クラス委員の小池君
席替えも終了して、何となくクラスっぽくなってきた。
まだ全員と打ち解けたわけではない。それでも、近くに座る者同士で自然と会話が弾むようになっていた。遠慮がちだった当初の空気はすっかり影を潜め、かつて教室に響いていた秒針の音も今は聞こえない。休み時間はもちろん、授業中でさえ絶えることのない笑い声が、その音を完全にかき消していた。
「あーあ、ようやく終わったな」
苦行の6時間を終えて大きく伸びをしていると、小池が声を掛けて来た。
「三次。ちょっと手伝って」
「何か用か?」
「これ運んで」
「何これ」
「図書室に寄贈する本」
「ふ~ん」
「重いから持って」
そう言って教壇に置かれた段ボールを指した。
持てと言われれば持ってやらんこともない。割と重い段ボールを抱え、後を付いて図書室へ行った。
彼女の名前は小池翔子。前回も話したと思うが、同学年でも1、2位を争う頭の良さで成績は常にトップクラスだった。
俺とは幼稚園時代からの幼馴染。出会ってから中2の現在に至るまで同クラスで、ホクロの位置さえ把握しているほど顔を合わせている。制服も校則の見本と言われるくらい超マジメっ子だ。しかも頭脳明晰、容姿端麗、黒髪をポニーテールにまとめ、リボンで結えた清楚な姿。校内ではマドンナ的存在として君臨している。
ただし……天は二物を与えず。
性格がサバサバしているからなのか、それとも生まれつきのものなのか。彼女の言動は思った以上にキツイ。本人に悪気はないのだろうが、言い方が冷たいと感じることがしばしばある。
以前、クラスの男子が「どうやって勉強してるんだ?」と質問した所、「教科書を読めば誰でも分かるでしょ」と冷ややかに言われた。別の奴が「お前って顔は可愛いんだけどなぁ~」と言った。それに対し「あんたは顔もダメだけどね」と一刀両断された。
俺が国語のテストで前代未聞の2点を叩き出した時は酷かった。
「日本語分かる?」
「当たり前だ。日本語くらい余裕だわっ!」
「あんたの頭の中、カチ割って見てみたいわ」
「何だったら……見せてやろうか?」
「フッ。見せてちょうだいよ」
そんな事を言われて黙っている俺ではない。不敵な笑いを浮かべ後ろから抱きついた。普通の女子なら恐怖の悲鳴を上げ、みぞおちに肘鉄を喰らわされる所だが、小池は冷静な表情で2本指を出してきた。
「ねぇ三次、これ何本に見える?」
「2本に決まってるだろう」
「目は割としっかりしてるのね」
そう言った途端、全力で目つぶしをしてきた。ガッツリ目玉をえぐられた俺は床を転げ回って悶絶した。
「まだまだ修行が足りないわね」
笑いながらその場を立ち去った……。
さらに、一度自分の中で結論が出てしまうと、テコでも考えを曲げない。相手がどれだけ反論しようと、「何か問題でも?」と一蹴されてしまう。
要するに、頭も良くて容姿も綺麗で非の打ち所が無い様に見えるが、性格に若干の難あり物件である。これを世間ではツンデレと呼ぶらしい。ちなみに俺は心の中で「毒女」と呼んでいる。
話が明後日の方までトリップしてしまった。現代へ戻ろう。
小池に連れられて図書室まで来た。
図書室という言葉は俺の辞書には無い。羅列した文字を読むと眠くなり、頭を使うと知恵熱が出る不治の病を抱えている。そのため、一度も利用した事がなかった。中に入った事さえない。
克己に聞いたら「それは幻だ」と言われ、友則に関しては「旨いのか?」と存在さえ知らなかった。
生まれて初めての体験に興奮気味で入室すると、小難しい本に囲まれて真面目っ子たちが勉学に勤しんでいた。
「そこに置いて」
「グハッ。お、重すぎんぞこれ!」
「情けない。男でしょ」
「重さに男とか女とか関係あんのかよ」
「しーっ! ここは図書室。静かにしなさいよ」
「何だその言い草は。こちとら手伝って……」
「黙れ。三次!」
俺の名前を聞いた途端、その場にいた全員がビクッと体を反応させ、一斉にこちらを凝視した。
まあ、そうなるだろう。この部屋とは最もかけ離れた人物の登場である。俺の悪行三昧は、学校中どころか町中にまで浸透している。
近所のババアが「あそこの息子と付き合うとバカになる」と噂しているのを聞いた事がある。本当の俺を何一つ知らないクセに、見た目だけで根も葉もない噂を流すなど言語道断である。
