36話 元ヒモの俺、攻略対象たちの親友になったら天才魔導士に選ばれました
残りの夏休みは、アスティとの商会の準備にかなり費やすことになった。レンドルフが紹介してくれた経営者候補と面談をし、物件もいくつか回って、二人で相談して学園から近い、王都の西側にある二階建ての店舗に決めた。物件を決めたら、今度は内装や什器、家具を手配しなくてはならない。
特許の申請や商会の登録など、王太子殿下の後押しもあり、通常なら数か月かかる手続きも驚くほど早く進んだ。
商会には俺の家とアスティのグローガー侯爵家だけでなく、王太子殿下個人とエヴァンジェリン様のナーシアス公爵家も出資するとのことで、それらの手続きも同時並行だった。初めてのことばかりだし、思っていたよりも忙しい。わからないところは次兄にも相談して、色々と進めていく。
合間に、ユリアナ嬢との面談のようなものも入った。
アスティから、ユリアナ嬢が王太子殿下と側近たちに警戒されていること、今は未来視の件もあることから様子見となっていることを知らされて、俺は自分の立ち回りの悪さに身悶えした。他人から見た俺の動きを聞くと、そりゃあ怪しまれて当然だと思うことばかりだったからだ。
アスティはそれでも、俺とユリアナ嬢の持つ問題には無理に触れようとしない。本当に、俺の嫌がるようなことはしないと決めていて、それを実行しているのだ。
どこまでが俺のせいかはわからないが、事態はすでに、ユリアナ嬢の言う通りの、ゲーム通りの未来にはなり得ないところまで来てしまっている。ここからどうやって、彼女が攻略対象たちと心を通わせる状態に持っていくべきか。それを考えなくてはならない。
ただ、ユリアナ嬢自体は、それほど悲観的ではなくなっていっているようだった。アスティを始めとした攻略対象たちの攻略はやや暗礁に乗り上げているが、リュシアンとの料理研究だけは相変わらず続いていて、それに伴って彼女自身の記憶が少しずつ蘇っていっているようだったからだ。
辛いものより甘いものが好きだったこと。好きだったお菓子。好きだった果物。好きだったジュース。好きだった花。好きだった色。好きだった絵本。そんなことを、思い出すたびに俺に報告してくる。
リュシアンとの関係も、良好なようだった。好かれるために攻略通りに振る舞わなくても受け入れられると言う体験が、彼女の張り詰めていた心を、ゆるやかに解き放っていっているようだった。
「アウスティスって、作中でも攻略難易度が高かったし一番危険な相手として描かれていて、彼の攻略は猛獣使いだって、よくSNSで見かけていたのよね」
今日もテーブルの真ん中に密談用の魔道具を置き、お気に入りのものらしいチョコケーキを食べながら、ユリアナ嬢がふと思い出したように言う。
「感情が昂ると紫紺の瞳の色が赤くなって綺麗な紫色になるって設定で、ヒロインがアウスティス狙いの女の嫌がらせで学園の倉庫にヤバい相手と閉じ込められた時、助けに来てくれるんだけど、怒りで魔力がものすごく不安定になってて、相手を危うく殺しそうになるの。自分にだけ懐く優しい猛獣枠って感じで、そこが良いって言う人もいたし、怖いって言う人もいた」
「アスティ……アウスティスは、そう簡単に魔力を暴走させたりしないと思うけどな……だって、子供の頃に本当に頑張って制御を学んだんだぜ?」
「もう、今さら名前を呼び直さなくたって良いわよ。彼が良いと言ったんでしょ? なら、好きに呼べば? 変な愛称だとは思うけど、もう私には関係ないし」
ユリアナ嬢は呆れた様子でそう言って、チョコケーキを少し貴族令嬢としてはお行儀の悪い大きさに切って頬張る。もう二つ目だ。本当に好きなんだな。
「そう言えばアスティのこと、君も怖がっていたね」
俺が言うと、バツの悪そうな顔をする。
「だって、めちゃくちゃ紫色の瞳をして私のこと睨んでくるんだもん。怒らせたって思ったら、怖くなるよ。猛獣枠だよ?」
そう言ってから、少し落ち込んだ様子で俯いた。
「でも、もしも『ゲームの中の本当のヒロイン』だったら、きっと怖がらずに向き合ったんだと思う……あんたみたいに」
ユリアナ嬢が自分とヒロインを別の存在のように言うのは、初めてだ。ヒロインは私だと、ずっと言っていたのに。
「ユリアナ嬢は、ちゃんとヒロイン頑張っていたと思うよ。好きではないものを好きだって言ったりしてまで。……ただ、相手も人間だから、君が本当は辛いものが好きではないことに気がついたり、思っていたよりも厳しいところを見せたりと、ゲームの通りには動かなかった。それだけだよ」
