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Detectiveコンヌちゃん  作者: コンヌちゃん


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10/12

光の中で

 コンヌが目を開けると、そこは言葉にできない空間だった。上も下もない。風も吹かない。時間と重力の概念が、ここには存在しない。空は、黒かった。だが、星々が輝いていた。無数の星が――しかし、その配置は狂っていた。本来、北極星があるべき位置に、赤い巨星が脈動している。オリオン座は、三つの星が逆三角形を描いている。カシオペア座は、Wではなく、ぐにゃりと歪んだ形をしている。

 見ているだけで、頭が痛くなる。脳が、この光景を「理解できない」と拒絶している。そして遠くから、何かの音が聞こえる。歌のような。叫びのような。祈りのような。人間の耳には聞こえてはいけない、名前を呼んではいけない"それら"の声。

「ここが…門の向こう…」

 コンヌは震える声で呟いた。そして、その中心に一人の男が、巨大な門を必死に押さえていた。門は、黒い石で作られている。いや、石ではない。何か、もっと古い物質。宇宙が生まれる前から存在していた、名前のない物質。その門には、無数の紋章が刻まれている。コンヌが父の手記で見た、あの幾何学模様。

 そして門の向こうから、何かが押し返している。触手のような、いや、形容できない"何か"が。門の隙間から、微かに見える。人間の目には映してはいけないもの。コンヌは思わず目を逸らした。

「見るな!」

 男の声が響いた。ボロボロの服、やつれた顔。だが――

「父さん…!」

 コンヌは叫んだ。その横顔には見覚えがあった。十年前、優しく微笑んでくれた父の顔。亥原が振り返った。

「コンヌ…?」

 亥原の目が見開かれた。

「まさか、お前…なぜここに!」

「父さん!」

 コンヌが駆け寄ろうとする。

「来るな!」

 亥原が叫んだ。

「ここは危険だ!門に近づくな!」

 だが、コンヌは止まらなかった。

「父さん!」

 コンヌは亥原の元へ走った。その瞬間――門が激しく震えた。

 ゴゴゴゴゴ…

 門の向こうから、何かが吠えた。言葉にならない咆哮。それを聞いただけで、人間の正気が削られていく。

「ぐっ…」

 亥原が必死に門を押さえる。コンヌは亥原の隣に立った。

「お父さん、私も手伝う!」

「ダメだ!早く戻れ!」

「嫌だ!」

 コンヌは門に手を当てた。その瞬間――コンヌの脳裏に映像が流れ込んできた。十年前の記憶。若き日の亥原と古鷹が、教祖と戦っている。祭壇が破壊される。儀式が中断される。だが――門は閉じない。

