【番外SS・1】嫌ではない関係
※本編全36話完結済み
※本編16話『魔力が示すもの』の後、アスティが魔導師団からエヴァリオを家まで送った夜の話です。
※アスティ視点
エヴァリオを街中のレイジントン子爵家のタウンハウスまで送って、その後に自分の家に帰る。
馬車を十分ほど走らせると、やがて大きな門が見えてきた。門が開いている。家族の誰かが戻ってくる時間に当たってしまったのか。
門をくぐり、道を進むと本邸の前に馬車が止まっているのが見えた。ちょうど、馬車の扉が開いて、中から成人男性が降りてくるのが見える。
兄だ。姿を見るのは一ヶ月くらいぶりか。
あちらも僕の乗った馬車が近づいてくるのに気がついたようで、少し強張った笑顔でこちらを見た。窓から目が合って、僕は軽く頭を下げる。向こうも同じように黙礼をする。
僕の乗った馬車は、止まることなくその馬車の横を通り過ぎ、少し奥に建てられた別邸へ向かう。そんなつもりはなかったが、兄を緊張させてしまった。
四歳の時に魔力暴走を起こして、当時は魔導師団副団長だったバーランドル師団長の家に預けられ、魔力と感情の制御を叩き込まれて返された七歳の時から、僕は侯爵邸の離れに一人で住んでいる。
そのため、家族とはお茶会の席などで、他家の人たちに正式にグローガー侯爵家の次男として紹介される時を除いて、普段からあまり会うことはない。家族とは会っても挨拶と必要な会話をするだけで、いつもどこか緊張をさせてしまっていた。
離れの玄関前に到着して、僕は馬車を降りる。もう、辺りは暗くなっていた。玄関灯が煌々と光を放っている。
そろそろ夕食時だ。自分で玄関を開け、中に入る。
離れの中を、自室まで歩く。行き合ったメイドや侍女たちが、慌てて廊下の隅に寄り頭を下げる。礼儀正しさと、少しの恐れ。いつものことだ。
部屋に戻り、鞄を机に置いて私服に着替える。綺麗に編まれた三つ編みを見て、エヴァリオのことを思い出した。
あいつ、毎日あんなふうに僕の髪の毛を梳かして編み直して……飽きないのだろうか?
そんなことを思っていると、ノックの音がする。入室を許すと、すぐに音もなく扉が開き、専属執事のセドリックが入ってきた。
「お帰りなさいませ、アウスティス様。ご夕食の準備が整ってございます」
そう言って、慇懃に礼をする。彼には親しさも感じられないが、怯えも見えない。それだけで、少し安心する。
「今、行く」
僕が答えると、もう一度深く礼をして部屋を出て行った。
食堂の大きなテーブルに一人で座る。テーブルの上には、すでにいつもの料理が並べられていた。
最初のうちは一品ずつ運ばれてきていたのだが、給仕を行う侍従や侍女が怯えた顔をするので、哀れになって、先にすべて並ばせて下がらせるように変えたのだった。
変わり映えのしないサラダにスープ、バターを添えたパン。メインはローストされた鶏肉か牛肉、時に豚肉、白身魚のポアレが順番に並ぶ。
デザートだけは食後にプリンやババロア、ゼリーと、何かしらの季節の果物に、ケーキか焼き菓子が後からコーヒーと共に運ばれてくる。新人などが当番に当たると、粗相を恐れて指先が震えている時もあった。
機械的に手と口を動かして食事をする。そうしながら、僕は今日のことを思い出していた。
昼休みには、今日もエヴァリオと昼食をとった。もう、それが当たり前のようになってしまっている。
今日もあいつは色々なことを話しかけてきていた。それが、思いの外嫌ではないのに気がついたのは最近になってからだ。
いったい、彼との食事は他の者と何が違うのだろう? 会話があることか?
