第7話
両親が世を去り、数十年。鎖国されたこの国において、時の流れは結晶の中に閉じ込められたかのように静止していた。しかし、壁の向こう側は違った。蒸気の煙が空を覆い、鋼鉄の巨獣が大地を駆ける「近代」という怪物が産声を上げていたのだ。
ある日、静寂を破ったのは国境線に響く重砲の轟音だった。
「旧時代の遺物め、文明の光で焼き払ってくれる!」
新興列強の将軍たちが、蒸気機関車と鉄甲兵を連ねて、私の箱庭へと侵攻を開始した。
侵略者たちは愕然とした。国境に軍隊の姿はなく、ただ一人、数十年刻が変わらぬままの「少女」が立っていたからだ。
私は国力のすべてを、国防のための軍備には割かなかった。大砲も、最新式の小銃も、この国には存在しない。
私が民に命じて作らせ続けたのは、ただ二つの劇薬。
「不老の秘薬」と、細胞を異常活性化させ瞬時に肉体を繋ぎ止める「神速の傷薬」。
「軍隊なんて、維持するだけでコストがかかるでしょう? 守るべき対象は、私一人で十分なのよ」
私はボロボロの軍服の袖を捲り、青白く光る薬液を自らの静脈に突き刺した。
近代兵器の雨が降り注ぐ。爆炎が私の身体を幾度となく引き裂き、鉄の破片が臓物を抉る。
だが、その瞬間に傷口は不気味な音を立てて塞がり、失われた四肢は爆発的な速度で再生する。
「あはは……! 痛い、痛いわね。でも、生きてるって実感がするわ!」
私はもはや人間であることを辞めていた。
最強の独裁者は、自らを「永久機関の兵器」へと改造したのだ。
敵が数千の弾丸を撃ち込む間に、私は血に濡れた軍靴で一歩、また一歩と距離を詰め、彼らの首を素手で刈り取っていく。
戦車が私を轢こうとすれば、その巨体を真っ向から受け止め、鉄板を素手で引き剥がす。
返り血で真っ赤に染まった私を見て、近代兵器を操る兵士たちは、自分たちが相手にしているのが人間ではなく、「この国そのもの」であることに気づき、恐怖に叫び声を上げた。
戦場は、わずか数時間で静まり返った。
残されたのは、ひしゃげた鋼鉄の残骸と、ただ一人、無傷(に見えるほど再生した姿)で立つ私だけ。
私は足元に転がる将軍の帽子を踏みつけ、灰色の空を見上げた。
秘薬の副作用で、内臓は常に焼け付くような熱を帯び、神経は過敏になりすぎて風が吹くだけで激痛が走る。
これこそが、私が求めた「究極の酷使」。
「文明? 進歩? 笑わせないで。私が死なない限り、この国の時は一秒たりとも進ませないわ」
私は城へ戻る。
そこには、外の世界の悲惨な戦争も、残酷な技術革新も知らない、平和な民たちが待っている。
彼らが老いて死にゆく中で、私だけがボロボロの軍服を纏い、永遠に若く、永遠に苦しみながら、この美しい監獄の看守であり続ける。
「さあ、次の薬の準備をなさい。私の『永遠』を、誰にも邪魔させないために」
私は血の混じった唾を吐き捨て、機嫌よく、そして狂おしいほどの孤独を抱えて笑った。




