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【BL】元ヒモの俺、攻略対象たちの親友になったら天才魔導士に選ばれました【本編完結済・番外SS週一更新】  作者: 肺魚


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35話 ヒロインの席を降りても

 家でアスティと昼食をとり、約束の時間まで応接室でお茶をする。ユリアナ嬢との用事が済んだら、レンドルフから紹介された商会用の物件を、一緒に見に行きたいとのことだった。

 なので、アスティに勧められるまま、待ち合わせのカフェにはアスティの乗ってきた侯爵家の馬車で向かう。乗るのは魔導師団に行った時以来だが、やはりサスペンションが違うのか、うちの馬車よりも乗り心地が良い。

 先に乗れと言われたので、進行方向の逆に腰を下ろして向かい合って座ろうとしたら、アスティはするりと隣に滑り込んできて、横に並ぶことになる。

 移動中、普通に手なんか握ったりされた。触れ方が色っぽい感じではなく、マーキングのような印象を受ける。俺は、カフェに着くまで少し緊張しながらも、黙ってされるがままになっていた。

 カフェに到着すると、さすがにアスティは身を離して、普通に降りていく。エスコートとかされたらどうしようかと思っていたので助かる。

 俺は店内に入るとそのまま別れて、予約しておいた半個室に向かう。アスティは半個室が見える席を店員に用意させていた。

 テーブルの真ん中に密談用の魔道具を置き、俺は自分の分のコーヒーだけを頼んでユリアナ嬢を待つ。約束より早めに着いたが、これはいつものことだ。

 そして、約束の時間の少し前になって、ユリアナ嬢が目の前の席に座った。俺は——。

「ねえ、唐揚げ!」

「は?」

 突然のユリアナ嬢の声に、謝罪より先に素っ頓狂な声が出る。ユリアナ嬢は興奮したような様子で、俺の反応を気にせず続ける。

「リュシアンと油で揚げるお菓子の話をしていたら、急に唐揚げの作り方思い出したの! そしたら、お母さんとお父さんと弟がいたことも思い出して! お母さん料理上手かったけど、唐揚げだけは私のが家族に人気だったって思い出したの! ねえ、あんた唐揚げの作り方知ってる? 下味にニンニクと生姜効かせてさぁ! うちのは絶対サクサク派だから、小麦粉じゃなくて片栗粉まぶしてさ!」

「……片栗粉だけまぶして揚げるのは、竜田揚げでは?」

「そんな細かいこと、どうでもいい! うちではそれが唐揚げだったの!」

 ユリアナ嬢が、テーブルを両手で強く叩く。俺はそれで慌てて、テーブルの上の魔道具のスイッチを入れた。

 来て早々に前世の話とか……しかも、竜田揚げ、ではなく唐揚げの話とか予想外すぎるだろ。

 ちなみに俺の唐揚げは、小麦粉を軽くまぶしてから片栗粉をはたくハイブリッド派だった。女性は口臭を気にするから、普段は出汁を効かせたニンニク抜きのものを作って、ガツンとニンニクを効かせたやつは、出かける予定のない休日前にだけ揚げていた。

「リュシアンとの話が前回出ていなかったから、少し気になっていたんだけど、上手くやっているんだね」

 俺が言うと、ユリアナ嬢の顔が少し赤くなる。

「リュシアンとは……なんか、普通に話せると言うか……男爵家ではたまに料理もするから、料理の話はしてて楽しかったし」

 肩までのピンクの髪を片手で耳にかけながら、そんなことを言う。

「前世のことも、少し思い出せたんだね。良かった」

「……少しだけだけどね。これまでも、料理の話をしている時に何度か、前世のこと、思い出しかけていた気がする。今日、午前中に会っていた時にいきなり唐揚げのこと思い出して、そうしたら直後に家族の顔も少し思い出して……まだ、名前とかまでは思い出せないけど」

 ユリアナ嬢は前回俺に、自分には漠然とした日本の記憶以外、ほぼ乙女ゲームの記憶しかないと言っていた。自分の名前すらうろ覚えだと。その状態からすれば、唐揚げのことをきっかけに両親と弟がいた記憶が蘇ったということは、とてもいいことなのだと思う。

 俺もユリアナ嬢から話を聞いた後、しばらくはその世界観に飲まれていた。けれど、彼女はゲームのことしか知らないからこそ、ゲーム通りに進めることに固執しているように、今では思える。知らぬ間に彼女のゲームを破壊してしまったことへの罪悪感はまだあるが、今はゲーム通りに進めることが完全に正解なのかという気持ちも少しある。

「このままリュシアンと料理の話をしていたら、他のことも思い出せるかもしれない。そうしたら——私、もう、ヒロインをやらなくてもいいのかな……? あんた、前に私がやめたくなったらヒロインやらなくても済むようにするみたいなこと言っていたけど、本当に助ける気ある?」

「そのことだけど……俺、君に謝らなくちゃいけないことがあって」

「何よ。今さら助けるのはやめたとでも言うつもり?」

 俺が切り出すと、ユリアナ嬢は警戒した顔つきでこちらを軽く睨みつけてくる。

「いや、それはちゃんとやるよ。できる限りのことはするって言っただろう? そうじゃなくて、アスティ……アウスティスのことなんだけど。その、いくらでも謝るから、君に彼のことは諦めて欲しくて」

