34話 親友で恋人という称号
「商会の件もあるし、また近いうちに会うべきだ。明日でもいい」
そう言って上機嫌のアスティが帰って行ったあと、次兄がものすごく緊張した顔つきで「侍従たちを下げて二人きりで話したようだが、いったい何があったんだ? 何かしでかしたのか?」と尋ねてきた。俺は「アスティとは、ちょっとした行き違いがあっただけで、仲直りしたから」という苦しい言い訳をすることになった。
さすがに、『アスティと恋人になりました』と打ち明ける勇気はない。調べてみたら、この国は同性婚に近い仕組み自体はあるようだったのだが、実際にそうして結ばれるケース自体は、そう多くはないようだった。
でも、これから先、俺が婿入り先を探すことは無くなるだろうという、漠然とした未来予測が立っている。責任を取れなんて、普通に聞いたらめちゃくちゃ他責っぽいけれど、あれは間違いなくアスティなりの告白だったからだ。
彼とお付き合いを始める以上、婿入り先を探すというのは不誠実なことになる。何か他の将来を考えなくては。これから始める商会が上手くいくと良いんだが。
夕飯を食べている時も、ベッドに横になった時も、未だに信じがたい気持ちだった。あの、アスティと俺が恋人になったとか……マジでか。でも、キスしてしまったしな。アスティと俺は、アスティ曰くの『俺としかしないことをする関係』とやらになってしまったのだ。
そこで、ユリアナ嬢の『今だって、許せないよ。だって、そこはヒロインの席なんだもの』という言葉が蘇ってきて、俺は浮かれていた気持ちが急に萎んだのを感じた。攻略対象たちと距離を保つと、彼らに近づく彼女の邪魔はしないと約束したのに、俺はアスティと恋人になってしまった。完全に約束違反だ。
でも、アスティはもう、絶対に引かないだろうということもわかっていて、俺自身も彼と距離を置くことはもう難しいと考えている。
筋を通すためには、一度会って、きちんと詫びなければならないだろう。許してはくれないかもしれないけれど、愚直に、何度でも謝るしかない。
「どうしても、ついてくるつもりか?」
俺は、アスティの顔を見ながら言った。翌日の朝、ユリアナ嬢に『会って話したいことがある』とハーヴィー男爵家へ言伝を頼んだ直後に、アスティが約束もなしに家にやってきて、俺がダブルブッキングに頭を悩ませていると、「お前の用について行く。僕の用事はその後で構わない」と言って居座ったのだった。
『攻略』に関わる話なので、ユリアナ嬢と二人で会って話したかったが、俺がユリアナ嬢と会うと言ったら「絶対について行く」と言って聞かなかったのだ。
「彼女から聞いた秘密に関わる話だから、お前にも聞かせられないんだけど……」
俺が言うと、アスティは眉間に皺を寄せる。
「お前は僕と言うものがありながら、僕以外の相手と秘密を持つのか?」
それは確かにそうなんだけど、なんかすごく誤解を招く言い方だなぁ。
「プライバシーに関わる問題だから」
そこはきっちりと言っておく。女性から打ち明けられた秘密は、最後まで守らなければならない。それは俺がヒモとして生きてきた際の、守るべきマナーであり、ルールだった。
結局、話は聞かないけれど見える距離にはいる、ということで決着した。ついてくること自体は止められなかったが、密談用の魔道具の範囲内には入らないと約束させることに成功したのだ。
少しして侍従が持ってきたユリアナ嬢からの返事は、午後のお茶の時間にまた、例のカフェの半個室で会うというものだった。今はまだ午前11時くらいなので、時間が余った。
料理人に、アスティの分も昼食を用意させるよう指示を出す。それでも時間が余るのでどうしようかと考えていると、アスティがこんなことを言い出した。
「お前の部屋が見てみたい」
「俺の? 別に普通だけど」
「……お前は、意外と鈍感だな」
「えっ、どういう……」
そこまで言って気がついた。二人きりになりたいと、そういう意味だ。