俺の言葉に、彼女は肩をすくめて見せる。説教みたいなことはごめんだと、顔がそう言っていた。
「リュシアンは知的枠だったから、ゲームではもう少しクールな感じだったけど、料理のことになるとずっと熱心で、あれこれ一緒に考えて作っているととっても楽しそうだし、私も楽しいって思う。記憶も、たまに戻るし。だから、しばらくはリュシアン攻略に集中しようかなって」
露悪的に『攻略』と言ってはいるが、それはもう、普通の友人付き合いだと、俺だけではなく、おそらくは彼女自身も気がついていた。ただ、まだ気持ちの整理が完全にはついていないのだろう。ゲームから降りる覚悟も、まだ完全にはできていないのだ。
「ごちそうさま! また、何か思い出したら話を聞いてもらうわ。それともし、あんたがアウスティスと喧嘩でもしたら、面白そうだから相談に乗ってやっても良いわよ」
ケーキを食べ終わり、紅茶の最後の一口を飲み干してユリアナ嬢が席を立つ。俺は、それを苦笑で見送った。
彼女は少し離れた席で俺たちを見ていたアスティに気がつくと、小さくぺこりと頭を下げて、そばを通り抜ける。彼に対する執着のようなものは、もう見当たらなかった。
彼女が店内を出ていくと、彼女が座っていた向かいの席にアスティが移動してくる。アスティは慣れた仕草で給仕を手を上げて呼んで、空いた食器を下げさせテーブルを拭かせた。
「新しくコーヒーと……そうだな、オレンジのムースをもらおうか。お前は? コーヒーが、もう残り少ないようだが」
「そうだね。じゃあ、俺にもコーヒーのおかわりを」
給仕が恭しく一礼を残して立ち去る。俺は、少しホッとしたように息を吐いた。
彼女との会話は疲れると言うほどではないが、それなりに気を遣う。まだ、デリケートな時期だから、さっきのように説教くさいことをつい言って、煙たがられたりもする。
「どうだった? あの女は」
「リュシアンと、良い関係を結んでいるようだった」
俺が言うと、アスティは同意するように頷く。
「リュシアンも、お前から不自然な紹介を受けたことには気がついていたが、比較的普通に付き合いを続けているようだな。自分といる時に『嘘』を感じないのだと、そう言っていた。ちゃんと一貫性があると。僕や、レンドルフとは逆だな」
「怪しい、怪しくないで言ったら、確かに彼女も俺も怪しいのかもしれないけど、悪い目的とかは特にないんだ。詳しい理由は言えないけど、元々はお前たちを助けたくて近づいた……みたいな」
俺たちからの立場での言い訳になるが、そんなことを言う。彼女が攻略対象たちを恋愛対象として落とそうとしていたことに関しては、婚約者がいる王太子殿下やランディアスに対しては、本当は少しまずいことだったって今だから思うが。
俺も、彼女の持つ乙女ゲームの世界観に飲まれていたのだろう。
「何をどう助けるつもりだったのかはともかく、あの女に助けられる理由がないんだが。——ああ、でも確かに魔物狩りの時の一件では、未来視に助けられはしたか。実際にあの時、あの女の言う通りに後ろから矢が飛んできたからな」
「だろう? 二学期に起きるはずの王太子殿下の襲撃事件の未来視の件もお前に話したし、本当に、彼女には悪意があるわけではないんだ。ただ、ちょっと必死だっただけで」
「やけにあの女を庇うな。……面白くない」
アスティが拗ねたように言う。
「僕はお前の特別だろう?」
そうして、俺の目を覗き込むようにして、確認するように問われる。いつものことだった。俺は笑って頷く。
「そうだな。お前は俺の特別だよ」
そう答えると、アスティは猫のように満足げに目を細めた。目元が笑むのと同時に、きゅっと口角も上がる。
「僕にとっても、お前は特別だ。たった一人の親友で、恋人だ」
その言葉に、今度こそ、俺は誰かの人生の先へ連れていってもらえるのかもしれない——そんなことを思う。
誰にも見せたくないような眩い笑顔を前に、俺はまたしても顔を赤らめた。
くぅ〜、俺の親友で恋人が美形すぎる。笑顔の破壊力がすさまじい。いつかこの笑顔に慣れることはあるのだろうか?
最後までお読みくださり、本当にありがとうございました。
「選ばれなかった男が、天才魔導士に選ばれる」という物語を、ここまで一緒に見届けていただけて嬉しいです。
本作はアルファポリスのBL大賞用に書きましたので、ボーイズラブのジャンルがない「小説家になろう」で受け入れられるか不安でしたが、こうして読んでくださる方がいたことがわかり、ホッとしています。
この後11月中、毎週土曜日20時に短めの番外SSを更新予定です。
本編完結後も、アスティとエヴァリオの物語をもう少しお楽しみいただけます。




