15話 嫌ではない、ということ
「——今日の放課後、空いているか」
昼ごはんの最中、アスティから言いづらそうに訊かれて、俺はちょっと嬉しくなった。これまで俺の都合で振り回してきたが、アスティのほうから誘われたのが初めてだったからだ。
「え、特に予定はないけど……なになに? どっか一緒に出かけちゃう? 街に遊びに出たり?」
俺がウキウキして答えると、アスティは眉間に皺を寄せて唇を噛み、口を開けては閉ざして、何度か言い淀んでからようやく理由を話した。
「魔導師団の団長が、お前に会いたいと言っていて……」
「へ? なんで? 俺、お前も知っての通り、魔力量あんまり多くないし、生活魔法と治癒魔法の基礎しか使えないよ?」
俺は確かに前世の記憶があるし、プロのヒモだった誇りも失ってはいないが、ちゃんと現状を把握している。前世のアニメや小説みたいなチートはできないと、ちゃんと自覚しているのだ。
「僕からの魔力譲渡で酩酊状態になったと言ったら、興味を示して……あと、お前が考える生活魔法にも関心があるようだった」
「ドライヤー……じゃない、髪を乾かす温風魔法とか、霧を顔や髪に当てる保湿魔法とかに? 魔導師団長が? 本当に?」
俺が胡乱げな視線を向けると、アスティの瞳が不安に揺れる。瞳に影が差すと、紫紺の瞳はほぼ真っ黒に見えた。
「行きたくないわけじゃないからな」
俺が慌てて言うと、アスティは少しホッとしたように息を吐く。
「では、今日の放課後は、一緒に王城の魔導師団の詰め所に行ってくれ」
そういうことになった。
放課後になって、アスティの家の馬車で魔導師団の詰め所に向かうことになった。子爵家の馬車は、アスティの用事で寄り道をして帰ると伝言を付けて返す。
乗り込んでみると、さすが侯爵家の馬車だけあって、あつらえも立派でクッションもフカフカと柔らかく、サスペンションもうちの馬車より良いものを使っているのか、体に伝わる振動が全然違った。
「魔導師団長は、僕の親代わりのようなものだ」
道行に、アスティがそう教えてくれる。子供の頃に魔力暴走を起こしたあと、彼は魔導師団に預けられて、当時副団長だった今の団長の元で魔力と感情の制御を叩き込まれたという。
「それって何歳の時?」
「四歳だったと思う」
「今みたいに制御できるようになるまで、どれくらいかかった?」
「二年か……三年か、だったはずだ」
「偉いな。まだ小さな子供だったのに、頑張ったんだな、お前」
俺が言うと、アスティは驚いたように俺の顔を見る。
「子供だからって、傷つけたことが許されるわけではない」
「それはそれ、だろう? わざとじゃないんだし、幼児のイヤイヤ期がたまたま魔力の暴走って形になってしまっただけなんだから」
「イヤイヤ期……?」
「うーん、小さな子供にはよくある癇癪だったってこと!」
「感情を爆発させるのは良くないことだ」
「それは確かにそうかもしれないんだけどさ……でもお前、四歳だったんじゃないか。例えば、用を足す時にトイレに行くだろ? でも、赤ちゃんにトイレで用を足せと言う大人はいないだろう? できないんだからさ。それと同じことなんだよ。たまたま、お前には膨大な魔力があったから事故になったけど」
わかるか? 伝わるか? そう思いながら、目を見て話す。アスティが割と真っ直ぐに目を見て来るので、俺もそれに倣う感じだ。
ヒモだった時にも、本当に伝えたいことがある時には、目の力が強くならないように気をつけながら、目を見て話すようにしていた。何となく、気持ちが真っ直ぐ伝わる気がして。
「お前が、僕を弁護しようとしているのはわかった」
言い回しがちょくちょくおかしいんだよな、アスティって。でも、俺が幼児の頃の事故を責めている今のアスティを止めたいことは、伝わったと信じたい。
そうこうしているうちに、馬車は王城のすぐ近くまで来ていた。その手前に、大きな塔のようなものがある。馬車はそこへ向かって進んでいた。
「あれが魔導師団の詰め所?」
