24話 ただの思いつきだったのに
帰ってから次兄に相談すると、次兄は「侯爵令息と商会?」と、まずビックリし、直後に「お前、グローガー侯爵令息に、魔法の開発なんてことをさせていたのか?」と、青い顔で訊いてきた。
俺は、出会ってからこれまでの下りを説明する。俺が婿入り先を探すために便利な魔法を開発したくてアスティに声をかけたという話を聞いて、次兄は両手で顔を覆って上を向いて、しばらく固まってしまった。
「お前は、なんという失礼な真似を……せめて、そんな下心はあったとしても取り繕わんか」
「それはフェアーじゃないでしょう? ちゃんと正直に話した上で、付き合っても良いって判断して欲しかったから、俺は」
「本当に、無理やり魔法を作らせたわけではないんだな?」
次兄が真面目な顔で確認してくるので、俺は頷いた。
アスティは少し押しに弱いところはあるが、本当に嫌なことは嫌だとはっきり言うタイプだ。だから、積極的なイエスではない『嫌ではない』という言葉を了承の意味にとらえてはいるものの、無理強いはしたことはない。
「……それなら、良いけれど。エーヴ、俺は正直、このままだと心臓が持たないよ。学園に通う弟が侯爵家の令息と、王太子殿下の肝入りの商会設立なんて」
「俺だって、王太子殿下に言われるまでは、こんなふうに大袈裟な話になるとは思ってなかったよ。どれも、ちょっとした思いつきだったんだから」
「その思いつきが——。そうだ、お前、この前のポテトチップスとかいう食べ物の件だが」
「ポテチがどうかした?」
あれは、量産というほどではないが、試験的に家の商会でシンプルな塩味のものを袋に詰めて、新しい、塩気のあるお菓子として売り出していたはずだ。
「そのポテトチップス自体は問題ではないんだが、それを食べるために小さなトングを作らせただろう?」
「うん、平民ならともかく、貴族にあんな油の付くものを手で摘んで食べさせるわけにはいかないからね」
前世でも、手を汚したくない女性はよく箸で摘んでいた。でもこの世界には箸はないし、作ったとしても使い方を覚えるのが大変だろうと思って、代わりに小さなトングで摘むことを思いついたのだった。
「ポテトチップスを少し店頭に置いてみて、そのついでにあのトングも売ってみたわけだが、思いがけずトングを求めてきたお客さんが多くて……どうやら、小さな子供が初めて使うカトラリーにちょうどいいとのことで、口コミで人気になっているようなんだ」
「小さな子供用のカトラリー?」
「フォークのように刺さなくても挟むだけで良いし、尖った先があるフォークより安全だと。ポテトチップスと一緒に買って持ち帰ったお客様が、試しに子供に使わせてみたら、ちょうど良かったらしいんだな」
完全に想定外の使い道だ。でも、箸のようにものを摘んで持ち上げられるって、確かに割と便利かもしれない。
「せっかくだからポテトチップスと一緒に、あれも特許を取ろうと思う。もちろん、お前の名前で。ただ、その場合もできれば今後も、うちの商会で扱えるようにしてほしいんだが」
ここでも特許か。単なる思いつきが、俺の知らないところでなんだかどんどん大事になっている。
「あれは俺が思いついたけど、うちの料理人や商会に開発を頼んで作らせたものだから、レイジントン子爵家の名前で売ってもらって構わないよ」
俺がそう言うと、次兄はホッとした顔をした。
次兄からは結局、もしも本当に商会を作るのなら、一度領地の両親に話をしないといけないと言われた。言われてみれば確かにそうだ。次兄は王都での俺の保護者で、家業の一環として王都の商会を任せられてはいるものの、家の最終的な決定権は持っていない。
次兄が近いうちに領地にいる父親へ手紙を出すと言うので、説明は任せることにした。アスティには両親から許しが出るまで、商会の件は待ってもらうことになる。
特許のほうは、早めに手続きを開始したほうがいいと言う王太子殿下の勧めもあって、アスティが進めておいてくれると言っていた。
そんなわけで、商会のことは少し先送りになった。王太子殿下からは、この後の夏休みの間に事業立ち上げまでの手配ができれば、まあいいだろうとのこと。アスティとの、遊びではなく、仕事のような夏休みの予定ができてしまった。
ついでに報告に行った際に王太子殿下から、何か新しい魔道具のアイデアはないかと訊かれて、俺は治癒魔法を溜めておける装置が作れないかという話をした。
俺の治癒魔法は効果が薄い。けれども、もしそれを溜めておける装置があれば、質より量で普通の治癒魔法のような効果が出せるのではないかと考えたのだ。アンガス先生の立ち合いの元、重ねがけをするという実験をした結果、それなりに効果が出たからだった。
魔力はポーションを使わなくても、時間が経過するか、睡眠を取ることで回復する。だから、毎日寝る前に残った魔力でかけられるだけの治癒魔法を使って、コツコツ装置に溜めておいたら、いざという時に使える便利な救急箱のようになるのではと思ったのだった。
