27話 選ばれなかった男
夢を見ていた。海外赴任した長山怜の。アイドルとしてブレイクした渡辺由梨の。地元へ戻って行った由良ちえみの。嫁いで行った沼田美梨の。起業した甘原めいの。作家として生きていくと決めた村沢結衣の。
最後に俺が轢かれて死に別れた歌手志望のネット配信者、水木さやか以外の彼女は、みんな成功して俺から『卒業』していった。みんな笑顔で俺に感謝をして、でもその先の未来に俺を連れていってはくれなかった。
今やすっかり人気アイドルの渡辺由梨のツブヤイターアカウントに、時々現れる過去の恩人Kというのが俺、東野圭悟だということは、その書かれたエピソードから充分わかることだった。ぱっと見は、男ではなく女性のように書かれているのは、人気商売だからこそのリスクマネンジメントなんだろう。
エピソードの大半が料理や美容のことだから、余計に女性友達の話をしているように見える。そんなに感謝してくれているなら、連れていってくれれば良かったのに。そう思ったことが、ないではない。
「このまま、売れっ子作家になっちゃったりしてね」
村沢結衣が作家としてデビューした直後、俺とこんな話をした。在宅勤務が増えた時期があり、余暇が増えて、そこでたまたま思いついた話があって、書いてみたらスルスルと書けてしまったと言う。
それを読まされた俺は、彼女が書き進めるたびに「面白いよ、これ。続きは? この先どうなるの?」と、そう褒めて励ました。最後まで書き上がった時には「これちゃんと面白いから、どこか出版社にでも送ってみたら?」と言った。そんな一言で生まれたチャンスを、彼女は見事に掴んでみせた。
最初は、OLとの兼業だった。編集の人にも、仕事はやめないほうが良いと言われたと、そう話していた。二作目を書き、三作目に取り掛かる頃には、相談相手は俺ではなく、担当についた編集者になっていた。
素人の俺に読ませるより、プロの編集が見たほうが良いに決まっている。俺は、ただ彼女の生活を支えるマネージメントに専念した。
そして、ある夜に酒を飲みながら、彼女は俺に言った。
「圭悟は、寄り添って支えてはくれるけど、引っ張ってはくれないんだよね」
俺はなぜだか、その言葉が胸に突き刺さった。俺はずっと彼女たちの生活を支えて、仕事以外のすべての煩わしいことを解決することで、彼女たちのサポートをしてきた。
寂しいと言われれば抱きしめ、求められた時だけ体を使って愛した。養われる代償に、できる範囲のことは何でもやった。けれど、それでは選ばれないのだと、この時初めて突きつけられた気がする。
彼女が仕事を辞めて専業作家になり、俺から『卒業』していったのは、それから一ヶ月後だった。俺は、彼女が仕事を辞めることを相談されることはなかった。
俺には、何か決定的に欠けているものがあるのではないか。だから、みんな俺を選んではくれなかったのではないか。最後に、置いて行かれたのではないか。
そんなことを思った。
そして、最後の彼女、水木さやか。ネット配信で歌い手として活動していた彼女との付き合いでは、今度こそ失敗しないと心に決めていた。俺はその時もう二十九歳で、そろそろ結婚をするのなら滑り込みの年齢だった。
だから、これまで以上に彼女を大事に扱った。これまでのように生活を支えるだけでなく、ネットの配信に使うカメラなどの機材のことも勉強したし、画像の編集なども手伝った。
今度こそ、連れていってもらうために。選んでもらえるように。
けれど、答え合わせはもう永遠にできない。俺は彼女との買い物帰りに、車に轢かれて死んでしまったからだ。
だから俺は、どこかで自分のことを少し疑っている。俺はみんなを幸せにしてきたと思っているけど、プロのヒモとしての誇りはあるけれど、本当に誰かを幸せにできるような男なのだろうかって。
本当はどこか欠けていて、幸せにできないような男で、だから最後に選ばれないのではないか。そんな疑いをどこかで持っていた。
生まれ変わって、記憶が蘇ってからの俺は、改めてこの特技を生かして人の役に立とうと思った。十六年間、友達のいなかった人見知りの僕の記憶を抱えたまま、誰かに必要とされたいと、選ばれたいと思って、その時できることは何でもやってみようと考えて、デビュー初日からアスティに突撃したし、他の人たちとも付き合ってきた。
けれども、そのせいで『世界』が壊れたと泣いた少女がいた。俺が楽しく学園生活を送ったその陰で、幸福な未来を壊されたと苦しんでいる少女がいた。
