16話 魔力が示すもの
「では、実際に魔力譲渡をしてみてくれたまえ。あ、先に少し魔力を使っておいて、入る余地を作ったほうが良いな。この装置に注げるだけ魔力を注いでみてくれないか? 何、安心してくれ。ただの魔力を保存する装置だ」
「本当にやるんだ……」
てっきり、俺がアスティにとって『悪い友達』でないかを確認するのが本命で、先に聞いていた要件は建前なのかと思っていたら、ワクワクとした様子でそんなことを言われて脱力する。そんなことに本当に興味あったんだな。
「これは、体内を流れる魔力の流れを見るための特殊な眼鏡だ。体内に魔力詰まりができたのを発見したり、魔力が正しく体内を循環しているのかを見るためのものだが、魔力譲渡による混ざり方なども観察できる。通常、自分よりも濃い魔力が体内に入ると、不快感や圧迫感を訴える人が多いんだが、君の場合酒を飲んだかのような酩酊感があったと聞いた。とても珍しい症例なので、実際に見てみたくてね」
好きなことを語る時のオタクのような早口で説明される。俺はちょっと呆れた気持ちで、バーランドル師団長を眺めた。
アスティは少し緊張した面持ちで、俺のほうを見ている。あれをもう一度やるのか、という、不安が見てとれた。
「でも俺、多分、酩酊したあとに記憶飛んでしまうんですよね。なんかまた、失礼なことしそうなんですけど」
「前回はかなり危機的な状況で、一気にかなりの量を注いだと聞いている。今回は空いた隙間に少し注ぐだけの予定だ。そのほうが、万が一強い不快感が出た時にも安心だからね。——そうだね? アウスティス」
「……ああ」
そうまで言われたら断れないので、俺も腹を括った。
言われた通りに魔力を保管するという装置、ただの宝玉のようなものが嵌った鉄製の箱にしか見えないのだが——に魔力を注ぐことにする。やったことはなかったけれど、手を置くようにと言われた、宝玉のようなものの上に手を置く。
そうして、手のひら越しに魔力を押し出すイメージで放出させる。少し引っ張られるような感触がして、スルスルと魔力が吸い込まれていく。俺は適当なところで箱から手を離して、魔力の放出を止めた。
「では、少しずつ試してみてくれ」
「エヴァリオ」
アスティが名前を呼んで、手を差し伸べて来る。俺は差し出された手に、ぽんと手のひらを乗せた。
「座っていたほうが、良いかもしれない」
そのまま手を引いて、室内にあったソファセットまで導かれる。男同士で手を引いて歩かれるって、何だか変な感じだな。アスティにはそんなつもりはないんだろうけど、ちょっとエスコートに近い状態になってる。
連れて行かれた先で、促されるままソファに腰を下ろす。アスティは手を重ねたまま、俺の向かいに跪いた。背中を流れるゆるく編んだ紫の髪が、床につきそうで地味に気になる。
前世でも、たまに彼女のスカートが地面を擦っちゃっていたり、しゃがんだりした時に髪の毛が床につきそうになっているのを、よく指摘していた。そんなことを思い出す。
「良いか?」
アスティが確認するように尋ねてくる。
「良いよ」
俺が答えると、アスティは小さく頷いて、重ねていた手をしっかり握った。繋いだ手のひらから、じわじわと魔力が流れてくる。バーランドル師団長が脅かすように言っていたような嫌な圧迫感や不快感はなく、治癒魔法とは違う感じだけれど、心地よく暖かいと感じる。
前回の時はすごく具合が悪い状態で譲渡されたから、あんまり意識してなかったけど、ちょっとこれ恥ずかしいな。アスティが体調を気にしてか、目を覗いてくるのも少し照れ臭い。
「アウスティス、魔力を細く注ぐのが上手になったな。とても繊細な動きだ」
不意にバーランドル師団長の声が聞こえてきて、慌てて意識を手のひらに集中する。アスティに手を繋がれて目を覗き込まれている状況が、恥ずかしいとか思ってる場合ではなかった。
実験。大事な実験だからな、これ。
今、俺の体内で二人の魔力が混じっているのか。それが見えるっていうのは、いったいどういう感じなんだろう。そんなことを考える。
「もう少ししたら、一度止めてみてくれ」
「了解した」
アスティが、指示を出すバーランドル師団長のほうを見た。視線が外れて、少しホッとしてしまう。何だか俺のほうまで緊張してしまっている。
今のところ、心地よさは感じるけれど、あの時のような強い酩酊感はまだない。少しだけ、頭がゆるくなるというか、気持ちが解放されていくような感覚がある。治癒魔法のリラックス感とは違う。タガが外れる感じ。
「何か異常は感じないな?」
確認するようにアスティが訊いてくる。俺はそれに黙って頷いた。心配されるのって、何だか気恥ずかしいような、変な感覚だ。
バーランドル師団長のほうをチラリと見る。例の眼鏡越しに、俺たちを熱心に観察しているようだった。魔力が見えるって、どんな感じなんだろうな。
「ちょっとポカポカはしているかも」
体が温まる感覚と共に、ふわり、ふわり、と、心が浮き足立つような気配がしてくる。心拍数が少し上がったような、そんな気がした。
「ふーん、なるほどねぇ」
バーランドル師団長の、しみじみとした様子の声が聞こえてくる。
ちょっと! 本当に何が見えているのか気になるんですけど!
