13話 俺の普通は、どうやら普通ではないらしい
「君、アウスティスの『嫌ではない』を、全部了承として受け止めていないか?」
王太子殿下が、ずっと取り組んでいたコテが完成したと放課後に呼び出してきたので、いつもの王族専用特別室にお邪魔していた。今日はアスティは魔導師団に呼び出されていて、俺一人だ。
「え、アスティ……アウスティスの『嫌ではない』って、『いいよ』って意味ですよね?」
俺は、持ち手が手のひらに馴染むかどうかとか、加熱をオンにしてどれくらいでどの程度熱くなるのかとか、そういったところを確認しながら、そう答えた。
「別に本人の許可を得ているのなら、僕の前でアウスティスを愛称で呼ぶのをやめなくてもいい。——君のそういうところが、みんな距離がおかしいと言っているんだ」
「そうですかね? 俺としては普通にしているつもりなんですが」
「君の普通はどこかおかしい。普通、同性の友人の髪の手入れはしないだろう」
「だって、彼には魔法の開発を一緒にやってもらっているんだから、こちらも何か返さないと不公平でしょう? 一方的に搾取する関係にはなりたくないので」
俺がそう言うと、王太子殿下は少し不審げにこちらを見つめた。
「君の友情の定義は、どこで学んだものなんだろうな?」
そんなことを言われて、考えてみたけれど答えは浮かばない。前世では、同性の友人付き合いって、大学時代から新卒一年生までのざっくばらんな付き合いで終わっている。
嫌なら言うだろう。嫌がることはしない。そんな雑なルールだけで、ノリと勢いで楽しく過ごした記憶しかない。
「……子供の頃に読んだ、『リーリアーテールの冒険』の、マルロとグッジみたいな友情って、良いなとは思っていましたけど」
この世界の子供向けの冒険小説の名前を出してみる。あの小説に出てきた、剣士のマルロと魔導士のグッジは、どちらも長所と短所がうまく噛み合っていて、互いに命を預け合う最高の相棒みたいに書かれていた。僕から俺になった今でも、普通に憧れる関係だ。
「生身の友人はいなかったみたいな言い方だな」
「あー、子供の頃は人見知りで、家族以外と打ち解けるのが苦手だったので、学園に入るまでは友達っていなかったんですよねぇ」
「君が? 人見知り?」
ものすごく驚いた顔をされてしまった。前世の記憶が蘇る前は人見知りで、他人と目を合わせるのが怖くて目元も長い前髪で隠していたし、本当に友達というものはいなかったのだ。
「それじゃあまるで、見た目通りじゃないか」
なんか、失礼なことを言われた気がするぞ?
「熱っ」
つい、熱を持っている部分を指先で触ってしまって声が出たが、それは一瞬だけで、指先は特に赤くなってもいない。
「触っても、火傷はしないように設計したはずだが」
「いえ、はい。熱く感じただけですね。大丈夫です」
「仕様書通りに作ったが、それで良かったのか?」
「多分……。実際に髪を巻いてみないとわからないですけど、機能としてはこれで足りるはずです。この部屋、鏡ってあります?」
「そこの隠しクローゼットの内側に、姿見がある」
王太子殿下が言うと、壁に控えていた従者が、壁にしか見えない場所をパタンと開けて見せた。確かに足元までを映す、縦に細長い鏡が貼られていた。
「ちょっとお借りしますね」
俺はそう言って、熱くなったコテを手に鏡に近寄る。王太子殿下は机に両肘をついて、興味深げにこちらを眺めている。
鏡の中には、淡い水色の髪と瞳をした俺の姿が映っていた。筋トレを欠かさないというのに、相変わらず細っこい。これでも一応、少しは筋肉はついているんだが。
俺は鏡を見ながら、コテで前髪を掬って縦に巻いてみる。俺の前髪ではちゃんと縦ロールに巻くには長さがまったく足りないが、熱を帯びたコテで癖がつくことが確認できれば、それで良かった。
コテで髪を掬って引っ張るように巻いて、少し時間が経ってから離す。クルン、と、コテの丸みに髪が丸まった。
「どうだ? きちんとできているか?」
「そうですね。これなら恐らく、長い髪を巻けばきちんと縦ロールになるかと」
「縦ロール、と言うのか? エヴァンジェリンのあれは」
「……前に、そう呼んでいた人がいたような」
いけない。これも前世知識だったか。
