4話 下心から始まる友情
授業が終わると昼休みだ。俺は真っ直ぐにアウスティスの元に向かう。
「お昼ごはん一緒に食べていい?」
俺が訊くと、アウスティスは胡乱げにこちらを見つめた。
「嫌なら断ってくれて構わない」
「嫌、ではない」
「なら良い?」
「勝手にしろ」
OKをもらったので、立ち上がったアウスティスについて行く。次兄から、それなりに美味しい学食があると聞いている。
並んで歩くと、アウスティスのほうが目線が少しだけ高い。ほんの四、五センチほどだとは思うが、少し悔しい。いや、まだ十六歳だ。俺だって、きっとこれからもっと身長伸びる、はず。
歩いていると、どういうわけか、道がモーゼのように割れて行く。ザワザワと、こちらを——いや、アウスティスを見て、みんな道を譲って行くというか、避けて行くというか。
食堂に入る。空いている席に向かい合って座って、給仕を呼ぶ。メニューを差し出されて、見ると肉料理がメインのランチ、魚料理がメインのランチの他に、軽食としてサンドイッチや本日のパスタ、グラタンなどの一品料理もあった。さらに、デザートだけでも二ページある。学食と言うより、これはもう普通にレストランだな。
「サラダもついてくるなら、魚料理にしようかな」
俺が言うと、給仕が頷く。食後のコーヒーも追加した。
アウスティスは、本日のパスタと一緒に、デザートのページを難しい表情でしばし見つめてから、コーヒーと、ケーキを二つ頼んだ。
「甘いもの好きなの?」
俺が訊くと、半眼でこちらを眺めてくる。気にせず返事を待っていると、ため息を一つついて首を振った。
「好きで食べるんじゃない。魔力の制御にはカロリーが必要だから、意識的に甘いものを多めに食べるようにしている」
「それ、初めて聞いた」
「魔力が多い者特有の問題だ。だから、お前には関係のない話だ」
アウスティスはそう言ってから、ちょっとこちらを伺うように見て、こう付け足した。
「……別に、お前の魔力量が少ないと馬鹿にしたわけではない」
なんだ。普通に気を遣う良い奴じゃないか。
「カロリーの高いものって、別に甘いものだけじゃないと思うけど」
「例えば?」
「バターとか、チーズとか、脂身の多い肉とか」
前世では、避けていたものが必要な人もいるんだな。そんなことを思いながら口にする。
「ナッツとか、食べやすくて持ち運べて良いと思う。特に糖衣がけとかしたら、かなりカロリー高いはず」
「ナッツか……」
「今度、糖衣がけしたの持ってくるから、試しに食べてみる? 女性に人気のおやつだけど」
確か、うちの商会でも扱っていたはずだ。俺が言うと、アウスティスは少し難しい顔をしてから、小さく頷いた。
料理が運ばれてくる。俺の頼んだ魚料理のランチは、白身魚のソテーと小さなサラダ、パンだ。水のグラスも同時に置かれる。アウスティスの前には、トマトソースに茄子と刻んだベーコンが入ったパスタが置かれた。デザートはコーヒーと共に後から持ってくると言う。
トマトソースのパスタって、白いシャツにソースが飛ぶと、めちゃくちゃ洗濯大変なやつだよな。そんなことを思いながら食べ始める。アウスティスは慣れた様子で、多くの女性みたいにスプーンを使うこともなく、フォーク一本で器用にパスタを巻いて食べている。
怜が、同じようにパスタをフォーク一本で食べるの上手かったよな。何度か教わって、俺もフォークだけで食べられるようになったっけ。
そんなことを思い出しながら食べ勧めていると、アウスティスが戸惑ったようにこちらを見て手を止めた。
「どうかした?」
俺が訊くと、アウスティスは軽くこちらを睨む。
「……あんまり食べているところをじっと見られるのは、困る」
「あ、ごめん」
俺はすぐに謝る。確かに、じっと見られていたら落ち着いて食べられないだろう。前世のことを思い出していたとも言えず、俺は自分の手元を見て、食事を再開した。
食べ終わると、すぐに給仕が食器を下げにくる。学食はめちゃくちゃ人数多いのに、しっかり観察しているのがすごい。
少し待つとコーヒーが来た。香りを嗅いでから、口にする。少し酸味の強い豆のようだ。ほんのり洋酒のような、独特のフルーツ臭がした。
アウスティスの手元には、コーヒーと共にレモンパイと、名前のわからないレーズンとナッツの入った、茶色くてどっしりとした感じのケーキが並ぶ。
なんでも良いけど、この席の周りが不自然に三つくらいずつ空いている。他は結構きっちり埋まっているのに。もしかして、アウスティスが避けられているのか?
