俺を怒らせるなよ
その日から関取の聞き取り調査が始まった。
休み時間は校内中を彷徨い歩き、男女関係なく襟首を掴んで締め上げていた。逆らったりウソを付いたりしたら、全体重を乗せた浴びせ倒しが炸裂する。重量級の彼女が乗ったら肺が爆発する事請け合いである。
たまたま廊下を通っただけなのに凶暴な女に掴まる奴らを見て、日頃の行いが如何に大事かを悟った。
彼らの冥福を祈りつつ朗報を待っていると、関取が鼻息荒くやって来た。
「三次。見つかったわよ」
「マジか!」
「ただ、結構面倒くさい事になりそうよ」
「どんな風に?」
「相手がねぇ~」
寒川と小池は校内でも有名な美男美女。そんな彼らを愛してやまない者たちが存在する。寒川ファンクラブと小池親衛隊である。
この二チーム。普段は仲が悪くバチバチやり合っている。自分たちのアイドルを持ち上げ、逆に相手を貶めて互いの均衡を保っている。
その理由は、寒川と小池を付き合わせないため、だという。
「……そいつらバカなのか?」
「イカレてる事は確かね」
「で?」
その中の一人が一緒に歩いている現場を目撃した。これは双方にとって由々しき事態である。目撃した奴はすぐさま写真を撮り、ツーショット画像を拡散した。
これを見た両者は対応に追われた。
万が一でも二人が付き合った場合、それぞれの立場が危うくなる。しかも、大好きな人が大嫌いな人に奪われる。彼らにしてみたら自分の恋人を寝取られた気分なのだろう。ここは何とか阻止せねばならぬ場面である。
寒川ファンクラブは小池を敵対視し「私たちの寒川君を寝取った淫乱女」との噂を流した。
小池親衛隊は「俺らのアイドルを手籠めにしたヤリチン寒川」と呼び合った。
両者共に憧れを奪われた事で意気投合。二人を破局へ導くために悪い噂を広めまくっているらしい。
「完全に狂ってるな」
「ホントよね」
「何か対策はあんのかよ」
「私も色々考えたんだけど……」
「けど?」
「一筋縄じゃいかないのよねぇ~」
関取はここぞばかりに本領を発揮した。彼女の特技である噂を噂で上書きする「忍法噂返し」を試みた。だが多勢に無勢。こちらは1人に対し、相手は複数人で嘘八百を垂れ流す。人海戦術に負けた。
「ホント、頭に来る奴らね」
「……」
「今から行って背骨を二、三本へし折ってやる」
「まあ待て。とにかく落ち着け」
こんな時こそ話し合いが大切である。人の意見も聞かず自分の考えをゴリ押しするのは知能の低い連中のやる事。人間である以上、言葉を使って意思疎通を図るのが常識だ。もしそれが出来ないなら動物と一緒である。
マワシをバンバン叩いて戦闘態勢に入った関取をなだめ、元凶である寒川ファンクラブの元へ行った。
リーダーを捕まえて問いただした所。
「私たちの寒川君に手を出すからよ」
「それは誤解よ。二人は付き合ってる訳じゃないわ」
「一緒に歩く事自体が気に入らないのよ」
「だから偶然だって言ってるでしょ!」
「ちょっと可愛いからって調子に乗ってさ。淫乱のクセに」
「……あんたらのせいで、誠君の妹が苦しんでいるのよ」
「誠君なんて呼び捨てにしないでよ。このデブ!」
「……」
「3組は淫乱とデブブスと反社の集まりね」
「の野郎ぉぉぉ~」
関取が四股を踏み始めた。これは二、三本どころの騒ぎではない。背骨ごと引っこ抜かれて軟体動物まっしぐらである。
俺は彼女の腕を引っ張り、その場から離れた。
「ちょっと三次。手を放しなさいよ」
「とにかく落ち着けって」
「あんな事を言われて悔しくないの!」
「いま奴らをブチのめしても反省する事はない」
「3組までバカにされてるのよ」
「それは分かってるが……」
「はらわたが煮えくり返ってるんだぁぁ」
「お前まで同類になるんだぞ」
「そんなの関係ないわ。奴らをブチのめす!」
