25話 転生者からの手紙
「あれ?」
朝、教室に入って、鞄から机の中に今日使う教科書を移し替えようとしたら、机の中に封筒が入っていることに気がついた。
取り出してみると、白いシンプルな封筒に『レイジントン子爵令息様』と、女の子特有の丸っこい文字で宛名が書いてある。さらに『一人で読んでください』と書かれていた。裏返すと、そこには『ユリアナ・ハーヴィー』という名前が記されている。
誰だろう? 知らない名だな。
「おはよう、エヴァリオ。どうした? ラブレターか?」
ビームのおかげで仲良くなった、前の席のワルターが、からかうような口調で囃し立ててくる。俺は封筒を鞄の中にしまって、「多分、何か相談事じゃないかな」と答えるに留めた。
何となく、後ろめたい気持ちでアスティのほうを見る。アスティは、一限目の授業の数学の教科書を、机から取り出しているところだった。
見られていなかったことに、少しホッとする。それから、何でそんなことを気にしているのかと、我に返った。
休み時間にトイレの個室にこもって封筒を開ける。
学園の中で一人になれる場所なんて、ここくらいしかないのだから、仕方がない。家に持ち帰ってからでも良かったのかもしれないが、何か相談事だとしたら、早めに読んであげたほうが良いだろうと思ったのだった。
行儀が悪いけれど、封筒を手で切って開く。中からこれまた白い、女子にしてはシンプルで飾り気のない、几帳面に畳まれた便箋が出てきた。開く。
「えっ……!?」
俺は、思わず息を呑んだ。
『この文字が読めるということは、あなたも転生者なんでしょう? みんなにバラされたくないのなら、放課後に同封した地図に描いてある場所へ、一人で来なさい』
そこに書いてあるのは、この十六年間で慣れ親しんだコンダルフィ語ではない。間違いなく日本語だった。
気がついたらチャイムが鳴っていた。俺は手紙をポケットにしまい、個室を慌てて出る。短い手紙だったのに、目がずっと文字列を繰り返し追ってしまって、知らないうちに休み時間が終わっていた。
急いで教室に戻ると、すぐに次の授業の教師が教室に入ってくる。机から歴史の教科書とノートを取り出して開いたけれど、頭に浮かぶのはさっきの手紙のことばかりだった。
そのあとの休み時間に、いつものようにアスティの髪を梳かして編み直してやる時も、昼食の時も、どことなく上の空な気持ちだった。アスティが時々、問うような視線を投げかけてきていることには気がついていたが、気持ちが手紙のことにばかりに飛んでいってしまうのを、抑えきれない。
もちろん、手紙のことを誰かになんて話す気にはなれなかった。前世の話なんて、誰かに話したら正気ではないと思われるに決まっている。手紙の主は、俺に前世があることをバラすことが脅しになると思っているようだが、現実にそんなことを言い出したら、間違いなく頭がおかしくなったと思われるはずだ。
だから、あれは本来ならば脅しにはなり得ないはずなのだけれど……どうやら手紙の主は、そうは思っていないようだった。
でも、少なくとも相手は俺と同じ、元日本人で、この世界に転生してきたのは間違いない。俺にとって、初めての『前世仲間』ということになる。興味を惹かれないはずがなかった。
その彼女が、どうして俺を転生者だと気がついたのかも気になった。俺は、確かにビームなどという大ブームを起こした魔法を思いついて、学園内に流行らせてしまったが、それ以外は見た目も地味で成績も普通の、ごくごく平凡な男子生徒のはずだ。
それなのに、彼女は話したこともない俺が転生者だと気がついたから、あんな手紙を寄越したのだ。何かきっと、彼女にそう確信させるようなミスを、俺がしたのだろう。これからのためにも、それは知っておきたい。
そして単純に、同じ日本から転生した仲間と、前世の世界の話をしてみたいという気持ちもあった。
「お前……」
昼食からの帰り道、アスティが確認するように俺の目を覗き込んで、話しかけてくる。