この世界は半端に便利で、半端に前世と同じようなものや名前があふれているから、うっかりポロッと前世にしかないものを口にしてしまうことがある。怪しまれたいわけではないので、そのたびに雑に誤魔化しているが。
「あれは、エヴァンジェリンだから良いのだろうに。彼女の友人たちがみんなで同じ髪型をしたいと考えるのは……正直、よくわからんな」
「エヴァンジェリン様は、女子たちの憧れの的みたいですからね。お揃いがしてみたいっていう女生徒がいるのは、普通のことだと思いますよ」
前世でも、人気の芸能人とお揃いの髪型だとか、お揃いの服だとか、みんなやっていた。好きなキャラと同じ髪型にしたい、なんて言って、そのキャラの絵を見本として持ち込んで美容室で切ってくる女性もいた。
個性的なお洒落を楽しむ女性もいれば、みんなと一緒が良いと言う女性もいる。この世界でも、その辺はきっと変わらないはずだ。
「そういうものかね」
王太子殿下は、そう言って肩をすくめて見せた。俺は、加熱のスイッチを切って、今度はどれくらいの速さで熱が失われていくのかを確認してから、コテを王太子殿下の机に戻した。
「持っていきたまえ。君しか使い方がわからんものだ。それで、エヴァンジェリンの友人たちの髪を巻いてやると、約束したのだろう?」
「では、お借りします」
俺は王太子殿下の言うまま、コテをもう一度手に取って、自分の鞄の中へしまった。
次の日の放課後は、もちろんエヴァンジェリン様から呼び出しを受けた。王太子殿下から魔道具が完成したと、きっと聞いたのだろう。
サロンには、今日は十名ほどがぎっちりと座っていた。満員御礼というやつだ。
「エヴァ、早くエヴァンジェリン様と同じ髪型にして」
サロンに入るとすぐに、クラリス嬢が待ちきれないというように近づいてくる。他のメンバーも、興味津々と言った様子でこちらを見ていた。
クラリス嬢には一人がけのソファに座ってもらって、コテのスイッチを入れる。
先に髪の下準備として、よく梳かして、スタイリング剤を塗布しておいたほうがいい。コテに熱が入るまでの時間にそれらを済ませる。クリップで髪をブロッキングもしておく。
少し待って熱が入ったのを確認してから、もう一度声をかけて背後からそっと髪に触れる。髪の毛を掬い取って、エヴァンジェリン様の天然の縦ロールのように、毛先の半分くらいをコテでしっかり巻いていく。コテを外すと、クラリス嬢の濃い紺色の髪に立派な縦ロールが一つ、出来上がっていた。
部屋にいた女生徒たちが、一斉に歓声を上げる。俺は太さが均一になるように隣の毛束をまた、丁寧に巻いていく。十分ほどかけて、クラリス嬢の髪は、エヴァンジェリン様に似た、ゆるい縦ロールに変わった。
「まあ! まあ!」
手鏡を見て、クラリス嬢が何度も感嘆の声を上げる。エヴァンジェリン様も、物珍しげにクラリス嬢の巻かれた髪に、そっと触れていた。
「本当に、こんな棒のようなもので髪の毛がこんなふうに巻けるのね」
「次は私! 私をお揃いにして!」
「その次は私よ!」
完全に美容部員への要望だ。本来は貴族令嬢の髪に触るなんて、婚約者でもない男子生徒としてはタブーなんだろうけれど、彼女たちはすでに俺を異性としてカウントしていない。「エヴァ」という呼び名がもう、完全に女子枠の仲間に対するような扱いになっていることを端的に示している。
女の子たちに心を許してもらえているのは嬉しいが、俺はこのままで本当に婿入り先を探せるのだろうか? 何か、作戦を間違えているのではないだろうか。今さらながらに、そんな気もしてきた。
最後に、この巻き髪は洗ったり時間が経てば元に戻ることを伝えると、令嬢たちは一斉に残念がった。髪質そのものを変えるものではないのだから、それは仕方ないと諦めて欲しい。
それと、髪に熱を加えることになるので、やり過ぎると髪を痛めることになるということも、先に言っておく。やるのなら、その分ケアをしなければ駄目だとしっかり言っておいた。
エヴァンジェリン様が王太子殿下から仕様書の写しをもらっていて、近いうちに付き合いのある魔道具屋でサロンの参加者用のものも作る予定だと言うと、令嬢たちは俄然やる気を見せた。近いうちにまた、今度は使い方をレクチャーする集まりが開かれるのは確実だ。
この巻き髪ブームは、しばらく流行るのかもしれないな。令嬢らしい紅茶と焼き菓子のもてなしを受けてから退室する際、俺はそんなことを思った。




