30話 攻略対象を返した俺に、残ったもの
一通りの攻略対象たちとユリアナ嬢の仲を取り持ったので、俺はあとは彼女の頑張りに任せて、邪魔をしないように振る舞おうと思った。もちろん、ユリアナ嬢から助けを求められれば、できる限り手を貸すつもりだが。
ただし、アウスティスが怪我をせずに済んだのかだけは気になったので、魔物狩りの週末が終わったあとに、彼女から顛末を聞くことにした。週明けに会った彼女は、「アウスティスは後方支援部隊に来なかったから、多分怪我はしなかったと思う」とだけ言うと、メリザンド嬢と観劇の予定があるから、と言ってすぐに立ち去った。
良かった。メリザンド嬢とは、レンドルフを攻略するためとは言いつつも、ちゃんと普通に仲良くしているんだな。
しかし、彼女の言う攻略対象たちとの交流をなくすと、途端に俺の交友関係が枯渇する。王太子殿下との魔道具の打ち合わせも、治癒魔法に適性のあるユリアナ嬢に譲る形で俺はフェードアウトしたし、他のメンバーに対しても同じように、それとなく忙しいそぶりで避けるようにしているのだが、そうなると予定がほぼなくなる。
何もしないのも手持ち無沙汰なので、俺は次兄に頼んで少し、家の商会の手伝いをすることにした。アウスティスとの商会を作ることになる可能性が高いのだから、少しくらい現場を知っておいたほうがいいと思ってのことだ。俺が開発したポテトチップスと、それを摘むトングの売れ行きも気になるしな。
そんなわけで、それなりに身綺麗な服装をして、俺は店頭に立っている。ただし、商品知識とかは次兄や元からいる従業員に到底及ばないので、売り場の案内とか、ドアの開け閉めとか、商品の追加や棚の整理など、そんな簡単な作業がメインだ。
「え、あなた、エヴァリオなの……? あの、チビで人見知りでダサかった?」
ベルの音と共に入ってきた令嬢を笑顔で出迎えたら、途端にそんなことを言われた。見ると、領地で子供の頃、会ったことのある令嬢だった。確か……。
「お久しぶりです。ようこそおいで下さいました、メイベル・フォルスタン子爵令嬢」
俺は、軽く一礼する。淡いグリーンの髪に、茶色の瞳。髪の毛をツインテールに結んでいるのは子供の頃から変わらない。
覚えているぞ、よく「チビ」と馬鹿にされ、おやつを取り上げられていた。前髪で目元を隠していた僕にはそんな恨みはあるが、今はお客様だ。親しみを込めたものではなく、礼儀正しい笑顔をキープする。
「嫌だ、そんな他人行儀に呼ばないで、メイって呼んでよ。何よ、一丁前に垢抜けちゃって。こんなふうに格好良くなるんだったら、もっと早くから声をかけておけば良かった」
うーん。打算をまったく隠すつもりがないらしい。確か、歳は一つ上だったはずだ。学年が違うから、学園でこれまで会わなかったのか?
「せっかくだから、あなたに接客してもらおうかしら?」
シナを作って言い寄られるが、俺にはまだ商品知識が足りなくてそんなことはできない。笑顔で奥にいる次兄を呼ぶ。彼女の顔を見た瞬間、次兄は少し表情を変え、それからことさら丁寧に俺から引き離して行った。
次兄も、俺が子供の頃に彼女にいじめられていたのは知っていたようだ。俺はホッと息を吐いた。
彼女の目線が突き刺さるので、裏に下がる。裏では納品されてきた箱から、リストを確認しながら商品を取り出す作業がある。
「この箱、開けていいやつ?」
いくつかの積まれた木箱を指し示して、裏にいた従業員に確認すると、「私がやります」と慌てたように言われたので、ゆるく首を振る。次兄からは、店頭に出るからには一番下っ端のつもりで働けと言われているのだが、従業員からすると俺は雇い主の息子だ。慣れるまではこういう扱いになるのも仕方ない。
俺が引き下がらないのを理解したのか、従業員が「それなら、これを」と言って、リストを渡してきた。俺はそれを「ありがとう」と言って受け取ると、箱を開けて中の荷を取り出し始めた。
手を動かしながら、さっきのメイベルのことを思い出す。メイベルが言うように、入学式でプロのヒモの東野圭悟だった時の記憶を取り戻す前のエヴァリオは、確かに地味で人見知りでダサい少年だった。
人の目を見て話すことも、目を見られることも苦手で、人が怖くて、長い前髪で目を隠して、いつも俯いていた。本を読むのだけが楽しみな、内気で引っ込み思案な子供だった。本で読んだ友情に憧れて、でも現実には友達の一人もいない寂しいやつだった。
だから、記憶が蘇った時は、いきなり知らない世界に転生したという困惑よりは、これで自分を変えられる! という、ドキドキする予感のようなものが体を満たした。俺は、完全に東野圭悟になったわけではない。東野圭悟の記憶を持つ、この世界で十六年生きてきたエヴァリオに生まれ変わったのだ。
それからは、俺はこれまでのように怯まないと、決めて行動してきた。少しの怖さを隠しながら、欲しいものは欲しいと、そう言えるように自由に振る舞った。
アウスティスに話しかけたのだって、そうだ。婿入りという目的のために、魔法の天才の力を借りたいと思ったのは事実だが、それだけでなく俺、いや僕は本の中のものではない、本物の友達が欲しかった。
打算と、少しの欲。俺もきっと、さっきのメイベルと本質は変わらない。すごい友達が欲しかった。誰かに自慢できるような、キラキラとした特別が。
「そうしたら、本当にすごいやつだったんだよな……」
俺は、手を止めてそう呟く。だって、彼は、彼らはゲームのヒーローなんだと彼女が言った。俺のようなモブとは違う、選んで、選ばれる、特別な存在。
だから、相応しい相手が現れたのなら、俺は身を引かなくてはならない。ヒーローに相応しいのは、きっとヒロインなんだろう。
乙女ゲームというものには詳しくないが、彼女の話を聞く限り、ヒーローたちの孤独や傷を、ヒロインが癒して幸せにするゲームらしいのだ。彼女に任せたほうが彼らが幸せになるのだと言われたら、俺は黙って引き下がるしかない。
幸せに、したいし、なって欲しいのだ。もう、彼らのことは俺の中でとっくに特別になっている。特に、最初の友達のアウスティスは本当の特別だ。
言葉選びがおかしくて、いつも不機嫌そうな顔をしているけれど本当に機嫌が悪いわけではなくて、案外素直でわかりやすくて、躊躇わずに目を真っ直ぐに覗き込んでくる。手入れのしがいのある紫の長い髪と、感情が揺れると赤みを帯びて、目の覚めるような紫色になる瞳の、大事な友達。
本当はいつまでだって仲良くしたい。会いたいし、話したいし、触れるのも触れられるのも嫌じゃない。
でも、ヒロインに愛されることが、癒されることが幸せなのだと言われたら、俺は黙って身を引く。それくらい大事で、幸せになって欲しい。
でも、やっぱり少し寂しいな。
俺は、この世界でもやっぱり置いていかれる側なのか。




