔法だと潤いまで飛ばしてしまうので、ちょうど良い温度の温風で乾かして、そのあと冷たい風を当てて髪の毛を落ち着かせます。そうしたほうが、髪が綺麗になるはずなんです」

「女性の髪を美しくして……それであなたにいったい、何の得があるの?」

「学園にいる間に婿入り先を探そうと思っているので、普通に美容に役立つ魔法とかで女性に気に入られたいです」

 絶句、と言った感じで黙りこくられてしまう。こいつ何を言っているんだ? という雰囲気でマジマジと顔を見つめられて、ちょっと居心地が悪い。

「あの、でも、アウスティスが嫌がることはしないつもりなので……。あくまでも仲良くなった結果、一緒にそういうことができたら嬉しいなって考えています」

「アウスティス様の毛先に枝毛があるとか言っていましたよね? シルクのナイトハットが髪の毛に良いって本当ですか?」

 不意に、横から声がかかった。そちらを見ると、興味津々と言った様子の女生徒がこちらを見ていた。クラスにいた、黒に近い紺色の髪に、青い瞳の令嬢だ。

「ちょっと、クラリス?」

 隣に座っていた栗色の髪の女生徒が、そのクラリス嬢を咎めるように名を呼ぶ。 クラリス嬢は、ちょっと伺うような表情でナーシアス嬢を見つめた。

「エヴァンジェリン様、私、レイジントン子爵令息の髪のお手入れの話、伺いたいですわ」

 それを聞いたナーシアス嬢の顔が、一気にふっと優しくなる。クールな見た目に反して、感情は豊かに見えた。

「クラリス、あなたって本当に仕方のない子ね」

 笑み崩れる、という感じで優しい微笑みを浮かべる。素直なクラリス嬢のことが、可愛くて仕方がないという感じだった。

「レイジントン子爵令息、髪の毛の手入れについて、クラリスの質問に答えなさい」

 キリッとした顔で命じてくるけど、ちっとも怖くない。クラリス嬢に向けた笑顔を見てしまうと、ツンケンして見せても根の優しさとかが透けて見えてしまう。

「シルクのナイトキャップは効果ありますよ。寝ている間に髪同士が擦れて表面に細かな傷がつくのを防ぐので、なめらかさを保つのに役立ちます」

 俺が答えると、クラリス嬢はふんふん、と興味深げに頷いてみせる。

「タンパク質やビタミン、ミネラル、亜鉛が不足していると、髪に栄養が行き渡らず痛みやすくなります。ブラッシングのしすぎも、摩擦で髪を痛めることがありますね」

「他には? 他には? さっき言っていた温風魔法の他にも、何か別の髪のお手入れ魔法って考えてる?」

 訊かれた俺は、顔や髪に細かな霧(ミスト)を当てて保湿する魔法や、ヘアアイロンのようなものとか、巻き髪を作るためのコテとかを魔法でできたら良いな、という話をする。

 クラリス嬢は、コテがあればナーシアス嬢のような縦ロールが人工でも作れるようになると聞くと、「エヴァンジェリン様とお揃いができるの!?」と、大興奮だった。

 あくまでも、考えついただけの魔法で、実際にそういったものが作れるかはわからないと言うと、しょげてしまった。

「そういう物を作るのなら、アウスティス様ではなくて、ローヴェルク殿下のほうが向いているかもしれませんね」

 ナーシアス嬢が呟く。王太子殿下が? 俺がパチパチと瞬きをして首を傾げながらナーシアス嬢を見つめると、ナーシアス嬢は小さく咳払いをする。

「ローヴェルク殿下のご趣味は、職人に頼むのではなく、ご自分で魔道具を作られることなの。民の役に立つ魔道具を開発したいと、いつも言っておりますのよ」

「王太子殿下、その、髪の毛のコテという物を作ってくださるでしょうか? 私、ずっとエヴァンジェリン様のその綺麗な巻き髪に憧れていて……お揃いにできたら、こんなに嬉しいことはありませんわ」

 クラリス嬢が言うと、ナーシアス嬢は途端に「まあ、まあ!」と笑み崩れる。

「今度、私からお願いしてみましょうね。私も、クラリスとお揃いにできたら嬉しいですわ」

「まあ! そうしたら私だって!」

「私も、エヴァンジェリン様と同じように巻いた髪にしたいですわ!」

「私もです! お揃いの髪型に憧れますわ!」

 バラバラの席に座っていた四人とも、揃ってそう口にする。

 ナーシアス嬢の好かれ様がすごい。さすが、王太子殿下の婚約者だ。

 王太子殿下の婚約者で高位貴族のトップに当たる公爵家の令嬢ともなると、学園のファッションリーダーなんだな。

 結局、そのあとも美容のあれこれを訊かれて答えていくうちに、彼女たちの俺への呼び名は、固いレイジントン子爵令息からエヴァリオ様へ、最後にはさらに親しくエヴァなどというレベルまで崩れた。

 俺のほうも、恐れ多くもナーシアス嬢のことをエヴァンジェリン様と名前で呼ぶ許しを得た。そして、今後も髪や肌のお手入れ方法を聞くために、女生徒たちの集まりに呼び出すという宣言まで受けることになった。

 一度聞いたことでも、俺の口から都度確認しながら周りに話させたいらしいのだ。完全に扱いが同じクラスの男子生徒ではなく、美容に関わるお仕事の職人に対するものである。要するに、異性として見ない、ということだ。

 彼女たちの目つきで、明らかに恋愛対象から外されたことが理解できた。俺は、その辺の勘は鋭いのだ。


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