怖くないのか? と皮肉げに訊いてきた顔が、いまさら思い浮かんだ。あんまり良い気分がしない。
確かにアウスティスは自分から壁を作るタイプだったが、周りがこういうふうに腫れ物のように扱っていたら、そうなるのも仕方ないのではないか。なんとなく、周囲を睨みつける。いや、俺が怒っても仕方ないことなんだけど、なんか、なんかさあ。
アウスティスは作業のように黙々と、茶色くどっしりしたケーキを食べ進めている。あんまり美味しく食べているように見えないのが、見ていて辛い。
ダイエットのしすぎで摂食障害になっていた子が、やっぱり同じように辛そうに食べていて、俺は気にしていないふりでヘラヘラ笑いながら、一口食べるごとに一生懸命褒めていたことを思い出す。
一緒にカロリーを計算して、これくらいなら食べても大丈夫なんだよって、必要な栄養なんだって言い聞かせて、ダイエット用のメニューを作った。骨が浮くほど痩せていて、まともに固形物が食べられるようになるのに三ヶ月以上かかった。食べても吐いてしまうのを止められなくて、何度も一緒に病院に行った。覚えている、由良ちえみ。
最後は実家との関係を修復して、田舎に戻って行った。幸せに暮らしていると良いけど。
駄目だな。記憶が戻って間がないせいか、すぐに前世の記憶が鮮明に蘇ってしまう。生まれ変わってしまった以上、今を生きなくてはいけないのに。
コーヒーで流し込むように茶色いケーキを食べ終わったアウスティスは、ホッとしたように今度はレモンパイを食べ始める。今度は、味わって食べているように見えた。
「柑橘、好きなほう? 今日のコーヒーは酸味あるけど、コーヒーは苦いのと酸味あるのはどっちが好み?」
俺が訊くと、アウスティスは驚いたようにこちらを見る。
「言われてみると、酸味があるものは割と好みかもしれない……。コーヒーは、今日くらいの酸味があるものが好ましく思える」
「じゃあ、ケーキは柑橘系が良いかもね。酸味があると、砂糖が多くてもあんまり気にならないし」
さっきのように、甘くてどっしりしたものを辛そうに食べる必要はないんじゃないかって、そう思って口にする。アウスティスは手元のレモンパイを、初めて見るもののようにマジマジと見つめた。
「そんなことを言われたのは、初めてだ」
「そう? たまたまじゃないかな?」
これまで他人と食事をとってこなかったのなら、当然、気づかれることもなかったはずだ。アウスティスは俺の目で見た限り、それほどわかりづらいわけではない。表面は冷たく見えるが、反応はむしろ割と素直なほうだ。
「柑橘のお菓子は王都ではどれくらいあるのかな? 地元ではたくさんあったけど……」
「地元?」
「そう。うち、領地で柑橘系メインに果樹園やっているから」
「こちらだと、レモンパイとオレンジムースくらいだが」
「ウィークエンドシトロン……じゃない、レモンの糖衣かけたケーキとかないのか〜」
前世で作ったことのあるケーキ名を出してしまって慌てて誤魔化す。レモン系のお菓子って、酸味で誤魔化されているけどアホほど砂糖入っていて、作った時にカロリーを考えて戦慄したものだ。
「どんなものだ?」
「スポンジケーキなんだけど、生地にレモンのすり下ろした皮と果汁混ぜて焼いて、焼き上がった上からレモン汁で溶いた粉砂糖をかけて固めたケーキ。砂糖の量すごく多いんだけど、酸味のせいであんまり甘く感じないのがダイエットしている時には恐ろしいんだよね」
俺が記憶を探りながらそう答えると、アウスティスは吟味するように少し考えこんで、それから頷いてみせた。
「なるほど。それなら食べやすそうだ」
「今度、うちの料理人に作らせてみるわ。それで気に入ったらレシピ渡すよ」
材料の詳細を覚えてはいないけど、工程はある程度きちんと覚えているから、料理人に言えばきっと何とかしてくれるだろう。
「お前」
「エヴァリオ」
「エヴァリオ、何でそこまでする? 僕に何をさせたいんだ?」
今度は、諦観を滲ませた顔だった。ずっと期待されて裏切られてきたような顔だった。
これは、ちゃんと答えないといけないやつだ。
「えーと、俺は子爵家の三男で、この学園生活で将来の婿入り先を探さなくちゃいけなくて」
「我が侯爵家に、婿入り先を用意させたいのか?」
「え!? 違うって! 婿入り先は自力で探します! そうじゃなくて、婿入り先を探すのには、まず女の子に気に入られる必要があるでしょう?」
俺が言うと、黙って顎先を上げて目線で先を促される。こういう仕草が、ちょっと傲慢で猫っぽいし、高位貴族なんだなって思わせられる。
「だから、女の子受けする、美容に役立つような便利な生活魔法を開発したくて。アウスティスは魔法の天才だって聞いていたから、なら友達になって一緒に開発できたらなって、そう思いました!」
俺が言い切ると、アウスティスは何だかとても微妙な顔つきになった。
「それは……確かに下心と言えばそうだが……僕と一緒に? 女向けの美容のための魔法の開発だと? この僕に?」
胡散臭そうにこちらを見るのはやめてもらいたい。俺は下心も含めて、正直に話したつもりだ。それを受けてどうするのかは、完全にアウスティス任せである。
じっと見つめていると、アウスティスは目を閉じて、それから深くため息をついた。少しして、呆れたような視線がこちらを見る。
「本当に変わった奴だな、お前は」
紫水晶のような瞳が、春の陽射しにキラキラと輝いていた。




