第3話
国境を閉じ、自給自足のサイクルが安定し始めた頃。私の「酷使」は、より洗練された日常の蹂躙へと姿を変えていた。
ボロボロの軍服は新調せず、あえて激戦の跡が残る継ぎ接ぎのまま。それがこの国の唯一の「法」であり「恐怖」の象徴だから。
「……ふふ、今日は一段と風が心地いいわね」
私は鼻歌まじりに、石畳の街並みを歩く。足取りは軽やかだが、腰に下げた軍刀がカチャカチャと冷酷な音を立てる。
民衆は、私が角を曲がってくるのが見えた瞬間、一斉に道を空け、深々と頭を下げる。
「お、おはようございます、ルナ陛下……!」
「あら、おはよう。その籠の中のリンゴ、収穫ノルマより一つ少ないんじゃないかしら?」
冗談めかして指をさすと、農夫の顔から一気に血の気が引く。その絶望に満ちた表情を楽しみながら、「嘘よ。しっかり働きなさい」と頭を撫でてやる。
慈愛と狂気が同居する私の散歩は、彼らにとっての死神の行進に等しい。
街で一番のお気に入りの喫茶店。私が入り口のベルを鳴らした瞬間、談笑していた客たちは凍りつき、静かにお会計を済ませて逃げ出していく。
わずか数分で、店内は私だけの完全なる私有地へと変わる。
「いつもの、ブラックで」
満身創痍の身体をアンティークの椅子に深く沈める。
昨夜、国境に忍び寄った密偵を一人で始末した際の、脇腹の刺し傷がズキリと痛む。けれど、その激痛を上質なアラビカ種の香りで包み隠すこの瞬間が、何よりも甘美だった。
「誰もいない空間、最高のサービス。これこそが、国を我が物にした女に相応しい休息だわ」
窓の外では、私の視線を恐れて伏し目がちに通り過ぎる人々が見える。
私が指先一つ動かすだけで、彼らの平和は一瞬で灰になる。その事実が、コーヒーに砂糖を入れずとも、私の心を最高に満たしてくれた。
休憩を終え、店を出る。
私の歩く後ろには、誰もいない。私の隣を歩く権利を持つ者もいない。
独裁者は常に孤独で、常に最強でなければならない。
ふと、自分の手のひらを見つめる。
ペンを握り、剣を振るい、土を弄り、血を流したその手。
可愛らしかったはずの「ルナ姫」はもうどこにもいない。ここにいるのは、自らの肉体を削り、民の恐怖を糧に、この閉ざされた楽園を維持し続ける、美しき暴君。
「さあ、帰って仕事の続きをしましょう。……次はどの反乱分子を『掃除』してあげようかしら?」
私は満足げに微笑み、再び「散歩」という名の支配を再開した。