「誰かが…内側から押さえ続けるしかない」

 古鷹の声。

「俺が行く」

 亥原の決意。

「待て!お前には娘が…」

「だからこそだ。娘の未来を守るために」

 亥原は門の中へ飛び込んだ。

 そして十年間。ずっと。一人で。押さえ続けていた。

「お父さん…」

 コンヌの目から、涙が溢れた。

「永い間…ずっと一人で…」

「コンヌ…すまない…」

 亥原の声が震えた。

「パパは…帰れなかった…」

「お父さん!」

 コンヌは父の背中に手を当てた。

「もう一人じゃない!私がいる!」

 亥原の目に、涙が浮かんだ。

「コンヌ…お前…こんなに大きくなって…」

 亥原の声が掠れる。

「立派な…探偵に…なったんだな…」

「うん!」

 コンヌは涙を拭った。

「父さんの娘だから!」

 その時――門が、さらに激しく震えた。

 ゴゴゴゴゴ…

 亀裂が、広がっていく。

「まずい…もう限界だ…」

 亥原の身体が、微かに透けている。十年間の消耗。肉体が、もう持たない。

「父さん!」

「コンヌ…すまない…」

 亥原が膝をつきかける。

「もう…力が…」

 その瞬間、コンヌは父を支えた。

「父さん、一緒に押さえよう!二人なら!」

「コンヌ…でも…」

 亥原は苦しそうに呟いた。

「押さえるだけじゃ…意味がない…このままでは…いずれ…」

「え…?」

「十年間…押さえ続けてきたが…門は少しずつ…開いていた…」

 亥原は門を見た。その表情には、深い絶望があった。

「完全に閉じるには…封印を強化しなければ…でも…その方法が…」

「手記にあったの!?」

 コンヌが叫んだ。

「父さんの手記に…封印の方法が…あれは…」

 亥原は首を振った。

「断片的な情報しか分からなかった…時間がなかった…」

 コンヌの顔が青ざめた。

「じゃあ…どうすれば…」

「分からない…」

 亥原は力なく笑った。

「十年間…考え続けたが…答えは見つからなかった…」

 沈黙。

 門の震えが、さらに激しくなる。

 ゴゴゴゴゴゴ!

 亀裂が、目に見えて広がっていく。

「お願い…」

 コンヌが呟いた。

「誰か…教えて…どうすれば…」

 その時――

 コンヌの手が、門に刻まれた紋章に触れた。

 ビリッ。

 電流のような感覚。

「あ…」

 コンヌの脳裏に、何かが流れ込んできた。紋章の意味。いや、「意図」だ。これは――言葉ではない。図形でもない。「力の流れ」を示している。

「これは…」

 コンヌは他の紋章にも触れた。一つ、また一つ。すると――全体の構造が見えてきた。

「父さん…これ…」

 コンヌは震える声で言った。

「内側から押さえるだけじゃ…足りないんだ…」

「え…?」

「外側からも…同時に力を加えないと…」

 亥原の目が見開かれた。

「外側から…?」

「そう…内側と外側…両方から…」

 コンヌは紋章を辿った。

「でも…私は今、内側にいる…外側に戻らないと…」

「待て」

 亥原が遮った。

「戻ったら…お前も巻き込まれる…危険すぎる…」

「でも…」

「それに…」

 亥原は門を見た。

「もう門は開きかけている…今から戻っても…間に合わない…」

 コンヌは唇を噛んだ。

 どうすれば…

 その時――遠くから、声が聞こえた。

「コンヌちゃん!」

 ときやの声だ。

「ときや君…!?」

 コンヌが振り返ると、門の向こう――現実世界との境界に、ときやの姿が見えた。ぼんやりと。霞んで。だが、確かにそこにいる。

「聞こえる!?」

 ときやが叫んでいる。

「コンヌちゃん!無事!?」

「ときや君!」

 コンヌは門へ向かって叫んだ。

「聞こえてる!私は無事!」

「良かった…!」

 ときやの声が、安堵に震えた。

「今…助ける方法を…」

「ときや君、聞いて!」

 コンヌが遮った。

「封印の方法が分かった!」

「え…!?」

「内側と外側から同時に力を加えるの!」

 コンヌは必死に説明した。

「私が内側からときや君が外側から!」

「でも…どうやって…」

「門に刻まれた紋章…あれに触れて!」

 ときやの姿が、消えた。探しに行ったのだ。数十秒後

「あった!これか!?」

「そう、それ!」

 コンヌは紋章に手を当てた。

「父さんも!」

 亥原も、別の紋章に手を当てた。

「どうすれば!?」

「一緒に…力を込めるの!」

 三人は同時に、紋章に力を込めた。紋章が光り輝く。

 ゴゴゴゴ…

 門が震える。だが――変化がない。

「まだ…足りない…!」

 コンヌが歯を食いしばった。

「もっと…もっと力を…!」

「コンヌちゃん!」

 ときやが叫んだ。

「一人じゃ無理だ…このままでは…!」

 その瞬間、ときやの中で悟りが走った。

 (外側から、複数の紋章を押さえる必要がある)

 (だが、ここにいるのは…)

