毒々しい女の登場
調子に乗せられ、余計な手間をかけることになった。校内中に広まった噂をかき消す方法。それは皆無だと思われる。
噂の出所も不明で肉弾戦には持ち込めない。得意のムーンサルト・プレスは封印されている状態だ。
友人のツテを辿って聞き回ったが、最初に声を掛けた奴がバカだったため、どこまで行ってもイカレた連中としか出会えなかった。バカの連鎖は怖い。
これといったアイデアもなく、悪戯に時間が過ぎて行くだけ。解決方法は見当たらなかった。早急に対策を講じなければ、妹はもちろん、寒川や小池まで不登校になってしまうだろう。
ここで諦める訳にはいかない。俺は神に選ばれし漢。愛と平和のために日夜戦い続けるサンジーである。
足りない頭をフル回転させて一つの結論に辿り着いた。
『毒を持って毒を制す』
我がクラスに千葉奈美という女がいる。おしゃべりで口うるさく、何かにつけて苦言を呈してくる厄介な奴だった。俺らがバカな事をするたび担任にチクリを入れ、そのお陰で何度となく苦汁をなめてきた。
胸はなかなかのボリュームでイケてるのだが、性格が男勝りだった。どっしりとした安定感のある身体で力も半端なく、加えて暴力的である。
友則が彼女のスカートをめくった際「何するのよ!」と叫び、振り向き様に裏拳を喰らわせた。それを見た克己が反撃の狼煙を上げて後ろから抱きついたが、みぞおちに肘打ちを喰らい、ベルトを掴まれて上手投げで転がされた。
安定した下半身と、ふくよかなガタイから繰り出される攻撃は横綱級で、クラスの男子から陰で「関取」と呼ばれている。
本人はそのアダ名が気に入らないらしく、目の前で言おうものなら、がっぷり四つからの外掛けで転がされる。からかった友人が合掌捻りで潰された時には恐れをなした。
ちなみに、俺はジェントルマンなので、そういう下品な行為はしたことがない。
彼女の主な特徴として、耳年増が挙げられる。
他人の噂が大好物で、聞くのも流すのも大好き。校内のありとあらゆる情報に精通している。
「千葉奈美。ちょっと聞きたい事があるんだが」
「近寄らないでよ。バカ菌が飛び散るでしょ」
「……」
喋り出しからこんなに気を遣う女は初めてである。
下手にご機嫌を損ねると「三次は下半身から膿を出している」などと根も葉もない噂をばら撒かれる。そうなったら、俺が登校拒否に陥る。
ここは一旦冷静になり、彼女が食いつきそうなネタから話すのが良かろう。
「おい、千葉奈美」
「何よ!」
「例の件、知ってるか?」
「ん?」
耳がピクッと反応し、みだらな顔つきになった。
俺は寒川から聞いた一部始終を説明し、それによって寒川と小池が被害を被っている旨を伝えた。
奈美様ほどの知性と洞察力があれば、噂の出所など一瞬で割り出せるに違いない。しかも仲間思いで正義感の強い奈美様だ。困っている2人を見捨てるはずがない。
さらには巧みな情報操作で相手を翻弄し、二人にまつわる悪評を吹き飛ばしてしまうことだって可能だろう。
可愛い。賢い。頼りになる。三拍子そろった奈美様は、まさしくみんなの憧れの的である。
という感じで言ってみた。
「三次。あんたもなかなか分かってるわね」
「どうだ。協力してくれるか」
「誠君としょこたんの為だもの。喜んで協力するわ」
「面倒くさい事を頼んで悪いな」
「水臭い。友達でしょ」
こういう奴を単純明快という。
「それにしても腹が立つわね。そいつら」
「俺じゃ探しきれなくてな」
「任せておきなさい。名誉にかけて探し出すから」
「頼むな」
「捕まえたらどう処理する?」
「延髄蹴りであの世へ送ってやんよ」
「その時は私も呼んで。自慢のタックルで骨ごとバラバラにしてやるから」
「……よ、よろしく」
これで解決の糸口が見えて来た。関取の情報は怖ろしいほど広く正確だ。何故かはしらんが、彼女の元には様々な情報が集まる。
誰と誰が付き合ってるとか。屋上に上がる階段の踊り場は愛の巣窟だとか。何組の誰々ちゃんは既に経験済みだとか。人生で最も役に立たない情報を掌握している。
耳年増だけでも厄介なのに、加えて暴力的だからタチが悪い。
以前、授業中に突然非常ベルが鳴り、パニックになったことがある。消防車が駆けつけて現場検証をした所、単なるイタズラだと分かり安堵した。しかし、学校側としては放って置く訳にもいかない。再犯を防ぐため、各クラスに犯人の有力情報を求めた。
それから二日後、関取があっけなく犯人を捕まえた。やったのは三年生のバカ共だった。
彼女のお手柄で無事御用となり、めでたし、めでたし。のはずだったが……。
何故か非常階段に投げ捨てられ、変わり果てた姿で発見された。
その事を問いただすと、関取は満足げな顔で語った。
「あいつら以前から「非常ベルを押したらどうなるか」って話をしてたみたいなのよ」
「ふ~ん」
「鳴った瞬間に犯人を特定したわ」
「で?」
「脳みそ足りない連中でしょ。また必ずやるとふんだのよ」
「……で?」
「隠れて見てたら、案の定ね」
再び非常ベルを押そうとした瞬間、得意のぶつかり稽古で奴らをまとめて吹き飛ばした。そのまま転がしておくのも気が引ける。廊下を通る者の邪魔にならないよう、つっぱりを連打して非常階段の踊り場へ投げ捨てた。
連中が気絶していることを確認した後、先生への報告に向かった。
聞いた話では、何人かは肋骨を折って救急車で運ばれたらしい。
「スゲェーな、お前」
「まったくハタ迷惑な奴らね」
「ホントだな」
「消防車じゃなく救急車を呼んだわね。ウフッ!」
「……」
話を聞いた全員が「今こそ非常ベルを押す時」と思ったのは言うまでもない。
そんな彼女が本気を出したら……。
果たして、どうなることやら。