食事自体は、魔導師団のメンバーと詰め所の食堂でとることもある。バーランドル師団長と食事をとることももちろんあって、その時には会話もする。仕事の話がほとんどだが、時には学園でどんなことがあったのかとか、最近読んだ本は何かなどのどうでもいい質問もある。
それと、エヴァリオとの食事は何が違うのだろう。何かが違うということはわかるが、その正体を考えても、僕にはよくわからなかった。
放課後のことを思い出す。馬車で魔導師団の詰め所へ向かう道すがら、僕は過去の話をした。ただ単に、これから会わせる予定のバーランドル師団長がどういう関係の相手なのかを説明しようと思ってのことだが、あいつはそこで僕のことを「偉いな」と褒めた。
「偉いな。まだ小さな子供だったのに、頑張ったんだな、お前」と。当たり前のように。
そして、僕の起こした魔力暴走のことを、ただの小さな子供の癇癪だったのだと結論づけた。起こしたこと自体は認めて、その上で不可抗力だったのだと。
あんなふうに言われたのは初めてで、僕は変な気持ちになった。見てもいないことを、僕の過去を、あいつは弁護しようとしていた。そして僕はそれが、嫌ではなかった。何も知らないくせにわかったような口を、とは思わなかった。
それが自分でも意外で、でも不思議とあいつの言葉は僕の胸の中にストンと落ちてきた。
そこまでを思い出していると、知らないうちに食事を終えていた。デザートとコーヒーを出してもらうため、卓上のベルを鳴らす。すぐに侍女が入ってきて、手早く空の皿をカートに下げてから、テーブルクロスの上にブラシをかけて出て行った。
少し待つと今度はデザートの皿とコーヒーを乗せたカートを押して、侍従が入ってきた。目も合わせずに手早くそれらをテーブルに置くと、恭しい一礼を残して退出する。
淹れたてのコーヒーに、プリンと、メロン、エヴァリオからレシピをもらったレモンの糖衣かけのケーキが、それぞれの皿に盛られていた。
ぬるくなる前に、冷やされたメロンから食べ始める。香りの良い甘い果汁が口いっぱいに広がって、少し目を細めた。
同じように、僕の魔力を受け止めて目を細めていたエヴァリオを思い出す。前回のように酩酊こそしてはいなかったが、実験として僕が魔力を注ぐと、心地よさそうに目を細めていた。
それどころか、一瞬、寝ていたような気もする。バーランドル師団長から声をかけられて、肩がビクッとなって目を瞬かせていた。
僕とエヴァリオの魔力の相性が良いと、そういうことのようだった。実際に、僕の後にバーランドル師団長が魔力譲渡をしようとしたら、エヴァリオはギョッとしたような呻き声をあげて拒絶反応を起こしていた。
「僕だから、大丈夫だったのか……」
そう思うと、悪い気はしなかった。僕を、僕の魔力を何の抵抗もなく受け入れて、それで心地よくなるような相手がいるなんて、これまで考えたこともなかった。
過去に必要に迫られて、魔導師団の仲間に魔力譲渡を行ったことはあったが、その時は相手は僕の濃い魔力に、少し気分が悪くなったようだった。濃い魔力が体に注がれると、圧迫感や不快感を覚える者が多いというのは常識だったから、それを当たり前のことだと思って来たけれど、エヴァリオはそうではなかった。
コーヒーを飲む。執事に命じて酸味の強い品種に変えたのは、あいつからコーヒーの好みを訊かれて、自分が酸味の強いコーヒーが好きだと気がついたからだった。
あいつに会ってから、僕は少しずつ変わり始めている気がする。けれど、不思議とそれが嫌ではないのだ。
あれが、友達というものなのか。
僕は、コーヒーを飲みながらそう思った。前に意味もなくあいつからかけられた治癒魔法を受けた時のように、胸の奥がほのかに温まる気がした。
本編では描かれなかった、アスティの一場面でした。
来週の土曜20時に、また新作番外SSを投稿します。
まだ本編をお読みでない方、もう一度振り返りたい方は、ぜひ目次より「第1話」からお楽しみください!