 ときやが周囲を見る。混乱した洗脳された人たち。なぜ自分たちがここにいるのか分からない顔をしている。機動隊員たち。戸惑いながら状況判断を試みている。

「救急隊員さん、機動隊の皆さん」

 ときやが叫んだ。

「今、説明します。この地面に書かれた紋章に触ってください。複数の人間が同時に触れてください」

「何を言っているんだ」

 機動隊の隊長が、警戒した目でときやを見る。

 ときやは、崩壊し続ける地下空間を指差した。

「今、この地下全体が崩壊している。このまま逃げても、途中で落盤に巻き込まれます。全員を助け出すことは不可能です」

「…たしかに」

 隊長が天井を見上げた。確かに、壁から石が落ちている。

「だが、なぜ紋章を押さえると…」

紋章が光り輝く地響きが少し和らいだ。

「時間がありません。信じてください」

 ときやが言った。

 沈黙。隊長は部下を見た。

「…試す価値がある」

「隊長?」

「やるんだ。指示に従え」

 機動隊員たちが、慎重に紋章に近づき始めた。だが――

「待ってください」

 突然、女性の声が上がった。見知らぬ女性が、ときやを見ていた。

 (あ…この人も、洗脳された人か)

「あなたは…」

「私…何も覚えていません。ですが…」

 女性は胸を押さえた。

「頭の中に…女の子の声がしました。『力を合わせよう』という…」

 別の洗脳されていたの男性も、頷いた。

「俺も…聞いた…あの地下から…何かが…」

 ときやは理解した。コンヌの声だ。地下から届いている。

「皆さん…」

 ときやが声を張った。

「あなたたちは洗脳されて儀式に使われました!このままではこの場全員が生き埋めになってしまいます!ですから今ここで力を合わせましょう!」

「ああ。洗脳から救ってくれた彼女たちを助けるために。

そして…」

 人々の顔が、変わった。

「…手伝わせてください」

「俺たちにも…何かできることが…」

「あります」

 ときやが頷いた。

「紋章に…手を当ててください。そして…」

 ときやは紋章を見つめた。

「心を…コンヌちゃんに…合わせてください」

 一人、また一人と。

 洗脳された人たちが、紋章に手を当て始めた。全員ではない。数人は、恐怖から動けず、奥へ逃げていった。機動隊員たちも、躊躇いながら紋章に手を当てた。

 (50人…60人…)

「さあ…」

 ときやも紋章に手を当てた。

「今だ…」

 コンヌの声が、遠くから聞こえた。

「ときや君!」

「聞こえてる!」

「みんな…力を…」

 コンヌの声が、震えている。

「一緒に…!」

「いくぞ…」

 ときやが呼びかけた。

「皆さん…想像してください。光が…紋章から…」

 息を吸う。紋章が光り始めた。微かに。だが確実に。

「今だああぁぁ!」

 ときやが叫んだ。全員が、同時に力を込めた。光が弾ける。内側から。外側から。二つの光が交差し、門を包み込む。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

 門が震える。亀裂が――修復されていく。紋章が光り、封印が強化されていく。触手が悲鳴のような音を立てて引っ込んでいく。

「まだだ…!」

 亥原が叫ぶ。

「最後まで…力を抜くな…押せえ!」

「うん!」

 コンヌも、ときやも、古鷹も、美月も、100人の人々、助けに来た人々全員が、力を込め続けた。

 そして――

 パァン!

 眩い光が、空間全体を包み込んだ。光が消えた時。門は――完全に閉じていた。亀裂は修復され、紋章は黄金色に輝いている。

「やった…」

 亥原が呟いた。

「やったぞ、コンヌ…」

「うん…」

 コンヌは父の胸で泣いた。

「父さん…やったよ…みんなで…」

「ああ…」

 亥原は娘を抱きしめた。

「お前のおかげだ…そして、みんなのおかげだ…」

 そして――光が、二人を包み込んだ。邪悪な光ではない。温かな、黄金の光。

「これは…」

 コンヌが呟いた。

「封印が…完成したんだ」

 亥原が答えた。

「もう、門は開かない。永遠に」

 光が、二人を現実世界へと導いていく。

「父さん…帰れるの…?」

「ああ」

 亥原は微笑んだ。

「一緒に帰ろう。コンヌ」

 二人は、光の中へ消えていった。

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