俺が訊くと、アスティが黙ったまま頷いた。
案内されたのは塔の上部のほうで、階段をかなり上がることになったので、走り込みで体力作りをしていて良かったなと、つくづく思った。
アスティは慣れているのか平然としている。制服の上からだとそれほど筋肉があるようには見えないが、息も乱れてはいないところを見ると、案外鍛えているのかもしれなかった。
アスティは慣れた様子で扉の前に立つと、コココンとリズム良くノックをする。直後に、返事を待たずに扉を開けた。
「ようこそ。レイジントン子爵令息……だったかな?」
見ていた書類から顔を上げて、黒に近い藍色の髪を後ろに撫でつけた壮年の男性がこちらに視線を向け、話しかけてきた。
アスティほどの長さはないが、伸ばした髪をうなじのあたりでまとめていて、黄色みの強い、琥珀色の瞳をしている。肩に銀モールの付いた、黒を基調とした制服のようなものを着ていた。
魔導士のトップと言うから、てっきり魔術師らしいローブでも着ているのかと思ったが、普通に軍服っぽい。
「アウスティスと、とても仲良くしてくれていると聞いているよ」
ニコニコとしているけれど、これ、観察されているよな? そんな気配がする。
「とても仲良くはない」
直後にアスティが否定するので、俺はショックを受けた顔をする。
「え、仲良いだろ?」
俺がそういう顔でじっと見つめると、アスティは戸惑った様子で目を左右に動かしてから、睨みつけてきた。知ってる。これは照れている顔です!
「お前、本当は傷ついてなんかないくせに、そういう顔をするな」
困り果てたような様子で追加される。おお、前世からの俺の必殺技の、捨てられた犬のような顔が効いているのか。そうか。
俺はすぐに作った表情をやめる。別にアスティを騙したいわけではない。今のは、仲がいいのを否定されたことに対しての抗議のようなものだ。それが伝わったのなら、続ける必要はない。
「……本当に、仲が良いのだね」
師団長を置いて、二人だけの世界を作ってしまっていた。俺は真面目な顔で、師団長の顔を見ると、頭を下げて普通に挨拶をした。
「初めまして。アウスティス君のクラスメイトの、レイジントン子爵家の三男、エヴァリオと申します」
アスティがちょっと驚いたようにこちらを見る。いや、俺だって貴族家の令息なんだから、ちゃんとした挨拶くらいできるよ?
「コンダルフィ王国魔導師団団長の、ルンベルト・バーランドルだ。アウスティスの上司でもあるが、どちらかと言えば師匠に近いところだと自認している。今日はわざわざ呼び立てて済まないね」
そう言って、じっとこちらを見つめて来る。ビシッとした威圧感があるのは、さすが、魔導師団長といったところだ。
「アウスティスはあまり同じ年頃の人間と付き合ったことがないから、色々と君を困らせているのでは? 少し、押しに弱い部分もあることだし、学園で上手くやっているか心配でね」
保護者目線の心配がきました。これ、ちょっと俺が警戒されている感じ? 人付き合いに慣れていないアスティを、振り回している自覚は一応あるけど。
「アスティ……アウスティス君には、俺の一身上の都合で、生活魔法の開発をお願いしたりとかしています。彼の魔法目当てかと言われたら、そこは確かにそうです」
「利用するために近づいたと?」
「それはそうだと、もうこの前にも話しただろう」
アスティが割り込む。
「ただ、それだけではなくて、アウスティス君自身にも興味がありますし、友人としての好意も持っています。これからも、一緒にランチを食べたり、髪の手入れをしたり、魔法を一緒に作ったり、色々やりたい。そういう感じで仲良くしていきたいと考えています」
俺が今の正直な気持ちを話すと、バーランドル師団長は俺を見ていた視線をアスティに移して、彼をじっと観察した。
「アウスティス、『嫌ではない』んだね?」
「……嫌ではない」
アスティはその目をじっと見つめ返して、そこだけはしっかり断言する。バーランドル師団長は、それを見て、小さくふっと笑った。




