28話 攻略対象を返すために
『返して』と言われたものの、時間を戻す魔法が存在しない以上、俺がやってしまったことがなくなるわけではない。ユリアナ嬢の話だと、俺はシナリオのかなりの部分を改悪してしまっているとのことだった。そうなると、俺にできることは限られている。
彼女を、その攻略対象と会う時に同行させて、接点を作る。それ以外では、彼女の邪魔にならないように、彼らと会うのを避ける。これくらいしか、思いつかなかった。
魔道具の件で、王太子殿下から王宮へ呼び出された時にも、俺はユリアナ嬢を同行させた。
「なぜ、彼女を?」
王太子殿下が、俺を厳しい目で見てくる。
「勝手に連れてきたのはすみません。ですが、彼女も治癒魔法の使い手です。それも、俺のように適性がないわけではなく、むしろ強い適性がある。だから、この魔道具研究の役に立つはずです」
「私にできることなら、何でもいたします。どうか、お手伝いさせてください」
二人で頭を下げる。王太子殿下は少し観察するように俺たちを見て、やがてため息をついた。
「そういうことなら、エヴァリオの責任で彼女を受け入れよう。——よろしく、ハーヴィー嬢」
リュシアンとの料理研究の場にも、ユリアナ嬢を同行させる。
「おや……あなたはハーヴィー嬢ではないですか」
「委員会では、いつもお世話になっております」
「そう言えば、リュシアンとは同じクラスだったっけ」
俺が言うと、リュシアンもユリアナ嬢も頷く。じゃあ、彼との接点はちゃんとあるんだな。俺は、壊れていないものもあったと知って、少し安心した。
「そうだね。エヴァリオはいつの間に彼女と知り合ったんだい?」
「アンガス先生から彼女が治癒魔法を習っていると聞いて、俺が声をかけたんだ。彼女は適性があるんだって聞いたから」
「なるほどね。そこが共通点か。でも、どうして今日の集まりに?」
「彼女も料理をやるらしくて、話したら興味を持ったそうだったから。勝手に連れてきたのは悪かった」
「勝手にお邪魔してすみません」
ユリアナ嬢が頭を下げる。それを見て、リュシアンはいつもの人のいい笑顔を浮かべた。
「そういうことなら、良いよ。一緒に研究しよう」
ランディアスとは筋トレ仲間だけれど、夏休みに会う予定は本来なかった。けれど、ユリアナ嬢が夏休みもランディアスは学園の裏庭で鍛錬をしているというので、彼女が差し入れを持っていくのについて行くことになった。
「やあ、エヴァリオ……と、君は……。何度か、ここで話したね。リュシアンとクラスメイトのハーヴィー嬢だった、かな? 珍しい組み合わせだね」
「たまたま、そこで会って」
俺は怪しまれないように、いつもの走り込みの格好をしている。
「知り合いだったのかい?」
訊かれたので、リュシアンにしたのと同じように説明する。
「そう、治癒魔法を使う同士ということか」
俺の説明に、納得した様子で頷く。
「あの、これ……リュシアン様とエヴァリオ様と三人で、鍛錬中の水分補給に良い飲み物を開発したんです。よろしければ、お試しいただけませんか?」
少し緊張した様子でユリアナ嬢が言う。
「砂糖と塩だけだと美味しくないから、疲労回復のためと飲みやすくなるように、柑橘の果汁とハーブを合わせてみたんだ」
俺が続けてそう言うと、ランディアスは、俺と彼女を交互に見て、それから微笑みを浮かべて差し出された容器を受け取った。
「そういうことなら、試させてもらおう」
「おや、二人揃って来るなんて、いったいどういう風の吹き回しかな?」
裏庭でランディアスと会った帰りに、保健室を覗いてみると、アンガス先生がいた。ユリアナ嬢の言う通り、夏休み中でも顔を出しているらしい。
「あの、これ、いつも授業で教わっているお礼に」
ユリアナ嬢がフレーバーティーの入った缶を差し出す。俺も入学式の時に棚に並んでいたフレーバーティーを見て、好きなんじゃないかとは推測していたが、アンガス先生の好物だという公式設定がちゃんとあるらしい。