「あなたの部屋に行きたい」なんて、女の子が言ったら『そういう意味』に決まっているのに、アスティとのことになると俺はどうにも鈍い。思わず顔に熱が上がる。
「嫌か?」
「嫌じゃない……けど、急すぎない?」
昨日の今日で、俺はまだ恋人としての距離に慣れていないというのに、アスティのほうは完全にもう、そっち側にいるようだった。
これまでは俺が振り回してきたけれど、今は俺が振り回されている。自分で考えて割り切ると早いタイプか。
「嫌ならそう言え」
「嫌ではないんだけどさ……なんか、照れる」
壁際にいる侍女に聞こえないように囁き合う。アスティはまるで気にしていないのは、高位貴族らしく使用人のことを意識していないからだろうか。俺は、名前を知っているため、スザンヌが見てる……とか、いちいち考えてしまうのだが。
「お前が嫌がるようなことは何もしない」
「うん、そこは信頼しているんだけどね……。良いよ、行こう」
俺はそう言って立ち上がり、侍女には着いてこなくても良いと手振りをして、アスティを促し部屋を出た。
二階に上がり、自室に向かう。散らかってなかったよな? と少し思ってから、扉を開けた。
「どうぞ、そんなに広くないけど」
普通に正面の窓際に勉強机と本棚、反対の廊下側にベッドとナイトテーブルが置かれていて、左側の壁に作りつけのクローゼットがある部屋だ。うちのタウンハウスは、街中の商会の裏手に建っているため、そんなに広くはない。子爵家として恥ずかしくはない程度の屋敷だ。だから、侯爵家のアスティから見たら、きっと手狭に見えるだろう。そんなことを思う。
「……お前の匂いがするな」
嬉しそうに言われて、顔が熱くなる。匂いって……なんか生々しいんだけど。変な匂いじゃないといいなとか、気になってしまう。
「柑橘のコロンの香りかな。嫌いじゃないといいんだけど」
「お前の匂いは、好ましく感じる」
「……そう。アスティも良い香りするよね。ちょっと花みたいな……でも甘すぎないやつ」
「僕は、感情を安定させるために、魔導師団で開発された香水を使っている。お前の好みなら良かった」
どうしよう。椅子が勉強机の前の一脚しかない。でもベッドに並んで腰を下ろすというのは、あまりにもベタすぎるし……。
俺が悩んでいるうちに、アスティは勝手に、本棚の中身を興味深げに見たりしている。まったく緊張した様子がない。俺ばっかりドキドキしてないか?
「なんか……お前、楽しそうね」
「楽しいぞ。お前の領域に入っている。お前はこれを、誰かに許したことはないだろう?」
「まあ……確かに使用人を除けば、他人を入れるのは初めてだけど。——なあ、一晩考えたんだけどさ……。その、『俺としかしないことをする関係』って、親友じゃいけなかったわけ? 親友だって、特別ではあるだろう?」
俺が言うと、アスティは不思議そうに俺のことを見つめてくる。
「それなら、『親友』で『恋人』になれば良いだけのことだろう。僕が許す、お前だけの称号だ」
あまりにも当たり前のことを言うように言われて、俺は思わず笑ってしまう。なんという屁理屈! アスティ節が炸裂という感じだ。
「めちゃくちゃ欲張りじゃん」
「お前は僕の『特別』だからな。欲張りな僕は嫌か?」
「……嫌じゃなくて困る」
「好きなだけ困ればいい。これまではお前に振り回されていたのだから、今度は僕の番だろう」
意地の悪い笑みが最高に格好良くて、クラクラしてしまう。本当に、美形って得だな。なんでも、どこまでも許したくなってしまう。
いや……本当は、アスティだからこそ許してしまうのだ。俺だって、本当はそれくらいわかっている。
「お手柔らかに頼むよ」
俺が言うと、アスティは「お前次第だな」と言って微笑んだ。そうして、また、一瞬だけの触れるキスを寄越す。だから、その笑顔が! 破壊力ものすごいんですって!
前に、いつか笑顔も見てみたいと思っていたけれど、実際に見てみたらとんでもない破壊力だった。こんなの、俺以外に見せられたら困ってしまう。
そんなことを考えて、俺も結構独占欲が強いタイプだったのかって、自分に衝撃を受けた。




