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【BL】元ヒモの俺、攻略対象たちの親友になったら天才魔導士に選ばれました【本編完結】  作者: 肺魚


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31話 彼女には、ゲームの記憶しかなかった

 ユリアナ嬢から呼び出されて、俺は今、王都のちょっと洒落たカフェの、半個室にいる。攻略だとかの話をするわけなので、本当ならば人の耳のない個室が望ましいのだが、婚約者でもない異性と二人きりで密室などに入ったら社会的に死んでしまうため、半個室で手を打っているのだ。

 そのため、テーブルの上に半径一・五メートルの範囲の会話を外に漏れなくする、密談用の魔道具を購入して置いている。少し値は張ったが仕方がない。

 なにしろ、ユリアナ嬢の話には王太子殿下を始めとした側近たちの名前や、未来の話まで出てくるのだ。噂好きの人の耳に入ったりしたら、非常にヤバい。

 ユリアナ嬢の前には、紅茶と甘そうなチョコケーキ。俺の前にはコーヒーとブルーベリーのタルトが置かれ、給仕が立ち去ったところで、俺は密談用の魔道具のスイッチを入れて、彼女に話しかけた。

「何かあった?」

 呼び出された以上、何かあったのだろうと思ってそう声をかける。ユリアナ嬢は、こちらを見て口を開きかけ、それから目を伏せて紅茶のカップを手に取った。何か、話しづらいことなのだろうか。

「えーと、その後みんなとは、どう? その、攻略ってやつは、上手く行ってる?」

「……ローヴェルクから、魔道具の開発はこちらで進めておくから、治癒魔法の発動率の悪さを先にどうにかしたほうがいいと言われてしまったわ……あんたのほうが、発動率が高いって。ゲームでは、優しく励ましてくれたのに、なんか手厳しいんだけど、あんたが変なことしたせいなんじゃないの?」

「え……いや、王太子殿下は元々割と手厳しいことを言うタイプだよ? 俺もよく詰められてるし。でも、詰めるだけじゃなくてちゃんと改善案とか、こうしたほうが良いっていうことも提案してくれる感じ」

 俺が言うと、半信半疑っぽいジトッとした視線が返ってくる。

「レンドルフは、妹と仲良くしていたおかげで一緒に食事をする機会があって、彼の好物の辛口の料理を出してくれたけど、私が食べていたら「前に食堂で辛いものが出た時には好物と言っていたが、本当は辛いものがそれほど好きではないようだね?」って見破られてしまって……なんだか気まずい雰囲気になっちゃうし」

「え、好きでもないものを好きって言ったってこと?」

 俺が驚いて声を上げると、じろりと睨まれる。

「仕方ないでしょ? レンドルフに興味を持ってもらうのに必要だったんだから」

ユリアナ嬢はそう言って、チョコケーキにグサリとフォークを突き立てた。

「攻略って……なんか、大変なんだな」

 俺が半分感心、半分は苦笑気味に言うと、ユリアナ嬢は子供のように頬を膨らませる。可憐な美少女だから、そんな子供っぽい表情をしても可愛いのがすごい。

「ランディアスのところへの差し入れは続けているけど、最近はもう一人のライバル令嬢のクラリスがそばにいて、なんか仲良くて話しかけにくいのよ。婚約者だっていうのはゲームでもそうだったから知ってるけど、ゲームの中ではそんなに仲がいいシーンなんてなかったのに」

「ああ、婚約者いるって言ってたけど、それってクラリス嬢だったのか。まあ、クラリス嬢はエヴァンジェリン様のお気に入りだし、ランディアスは王太子殿下の側近候補だし、バランスは取れているよな」

「シェルバートに治癒魔法を習っているけど、最近は結構要求が厳しくなってきて、抑揚の付け方が悪いから発動率が安定しないんだって、叱られちゃった……。家でちゃんと復習しているかって。ゲームでは毒舌家なところもあるけど、優しく教えてくれるはずなのに。攻略で忙しくて、復習なんかしている時間も取れないし……本当に、なんであんなに治癒魔法の呪文って覚えづらいわけ!? やたら長いし、歌みたいな変な音階だし!」

「そうそう、治癒魔法の呪文って本当に覚えづらいよな。俺も、メモ読んでめちゃくちゃ練習したもん。前世でも英語苦手だったし、俺もまだたまにアンガス先生に抑揚が違うって言われてる」

 それには強く共感して頷く。ただでさえ聞き取りにくくて長くて覚えづらいのに、歌のような、詩のような抑揚まで完全に再現しないと発動しないので、俺もかなり手こずった記憶がある。

「アウスティスは、前回会った時に「また何か未来を『視た』ら、教えてくれ」って言っていたでしょう? 他の用事では会ってくれそうになかったから、本当はローヴェルクと私の大事なイベントだけど、二学期に起きる王太子襲撃事件の話をしに行ったの。ちゃんと話は聞いてくれて、「それが本当に起こるのなら、大変なことだ。貴重な未来視の情報を与えてくれて感謝する」って言ってくれたけど、それだけ。全然、私に興味持ってくれてない」