「いいから落ち着けっての!」
ここで騒ぎを大きくしたら小池や寒川どころか3組まで被害を被る。無関係なクラスメイトの悪い噂まで広がったら取り返しが付かなくなる。被害者はなるべく少ない方がいい。
それに妹の問題も残っている。兄貴の友達が狂気な行動を取ったとなれば、彼女の立場すら危うくなる。俺らの役目は噂をかき消す事。そして妹を復活させる事。この二つに集中するのだ。
「……あんた、なかなか冷静ね」
「怒ったら負けだ」
「……」
「報復は全てが終わってからだ」
「分かった……」
「よし。次へ行くぞ」
俺らはその足で小池親衛隊に掛け合った。だが、ここでも対応は似たようなものだった。
「翔子に近づくからだ」
「だから、偶然だって何度も言ってんだろ」
「偶然でも近づく事は許さん」
「お前、頭イカレてんのか?」
「テメェーに言われたくねぇよ」
「……お前らのせいで寒川の妹が辛い思いをしてんだぞ」
「腐れヤリチンの妹がどうなろうと知るかっ!」
「……」
「ってか、テメェーは何なんだよ」
「ああん? 誰に口利いてるか分かってんのか」
「テメェーだよ。聞こえねぇのかよ」
「ほう。なかなか威勢がいいじゃねぇか」
「ウゼェーからあっち行けよ。クソバカ野郎が!」
「……小池医院、紹介しようか?」
拳を握りしめた途端に後ろから羽交い絞めにされた。そのまま担ぎ上げられ外へ放り出された。
「何すんだ。止めんじゃねぇ!」
「落ち着きなさいよ」
「落ち着けだぁぁ~。俺らナメられてんだぞ!」
「いいから!」
「あの野郎。地獄見せてやんよ」
「そんな事をしたら、誠君としょこたんが悲しむだけよ」
「このまま放置するほど人間が出来てないんじゃぁぁ」
「一旦、冷静になりなさい!」
掌打に近い張り手で目が覚めた。
双方の誤解を解くために話し合いの場を設けたが、何の進展もなくストレスだけが溜まっただけだった。
忍法噂返しも数にかき消され、俺の鉄拳制裁も未遂に終わり、話し合いは決別した。
それからというもの、両者の嫌がらせはエスカレートした。寒川や小池もさることながら、我が3組の悪口まで触れ回る始末だった。
3組の連中は頭が悪く根性なしのクセに正義を気取って絡んで来る。世の中の常識も知らず口だけは達者だ。何かあるとすぐ暴力に訴え、まるで反社のように脅しをかける。金銭を要求された事もある。などなど。
こちらが弱気を見せたばかりに、言いたい放題の噂を垂れ流し続けた。
俺はどうなってもいい。陰口は日常茶飯事で慣れている。
関係のないクラスメイトが登校する度に陰口を叩かれたのでは申し訳ない。現に数名が顔を見た途端に無視され、去り際に「3組って最低よね」と捨て台詞を吐かれたという。
このまま七十五日を待った所で新たな噂が広まれば元の木阿弥である。その前に七十五日もの間、妹やクラスメイトが針のムシロでは精神に異常を来すだろう。
バカだと思われるかもしれんが、ここで仲間を見捨てる事なぞ俺には出来ぬ。
「おい千葉奈美。覚悟はいいか」
「覚悟? そんなモンとうの昔に捨てたわよ」
「今度は俺らが噂のターゲットになるが、いいか?」
「上等よ。いくらでもかかって来なさいよ」
「よし。核弾頭のボタンを押すぞ」
「ハハハ。楽しみねぇ~」
「お前は友則を挑発してくれ」
「分かった」
「俺は克己を調子に乗せる」
「今から悲鳴が聞こえるようだわ」
「お前、性格悪いな」
「あんたほどじゃないわよ」
「3組の底力見せてやんぜ」
ヤリチン寒川に淫乱小池。そして反社の3組。ガキみてぇなネーミングを付けてイキがってんじゃねぇぞ。こっちには、エロモンスター克己と脳筋クレイジー友則がいる。奴らと関わったら真っ白になるぜ。
それでもダメなら、バーサーカー三次様が狂乱のワルツを踊ってやんよ。