相変わらずアスティが通ると、周りの生徒たちが避けて道ができる。けれど、アスティはそれを気にはしていないようだし、ビームが流行ってからは、どことなく生徒たちからの視線が、畏怖よりも「すげえ!」と一目置いているように変化していたので、俺も気にしないことにしている。
「何か、僕に言うことはないのか?」
「……特にないな」
「僕が何かしたか?」
「何もしてないよ。どうして?」
俺が答えると、アスティはもどかしげに唇を噛む。いかん。手紙のことが気になって、アスティといるのに気がそぞろになっていた。
俺は手紙のことは放課後までひとまず横に置いておくことにして、アスティに向き直った。アスティが俺の目を探るように覗き込んでくる。ちょっと見つめ合うみたいで照れ臭いが、俺はそれを甘んじて受け止めた。
しばらく確認するように俺の目を覗き込んで、俺がちゃんと向き合っていることを知って満足したのか、小さく頷いて視線を外してくれる。
「それなら、いい」
そう言って、アスティは再び食堂から教室に向かって歩き出した。俺も並んで歩く。
今日の放課後は、例によってアスティは魔導師団に呼ばれている日だ。今日は俺も予定はなく、走り込みをするつもりだった。だから、急に王太子殿下やエヴァンジェリン様からの呼び出しでもない限りは、手紙の呼び出しに行けるはずだ。
放課後、アスティが教室を出る前に俺のところへ来ると、また俺の顔をじっと見つめてきた。
「急がなくても平気なの?」
俺が訊くと、少し機嫌を損ねたみたいに眉を寄せる。
「急ぐが、少し気になった」
「俺が?」
「ああ。少し変だ、お前」
「変って……」
手紙のことが一瞬脳裏をよぎるが、これはアスティにも言えないことだ。俺は、ただアスティの気が済むように視線を合わせてやった。
「明日から、試験だね」
俺が言うと、アスティが頷く。そうして少し経ってから、ようやく気が済んだ様子で視線を外し、俺の全身をジロジロ見てから「では、明日」と言って教室を出て行った。
「また明日」
俺も、その背中に揺れる長い三つ編みを見ながら、声をかける。その姿が、廊下に消えていくのを見送ってから、俺はようやく息を吐いた。ポケットから封筒を出し、中から手紙と一緒に入っていた地図を取り出す。
手描きらしい地図には、学内の校舎などが簡単に描かれていて、その隅の方に大きく赤い丸で囲まれている場所があった。俺は行ったことのない、校庭の奥のほうみたいだ。確か、温室とかがあると聞いたような気がするが、そことも違うようだ。
「行ってみるしかないか」
俺はそう呟き、人の少なくなった教室を出た。
校庭の隅を通り、地図の位置である奥のほうへ向かう。少し遠くに、温室らしいガラス張りの建物が見えた。
そこまで足を運ぶと、行き先に小さな東屋があるのに気がつく。地図が指し示しているのは、どうやらあの東屋のようだった。地図で教えられなければ、わからないような場所だ。
完全な密室ではないようで、俺は少しホッとした。婚約者でもないのに女生徒と密室で会うのはまずいという程度の常識は、俺にだってある。
東屋に近づく。中には、目立つピンク色の髪をした、女子にしては短い肩口までのボブカットの女生徒が座っているのが見えた。
あの髪色は——間違いない。入学式の朝に、僕にぶつかってきた女生徒だ。手紙の差出人のユリアナ・ハーヴィーって、彼女のことだったのか。
「えーと、ユリアナ嬢?」
俺が声をかけると、ユリアナ嬢は音がするような大きな動きで、バッとこちらを見上げた。髪だけでなく、瞳の色も綺麗なピンク色だ。ずいぶんと可愛らしい見た目をした、小柄で華奢な、エヴァンジェリン様とは逆の方向性の美少女だった。
「……ここに来たということは、やっぱりあんたも転生者だったのね」
彼女は、開口一番にそう言うと、その可愛らしい顔を歪ませて、俺のことをきつく睨みつけてきた。