少しして指示通りに一旦譲渡を止めたのか、手が離れる。アスティの体温が離れて、手が冷やっとする。
一方で、頭のほうはやはり少しふわふわとした感じだ。微睡むような感じではなく、ドキドキするような、ワクワクするような、そんな浮き足だった感覚がある。
やはり、酒を飲み始めた時に似ていると思う。酔う一歩手前というか、飲み会の高揚というか。
体の力が抜けて、ソファに身を預けてしまいたい誘惑が強い。でも、そうするとアスティが、具合が悪くなったのかと心配しそうだな。心配、するよな、きっと。
ヒモだった時には心配されるよりする側だったから、何となくこそばゆい気持ちになる。本当に良いの? みたいな。
「本当に問題ないか?」
跪いたまま、こちらの目を覗き込んで、アスティがまた尋ねてきた。
「心配性だなぁ」
俺がそう言うと、心外とでも言うように目を瞬かせる。そんなことは、生まれて初めて言われました、みたいな反応。
付き合い始めて分かったことだけれど、人付き合いが苦手だったという割には、アスティは案外反応が素直だし、思いの外こちらに気を遣う。
いつも不機嫌そうな顔をしてはいるが、それはあんまり他人に気安く近づかれたくないという、一種の防御壁のような役割のものだし、実際には割と機嫌は安定している。それは魔力を暴走させるような強い感情を持ってはいけないという、魔導士団での教えのせいかもしれないけれど。
そこを思い切って近づいてしまえば、アスティは驚くほど流されやすいというか、許容範囲が割と広い。例の『嫌ではない』の、範囲が、人嫌いにしてはかなり広いのだ。
だから、本当は人嫌いというわけではないのだろう。俺はそう思って、割と雑に懐に出入りするような真似をしている。
いつか、『嫌ではない』以外の肯定のセリフを聞きたいと思っているし、十六歳らしい笑顔だって見たい。こいつと、青春、のようなものを共有したい。
今は他にも友人と呼べる相手は数人いるけれど、やはり最初の友達っていうのは特別だ。
俺は確かに前世の記憶があって、プロのヒモである自認で今を生きてはいるが、記憶が蘇る前の、人が怖くて前髪で目を隠していた過去の僕が消えたわけではないのだ。
友達と呼べる相手がいなかった子供時代。少し病弱でよく寝込んでいた時、ベッドの上で胸が弾むような冒険譚を読んで、そこに出てきた友情を羨ましいと思いながらも手を伸ばせなかった時間が、消えてしまったわけではない。それも俺の一部として、きちんと残っている。
だから、学園デビューで最初に作った友達のことは、どうしたって特別だ。
「よし、大体わかった」
バーランドル師団長の納得した感じの声が聞こえて、俺はパチリと瞬きをした。なんか、今ちょっと夢現だったな。気がついたらぼんやりとしていた。陽当たりのいい場所で、気持ちよくうたた寝をした後みたいな感覚だ。
「アウスティスの魔力に対して、レイジントン君の魔力がちょっと、受容しすぎるところがあるんだ。混じることに対しての抵抗感がないと言えば良いのか……尻尾を振って駆け寄ってくる犬みたいな。……普通、強い魔力に対しては体が反射的に構えるものなんだが、君の場合はちょっとあまり見ない、珍しい反応だね」
どういう例えだ。咄嗟に、変な顔をしてしまった。
確かに俺は前世では歴代彼女にわんこ系と言われてはいたが、別に誰にでも尻尾を振っているつもりはないし、受け身というわけではない。積極性は高いほうだ。
「たまたまの相性、みたいなものか?」
考え込むようにして、アスティが呟く。そうね。普通に相性が良いって言われたほうが、嬉しいかな。
「こういう時に相性が良いの一言で済ますと、研究する余地がなくなってしまうんだよ」
ちょっとつまらなさそうに、バーランドル師団長が言う。そうして、こちらへ歩いてきた。
「興味深いな。ちょっと私も試してみて良いかね?」
傍まで近づいてくると、案外体格が良くて背も高いことに気がつく。手を伸ばされて、おずおずと手を伸ばす。握手、みたいな感じで手が繋がれて。
「うっ」
次の瞬間、思わず手を離した。流れ込もうとしてきた魔力が、得体の知れないものに感じられてしまったのだ。何だろう。ざわざわする。
「……なるほど。気持ちが開いていない相手には、拒絶反応が起こるのか」
眼鏡の奥の金色の瞳が、煌々と光っている。
「大丈夫か? ——師団長、急すぎるだろう」
アスティが心配げにこちらに声をかけ、バーランドル師団長を叱りつける。親代わりと言っていただけあって、アスティの距離が近い。
その態度に、彼に対する遠慮があまりないのがよくわかる。嫌われるのではないかというような、不安が見えない。
ちぇっ、俺もまだまだだな。アスティに不安を感じさせないくらい、俺ももっと頑張らなくては。