それは、俺の罪悪感を刺激するのが当然の出来事で、俺は彼女に償わなければならないと思った。
「返して、助けて」と泣きながら告げた彼女に、俺が壊したという未来を返してあげなければならない。俺はそう思った。
久しぶりに、前世の夢をばっちり見た。入学式から四ヶ月半。今日はもう期末試験も終わり、明日からは夏休みが始まる。
あの日、ユリアナ嬢に手を貸すと約束した俺は、それから彼女に呼び出されるようになった。まずは、俺が過去どれだけ勝手に振る舞ってゲームの進行を台無しにしたのかを、じっくりと聞き出された。
王太子に言った治癒魔法を溜めておく魔道具の話や、アスティからの魔力譲渡の話になった時には、激しく罵られた。どちらもヒロインである彼女が攻略対象と絆を深めるための、大事なイベントだったらしい。レンドルフの妹のメリザンド嬢の傷を化粧で見えなくする方法を生み出した件も、彼女を盛大に苛立たせた。本来は人気者のレンドルフが過保護に構う地味な妹が、レンドルフを狙う令嬢たちから嫌味を言われたりするところを、ヒロインの彼女が庇ってやってレンドルフとの仲を深めるはずだったそうだ。
つくづく、俺の行動が彼女の大事な『ゲーム』の進行を壊してきたのだと、思い知らされる。やってしまったことは取り返せないが、代わりにできることなら何でもして挽回しなくてはならない。彼女の話だと、それでなければ攻略対象たちが、本当の意味で救われることはないのだと言うのだから。
ヒロインというだけあって美少女のユリアナ嬢と行動を共にすると、とんでもなく目立つ。俺としては、周囲に誤解されないよう、なるべく人の目に触れないように、と思うけれど、彼女はあまり周囲の目を気にせず俺を呼び出す。
攻略対象以外の人たちの目を、それほど意識していないように見えた。王太子殿下たち攻略対象を呼び捨ての名前で呼ぶところも含めて、貴族令嬢としては少し危ういな、と思う。
「あなた、あのユリアナ・ハーヴィー男爵令嬢と最近親しいようだけれど、彼女は婿入り先にはならないとご存知なのかしら?」
エヴァンジェリン様に呼び出されて、俺はいつものサロンにいた。さすがに呼ばれていないユリアナ嬢を連れてくるわけにもいかず、俺一人だ。この件も、「ライバル令嬢とまで仲良くしているなんて! 美容部員ってどういうことよ!?」と叱られた。
「ちょっと縁がありまして……親しくしているというか、相談に乗っているというか」
「彼女が、前に話していた、ローヴェルク殿下とやけにニアミスする令嬢なのだけれど、それは知らなかったというのね」
「あ、例の話の相手って、ユリアナ嬢のことだったんですか!」
そう言えば、タイミングが良すぎると王太子殿下が情報漏洩を疑っているという話を、前にエヴァンジェリン様から聞いていた。その時はそんな迷惑なことをしている令嬢がいるのかと思っただけだが、彼女の話を聞いてみると、彼女なりにゲーム通りに攻略を進めようと必死だったことがわかる。
どうしたら、誤解が解けるかな。いや、実際に攻略しようとはしているのだから、作為のようなものがないわけではないんだけれど。
「話を聞いている限りでは、本当にただの偶然のようでしたが……」
俺がさりげなく庇うようなことを言うと、エヴァンジェリン様は俺を観察するようにじっと見つめた。真っ直ぐに目を見てくるところが、アスティに似ている。
「……彼女の見た目に籠絡されている、というわけではないようね」
思ってもいないことを言われて、俺は慌てて首を振る。
彼女が選びたいのは、選ばれたいのは、俺ではなくて王太子殿下や、アスティや、ランディアスや、リュシアンや、レンドルフ、アンガス先生たちだ。俺は彼女にとって、邪魔なモブに過ぎないと、そうはっきり言われている。
そうでなくても自分が男として見られているのかくらいは、元ヒモの俺にはすぐわかることだった。
「あの、彼女、本当はエヴァンジェリン様とも仲良くしたいようなんですが」
「このサロンに参加したいということ?」
「そう、なのかな……」
彼女の話では、最初はマナーのこととか、王太子殿下に近づいたこととかを注意されて、でも切磋琢磨していくうちにそれはやがて、互いを高め合うような友情に発展していくんだとか、何とか。
そう言えば、すごく今さらだけどユリアナ嬢の『本命』って誰なんだろう? 彼女の話を聞く限りだと、限りなく六股に近い状況になるような気がするのだが。