 俺が言うと、ユリアナ嬢は、それまでのどこかのぼせたような表情を消して、少し黙り込んだ。

「どういうこと?」

 ややあって、低い声で問われる。俺は、無意識にアスティがいるはずの席に視線を向けた。

 ——いた。少し離れた席で、アスティは俺のことをじっと見つめていた。目が合う。小さな頷きが見えた。『ちゃんと見ている』と、励まされるような気がした。

「実は昨日、話の流れで彼と親友で恋人という関係になってしまって……。俺は、それを望んだアウスティスの気持ちを受け入れたいと思っているし、今は、俺自身がアウスティスのことを、特別だと思っている。だから、君に彼を攻略するのを諦めて欲しいんだ。君の攻略に協力するって約束したのに、こんなことになって、本当にごめん」

 俺はそう言って、両手を膝に乗せて真っ直ぐ頭を下げた。

「は……? 何よ、それ……。まだ夏休みなのに、なんでそんなことになっているの? ルート確定は、年明けのパーティーでパートナーを決めた時のはずなのに」

 ユリアナ嬢が顔を歪めて、そんな独り言を言う。俺としてもよくわからないうちにそうなったことではあるが、またゲームを壊したと責められるだろうか?

「夏休みに個別のイベントで距離を縮めて、二学期にはダンスの授業も始まるからそこのミニゲームで好感度稼いで、文化祭はヒーローたちと見て回って、冬休みも個別イベントこなして、その後に年明けの社交界デビューのパーティーでしょう? キャラと恋人になって正式に結ばれるエンディングは、入学式から一年経った翌年の春のはずなのに……いったい、何がどうなっているの?」

 ユリアナ嬢が、困惑し切った様子で呟く。俺としても、出会ってたったの五ヶ月足らずでこんなふうに濃い関係になるのはなかなかすごいとは思うが、前世ではマッチングアプリで割と簡単にヒモ先を決めていたので、それほど不思議ではない気もしてしまう。人と人との出会いというものは、案外時間を必要としないこともあるのだ。

「アウスティスは、他のキャラに比べても人を簡単には受け入れなくて、寄り添ってくれるヒロインのこともなかなか信用できなくて、攻略するのに時間も手間もかかる難易度が高い相手のはずなのに……」

「アウスティスは、ぱっと見人嫌いに見えるかもしれないけど、付き合ってみると案外隙だらけで、押しに弱くて、付き合いのいいやつだよ?」

 俺が言うと、ユリアナ嬢は信じられないと言うような顔で、ゆるく首を振った。

「そんなの、アウスティスじゃない」

「俺が知っているアウスティスは、そうだったんだ」

 ユリアナ嬢は、俺の返事を聞くと、くしゃりと目元を歪める。信じていた世界に裏切られたみたいな、悲痛な顔だった。

「そんなの知らない。だってゲームと違うじゃない。この世界は、『永遠の約束と花冠を君に』の世界のはずなのに……。もし、そうじゃないのなら、私はなんのために生まれ変わったの? なんのために生きればいいの?」

「君がやりたいのなら止めたりはしないし、アウスティスのこと以外なら協力するけれど……君は別に、ゲームのために生きる必要はないんだ。世界が君を選ぶのではなく、選ぶのは君でいい。生きる意味なんてただ、『楽しいから』でも良いし、『幸せになるため』だって良い。世界や誰かが役割を決めるのではなく、選んだり決めるのは君自身で良いんだ」

 俺自身が、前世からずっと誰かに選ばれるために生きてきたようなものだったけれど、それは間違いなく俺の本心だった。最初にヒモになったのは成り行きだったが、怜に置いていかれたあとに、ヒモとして生きるのを決めたのは俺自身で、彼女たちに尽くしてきたのも自分自身だ。

 選ばれなかったことを、置いていかれたことを、寂しいとは思ったけれど、成功した彼女たちを恨んだことはなかった。彼女たちを支えるのは、俺がしたくてしてきたことだったからだ。

 だから、もしも彼女がしたくてしているのでないのならば、俺はそれをやめさせたいと思う。

 俺は人間は基本的に、したいことをして生きていくべきだと考えている。王太子殿下やアスティのように、使命を帯びて生きる人がいることは知っているし、それはそれで素晴らしい生き方だと思う。けれど、もしも彼らが使命感だけで、やりたくはないことを無理やりさせられているのなら、俺はやはり同じことを言うだろう。

 だってきっと、そんな生き方は苦しい。

「俺は君がヒロインとして生きていきたいのなら応援するし、逆にヒロインをもうやめたいと考えているのなら、やめられるように力を貸すよ。俺と前世や料理の話をすることで君の記憶が戻るかもしれないのならば、いくらでも付き合う」

 俺がそう言うと、ユリアナ嬢は泣きそうな顔をしてから、少し馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「料理の話はこれからもリュシアンとするから、あんたはお呼びじゃないのよ。——でも、あんたが私に協力すると言うのなら、前世の話をしてくれると言うのなら、それはもらってあげる。だって、私からアウスティスを取り上げるんだもの。その埋め合わせなら、当然よね?」

 それが、彼女の今できる、精一杯の強がりのようだった。

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