「王太子襲撃事件!? それって大変じゃん! まさか、王太子殿下も怪我をしたりするのか!?」

 俺が思わず大声を出すと、ユリアナ嬢はうるさそうに片耳を手で塞いだ。

「学園で不審者が襲ってくるけど、ヒロインが危ないところに気がついて、大声で知らせるから大丈夫なの! ランディアスとアウスティスが捕まえてくれるんだから、そんな大した事件じゃないわ」

「いや、王女と王太子が通っている学園にそんな不審者が入り込んだ時点で大事件だって。でも、アウスティスに知らせてくれたのなら、きっと大丈夫だよな。必要なイベントだったはずなのに、アウスティスに知らせてくれてありがとうな」

「……なんであんたがお礼言うのよ」

「王太子殿下も、友達……って言うのは少し不敬かもしれないけど、俺にとっては大事な人だからさ。やっぱり危険な目にはあって欲しくないよ」

 俺が言うと、ユリアナ嬢の顔がくしゃりと歪んだ。

「……なんで、あんたがそんなヒロインムーブするのよ」

 低く吐き捨て、俺を睨むように見つめてくる。

「ヒロイン、ムーブ?」

 聞き覚えのない言葉に、首を傾げる。

「まるでヒロインみたいなことばかり言ってるし、やってるじゃない! アウスティスの怪我の話の時も、そう! 治癒魔法ですぐに治るような傷だって言ってるのに、「それでも怪我はして欲しくない」だとか、今だって私にまでお礼なんか言って……。良い子ちゃんすぎるのよ、あんた!」

 ユリアナ嬢が激昂したように俺に言い募る。

「良い子ちゃん!? 俺が?」

 これまで言われたことのない言葉だ。前世では、なんと言ってもヒモだったわけだし。

 俺としては全力で女性たちの生活を支えていたから、プロのヒモであることに誇りはあったものの、真っ当に働く人たちから見たら、良い子なんて言われるわけがない。

「俺はただ、知ってる人や近しい人が危険な目に遭うのが嫌なだけの、ただの臆病者だ。それに、ヒロインは君だろう? みんなを救うんだって、そう言っていたじゃないか」

 俺が言うと、ユリアナ嬢は、片手で目元を覆った。少ししてから、指の隙間から俺を上目遣いに見て、意外なことを言ってきた。

「ねぇ、あんた……前世の記憶って、どれくらいある?」

「どれくらいって……小さな頃とかの昔のことはうろ覚えだけど、生まれて死ぬまでの二十九年の記憶はあるよ。もしかして……君は、違うのか?」

 俺の言葉を聞いて、ユリアナ嬢は泣きそうな顔をする。彼女がこの店に来てからずっと言いたいことがある様子で、でも言いづらそうにしていた、それが『これ』なんだと、自然とわかった。

「私は……女子大生だったこと以外、自分の名前すらよくわからない。もえ、だったか、もえみだったかも有耶無耶で……ゲームのこと以外、ほとんど覚えてないの。日本に住んでいたことはわかる。スマホとか、飛行機とか、そういうのは覚えてる。でも、自分自身の記憶がほとんどないの」

 前髪をくしゃりと掴んで、ユリアナ嬢が絞り出すように言う。俺はそれを聞いて、ショックを受けた。

 ユリアナ嬢に前世の記憶があるというのなら、きっと俺と同じように全部覚えているんだろうと、俺は決めつけていた。その上で、この世界が乙女ゲームだということも知っているのだとばっかり思っていた。けれど、違ったのだ。

「記憶が蘇ってから、ずっと私はヒロインなんだから、ヒロインをやらなくちゃって思ってた。それが正解なんだって。それなのに、途中から全然上手くいかなくなって……すごい不安で苦しかった。だって、私にはそれしかないんだもん。そうしたら、あんたが私の代わりに攻略対象たちに囲まれてて……だから、私はあんたが許せなかった。——今だって、許せないよ。だって、そこはヒロインの席なんだもの」

 刺すような強い視線には、裏腹に傷ついたような痛々しい光があった。俺は、ユリアナ嬢の気迫に飲まれたように、その視線を受け止めるしかできない。

 異世界に生まれ変わって、日本の記憶があるのに、自分の名前すらもあやふやだなんて、いったいどれくらいの孤独を感じただろう。自分が何者なのかもあやふやで、不安で、苦しいはずだ。それでいて、この世界が乙女ゲームの世界だという記憶だけはしっかりあるという。それでは、まるでゲームをクリアするためだけに転生させられたようではないか。

「そんなつもりはなかったけど、俺が君のゲームを台無しにしてしまったことについては、謝る。これからも邪魔はしないし、できる限りの手伝いはする。——だけど、君がもし、本当はこんなゲームをしたくないという気持ちになったら、その時はちゃんと言って欲しい」

「何? お優しい、良い子のエヴァリオ君が、私のことも助けてくれるとでも言うつもり?」

 俺の言葉に、ユリアナ嬢が皮肉げに唇を歪に吊り上げる。

「助けられるかはわからないけど……できる限りのことはするよ。誰かに助けを求めたって良い。君が、アウスティスに王太子殿下の襲撃事件のことを知らせたように、誰かに委ねたって良いんだ」

 俺がそう言うと、ユリアナ嬢は俺をひと睨みしてから黙って席を立ち、その場から立ち去った。

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