次の日から、その家の庭に除草剤を撒いている。草むしりをせずに済むのだから、きっと喜んでいるだろう。野菜もダメになるけど。
そんな低能ハッピーセットが似つかわしくない場所へ来たら誰だって警戒する。
小池が図書委員と話をしている間、敵陣へ乗り込んだ居心地の悪さに動揺し、我が子をモミモミしながら終わるのを待っていた。
超余談だが、男って緊張している時に我が子を揉むと落ち着くのよね~。
「ごめん。遅くなって」
「ああ」
「色々打ち合わせがあってさ」
「忙しいんだな。生徒会ってやつも」
「まあね」
「お疲れさん」
「……」
「何だよ。ジッとこっちを見るんじゃねぇよ!」
「しーっ。静かにしなさい」
「……んだよ」
「じゃあ戻ろうか」
校内の異端児。我が町の厄介者。牙を剝き出しにした野生動物。その珍獣をムチも使わず、しもべの様に従わせている小池に憧れの視線を送る図書室の人々。彼女らの脳裏には「美女と野獣」その映像が浮かんだ事だろう。
教室へ戻って帰り支度をすると、小池がポケットからアメを取り出した。
「はい。これ、お礼」
「小学生じゃねぇんだ。今更アメ貰っても嬉しくないわ」
「あら、美味しいわよ」
「そういう問題じゃねぇ」
「食べてみたら?」
そう言うと、俺の口に放り込んできた。
「どう?」
「ま、まあウマいかな」
「でしょ」
小池はニッコリ笑った。久しぶりの笑顔を見て幼稚園時代を思い出した。
彼女は常にアメを携帯していて、俺が「腹へった」と言うと、ポケットから取り出して口に放り込んでくれた。1個しかない時は、自分の歯でカリッと割って半分をくれた。羨ましそうに眺める友則に、俺がさらに半分に割り「ワン、て言え!」と言うと「ワォ~ン」と遠吠えをした。
それを見た小池は、屈託ない顔で笑っていた……。
「お前の笑い顔を見るのって何年ぶりだろうな」
「あら、いつも笑ってるわよ」
「女子としゃべってる時だけだろう」
「そう?」
「男子の前じゃ苦虫潰してるクセに」
「内容が下世話だから、つまんないのよ」
「まあ、確かに」
「エロい事しか言わないでしょ」
「……」
思春期の男子。それは妄想の塊である。常にモザイクの向こう側を考え欲している。逆に女子は、芽生えた恋心にトキメキを感じ、少女漫画のような出会いを妄想する。同じ妄想でも水と油くらい反発する。ナイーブなハートを持つ女子に、ドスケベ男子は天敵と言ってもいいだろう。
「そろそろ帰ろっか」
「そうだな」
苺の味がする甘酸っぱいアメを舐めながら揃って学校を出た。
並んで歩くのは小学生以来である。昔はちびっ子で頭一つ下にあった。「お前チビだな」とからかうと、「これからだから!」とヘソを曲げていた。
それが今や同じ目線に立っている。かなりの成長だと思う。
胸に関しては、あの頃のままだが……。
「そういやぁ、お前。寒川と噂になってんな」
「……そうみたいね」
「付き合ってんの?」
「まさか」
「どうしてそんな噂が立ったんだ」
「偶然かな」
「偶然?」
「一緒に歩いている所を見られちゃったから」
「ふ~ん」
小池と寒川は将来を見据えて塾に通っているらしい。さして大きくない貝東地区である。行き着く先は一緒で同じ塾に行っている。
その日、たまたま日時が被ったため、途中まで一緒に帰った。偶然に目撃した害児どもがある事ない事を触れ回ったとか。
「何か変な噂が立ってるらしいわ」
「どんな?」
「私の口からはちょっと……」
「そいつらブン殴って来ようか?」
「いいわよ。そんな事をしなくても」
「でもイヤなんだろ」
「人の噂も七十五日って言うでしょ」
「それって死んだ人の事じゃないの?」
「それは四十九日!」
「あっ、そう」
「相変わらずバカね」
「なっ……」
人が心配してやってるのに、何だその言い草は!
「ただ……」
「ただ?」
「寒川君に悪いな、と思ってね」
「何故?」
「私と噂になるのは迷惑でしょ」
「それは大丈夫だ。あいつは何も気にしてないから」
「それならいいけど……」
「お前があいつの事を好きなら話は別だけどな」
「……」
「あれ? もしかして好きなんじゃねぇの」
「地獄へ行け!」
俺の喉元に渾身の地獄突きを炸裂させ、ご立腹で帰って行った。
それにしても、七十五日もよく我慢出来るな。
俺だったら初七日でケリを付けてやるわ!