「君のことは学園から頼まれて正式に受けた仕事だからね。こんな気を遣わなくても良いのに」
「でも、受け取って欲しくて」
「そういうことなら貰っておこう。——で、君はないの? 治癒魔法を教わる代わりに、君の家が作っているフレーバーティーをくれるという約束だったよね?」
「今日はフレーバーティーではなくて、家の商会から新製品の柑橘の皮と果汁で香りをつけたお酒を持ってきました。フレーバーティーは、ユリアナ嬢が持って行くと聞いていたので」
「……ふーん? 僕、君に香りのついたお酒が好きだなんて、言ったことあったっけ?」
「あ、お好きだったんですか? それなら良かった」
俺がホッとして笑うと、横から軽い肘打ちが入る。横目で見ると、ユリアナ嬢が睨みつけていた。
いけない。うっかり仲良くしてしまった。返すと言ったのに。
レンドルフとは、妹の傷を隠す化粧を教えるという理由で会っていた。そこにさらに、王太子殿下から言われたアスティとの商会のための経営者を紹介してもらうという話が出ていた。どちらの理由も、ユリアナ嬢を連れて行きにくい。
「レンドルフは、夏休みの間家業の商会の店頭に立つから、そこに会いにいけば良いわ。学園でもお昼を一緒に食べる程度には顔見知りだから、あとはあなたが私を紹介してくれればそれで充分よ」
そう言えば、食堂で毎日レンドルフを囲んでいる女生徒たちの中に、ユリアナ嬢も混じっていた。
「妹と仲良くなりたいって言えば、妹想いのレンドルフならきっと親密度が上がるはず。傷が見えなくなって髪型も変えて、明るくはなったけれど、まだ友人はそんなにいないみたいだから」
「メリザンド嬢とは、本当にちゃんと仲良くして欲しいんだけど……」
「言われなくてもわかっているわよ! 元々、妹とは仲良くなる予定だったんだから、これでようやく元のルートに戻るだけよ」
「そういうことなら……」
店頭に立っていたレンドルフに、治癒魔法仲間だと言ってユリアナ嬢を紹介する。彼女は笑顔でレンドルフに挨拶し、それからメリザンド嬢と仲良くなりたいのだとはにかんで告げた。
レンドルフは、少し俺の顔を見て考え込む。俺は、ここでメリザンド嬢の傷の話をするわけにもいかなくて、当初の目的だった商会の経営者を紹介して欲しいという要件を告げた。
「そういうことなら、奥で少し話そう。ユリアナ嬢は、良かったらこのあと家を訪ねてくれ。妹の話し相手になってくれたら嬉しいよ。きっと、僕がいなくて退屈しているだろうからね」
夏休み前に招待されていたエヴァンジェリン様の屋敷でのお茶会にユリアナ嬢を伴って行くと、執事に案内されて広い応接室に入った瞬間、ちょっとしたどよめきが起きた。
「初めまして、ナーシアス公爵令嬢。私、ハーヴィー男爵家の長女、ユリアナと申します」
ピンク色の髪色によく合う、淡い水色のデイドレスを着たユリアナ嬢が、カーテシーをする。それに、ゆるい天然の縦ロールの黒髪赤目のエヴァンジェリン様が、鷹揚に微笑んで応じた。
「ユリアナ・ハーヴィー男爵令嬢。ちゃんとお会いするのは初めてね。ナーシアス公爵家のエヴァンジェリン・ナーシアスよ。エヴァリオが連れてきたいと言うから招待したけれど、私、あなたにお話ししておかなければならないことがありますの」
そう言うと、さっとユリアナ嬢のまとっているドレスと、俺の髪に目を走らせる。
いや、待って。何か誤解してない? ユリアナ嬢としては、単に自分によく似合う色のドレスを着ただけで、俺の色をまとっているというつもりはまったくないはずだ。ちょっと不穏な雰囲気。
「なんでしょう?」
少し緊張した様子でユリアナ嬢が尋ねる。
「婿入り先になる予定の婚約者なら仕方がないけれど、そうでないのならエヴァリオを独占するのは避けてくださると嬉しいわ。彼は、サロンのみんなのものなの」
「エヴァンジェリン様! 突然、いったい何を言っているんです!?」
「このサロンの大事なルールよ?」
俺が思わず声を上げると、エヴァンジェリン様は真面目な顔をしてそう言った。