魔力自体は溜めておける装置があるのを、魔導師団に呼ばれて行った際に見ていたから思いついたものだ。王太子殿下は、少し難しい顔をしてから、「前向きに考えてみよう」と言った。
そして俺は今、図書館の片隅で期末試験に向けた勉強会に参加……というか、主催? している。
アスティは成績は良いのだが、予想通り人に教えるのは苦手で、この前会った時にそんな話をしたら、リュシアンが苦手な科目を中心に、テスト範囲を教えてくれることになったのだ。その話をしたらアスティも参加すると言うので、三人で勉強会……の予定が、リュシアンから話が行ったそうで、ランディアスも合流することになった。
王太子殿下の側近候補だけあって三人とも、成績は良いとのこと。だから、本当ならこんな勉強会なんて必要ないのだ。
つまり、みんなで俺のテスト勉強を手伝ってくれると言うことで……なんか、みんな、俺一人のためにすまない。
「ここは、この文法になるから、この接続詞を入れるんだ」
リュシアンが丁寧に、俺の一番苦手な外国語、隣国のシュバリア語を教えてくれる。いくつかのパターンをノートに一覧にしてくれて、この場合はこう、こういうふうになっている場合はこう、みたいに具体的な例文と共に教えてくれる。
単語とかは前世の英語と同じで、単語帳を作ってひたすら暗記するしかないけれど、リュシアンの教え方は優しく細やかで、痒い所に手が届くような、とてもわかりやすいものだった。
「なるほど……。と、言うことは、この問題だと、こう?」
「そうそう、ちゃんと覚えられたじゃないか」
俺が問題集の問題をノートに解くと、リュシアンはさりげなく誉めてくれた。本当に教えるのが上手い。
「なんで……!」
ふと、そんな声が聞こえて顔を上げる。視界の端に、早足で歩き去る、ピンク色の髪の少女の後ろ姿がチラッと見えた。
「何をよそ見している」
アスティが呆れたように声をかけてくる。アスティは一人、教科書を広げることもせず、ただ見張り役のように俺の隣の席で、俺が勉強する様子を見ている。俺のことをただ見ているだけなんて、退屈じゃないんだろうか。
「二学期からはダンスの授業があるから、それなら俺も教えられたんだけどな」
ランディアスがそう言って笑う。リュシアンが頷いてみせた。
「確かに、体を動かすことに関しては、ランディアスが一番得意な分野だね」
「そんな授業があるのか」
俺が呟くと、ランディアスが首肯する。
「学園に入学した年の年明けに、王宮で社交界デビューのパーティーがある。そこでは、よほど踊れない理由でもない限り、ほぼ全員が国王陛下の前でダンスを披露する。それに備えて、学園の授業でやることになるというわけだ」
「パーティーでは婚約者がいれば、婚約者と。それ以外は、家族や友人や親戚と踊る場合が多いね」
リュシアンがそう補足する。俺はそんなパーティーがあるの自体、初耳だ。
王宮で王の前でとなれば、前世で聞いたことのあるアメリカのプロムなんかよりよっぽど格式の高い、重要なもののはずだ。そんなパーティーでまともに踊れなかったら、確かに相当恥ずかしい。万が一、国王陛下の前でみっともなく転けたりしたら……と、考えただけでも恐ろしいな。
「それまでに、パートナーになってくれるような相手が見つかれば良いんだけどな」
俺が呟くと、アスティが急に不機嫌になった。
別にお前を出し抜くつもりはないぞ? それに、アスティなら、本人さえ望めばより取り見取りのはずだ。めちゃくちゃ美形の、王太子殿下側近候補の、将来の魔道師団長で侯爵令息だもんな。
いや、改めて考えるとアスティのスペックが本当にすごい。長く伸ばして背中で編んだ紫の髪は美しいし、感情が昂ると明るく光る紫の瞳は水晶のようだし、とにかく顔のパーツ一つ一つが端正で整っている。
そして、美形と言うのなら、リュシアンやランディアスも負けていない。リュシアンは緑色の髪で知的な雰囲気のメガネの似合うインテリ美形だし、ランディアスは燃えるような赤毛で体格も良くて背が高く、精悍な雰囲気のハンサムだ。
この世界では地味と言われる淡い水色の髪と瞳で、清潔感だけで勝負している俺とは、素材そのものが違う感じだ。カラーリングからして、主人公格とモブっぽい。
「その婿入り先を探すって言っていたやつ、まだ諦めていなかったのか」
ランディアスが面白そうに言う。それを受けて、アスティが口を開いた。
「エヴァンジェリンによく呼び出されてはいるが、女どものお茶会に呼ばれてやっていることは美容の相談に乗ったり、髪をいじったりと、完全に女友達のような付き合いと聞いている」
「ああ、女子たちからエヴァ呼びだとか」
アスティが鼻で笑うように言うと、リュシアンも笑いながら頷く。
確かに、女生徒たちから異性として見られていない感じなのは、俺だって気がついている。でも、そうはっきり言われると、俺だって普通に傷つくんですけど。
「さあ、話が少し脱線したけれど、そろそろ続きをやろうか。次は歴史かな」
俺がむっつりと黙り込んだのを見たリュシアンが、話題転換をしてくれる。良いやつだよな、本当。




