寒川誠の苦悩
「おい三次。ちょっと」
「何だよ」
教室の扉を開けた途端に寒川に呼ばれ、入室前に廊下へ連れ出された。
この寒川誠という男、小池の男子バージョンである。頭脳明晰、容姿端麗、ついでにスポーツ万能と非の打ち所がない。成績は常にトップで、小池すら敵わぬ我がクラス自慢の逸材である。
見た目はサラサラヘアーのイケメン男子。性格は穏やかだが意志の強さもあり、真面目一本やりかと思えばそうではない。俺ら狂人とも気さくに接し、男女問わず全ての者を平等に扱う出木杉君だった。
「お前、例の噂知ってるか」
「小池のやつか?」
「ちょっと困った事があってな」
「何だよ。言ってみ」
「実はな……」
彼の話によると。
三日ほど前、塾帰りに小池と出会った。普段は塾の曜日が違うので会う事はないのだが、その日はたまたま日時が被ったため、途中まで一緒に帰った。
クラスメイトなのだから当然の行動である。顔を合わせたのに無視では、明日からの学園生活に支障を来す。二人からすれば、ごく自然の行為だった。
だが、知らない者が見れば美男美女の素敵なカップルに見える。仲良く並んで歩く年頃の男女。しかも夜道。妄想が止まらない中学生には美味しいエサである。
もし俺だったら「ちょっと休んで行かない?」といい、人気のない公園へ誘い込むだろう。
事情を知らない誰かがツーショットを目撃した事で噂が広まった。
小池と寒川は激熱カップルで、勉強疲れを癒すため、夜な夜なマッサージを繰り返している。時には、得体の知れない物体が出入りしている。
寒川は色んな人と仲が良いため、あちこちの女子を手籠めにするヤリチン。一方で小池は、そんな彼を許せず、体中の全てを使って寒川を喜ばせる淫乱。
そんな噂がまことしやかに囁かれていた。
両者共に学校を代表する美男美女だ。特に寒川はいい男の代名詞なため、女子としゃべっただけで焼きもちの対象になる。
今回、小池とのツーショットが発覚した事で「ヤリチン寒川」の称号を得た。
本人はさして気にしている様子はなかった。
「噂なんてそのうち消えて無くなる」
「七十五日だろ」
「お前、よく知ってるな」
「こんなん常識だぜ」
「お前だったら四十九日とか言いそうだもんな」
「お、俺をバカにするんじゃねぇよ」
「悪い悪い」
「……」
「問題は俺じゃない。妹なんだ」
「妹?」
寒川には妹がいる。現在同中学に通う一年生の寒川夏樹だ。
兄と同じく優秀な頭脳を兼ね備えているが、人見知りで打ち解けるまで時間がかかるタイプらしい。
入学してまだ月日も経っていないこの時期に、兄の良からぬ噂が校内を駆け巡った。
寒川は色んな女とヤリまくっている
女を騙して手籠めにする人類の敵
などの噂が蔓延した。
それを耳にした同級生らに、「血が繋がっているんだから、寒川も変態ドスケベなんだろ」とからかわれたらしい。
突然そんなことを言われた夏樹は、思わず泣き出してしまった。
ついこの前まで小学生だったおぼこ者には、自分の言葉がどれほど相手を傷つけるのか分からない。軽口のつもりだったのかもしれないが、言われた側にとっては笑い話では済まない。
仲間外れにされることの苦しさも、誰かの心に残る傷の重さも、彼らはまだ知らないのだろう。
クラスメイトの心ない言葉は幼い少女の胸を深く傷つけ、その一件がきっかけで彼女は不登校寸前にまで追い込まれているという。
「部屋に籠って出てこないんだよ」
「そりゃ、兄貴が鬼畜ヤリチンじゃ当然だろ」
「違うよ。ヤリチン寒川だ」
「同じようなモンじゃねぇか」
「ぜんぜん違うだろうがっ!」
「夏樹ちゃんの気持ち、分かるなぁ~」
「真面目に聞けっての」
「俺が夏樹ちゃんだったら、兄貴の真似をしてビッチになるわ」
「お前、いい加減にしておけよ」
「で、俺にどうしろと?」
「この騒動を収めて欲しいんだ」
「はあぁ!?」
こいつは勉強し過ぎて頭がイカレたのだろうか。瞬く間に広がった噂話を抑制する事など不可能だ。ネットにバラ撒かれた画像を全て消去すのと一緒である。
「そんなん無理に決まってんだろ」
「お前、学校でも顔が広いだろ」
「だからって、一度広まった騒動を収める事は不可能だぞ」
「頼む。妹が不登校まっしぐらなんだよ」
「まずは話し合えよ」
「部屋から出て来ないんだ。話し合いにもならねぇよ」
「ドアを蹴破って強引に入っていけよ」
「そんな事をしたら、増々引き籠るだろうが」
「ビンタの二、三発でもして目を覚まさせろ」
「お前じゃないんだから」
「こんな事でいちいち引き籠ってたら人生なんてやって行けねぇんだぞ」
「大丈夫だ。俺も諦めずに説得を試みるから」
「……お前、シスコンだな」
「……」
物凄く面倒くさい事になってきた。一年の時から校内の問題児として様々な伝説を残してきた俺。友則克己の単細胞コンビと合わせてクレイジー三兄弟と呼ばれ、学校中に驚きと笑いを提供してきた。
肉弾戦が得意な俺としては、噂の元凶を突き止めて正義の鉄拳を喰らわせば終了である。噂を止めるとなると、これは頭脳戦になり負け戦と化す。
シスコン寒川の気持ちは痛いほど分かるが、果たして上手く行くのだろうか。
「三次。頼む!」
「分かった。何とかしてみるよ」
「ホントかよ」
「ただし、失敗しても文句は言うなよ」
「普段はバカだけど、本当は頭がいいものな」
「い、いや。今更おべっか使うなよ」
「お前の天才的頭脳を発揮してくれ」
「止めろよ。照れるじゃねぇか」
「よっ、日本一のいい漢!」
「よっしゃ。俺に任せておけやぁぁ」
褒められたら調子に乗る。頼まれたらイヤとは言えない。
宮本家に代々伝わる始末の悪い血筋が蘇った。




